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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

皇室典範は、日本国憲法に優越する“上位の法” ──大原理“法の支配”に従い、明文憲法は皇位に“規制(制限)”される

生前ご譲位は皇位断絶への道

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

(本稿は、前稿「“生前ご譲位”は、皇位断絶への危険な一里塚」の後篇である)

第一節 古来からの”法”(=証明済みの慣習法、一般規則)>明文憲法>法律

 1607年、エドワード・コーク卿が国王ジェームスⅠ世に諫奏するに、ブラクトンの法諺を持ちだしたエピソードは名高い。この法諺とは、裁判官ヘンリー・ブラクトン著『イングランドの法と慣習』(1235~60年の間で正確な完成年は不明、上司の裁判官Raleighの作業を引き継いだ)にある、「Quod Rex non debet esse sub homine, sed sub Deo et sub Lege」である。訳せば、「国王であるが故に何人にも服してならないが、神の下と法の下にあるべきである」(注1)。  

 ブラクトンのこの法諺は、特に1990年頃から恣意的立法に暴走する日本の国会が、もう一度自らの立法を自ら規制すべく自戒をもって厳守すべき絶対鉄則であり、日本にとって生きた“法”である。国王が立法と裁判の大権があるからとして恣意に走らんとする王権神授説の幕開け時代に抗して、裁判は国王が裁くのではなく“法”が裁くのであり、勅令による立法もまた“法”に規制・制限されるのであると、“国王大権は法の支配の下にあるLaws rule the King”とのコーク卿の諫言はそのまま、立法の全権を持つと錯覚する現在の日本の衆議院参議院国会議員への警告にもなっている。  

 日本の衆議院参議院国会議員は“法”に支配されていることを自覚すべきで、“法”に違背する立法を行ってはならないと自戒すべきである。

 すなわち、日本の国会議員全員は、このブラクトン法諺を拳々服膺して、「立法は、“法”の下ですなわち“法”に違わない範囲内でしか、してはならない」立法原則を絶対遵守する正しい立法者に生まれ変わらねばならない。しかし、日本の国会議員は、今や全員が共産主義者北朝鮮人は初めから除外するが)選挙屋に成り下がった極度に無学・無教養の輩ばかりとなった。仮にも、彼等が立法規範“法の支配”に準拠できるようになるためには、“法”や“法の支配”について、まずは白痴とかわらぬ全くの無知状態から脱出してもらうほかない。

 東大法学部の教授を始めとして日本の憲法学者法哲学者は、一人の例外もなく、“法の支配”を理解できない。その上に、これを歪曲する。この歪な日本学界の異常もまた、日本の国会議員“法”と明文憲法と法律の間の“上下関係の序列”を認識できない知的不能に陥れてきた。

昭和天皇ポツダム宣言受諾ご聖断”は、国家存続という“上位の法”故に、憲法を超越的に拘束する

 日本の憲法学者は、一人残らず、極左イデオロギー「人定法positive law」が支配する「ドイツ法」学派もしくは命令法学というべき「社会主義憲法」学派であるため、英米法を一切知らない。田中二郎のような英米法の専門家と詐称する大学教授は数的にはかなりいるが、彼らは「ドイツ法」等の歪んだ思想で英米法を分析しており、「非・英米法英米法学者」という他ない。  

 このため、日本の法学部では、1945年8月14日の昭和天皇ポツダム宣言受諾の御諚(=ご聖断)を“超法規の国家意思”と見做すばかりで、それが明文憲法の条文より上にある“不文の上位の法”の顕現的執行だったと解することができない。知的教養のひどい欠如と欠陥が飛び出している。  

 国家の存続そのものを図る “不文の上位の法”に対して、明文憲法はそれに拘束される。自明なことではないか。昭和天皇の“ご聖断”は、超法規の国家意思ではない。2000万人の一般日本国民が死に至る本土決戦という国家滅亡から、国家と国民を救出する“法”──不文の古き良き法──があったのを英邁な昭和天皇が「発見され」、この“法”に従って、日本はポツダム宣言を受諾した。明治憲法は、国家と国民を救出する“法”(発見された不文の古き良き法=ご聖断)に対しては、下位の法規にすぎず、ご聖断に従属するのは当然のことである。 

 この事例は、GHQの進駐後の日本国憲法にも当て嵌まる。その起草と国会審議は、GHQと日本側双方の共産主義者達及びそのシンパが関与したため、明治憲法よりはるかに“法”を徹底排除するものとなった。「非“法”化された憲法」である。札付きのアメリカ共産主義者ベアテ・シロタ嬢が起草した憲法第24条は、そのほんの一例(注2)

