中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

水戸学は“スターリン狂の戦争教理”を化粧する毒薬──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(37)

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 西尾幹二は、このところ、めっきり静かになった。人伝の話だと、幽鬼のようにやせ細り、自慢の“醜悪な猿顔”は、“干からびたカマキリ”に成り果て、そんなに長くはないのではないかという。が、それは困る。西尾幹二には、もっと長生きしてもらわねばならない。

 なぜなら、西尾幹二は、来年5月1日に誕生する「小和田王朝」について、説明責任から逃避する姑息かつ狡猾な行動をせず、記者会見を開き、「小和田王朝の誕生を、絶対に許さないぞ!」と、自説を大声で主張しなければならないからだ。この記者会見は、西尾幹二が人生の最後に果たすべき、言論人としての最小限の義務である。

 有り体に言えば、西尾幹二とは、“幽霊”「小和田王朝」をデッチあげ(注1)、さんざんに皇族に対して(現刑法の名誉毀損罪に相当する)罵詈雑言を浴びせた“不敬の大罪”を犯した極悪人である。旧刑法不敬罪があれば、逮捕以前に首吊り自殺せざるをえない大犯罪者である。

 現に、来年5月1日、西尾幹二に対する大糾弾の嵐が起こるのは、不可避の情勢。そこで西尾幹二は、この大暴風雨から逃れるべく、そそくさと墓場の下の骨壺の中に逃げ込もうとしている。が、それは余りに卑怯!ではないのか。敵前逃亡!ではないのか。

 重度の精神分裂病を発症し“皇族を殺したい”狂気から書いた『皇太子さまへの御忠言』は、“世紀の不敬”事件である。この犯罪者・西尾幹二は、もっと長生きし、もっと生き恥を晒し、大量指弾の弾で体が穴だらけになりボロボロに朽ち果てる、「処刑された情況」の中で墓穴に入るのが筋。

 それだけではない。西尾幹二は、数十年にわたり読者を誑かし、自らの思想本籍を秘匿的に隠蔽し続けてきた“仮面人生の後始末”という、もう一つの終活から逃げてはならない。具体的には、“ヒトラーのクローン”西尾幹二は、廃墟主義アナーキストである自分の正体を、骨壺の中に逃げ込む前に自ら明かすべきである。これも、言論人が避けてはならない社会的責任である。

 ここで、西尾幹二の『維新の源流としての水戸学』を解剖するのは、西尾幹二が自らの思想本籍“スターリン狂の祖国憎悪”を、白状し易いよう手助けするためである。

“有害イデオロギー”水戸学を除染すべく、『元旦詔書』を渙発された“聖帝”昭和天皇

 無教養人が無責任人なのは万国共通。「困ったことだ」と嘆息する他ない。が、“半・無教養人”には、害をなすこと甚だしい“有害人”or“有毒人”が多い。警戒し監察を怠ってはいけない。特に、煽動と洗脳を職業とする“半・無教養人”評論家/政治家は、国を亡ぼす魔力だけは絶大である。ヒトラーしかり、近衛文麿しかり、帝国陸軍のエリート将校しかり。平成時代でも、この種の有害人士は跡を絶たない。西尾幹二は、この好例。

 西尾幹二の『維新の源流としての水戸学』(2015年8月)の出版目的は、「尊王」が宗教ドグマの水戸学を礼讃すれば、『皇太子さまへの御忠言』(2008年9月)の出版でバレた、自らの正体“天皇制廃止のアナーキスト”を逆転的に糊塗でき、さも天皇制度護持派であるかに変装できるからである。『維新の源流としての水戸学』は、お粗末さもここまでひどい本は滅多に無いレベルで、恥知らずの“半・教養人のペテン師評論家”西尾幹二の面目が躍如としている。

 しかも、GHQは、文部省に対し、指定各本ごと(研究用に)五部没収し、各本の他の平均数千部を市販の禁止に指定しただけ。精神異常者・西尾幹二の狂気は底なしで、この「五部没収+市販の禁止」を「焚書」だと強弁・捏造する。嘘事実捏造が日常の、西尾幹二の狂気は治癒不能

 さて、西尾幹二とは、水戸学が日本を益したと信仰的に思い込んでいる。絶句するレベルの、異常な歴史知らず。明治維新への熱情形成に影響した水戸学を、明治維新を評価する立場から少し評価するのがいるのは事実。この点では西尾幹二は普通。「狂っている」とはいえない。

