中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

第二回特別ゼミ「正語《天皇》《大和朝廷》殺しの悪魔語《大王》《ヤマト王権》を一掃し古代史に真実を復権する」開催のお知らせ

 特別ゼミ「日本人は、古代史に歴史学的真実を取り戻せるか」の第一回は、白熱の三時間をもって、さる2月17日に無事に終了しました。“授業の天才教授”の名の通り、2時間45分間にわたって一秒の休みなく膨大な知識量を精密な論理力と明瞭明晰さで講義していく中川先生の才は無形文化財だと一同感嘆しました。

 今般、この時の熱烈で知的水準が高い受講生からの強い要望で、第二回を開催することに致します。なお、この特別ゼミ講座の名称は、より具体的に「天皇制廃止のための改竄歴史・捏造歴史が“絶対”になった日本の古代史」と、実態に合致したものに改名した方が良いのかもしれませんが、中川先生は、次の三回構成を考えています。

第一回;「上代天皇を次々に抹殺“処刑”する歴史テロルが学界の絶対命令──“空無の邪馬台国”論争も、実在する《初期大和朝廷》の非在化が目的」(2月17日に開催済み)

第二回;「天皇制廃止のため、借漢字の非・日本語《大王》/悪魔語《ヤマト王権》に置換し、《天皇》《大和朝廷》殺しに狂奔する古代史学界──《倭国》《倭人》も《日本国》《日本人》殺し」。

第三回;「デタラメ嘘話の創り放題で、古代史を真赤な嘘歴史に捏造した考古学者たち──日本の考古学者は“記紀殺し”と古代史テロルに暴走する《藤村新一》だらけ」。

 上記の第二回「特別ゼミ」は、来る4月22日(日曜日)午前11時半から約三時間、通しで(休息ゼロ分、 ホテル製の昼食は各自ゼミ中、中川先生は昼食抜き)、都内のホテルで開催します。参加希望の方は、私宛、4月10日午後3時までに、「氏名、生年月日、住所、固定電話番号、卒業大学・学部名」を明記の上、以下にご連絡ください。

 

特別ゼミ事務局長 吉田寿太郎(nakagawamagazine@gmail.com

 

 参加希望をされた方には、直ちに「入ゼミ申込書」を郵送致します。

 

(附記)古代史学界が「スターリンコミンテルン天皇制廃止32年命令=日本共産党史観」を奉戴し、1960年半ばからこれに違背する正常で良心的な研究者を一人残らず学界から追放して、今やすでに五十年が経ちました。思い起こせば、1997年年頭に始まった西尾幹二氏の「新しい歴史教科書をつくる会」運動は、古代史学界が日本共産党史観に完全支配され、自らも峻厳苛烈な検閲まで実行していることに対し、まだ累積三十年間の歴史捏造だから、その正常化に多少の貢献ができた最後のチャンスでした。なのに、多くの方々がご存知の通り、「つくる会」は意図的に逆走しました。

 実際にも西尾幹二氏は、天皇制廃止論者だから当然かも知れませんが、古代史学界が天皇制廃止の目的から歴史捏造・歴史改竄していることに、ニンマリとほくそ笑み、それを全面的に側面支援すべく、黙認することにしたのです。1999年秋頃から谷沢永一/渡部昇一/中川八洋の三先生が、西尾幹二氏と険悪な関係になったのは、「新しい歴史教科書をつくる会」が日本共産党史観一色の現代史と古代史における真赤な嘘歴史を隠蔽・不問にすることに対して激昂されたからでした。  

 この問題は、これに留まらなかったと思います。古代史学界は、1960年代の井上光貞/直木孝次郎/上田正昭らの露骨にしておぞましい歴史改竄を、1999~2002年、さらに百倍ほど過激化・凶悪化した書籍を百冊以上も集中的に公刊しましたが、これが、1997年年頭から1999年末にかけての西尾幹二氏の動きと連動している事実に注目して下さい。精密な分析はゼミで中川先生がなされる予定ですが、「新しい歴史教科書をつくる会」の黙認(非難の全面自粛)は、“保守の了解・承認を得た”との理屈になるので、日本共産党史観の“真赤な嘘”古代史が、この機を逃すなとばかりに、大量に出版されたのです。

 

第二回「特別ゼミ」のレジュメ                    

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋  

 天皇制廃止に向けて日本国民全体を牽引する共産党の革命は、敗戦直後から毎年毎年、過激になっている。この過激化は、戦後も今や七十三年になるが、今尚エスカレーションが止まらない。