 そればかりか、日本が主権を喪失した占領中の憲法であるが故に、主権国家のみが有する「元首」ならびに「国防軍」等の語彙は、法理論的には否定せざるを得ず、これはGHQ側の悪意によるものではない。憲法第一条の「象徴」「国民の総意」や、憲法第九条の「国防軍の不保持」の挿入は、この結果である。

 が、1952年4月28日に主権を回復した以上、日本国憲法は改正せずとも、主権国家の“不文の法”がその上位に復活したから、日本国憲法の第一条と第九条の解釈は、この“上位の法”―不文―に基づかなければならない。国防軍の保持は主権国家が生存するに必要だと不文の“上位の法”が定めているので、自衛隊憲法上合憲なのはむろんのこと、自衛隊は日本国を支配する“法”からすれば、過度に弱体に自己抑制された実力組織ということになる。

 集団的自衛権の合憲性も、“法”「主権国家は生存するに、国際法の認める範囲の最大限の努力義務を自らの国家に課している」に照らせば、自明以前の話。これを「違憲だ」と騒ぐのは“法を知らない野蛮人の暴言・妄言”である。

125代に亘る皇位継承は“法の中の法”故に、“下位の法規”憲法はこれに従わなければならない

 皇室典範は、単なる皇位継承法ではない。それは2000年間も連続した125代に亘る天皇皇位継承の歴史と伝統に依拠している一般規則である以上、“法の中の法”で、故にいかなる明文憲法も、これに従わなければならない。“法”は憲法の上位にあって、下位の憲法がこの“上位の法”に従うことを“法の支配”という。  

 日本国憲法の第九十八条第一項「この憲法は国の最高法規」は、明文法規における「最高」と解するもので、不文の“法”を含んだ場合においては「最高ではない」。この理由は、1787年に裁判所の“対議会”違憲立法審査権を「発見した」米国のアレグザンダー・ハミルトンが依拠した1610年のコーク卿のボナム医師事件判決に従えば、次のように解釈するのが最も正しい解釈だからである。

皇室典範もしくは日本国の“皇室の家法”が定める“皇位継承”は、最上位の“法”であるが故に、“法の支配”に従い、これに違背する憲法の規定は全て無効voidとなる」。

 ハミルトンが「発見」した違憲立法審査権の理論は『ザ・フェデラリスト』78編(注3)にあり、これが連邦最高裁判所の主席判事ジョン・マーシャルの「マーブリ対マディソン事件」判決(1803年2月)で“憲法条文”と同等になった。コークのボナム医師事件判決は、『コーク判例集』第8巻(注4)を参照せよ。

 なお、当該コークの判決文の一部を次に引用する。判決文の「コモン・ロー」を“皇室の家法”「皇位継承の伝統と慣習」に、「国会の法律」を「日本国憲法」に読み替えれば、現在の日本のためにコーク卿が四百年前に下してくれた判決であるかに思える。

「コモン・ローは、国会の法律を規制し、時には、国会の法律を無効be voidと判示する。なぜなら、国会の法律が、コモン・ロー上の権利と条理に違背する時には、もしくは矛盾する時には、もしくは執行不可能な時には、コモン・ローは、そのような国会の法律を規制し、また無効と判示するだろうからである」。 

憲法を超越してその上位の特例法は、憲法とはいっさい無関係・独立して立法されるべき

 このように、皇室の家法である不文の皇位継承の“法”は、憲法より高次にある“上位の法”だから、今上陛下の御諚に基づく今般の特例法は、憲法をいっさい無視して良く、憲法から如何なる制限limitationも規制controlも受けない。ある極左政党は、特例法を憲法違反の疑いがあると騒ぎ、法学に弱い大島理森衆議院議長はこれにビクツキ、“法の支配”に違背する「皇室典範いじくり=改悪」をなそうとしている。皇室典範に特例法の根拠規定を置くことは、皇位継承に関わる法的措置と“憲法以下の法律”の次元に貶めることであって、憲法の上位にある皇室典範そのものを貶める暴挙となり、“法の支配”に違背すること甚だしい。  