 が一九三〇年代、水戸学がマルクス・レーニン主義と合体し、スターリン崇拝教へとヒドラ的に成長した歴史事実を直視すれば、水戸学を全面否定するのは、日本人が具備すべき、最小限の理性で知性。ところが驚くなかれ、スターリン崇拝教に日本国民を洗脳した“誘い水”水戸学を「高く評価すべし」とアジっている。西尾幹二はまさしく対ロ売国奴国賊。日本国民ではない。

 水戸学は、“二千万人日本男児殺害”も戦争目的の一つだった大東亜戦争を推進した、日本が永遠に糾弾すべき狂妄思想である。ルソーやマルクスやレーニンの本と一緒に、日本から完全に一掃すべきで、まさしく“焚書”されねばならない。奉戴が破壊・殺戮へと、分裂症的な反転慣性力を内包する藤田東湖や会沢正志斎の著作は、日本人をして祖国叛逆(反・国防)天皇制廃止天皇殺し)に駆り立てる“悪魔の狂本”。「攘夷」は、テロリストにテロを奨励する麻薬でしかなかった。「尊王」は、長野県松代での昭和天皇「処刑」ポツダム宣言受諾により未遂)へと暴走した。

 故に、天才級頭脳の昭和天皇は、敗戦の年(1945年)も暮れる12月、日本国から水戸学を全面排斥する一大決意をなされた。このとき、陛下の相談相手が、親英米の故に帝国海軍を追われた、海軍随一の大秀才・山梨勝之進(海軍大将)であった。1945年の山梨は、当時はまだ皇室が直接に運営していた学習院の院長だった。原案は、山梨とブライス学習院の英語教師)の共同執筆によりマッカーサー元帥の了解を取るため)英語で書かれた。『元旦詔書渙発過程は、注2を参照されたい。

 「“祖国叛逆のドグマ”水戸学を絶滅せよ」と、昭和天皇が国民に訴えた声明書が、俗に「人間宣言」と称される、1946年1月1日公布の『元旦詔書』である。『元旦詔書』が全否定した「天皇をもつて現御神」「日本国民をもつて他の民族に優越せる民族」「(日本は)世界を支配すべき運命を有す」の文言を、しっかと読んでいただきたい。これ等は、狂気丸出しの『国體の本義』(1937年)、『臣民の道』(1941年)、「(内閣)国體明徴声明」(1935年)の文言である。

 しかも、『国體の本義』『臣民の道』「(内閣)国體明徴声明」が水戸学の焼き鈍しなのも、指摘する以前だろう。『国體の本義』『臣民の道』が、日本国民を“祖国叛逆の狂気の戦争”大東亜戦争に駆り出すため、“スターリン狂”一色の文部省教学局のデッチアゲ本なのも常識だろう。

偉大な明治憲法を護るため、美濃部達吉の「天皇機関説」を擁護された昭和天皇

 昭和天皇は、明治憲法を歪曲や捏造をするだけでなく、それを全面破壊せんとする1930年代の異常な国政紊乱・国情騒乱に、いたくご軫念されることしきりであられた。

 1930年代の明治憲法を破壊する共産革命の一つは、明治憲法天皇を国家の一機関と定めているにもかかわらず、スターリン狂のエリート将校が跋扈する陸軍省と水戸学系の右翼南朝の忠臣だった家系を自慢する“痴呆男爵”菊池武夫貴族院議員ら)とス―タリン狂の赤い文部省教学局の三者が、朝日新聞と共同して世論を煽り、ルソー暴力革命論が淵源の「天皇主権」説に水戸学をブレンドした、「天皇機関説」の美濃部達吉を糾弾する「国體明徴の政府声明」を、“木偶の首相”岡田啓介に迫って、出させた(1935年8月3日と10月15日の二度)、祖国日本をスターリン独裁国家に改造する共産革命運動において、端的に明らかではないか。

 国民の自由を擁護し、天皇制度を護持する明治憲法こそ、日本国の自由の砦である。故に、日本を護るべく、昭和天皇は、常識だけの凡庸な天皇機関説の方を擁護すべきだと、岡田首相に指示した。が、岡田啓介は赤い霞が関官僚と赤い三宅坂軍人と赤い朝日新聞に屈した。