1、1932年に「天皇制廃止」を意味する「天皇制」なる共産党用語が創られたが、「天皇制廃止→天皇制」も「天皇」という言葉を用いるから、語彙「天皇」そのものを使わないで、コミンテルン32年テーゼの「天皇制」と同義の言葉に変更すべきだとして、新しく発明されたのが「王権」である。つまり、「王権」は「天皇制廃止」を意味する特殊革命語として新語であって共産党特製である。

 ならば、天皇制廃止ドグマを吸引してしまい非人間のボルトナットに人格改造されていない日本人なら、万が一にも悪魔語「王権」を用いてはならないことになろう。いや、健全な日本人なら、悪魔語「王権」を排撃して消滅させる運動に身を投じるべきである。  

 私の知る限り、「王権」の使用は“コミンテルン歌人西郷信綱共産党員)の『詩の発生』(1960年、未來社)が最初のようだ。次に、この「王権」を広く流布せしめたのが、共産党員・上田正昭の『大和朝廷(1967年、角川新書)。「王権」は、1980年代から古代史出版物で徹底的に用いられ、2000年頃にはすべての学校教科書や古代史出版物で用いられる一般語になった。『古代王権の誕生』全四巻角川書店、2003年刊)や、『天皇王権を考える』全十巻岩波書店、2002~3年)は、これらのほんの一部。ゼミでは、百冊ほどを紹介する。これらの出版が、“共産党の歴史大捏造を側面援護する別動隊”、つまり共産党のシンパ団体だった「新しい歴史教科書をつくる会」に歩調をぴったり合わせていた事実に注目の事。  

 「王権」は、ホカートの『Kingship』やフランクフォート『Kingship and Gods』にある考古学・人類学用語kingshipの邦訳である。英国近世の「王権神授説divine right of kings」の「王権 right of king」とは全く無関係。

 「天皇制度」は政治学の国際的な普遍語では「君主制度」という。が、古代史学者が使う“犯罪語”「王権」には、このような意味は全く皆無。“共産党革命語”「王権」に代置されれば、「天皇」は直ちにツタンカーメンのミイラと同じ、過去に死んだ遺物や遺跡に同化される。

 つまり、政治学の「天皇制度」や歴史学の「大和朝廷の国家統治」を「王権」で代置すると、学術的には「天皇制度がすでに死滅して日本が共産社会になっている『(仮構上の)現在』から、過去に存在していた遺跡としての天皇制度を振り返る」という視点が固定される。ゼミでは、これ等を学問的に解剖する。共産党員・網野善彦の『異形の王権(1986年)やその他の重要文献にもメスを入れる。

2、歴史学的には「大和朝廷の国家統治」や「天皇の統治」は、平安時代までは日本歴史と絶対不可分である。それにもかかわらず、これらの歴史の枢要な根幹すら抹殺的に消すために、“反・歴史学の犯罪語”「ヤマト(倭)王権」「王権」に代置せよと有無を言わせず強制するのだから、古代史学界は当然に、歴史学的に最も正しい語彙「天皇」を完全抹殺する“言葉殺し(テロル)、logocide ”も新たに強制するはずだ。案の定、日本語には過去数千年にわたり存在したことのない「大王」がそれ。

 弥生時代中期には発明しておくべきだったのに、のんびりと文字無きを意に介さなかった日本人は、四世紀頃まで、天皇には「おおきみ」という話し言葉しか有さなかった。漢字を符号として日本語を文字化する動きが四世紀頃に始まり、「おおきみ」には借文字「大王」を宛てることにした。

 しかし、日本人は誰一人として、「大王」を「だいおう」などとは読まなかった。「大王」は一時的に借漢字表記(=宛て漢字)であっただけで、日本語にはならなかったからだ。平安時代に入り日本語の漢字・語句が自然的に発展完成した時、この日本語の漢字・語句から「大王」は弾かれ死滅した。一方、和語の「おおきみ」は、日本語漢字句「天皇」が創られた後も、永く日本語として使用され続けた。

 蛇足。日本人の文字に関する進化は、亀より遅い超スローであった。漢字の日本語化の完成は、支那人の漢文・漢字を本格的に和訳・判読するようになった「漢倭奴国王 カンのやまとの「な」のくにのきみ 備考」からすれば、「ひらがな」「カタカナ」の発明後だから、八百年の歳月がかかっている。

