中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

織田信長の天下統一に似た、初期大和朝廷の武力膨脹 ──真赤な“嘘と偽造の古代史”を粉砕し、古代史に真実と日本国を取り戻そう(3)

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋  

 前稿「“記紀ごろし”成って、皇室亡ぶ」で、表2を欠落していました。お詫びします。次の表2とその備考を、中見出し「“デタラメ考古学”栄えて、“古代史の骨髄”記紀滅ぶ」の前に挿入されるよう、お願いします。

表2;初期大和朝廷の周辺への武力制圧行動は、連続して独り勝ち

f:id:nakagawayatsuhiro:20180208141136p:plain

(備考1) 小国「な」「いと」など、福岡県・佐賀県大分県・宮崎県北部一帯は、神武天皇期はむろん、元から極めて友好な「小国」群。

(備考2) 安芸(広島県)南部も、神武天皇以前から友好。近江・駿河などの静岡県一帯も、大和朝廷と友好関係。

(備考3) 第5代孝昭天皇の項は、『播磨風土記』。そこに「おおみまつひこのみこと(=孝昭天皇) ここに館を造りましました時に・・・」と書かれている。沖森卓也ほか『播磨国風土記』、山川出版社、10頁。『播磨国風土記』のこの記載箇所は、武力制覇した106年(仮定)からしばらく経って当地が完全平和になった時期たとえば115年前後など、を推定すべきだろう。なお、播磨国の海岸部を完全制圧していない限り、第7代孝霊天皇吉備国への本格的な武力侵攻は不可能。上記の「舘」は、吉備など西方侵攻のための前進基地か。

(備考4) 第11代垂仁天皇の項は、『日本書紀』を参考にした。

(備考5) 第9代開化天皇の項は、「ももそひめ(卑弥呼)」が魏帝国の帯方郡に緊急軍事救援を泣き込んだ、『魏志倭人伝』にある交戦相手国「狗奴」国を“美濃”に比定した。関東の上野国群馬県)に比定する説もあるが、信濃や甲斐を制覇していない240年代半ばの大和朝廷には距離的に上野国に対する服属要求戦争はまだ無理ではないか。また、真っ青になって魏に救援要請をしたのは、負ければ大和が敵に攻め込まれる近距離にあることを示唆している。 なお、この直後に第10代崇神天皇が敢行した、(1300年後の)織田信長のような短時日の積極的な軍事的膨張から見て、“伯母”「ももそ姫」が心配した“甥”第9代開化天皇の美濃制圧は、大和朝廷の勝利に終わったようだ。それでも念を押すべく、第11代垂仁天皇は、この美濃に対し大規模軍隊をみせつける軍事的威圧を行った。

中川八洋掲示板は、amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。