 心底では過激な天皇制廃止を目論む、天皇・皇室へのいっさいの尊崇心を持たない“非・国民”野田佳彦は、主権喪失時代の占領協定で、名前を憲法と称している瑕疵ばかりの現憲法金科玉条に、いや「世襲皇位」を定める憲法第二条を意図的に大曲解して、「天皇の退位と即位は、違憲の疑いが無いように決めなければならない」と真赤な妄言をうそぶいている(注5)

 「退位」など2000年の皇統史にない。天皇践祚(即位)は、憲法より高次の“不文の法”もしくは皇室典範の定めによる。憲法第二条とは一切関係がない。こんなにひどい与太者と変らぬ暴言・妄言をほしいままにするのは、野田佳彦共産党コミンテルン信仰を共有し、健全な日本国民が国会議員の要件だと定める憲法に違反する“憲法冒瀆の《非・国民》政治家”だからである。

 なお、憲法第二条の語句「国会の議決した」は、“上位の不文法”に違背しており、それが削除されるまでは不在に扱わねばならない。“法の支配”に準拠すれば、皇室典範は皇室の家法だから、皇族会議が定めるもので、国会は関与できないし、関与してはならない。

第二節 伝統・慣習から立法を監視する「裁判所」機能を持つべき国会

 日本人はいつの間にか幼児化して、三権分立を、その文字通りに三権が厳密に分離していると、思い込んでいる。三権分立とは、三権が基本的には分離して、相互に均衡と対立関係を持つことによって、権力の一極集中、すなわち独裁を未然防止する政治制度である。

 が、三権が携わる者の完全な分離によって均衡と対立関係が基本的には確保されていれば、三権は相互に重なる部分を有する方が、政治の効率性や政治の高い質の維持を図ることができる。とりわけ、立法において間違いや有害な法律の制定を最小化するには、国会が裁判所機能から完全分離するのではなく、裁判所の役割とは相互浸透的に重なる方が望ましい。

 具体的には、国会議員が裁判官を兼ねる“権力の不分離”は断じて排斥されるべきだが、国会が立法に際して、裁判官的に古来からの伝統や慣習に照らして適切か否かを審理することは、立法過程において不可欠で重視されてしかるべきもの。行政の必要から粗製乱造的な立法が日常の、無慮と軽薄な立法にうつつを抜かす日本の国会は、あるべき正常な国会の姿から大きく逸脱している。日本の国会は、行政主導の法治主義が跋扈して、“法の支配”が死滅した。“法の支配”と法治主義とは異次元で、敵対的とすら言え、共通する所など全くない。

(備考) 三権分立は、フランス人モンテスキューの『法の精神』(1748年)で世界に広がったため、日本ではモンテスキューの「発明」のように誤解する者が多い。実際には、英国発祥の政治制度もしくは政治思想である。モンテスキューは、英国を観察してその理論化をした。

 ブラックストン『イギリス法釈義』(1765~9年)やペイリー『道徳と政治哲学の原理』(1785年)などで権力分立が淡々と語られているのは、(フランスとは異なって)英国では中世から権力が集中せず、立法や裁判が各政治機関入り乱れて相互牽制/相互廃棄/相互拒否が実態だったからだ。

 一方フランスでは、モンテスキューの権力分立論=『法の精神』は、受容の観点からいえば全く一顧だにされなかった。フランスは、『法の精神』を踏み潰し、『法の精神』とは180度逆方向に暴走した。まずは、権力を独裁者(→独裁党)一人に絶対集中させるルソーの狂気本『社会契約論』『エミール』(1762年)が、フランス全土を席捲した。続いて、このルソーの狂気を経典にした「国家の宗教団体化」というべき、ロベスピエール独裁/ジャコバン党独裁による、“血塗られたカルト宗教の暴政”であるフランス革命が起きた(1789年)。米国の建国とフランス革命は何もかも真逆。

現在日本の国会議員たちは、かつて「上級裁判所」だった英国の国会を真似るべきではないのか

 日本の憲法学者や政治学者は、国際的に言えば質的に水準以下が95%を越える。英米の大学ならば、決して大学教授になれない。このような評価が、世界の学界の一致した常識。日本の憲法学者や政治学者は、度外れに基礎知識が全くない。彼らが大学教授であること自体が日本の恥。  

 この故に、日本の憲法学者や政治学者は、英国の国会がかつては「上級裁判所」として機能していたこと並びにこの活動の方が「立法」よりも多く、国会の役割の大半を占めていた事実を知らない。また、この方が国会のあるべき姿としてはより健全との視点や認識を全く有さない。

