中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

「天皇制廃止準備」特例法起草の赤い官僚や御厨貴に全面降伏した“民族系”日本会議/三雑誌/産経新聞の醜態

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 戦後日本の「保守」がその滅びを加速する元年となった1983年は、日本没落へのターニングポイントでもあった。その数年後の1990年代に入るや、「保守」は、竹山道雄ほか保守系知識人の物故・引退andその他の大変化が同時に起きて、私中川八洋一人を残して完全に日本から消滅した。

 日本国の存続にとって“日本を守る《保守》の死滅”は深刻で悲劇的な情況だが、これを高笑いした男がいた。福田和也である。福田和也は、タイトル「・・・保守は死んだ」での浅田彰との対談(『VOICE』誌、1996年9月号)で、「ざまーみろ!日本」とばかり“保守消滅”宣言を発した。文藝評論家・福田和也中核派北朝鮮人だが、その時代を見抜く眼光には並外れたものがある。

 私は、福田和也と思想的には南極と北極ほどに乖離・対決しているが、ドウルーズ崇拝の福田和也のこの結論だけは、唯一例外的に同感した。私が、日本の保守の滅びに向かう衰えの急を直覚した最初は1984年だった。そして、1991~5年にかけ、「日本では、《保守》は殲滅され消滅した。これからの日本は滅び一直線となる」と鬱鬱としていた。だから、1996年の福田和也の“保守消滅”宣言には、傷口に塩を塗られる激痛を覚えた。

 そればかりか、その頃、「中川八洋を潰せば、日本の“保守”は完全にゼロだ!」と福田和也が語っているとの風聞が私の耳に複数届けられた。「民族系」と「保守」の間には天と地ほどの差異があると正確に理解していた福田和也にとって、「民族系」が「保守ではない」ことなど自明であった。「民族系」こそが“保守潰し”の尖兵部隊であることも、福田和也にとっては朝飯前の常識に過ぎなかった。

 日本の「保守の死滅」を、2017年前半の日本は改めて、絵に描いたように証明した。日本における「保守の不在(臨終)」は1990年代半ばの確定事項だが、2017年の日本は、それを再確認したことになる。換言すれば、2017年前半の半年、特例法制定の過程に気を揉み怒りに手を震わせながら、“日本における保守の不在”を痛感し慨嘆しなかった日本人とは、「保守でない」。もちろん、「日本国民ですらない」。

特例法を一言も批判しなかった民族系三雑誌『正論』『WiLL』『Hanada』の実態

 日本には、民族系雑誌が三誌ある。『正論』『WiLL』『Hanada』。この三誌は、今般の特例法をいっさい批判しなかった。この理由と原因は何だろうか。

 編集長がこぞって水準以下の低学歴でかつ人格欠陥者であるだけでなく、それらに寄稿する執筆者がことごとく雑文以下の低級野卑な雑談文しか書けない“クズ人間たち”であるため、特例法のような一定以上の高度な教養学識を要求するテーマになるとお手上げだからである。また、皇室護持の魂・精神も学識も、基盤が「保守」である条件下で形成され得るもの。だが、血統および現時点の思想の立ち位置において「北朝鮮系」に分類できる三編集長は、「保守」とは対極にある。表1に纏めておく。

表1;皇統護持の信条は皆無で知見もゼロの、民族系三誌編集長の素顔

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 前稿で簡単に分析した、“民族系の司令塔”産経新聞が特例法に一文も一言も批判していない/批判できないのだから、産経新聞を見様見真似して“やっとこ編集”している『Hanada』『WiLL』『正論』に、特例法批判など全く不可能なこと。

 産経新聞と民族系雑誌三誌が、共産党/朝日新聞の監視と指導の下で起草された特例法に白旗をあげ全面降伏した以上、産経新聞と民族系雑誌三誌をもって運動の指針とする日本会議が、特例法に対して沈黙の形で間接賛成するのは当然の成り行き。すなわち、日本会議は今般、天皇制度廃止準備法の特例法に間接賛成することによって、天皇制度廃止を間接賛成したことになる。