スターリン教の経文”『国體の本義』『臣民の道』と“自爆テロのカルト宗教”水戸学

 1930年代の水戸学の“犯罪”につき、多少の補足説明をしておこう。結論を先に言えば、“マルクス・レーニン主義のデフォルメ”『国體の本義』『臣民の道』「大東亜共栄圏」はすべて、伝染病ウィルス「日本脳炎スターリン狂」を水戸学で増殖・培養した毒薬であった。

 この故に、“日本脳炎の狂書”『国体の本義』や“日本脳炎の狂スローガン”「大東亜共栄圏」などで洗脳された日本人は、「日本脳炎スターリン」の重患者になった。“スターリン狂の重患者”日本人の大量発生である。日本人の頭から、祖国叛逆の“悪魔の戦争”「蒋介石殺害戦争」「対英米戦争」から祖国日本を守るべく、これら「反日」戦争を拒絶し粉砕する倫理や愛国精神や常識知が、すっからかんに消滅してしまったのは、伝染病スターリン狂)に罹患して重病人になったからである。

 こうも言えよう。1926年から神田の本屋街で飛ぶように売れに売れた、マルクス/レーニン/ブハーリン/スターリンの翻訳書は、「日本脳炎(=スターリン狂)ウィルス」を保菌する「ウィルス感染源の豚」だった。会澤正志斎らの水戸学や平田篤胤らの国学は、この「ウィルス感染源の豚」のウィルスを、日本人に伝染され易くする、上記の猛毒書/猛毒スローガンを製作する“変換ロジック”だった。

 まさに水戸学は、媒介動物のコガタ赤イエ蚊。“変換ロジック”「コガタ赤イエ蚊の水戸学」こそ、陸軍エリート将校や帝大卒の官僚たちの赤い狂気の要望に応え、“スターリンの命令”「日本と東アジア全域を共産化しろ」(=「日本脳炎ウィルス感染源の豚」)を、『国體の本義』『臣民の道』「大東亜共栄圏」という、復古調民族主義で厚化粧した“魔本/魔スローガン”に変身させた秘薬であった。

 つまり、水戸学とは、日本国にとって最凶の有害思想(=凶悪伝染病を媒介するコガタ赤イエ蚊)。高濃縮殺虫剤を撒いて撒きまくって絶滅しなければならない。それにはまず、ゴミ捨て場の蝿の大発生のようなマルクス・レーニン主義の大ブームに連動し、大正時代末から爆発流行してきた「国體論」を潰すこと。日本国を正しく健全に再構築するに絶対不可欠な道、それが「国體」論の殲滅である。

 ウィンストン・チャーチルに優る、天才級頭脳を天稟とされた昭和天皇の『昭和21年元旦詔書渙発の御決断は、真正の国體を再建するための苦渋のご聖断であった。

 なお、1930年代に猖獗した“悪魔の戦争”煽動スローガンや戦争ドグマ教本を、表1に纏める。大東亜戦争蒋介石殺害戦争+対英米戦争)スターリンの対日命令だったのは、直ぐ氷解しよう。

表1;1930年代の戦争ドグマにおけるレーニンの革命ドグマとスターリンの対日工作

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徳川宗家体制を破壊したごとく、昭和天皇立憲君主体制破壊に暴走した水戸学

 水戸学とは、自分が戴く体制を破壊する狂気のカルト宗教である。自傷自爆テロリズムの教義である。このことについて、多少は触れておかねばなるまい。

 桜田門外で“徳川幕府大老井伊直弼を襲撃し暗殺したのは1860年、同じ徳川幕府を支えるべき御三家の水戸藩藩士たち。形式的には脱藩して浪士身分だが、水戸学と“攘夷論の巨頭”徳川斉昭を信奉していた水戸藩の優等生藩士であった。

 彼らは、カルト宗教の狂った経文「尊王攘夷」に殉じ井伊大老を暗殺する事が、宗家の徳川幕府を倒壊させ、それに連座して水戸藩自身も自爆的に消滅することを知りつつ、無理心中のこの滅亡を“大義”だと狂信した。つまり水戸学にかぶれた者は、幕藩体制の頂点に立つ徳川宗家・徳川一族全体の「失墜→自壊→廃滅」を目指したのである。自殺に誘う麻薬をイデオロギー化した宗教的カルト信条の教理が、水戸学の本性であった。これを狂信する故に、彼らの「攘夷」は、“国益”からの考慮を初めから排除し、衝動的テロリズムに終始した。