(備考) これを「かんのわのなのこくおう」などと、真赤な間違い訓みなどすべきではない。当時の日本人が読んだ通りに読むのが、正しい歴史学。現在日本の古代史学者は全員、“籠池泰典より百倍ひどい大嘘つき/騙し屋”しかおらず、彼らの本を読む時は徹底した蔑視と危険視を決して欠いてはならない。

 話を戻す。宛て漢字(「万葉仮名」と通称される、借漢字表記法の「符号としての漢字」のこと)日本語になった漢字・語句との区別は、かなり教養ある日本人に限られる。この盲点を衝いて、「大王」を平安時代以降の)“日本語になった漢字・語句”だと真赤な嘘をつく詐欺師・イカサマ師が、古代史の大学人の全員である。良心の代りに犯意しかない古代史学者とは、人格的に正常な人間の真逆にある“犯罪者の群れ”。例外は一人もいない。

 例えば、ゴリゴリの共産党員で天皇廃止革命狂徒・熊谷公男は、日本語「あめのしたしらす おおきみ」の“宛て漢字”「治天下大王」を「ちてんかだいおう」だと真赤な大嘘読みをしている(備考1)。大犯罪である。平安時代から四百年も遡る五世紀にあって、漢字はまだ日本語ではなかった。アルファベットと同種の符号であった(備考2)籠池泰典拘置所にいる。ならば熊谷公男は、刑務所にいるべきだ。

(備考1)熊谷公男『大王から天皇へ』、「日本の歴史」全26巻の第三巻、講談社2001年、18頁。ゼミ参加者は、この熊谷公男『大王から天皇へ』を事前readingし、また持参する事。私は100冊ほど持参するが、ゼミ参加者の持参は、これと寺澤薫『王権誕生』(同上、第二巻)の計二冊だけ。

(備考2) 宛て漢字については、ゼミでも、万葉集古事記を用いて一通りの講義を行う。日本語となった漢字・語句との差異が瞬時に識別できるよう訓練するためである。

 「治天下大王」を、奇々怪々にも珍読「ちてんかだいおう」と読むならば、“騙しが達人級の一流詐欺師”熊谷公男は、稲荷山古墳の鉄剣の銘「獲加多支歯大王 わかたける おおきみ」を「かくかたしし だいおう」と読まねばならない。が、熊谷は、そうは読んでいない。ダブル・スタンダードの二枚舌が、古代史学者の特技。

 古代史学者は、「日本人は、祖先の日本語を知るな」と、“日本人を無国家の根無し草に改造する”恐ろしい共産革命運動もしている。現に“狂気が漂う非・日本人”熊谷公男は、「日本は中共の属国or朝鮮の属国であるべきで、日本人から歴史的な日本語の知見を完全に剥奪すべき」を信条としている。つまり、熊谷公男とは、“日本人から日本歴史を剥奪する”ために古代史学者になったのであり、最凶な売国人士の典型である。

 「大王」を「だいおう」に意図的に誤読させる目的の第一は、正語「天皇 すめらみこと、てんのう」を抹殺・消滅に至らしめる“言葉殺し”。が、それだけではない。現在、われわれ日本国民が奉戴する今上天皇を、既に滅んで古い歴史になった「アレクサンドロス大王」や十一世紀・北海帝国の「カヌート大王」と同レベルにして、「天皇=過去の遺物」という悪魔的ニュアンスで“聖なる語彙”「天皇」を覆い包む他意もある。

 いや、これ以上の犯意もある。それが、天皇を「大王イカ」や「閻魔大王」の同類かであるかに貶め、一般の日本人から天皇に対する崇敬の感情を剥奪する、少なくとも弱体化する狙いからの、“不敬感情注入”という言語操作。 なお、共産党オリジナル犯罪語「大王」「王権」の流布・教宣で、最も先駆的に活躍した上田正昭『大王の世紀』(1973年、小学館や『大和朝廷(1967年、角川)についても、ゼミでその解剖を行う。

3、歴史学とは、「現在を過去や祖先と連綿と連続させる知的な仲媒道具」であり、「過去や祖先を敬して振り返るための知的タイム・マシーン」である。つまり、犯罪語「王権」「大王」を導入し、正しい歴史語「大和朝廷」「天皇の国家統治」「天皇」を抹殺し、日本人の脳裏から消し去る洗脳にのみ精を出す“狂気の犯罪集団”古代史学界とは、歴史学を研究しているのではない。天皇制廃止のスプリングボードにせんものと、歴史を改変・偽造しているのである。  