 この現実情況は単なる成り行きともいえない。なぜなら、日本会議がようやく(秘めた天皇制度廃止の)本性を現したとも言えるからだ。まず、日本会議で皇室問題を主導する百地章が“共産党のモグラ”であることも大きく影響している。また、事務総長の椛島有三が、ソ連共産党員で北朝鮮人の名越二荒之助にどっぷり洗脳されて“スターリンの犬”に化していることも決定的であろう。

 日本会議民族主義は、戦前に遡れば源流が“共産党の別動隊”である以上、無意識にせよ、天皇制廃止の情炎を内心で燃やし続けているはずだと、私が最初に理論的・論理的に感じたのは椛島有三との会話からで1983年だった。この「理論的・論理的」とは次のこと。

 長野県松代に今も残る「昭和天皇/皇后陛下を監禁するための拘置所」を見ればいいように、また8月14日宮城クーデターを思い起こせばいいように、昭和天皇を銃殺処刑して天皇制度の完全廃止が戦争目的の筆頭だった祖国反逆/天皇誅殺の大東亜戦争を崇拝する“大東亜戦争崇拝教のカルト教団”である以上、日本会議の根底に潜む無意識の信条は、共産党朝日新聞と同一の、天皇制度廃止であるはずだ、と。

 “民族系”を代表する産経新聞/民族系雑誌三誌/日本会議が仲良く首を揃えて、赤い官僚・共産党朝日新聞に屈し、白旗を旗幟鮮明に掲げて全面降伏して、天皇制廃止準備法である特例法に間接賛成した、その醜悪・醜態な自己破綻事実は、日本戦後政治史上の重大な歴史として留めるべきであろう。

特例法=天皇制廃止準備法と気付かない、“雑談屋”&ペテン師の「民族系」評論家

 産経新聞や三雑誌など「民族系」メディア媒体が、皇統護持にいっさい無関心というより、間接的な行動ながら天皇制廃止側に位置するようになった日本の恐るべき現実は、自称「民族系」評論家たちが、実は「民族系」ですらない上に、最小限の知識も知見も何一つ有さない“詐言(ペテン)師”で“雑談屋”である事による。

 具体的に言えば、赤い官僚たちと共同謀議しつつ、実質的には“豚鼻の共産党員”御厨貴が中心となって纏めた有識者会議の論点整理(1月23日)や、利権屋政治家・大島理森がリードした衆参正副議長の「議論のとりまとめ」(3月17日)等で、5月19日に安倍首相の特例法閣議決定で公表された特例法の全貌はほぼ、実は、それより三ヶ月以上前の2月頃から誰にでも推定できた。

 特例法批判の本ブログ「今上陛下の生前ご譲位は皇位断絶」シリーズを開始した、その第1回は3月1日の上梓。以来四ヶ月、本稿は第十五本目に当る。つまり、「民族系」評論家が詐称ではなく、本当に「民族系」で本当に「評論家」であるなら、私の水準までは期待しないが、上っ面レベルでもいいから私と時期を同じくして、3月から特例法批判をしているはずである。だが、この3~6月の四ヶ月間、一本も一文字もそのようなものは、上記の雑誌・新聞に書かれることはなかった。

 すなわち、「民族系評論家」とは、実は「民族系」でもなく、「評論家」ですらなく、実態的には“雑談屋”であり、籠池理事長と同じペテン師だということを、3月から6月までの四ヶ月間、『正論』『WiLL』『Hanada』『産経新聞』が完全に証明したことになる。この事実はまた、『正論』『WiLL』『Hanada』とは、雑談屋たちが管を巻く“雑談落書き帳”であって、論壇誌でもなければオピニオン誌でもないということ。つまり、『正論』『WiLL』『Hanada』を読んでいる購読者とは、実は日本国民ではないことになるし、それ以前に、まともな人間ですらないということ。

 福田和也が指摘する通り、“日本の保守は、私一人を残して、1995年までに死滅した”のである。それ以後、“保守”は、確かに私以外には影も形も存在しない。

 ということは、『正論』『WiLL』『Hanada』は嘘ラベル「保守論壇誌」などと、万が一にも詐欺的な詐称をすべきではない。有りの侭に正しく“雑談呆け本”だと称すべきである。『産経新聞』もまた「保守新聞」などと詐称するのではなく、有りの侭に“雑談呆け報道紙”と正しく称してもらいたい。

(6月11日記)

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