 1858年安政五年)の「安政五ヶ国条約」は、孝明天皇の勅許なしに、井伊大老が職権において調印した。だが、産業と軍事力を西洋化=近代化する必要は喫緊で、そのための日本の開国は国益からして選択をあれこれ詮索する余裕はなかった。安政の大獄のやり方には問題があるが)井伊直弼の「開国」決断は間違っていない。だから、十年後(1868年)明治天皇は、「五箇条の御誓文」で、井伊直弼外交を継承し、「攘夷」を否定すると宣言された。

 井伊大老の「反・攘夷=開国」が間違いなら、明治天皇や維新政府の「開国」も間違い。井伊大老を暗殺して明治天皇を暗殺しなかった水戸学の狂信者は、二重基準のご都合主義。

 それどころか七十年後の1935年、昭和水戸学は、「国體明徴声明」をもって「尊王」も捨てた。「国體明徴声明」は“天皇全体主義国家のロボットたれ”の宣言だから、天皇への尊崇など一欠けらも存在しない。歴史は、“尊王・攘夷」とは、怪しげな新興宗教の狂気の呪文だった”と、教示する。

 もともと、後期水戸学の「攘夷」は、(先駆者の藤田幽谷を除き)骨の髄までカルト宗教の呪文・経文の類。故に、彼らの「攘夷」は、国防の視点も国防の精神も完全に欠いた、“国防不在の極み”のシロモノだった。国家の存続など、彼らの視野には、初めから存在しない。

 もし、水戸学が現実に立脚した通常の国防から演繹した国家安全保障上の“攘夷”ならば、当然に、林子平/間宮林蔵/近藤重蔵/最上徳内らを尊敬し、対ロ防衛の参謀本部だった会津藩を重視するはず。だが、水戸学のいかなる書物にも、それらに言及したものは一つもない。表2にある水戸学の関係書に、対ロ国防論も、そのために命を懸けて樺太と得撫島・択捉島を探検した“日本国防の先達者”の名前も、一字すら言及されていない。

表2;国防否定主義の水戸学は、祖国破壊に盲狂・盲進する畸型アナーキズム

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 具体的な例を挙げる。薩長討幕軍が、対ロ国防のノウハウすべてを蓄積していた“日本の対ロ国防の参謀本部松平容保会津藩鶴ヶ城を焼き払ったのは(1868年、戊辰戦争薩長討幕軍が国防否定の水戸学に汚染され、それが維新の志士たちの中核思想だったからだ。“革命ごっこ屋”西郷隆盛や“私欲一筋の権力亡者”山縣有朋は、この氷山の一角。尊王なら、松平容保の方が、薩長の藩主や島津久光より数段上ではないか。

 日本が、明治時代から北海道・樺太・択捉・国後の防衛を軽んじて来たのは、会津藩消滅が決定的に影響している。それ以上に、コガタイエ蚊の水戸学の悪影響が大きい。

 朝鮮へのロシア南下を阻止する日露戦争で勝利しながら、1905年以降の日本外交が、対ロ宥和一辺倒の180度逆に転じたのは、山縣有朋伊藤博文ら“日本最悪の国際政治音痴”長州藩が外交を主導するに至ったからである。まさに不必要な戊辰戦争を決行したことが、日本をして“狂気の祖国叛逆戦争”大東亜戦争に走る遠因の一つを形成した。

 そもそも「攘夷」とは、我が国の領土を外国の侵略の牙から守ること。ならば、日露和親条約樺太と得撫島をロシアに割譲する“日本随一の対ロ売国奴川路聖謨を、「攘夷」教の後期水戸学を狂信する幕末水戸藩の志士たちは、1854年2月に暗殺していなくてはならない。川路聖謨を誅殺せずして、その逆に国際政治と国益が透けて見えていた井伊直弼の方を暗殺した“逆立ち行動”は、日本脳炎ウィルスを媒介する“コガタイエ蚊”水戸学の狂気を考えれば、腑に落ちる。