 立法において最も恐れるべきは、法律によって社会が改造され変質することに尽きる。法律がデカルト流に設計主義的に創造されて社会が恣意的に改造されると、伝統や慣習や歴史が息づいて初めて国家・民族の未来に向かう生命が躍動できるのに、この生存と生長の生命力が萎縮し涸れ、ついには国家の生存が危ぶまれるからである。

 マッキルウェインは、「英国の国会は、テューダー朝(1485~1603年)まで本来的にも主としても立法機関と見做されたことはなかった。それは現実には、“国会の上級裁判所”The High Court of  Parliamentだった」「国会は立法機関というより、まずは裁判所と考えられていた」と述べている(注6)

 確かに、国会が行政の必要に応じて次から次に立法する現今の日本のような、国会が法律製造機械に堕しているのは、実に危険である。法律をつくるに、自動車メーカーのベルトコンベアと同じ機能と役割が日本の国会の実態となったが、これが果して国会のあるべき姿なのか。

 例えば、民族に古来から継承され、また個々の日本人がその生において指針を得ている家族や伝統や慣習を一気に破壊する男女共同参画社会基本法が1999年に立法されたが、仮に国会が法律を“不文の上位の法”から審査する「裁判所」機能を重視する機関だったならば、日本民族の全てを敵視し、そのすべてを破壊せんとする、このトンデモ男女共同参画社会基本法内閣府から提出された時、国会は即時に拒絶しただろう。

 米国では、国会議員とくに上院議員の質が日本と異なって、高学歴でしかもロー・スクール卒が過半を占めている。米国の大学において保守主義はロー・スクールにおいて温存されており、そこではコークやブラックストンが教授されている。今ではめっきり減ったとはいえ、保守主義の大学教授のほとんどはロー・スクールの教授。この故に、米国では保守主義や“上位の不文法”からの立法監視が、制度ではなく、国会議員の良質さから、ある程度は維持されている。

日本の国会議員は低学歴の選挙屋ばかりで、朝日新聞の煽動のまま/赤い官僚の言いなりのまま

 一方、日本では大学にも官僚にも、保守主義者がいない。しかも、国会議員の学歴は、官僚より一ランクも二ランクも低い。さらに、この官僚すら、1960年代までとは打って変わって、東大のトップ卒は嫌気をさして官僚にならなくなったから、その質はジェットコスターが崩落した如く大暴落している。

 これほど劣化し悪貨となった赤い霞が関官僚よりも、さらに国会議員の方が学歴も知的教養も圧倒的に低いことで、立法を日本民族・国家の伝統/慣習/歴史や“上位の法”から審理することなど、ますます不可能になった。日本民族・国家の伝統/慣習/歴史や“上位の法”を知るには、最低限、東大卒上位1%以内の秀才に限られる。

 要は、いつしか日本の国会から、天皇・皇室や皇族を奉戴し天皇制度そのものを存続させる最低・最小限の知見も智慧も雲散霧消し、そのような精神すら消失して皆無になった。今般の特例法の制定で大島理森が、自民党民進党とを真正面から激突させるべきなのに、その逆にこの公開激突を回避する姑息な立法手段に固執した弊害は大きい。なぜなら、この激突を通じて、自民党議員の中に2000年の歴史ある皇統史の専門家が自然に育成されるのに、この好機をふいにしたからである。

第3節 国会議員よ、平安時代の「生前ご譲位」程度の知見なくば去れ! 

 「生前ご譲位」に関して、井上毅がこれを全否定して、皇位継承の一般規則から排除されるべきだと「禁止」に定めた。これが、昭和皇室典範に引き継がれる明治皇室典範の第十条である。

「第十条 天皇崩ずるときは皇嗣すなわち践祚し祖宗の神器を承(う)く」

 「生前譲位」のケースは、“中継ぎ女性天皇”であられた皇極天皇(在位642~45年、35代天皇をもって嚆矢とする。皇弟・孝徳天皇皇位に即かれるまでの“空位防止の緊急避難策”だから、生前譲位は皇極天皇にとって当初からのアジェンダ。これが後世、院政という弊害の多い、まさに好ましくない制度の先例となることなど予測できなかった。

(備考) 女性天皇は“中継ぎ”のみのため皇位に即(つ)くのであり、中継ぎ以外の女性天皇は日本の皇統史に御一方も存在しない。女系天皇の可能性を医学的・生物学的にゼロとするために女系の血統(皇胤)を始めからゼロの不在にしておくために、“中継ぎ”女性天皇にはさらに“不文の法”「御懐妊の禁止」が絶対的に課せられた。この“不文の法”は完璧に遵守された。

