中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“論壇の暴力団”西尾幹二の弁護士は、同類の“犯罪”常習弁護士──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(37)

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 故・谷沢永一氏は、人間観察力の達人であった。私はしばしば、谷沢氏から「人間力を磨け!」と注意された。そんな谷沢永一氏が1990年代後半、西尾幹二共産主義者で“極左”だと激しく怒っていた。私は、西尾幹二ニーチェヒトラー狂の廃墟主義アナーキズムの“極左”だと、政治思想の専門家として診断していたし、西尾幹二が“共産党に媚を売る”“計算づくめの共産党シンパ”なのも知っていたので、谷沢氏の「共産主義者」は学術的には正確でないと思いつつも、“極左”に括るとは「さすが」だと感心した。なぜなら、世間では、西尾幹二を、あろうことか「保守」と逆さに錯覚する度外れの勘違い屋がごまんといる中で、谷沢氏の炯眼はひときわ光っていた。  

 谷沢氏の無二の親友だった故・渡部昇一氏は、ほとんど他人を非難しない穏かな人柄だったが、1990年代前半、二、三度ぽつりと静かに、「西尾幹二は“噛みつき狂犬”の暴力団のような人格で、自分は口もききたくない」と漏らすことがあった。1990年代を通じて私は、小学校一年生時の夏休みの宿題でやった「朝顔の成長観察」と同じく、西尾幹二の異様な「ショービニスムの反米ドグマ」をじっくりと観察中だったので、黙って聞き流した。要するに、谷沢氏は西尾幹二の思想を、渡部氏は西尾幹二の人格を、私に教示して諭そうとしたのである。  

 西尾幹二の本性が“ごろつき”だとは見抜いていたが、実際はそれ以上で、異常な「“噛みつき狂犬”の暴力団」だと納得したのは2002年夏だった。この時、西尾幹二の狂気の思想を研究してばかりせず、渡部氏の注意にもっと耳を傾け、日頃は狡猾に隠して表に見せない西尾幹二の凶暴な人格の方も観察する人間力をもつべきだったと反省した。また、渡部昇一氏は酔った西尾幹二を知らないが、私は、酔った西尾幹二の形相が狂犬病の狂犬顔になり、他人を睨みつけながら「うっー」と唸る光景を何度も見ている。渡部昇一氏の方が、人間力に関する限り、私より上のようだ。

ペテン師評論だけで名を成したのは、“論壇の暴力団”としてアコギな裏工作を執拗に展開した成果

 西尾幹二の著作すべてに通じるが、学術性が全くない。これが西尾の一大特性だろう。大学教授に要求される学的知識もまったくない無教養ぶりを恥じずに、やったらめったら、思いつくままに書き殴っているだけの粗悪品の乱造。竹山道雄/林健太郎/福田恒存ほか保守系知識人の作品と本質的に異なっているのは一目瞭然。  

 こんな代物で、“平成の民族系(「保守」ではない)論壇”の大ボスに伸し上ったのは、教科書運動と『国民の歴史』のベストセラーだけではありえない。論壇の裏で自分を批判する者を執拗に追い落とす、過激な“論壇の暴力団”としての前代未聞の論壇工作の成果である。論壇の渦中にいない者でも、大人の常識があれば推定できよう。  

 現在でも坦々塾に集う面々は、北朝鮮人を中核に、森友学園籠池泰典よりはるかにいかがわしいものが多い。産経新聞社やそれ以外の西尾幹二の交友関係や人脈を辿れば、明らかに北朝鮮人の暴力団と思しき者がふんだんに出てくる。“論壇の暴力団組長”西尾幹二が醸し出す暴力団性の必然だろう。  

 このことの一端は、西尾幹二の弁護士たちも如実に証明してくれる。実名を挙げると、野中信敬安田修川見友康の三弁護士である。野中や川見は、誰が見ても外見においてヤクザとしか思えない。彼らがいかに“論壇の暴力団西尾幹二と同類であるかは、縷々説明するまでもなく、日弁連の次の処分を一読すればすぐに理解できよう。類は類を呼ぶ。西尾幹二の犯罪者性において、西尾幹二の周辺は“犯罪”常習者ばかりが集まる駐屯地になっているということ。

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『自由と正義』2016年5月号、89頁。

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