 国防に逆走し、国防を破壊する水戸学ゆえに、水戸学を触媒として生まれた『国體の本義』ほかの教理でカルト呪文の「国體」が、1930年代の日本を“国防を転倒した、反国防の戦争”に駆り立てたのである。大東亜戦争の計画された戦争目的が、昭和天皇の銃殺/日本国民の男児二千万人殺し/日本産業の廃墟/ソ連軍の日本列島全土の占領、等による日本の滅亡だったのは、昭和水戸学が目指したものでもあったからだ。会澤正志斎にしろ、藤田東湖にしろ、吉田松陰にしろ、日本国の廃墟を道連れの自殺願望を心底で燃やした“自己破滅型アナーキストの「反日」狂人”に過ぎない。

「狂気の昭和」は、スターリン狂蔓延の源ルソー排撃をサボった「明治の怠惰」が主因

 昭和天皇は、明治時代を極めて正常な政治・外交が行なわれていた時代だと回顧し、その逆に、大正時代に入ってからの、特に昭和前期の日本の政治・外交に対しては、嫌悪以上の強度な全否定を基調とするお考えであられた。

 外交は、明治天皇の聖慮に反した韓国併合(1910年)を平然と強行する(個人的利権の欲得から)山縣有朋(明治の元勲、陸軍元帥)の専断するところとなり、これが陸軍の天皇を無視する恣意的な対外行動の暴走の端緒となった。これはまた、大正時代末期から陸軍内に奔流となって流入する社会主義思想・共産主義思想と結合して、国家の外交権を簒奪し暴走する“真赤な共産軍”帝国陸軍が、1930年代にでき上る大きな元凶ともなった。

 大正時代以降の、日本を転落させた外交と政治における逆走と喧騒は、1917年11月のレーニンの共産革命成功に始まるマルクス・レーニン主義の日本人知識層汚染だけが原因ではない。明治時代に堅固な思想基盤を構築していれば、1920年代からのレーニンやブハーリンスターリンやデューイの大量流入に対して、これを排除する反撃バネが機能したはずではないか。

 明治時代の日本が、思想・イデオロギーの正常化を等閑視し、後年、自らの首を絞めることになったが、その筆頭は何と言っても、中江兆民のルソー思想輸入に対し、これを阻止し滅菌・浄化することをいっさいしなかった無為と怠惰に尽きよう。

 次が、水戸学を“用済み”の有害思想として潰しておく賢明さがなかった事。これは、ジョージ・ワシントンやアレクザンダー・ハミルトン等の米国の建国の父たちが、独立戦争に“在アメリカ大陸の入植者・英国人”を駆り立てる方策としてジョン・ロックを用いながら、1783年に十三邦の独立達成が成るや豹変し、ジョン・ロックの思想を米国から徹底排撃した智慧とは真逆。建国直後の米国は、ゴミ捨て場に遺棄したジョン・ロックの代りに、デービッド・ヒュームを絶対重視した。このような米国人の賢明さは、知的レベルが低い維新の志士たちには存在しなかった。

 ジョン・ロックには政府改変の革命思想が内包されており、新しい米国政府にとり、ブーメラン的に自爆用爆弾となると判断された。水戸学は、ジョン・ロックよりはるかに過激な革命ドグマ。が、明治政府は、水戸学を徹底弾圧し排除し日本から根絶しておかない限り、明治維新が構築した近代日本の体制そのものを、水戸学が木っ端みじんに爆破する、とは洞察できなかった。

 さて、ルソーだが、“日本のアナーキスト第一号”中江兆民の影響力は想像以上に大きく、明治時代、旧武家出身の知識人層の頭を広く深く汚染した。“日本のアナーキスト第二号”幸徳秋水も“日本のコミュニスト第一号”植木枝盛も、中江兆民からルソーの狂気を注入された。ルソーの狂説は、大正時代、師範学校でデューイ(備考)とともに学生への必須授業だった。これが戦後日本の極左革命集団である日教組を形成した。ルソーとデューイが、日教組の中軸思想となり猛威を揮ったのは、未來の教師が(高等小学校卒で入学するので)14歳から19歳の時、師範学校の授業を通して洗脳されたからである。

(備考)デューイ哲学とは、ダーウィンの進化論を逆立ちさせた「退化論」に、レーニン主義ブレンドしたもの。デューイ教育学が退化教育になっているのは、この思想において当然。ユートピア共産社会をイメージした「道具主義pragmatism」を意図的に「実用主義」と誤訳し、何か高邁な思想かのごとくに煙に巻くのは、師範学校の教師全員を真赤に染め上げようとした東京高等師範学校の先駆的コミュニスト教授たちの陰謀だった。米国では、pragmatismは、ルソーやベンサムらとともに、完全に排除されている。