 しかも、正しい語彙「天皇」「大和朝廷」殺しだけではなく、彼らはついでに、語彙「日本国」「日本人」すら抹殺し、日本列島には、現在の日本/現在の日本人とは繋がらない、別の国家/別の民族が住んでいたかにイメージ操作する。「日本国」を支那語朝鮮語である「倭国」に、「日本人」を支那語朝鮮語である「倭人」に変造・改竄するのは、日本人を過去と歴史から切断decouplingし、共産革命の人間改造第一ステージと言い得よう。ゼミでは、これに関する有害図書を数十冊ほど俎上に挙げる。その一部が以下。

・『江上波夫著作集8 倭人の国から大和朝廷へ』、平凡社1984

・森浩一『倭人の登場』、中央公論社1985年

・田中琢『倭人争乱』、集英社1991年

・井上秀雄『倭・倭人倭国』、1991年

村井章介『中世倭人伝』、1993年

・諏訪春雄編『倭族と古代日本』、1993年(備考)この著の参加者約10名全員が朝鮮人

上垣外憲一倭人と韓人』、2003年

(備考)上垣外憲一/井上秀雄/諏訪春雄は朝鮮人。田中琢は支那人? 古代史研究者は“非・日本人”ばかり。

 「倭人」のシャム双生児語「倭国」は、昭和天皇崩御を好機に展開された1990年代初頭の「倭人」キャンペーンから十年の間をおき、2002~3年に第一波、2010年以降に第二波を展開した。第一波の一部を少しリストする。この直後の2004年からに展開された「女系天皇/女性天皇」キャンペーン立法運動は、この延長上であった。

・白石太一郎編『倭国誕生』、吉川弘文館2002年。「日本の時代史」第1巻。

・鈴木靖民編『倭国と東アジア』、吉川弘文館2002年。「日本の時代史」第2巻。

森公章編『倭国から日本へ』、吉川弘文館2002年。「日本の時代史」第3巻。

・相見英咲『倭国の謎』、講談社選書メチエ2003年

 尚、1970年代に早くも「倭国」キャンペーンの前哨戦が行われたことを等閑視してはいけない。上田正昭倭国の世界』(1976年)岡田英弘倭国の時代』(1976年)などがそれ。強烈な日本憎悪感情を煮え滾らせる岡田英弘とは、血統は内モンゴル人で、毛沢東中国共産党に所属する対日工作員岡田英弘日本共産党色がないのは、この理由。

 第二波の出版物は余りに大量。二~三十冊を優に超える。これでは次代の日本人は、「日本は、日本国ではなく、倭国だった」とか、「倭国を、大和朝廷や天智/天武天皇が簒奪・支配して、日本国に改造した」との“お笑い”誤解が、真面目な話で、いずれ必ず常識になる。  

 なお、誰でも知っている事だが、「倭国」「倭人」という「対日」蔑視語は、周辺諸国の民族を「南蛮・北狄・東夷・西戎」と蔑視する中華思想に立つ支那が、キリスト教暦の紀元前後、日本国/日本民族を蔑称表記すべく考案したもの。

 「倭国」は支那の創作語句だから、当然、弥生時代の紀元前一世紀あたりから何となく自国を「やまと 山の多い国土」と認識しても、未だ国家意識が未成熟だった当時の日本側の語彙つまり日本語(=和語)では決してない。日本側は、対日蔑視語「倭」を見て、「我が国」とか「やまと」を意味する(ローマ字表記「YAMATO」と同じ)“宛て文字”“符号”だと解し、「やまと」と読んだ。  

 なお、ゼミでは、朝鮮における対日蔑視語「倭人」「倭賊」「倭奴」なども扱う。

4、祖国の悠久の存続のために、現世代の有識者命も財産も捨てよ。これこそが愛国心の精神。  

 だが、愛国心の精神だけでは、日本国は守れない。既に日本の国家衰退は濃厚でそのスピードは年々速くなっているだけでない。亡国の凶兆が、すでに日本国を真っ黒なベールに包んでいる。

 日本国の最後の砦「国土、天皇、新生児数」という日本国永続の三本柱をいかに護るかは、もはや、財産と命を捨てる高貴な自己犠牲の精神だけでは不十分となった。精神と共に、豊潤な量での最高級の知識が不可欠となっている。当ゼミは、この「最高級の知識」を研鑽する場である。日本国の悠久を護らんとする憂国の紳士サムライは、剣を抜いて4月22日に参集されたい。  

(4月2日記)

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