 大正時代の憲法学は、伊藤博文/井上毅が起草した明治憲法を、学術的な修正や解釈の範囲を大きく逸脱して、やりたい放題に歪曲・改竄を恣にするようになった。東京帝大の穂積八束は偏向いちじるしい純粋民族主義。同じく東京帝大の筧克彦は古神道の宗教家で憲法学から逸脱した神がかり状態の、どう見ても気狂いで、“狂人”平田篤胤に酷似する非・学者。表3を参照のこと。

表3;戦前戦中の民族系三タイプ

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 一方の明治憲法は、日本の伝統や慣習を踏まえつつも、欧米の憲法を渉猟した国際水準第一級のものだった。表4に示すように、ルソーとフランス革命思想を徹底的に排除した、英米保守主義憲法に系譜するものだった。巷間や学界で流布している謬説とは真逆に、明治憲法は、プロイセン王国憲法の影響はほとんど受けていない。ビスマルク帝政憲法とは、いっさい関連がない。

表4;日本では極めて異例の、保守主義者のみが集合した明治憲法の起草者と協力者

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備考;ロエスラー『仏国革命論』は、1884年刊行。

 中江兆民の正統な後継者で「右翼」擬装の過激コミュニスト上杉慎吉は、25歳で東京帝国大学法学科の助教授になり1903年、あっという間に出世し政界・軍部の寵児になった。同じ極左信条の山縣有朋は熱烈な上杉ファンで、上杉に様々な協力を惜しまなかった。“凡庸な中道憲法学者美濃部達吉は、「右翼」擬装の凶悪共産主義者上杉慎吉から、人生を翻弄されてしまった。

 明治時代の初期、“ルソー教の伝道師”中江兆民に対して「死刑」の処断をせず、また英国のようなルソー排撃のイデオロギー闘争を国挙げて行わなかったことが、大正・昭和前期に、日本をしてレーニン/スターリン崇拝を蔓延させる、極左思想のみを受容し歓迎する狂った思想基盤を日本国内に形成したのである。

 上杉慎吉や『国體の本義』の赤い文部官僚が企図し祈願した通り、大東亜戦争の主目的の一つ“明治憲法の破壊”は、1947年5月3日にGHQによって完遂された。が、GHQは王制主義者ジョージ・ワシントンが建国した米国だったため、大東亜戦争のもう一つの主目的「天皇制度の廃止」だけは断固として拒絶し、逆にその温存にあらん限りに奔走してくれた。

 要するに、外来思想であるルソー教とマルクス・レーニン教(=スターリン教)とともに、純国産の水戸学とは、大東亜戦争の大敗北と廃墟の1945年8月が証明した、日本国を奈落の亡国に突き落した三大“悪魔の思想”である。

 しかも、大東亜戦争の“負の遺産”ルソー主義とマルクス・レーニン主義は、断罪されるどころか逆に戦争の敗北をバネに戦前以上に猛炎を上げて猖獗し、21世紀の今も日本を蝕み続けている。世界に例を見ない常軌を逸した安倍晋三の“スーパーばら撒き福祉”など、日本をさらなる破滅的亡国へと導いている。ルソー主義とマルクス・レーニン主義をこれほど蔓延らせた、媒介動物コガタ赤イエ蚊・水戸学の害毒と残滓は、その卵一つ生かさないよう念には念を入れた滅菌除染をしない限り、日本国が地球上から消えるに、あと三十年間はかかるまい。

 

1、西尾幹二「雅子妃のご病気と小和田王朝」『WiLL』、2009年10月号。

2、『毎日新聞』2006年1月1日付け。木下道雄『側近日誌』、文藝春秋平川祐弘『平和な海と戦いの海』、新潮社。ほか。

3、『国體の本義』は、1930年に東京帝大国文学科を卒業して文部省に入った(高等文官ではない)“日本一の無責任男”志田延義が下書きした。志田の戦後は、文学一筋。『俳諧と歌謡』『梁塵秘抄評解』『奥の細道評釈』『日本歌謡圏史』『文学史・文学論』など、その分野で著作を多く残した。が志田は、日本を亡国に導いた『国體の本義』を下書きした反省を一言も残さなかった。

 

 

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