 井上毅皇位継承の“法”──法律ではなく、明文憲法の上位にある“永久の真理”──皇室典範を起草するに、最も精魂込めて研究したのは南北朝の抗争をもたらした両統迭立のようなケース発生をいかに防止するかであり、そのような皇統紊乱とこれと複合する廷臣の暗躍を未然に防止するかであった。「生前ご譲位」の禁止と、それによる必然的な院政の不在とは、確かに、これへの解答として見事に合理的である。

 すなわち、「生前ご譲位」による“太上天皇”の存在を、「生前ご譲位の禁止」によって否定的に不可能状態にしておく一般規則の設定は、ニュートン力学に類する)科学的真理と同一視できる大原理だから、122代にわたる天皇が関わった121回の践祚の研究から井上毅帰納法的に導いた高等数学の解のようなものだと考えればよい。

 ちなみに、国会議員が「生前ご譲位」を語るなら、当然に有すべき知識として、平安時代における新帝の践祚が先帝陛下の崩御によるか譲位によるかぐらいの知見は当然有すべきだろう。大島理森を始め、今般の特例法の問題を国会で審議するに当って、皇位がもっとも盤石で安定していた平安時代の、第50代の桓武天皇から第80代の高倉天皇に到る「30回の皇位継承」についての基本知識ぐらい持っているのが極く当たり前ということ。表1は、今の国会議員に、この知識があるか否かを自己採点できるよう作成した。

表1;皇位が最安定の平安時代の「生前ご譲位」は50%──有益? 無害? 有害?

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備考1;「事実上の崩御」とは“不治の御不例”を悟られ仏門帰依のため譲位され、ほぼ旬日で崩御されたケース。

備考2;「遜位」は「譲位」と同義。「受禅」は、先帝譲位に伴っての践祚を謂い、先帝崩御践祚には用いない。

 序なので、したり顔で新聞記者相手に「皇室典範の規定にせよ」など知ったかぶりに御託を並べる、心底では天皇制廃止を目論む“悪の非・国民”野田佳彦・幹事長に、表1から一問を問う。

 白河天皇の「生前ご譲位」は、皇位継承の安定を2000年のスパンで考えて、果して無害であったのか、有害であったのか。「鈍牛的」ではなく実際には牛の頭しかない“本物の悪”野田佳彦よ、さあ答えてみたまえ。台湾籍なのに実態は“赤い支那人蓮舫を操って愉快がっている野田佳彦よ、この程度の知見もない愚かな自分を今はじめて自覚できたのではないか。

 つまり、野田佳彦は、皇位に関する知見が完全ゼロだと自覚したなら、自ら本件「特例法」の審議に関与する資格がないと判断する謙虚さを持つべきだ。野田佳彦は、蓮舫と連れ立って、本件「生前ご譲位」問題からいっさい手を引け! これが政治家の良心。民進党全体を本件特例法に関して棄権させるのが野田佳彦の職務だし、そう強制するのが真正な日本国民の“世襲の忠誠義務”。

 「生前ご譲位」問題は、天皇・皇室への恋闕心なき者が関与してはならない。皇統護持に命を棄てる覚悟の、真正な憂国の魂と高貴な精神を持つ日本国民以外のものが関与してはならない。

 このルールを徹底しないと、今般の特例法の立法に乗じて野田佳彦のように天皇制廃止を狙う者が続出する。野田佳彦は、2012年の総理時代にその犯意をあらわにしたが、天皇制の自然消滅による廃止に直結する女性宮家の創設論者。そして今、安倍・自民党の特例法に基本的に賛成する代わりに、ヤクザのごとく「代償をよこせ」と、天皇制度の自然消滅を図るべく、女性宮家の創設を自民党に迫っている。皇室尊崇者なら、今上陛下の今般の御諚の問題で代償要求など万が一にもしない。

 しかも、自民党議員は、仮に天皇制廃止のコミンテルン・テーゼとは無関係で凡庸な天皇制支持者であっても、どうやればその恒久な存続を図りうるかとなれば、無学・無教養だから、過半の議員が天皇制廃止という恐ろしい民進党の騙しの甘言に洗脳される。現に茂木敏充政調会長は、「女性皇族のご年齢からしても、女性宮家などの問題は先延ばしすることはできない」と明言し(注7)民進党の罠に落ちた。茂木敏充は、野田佳彦を首領に驀進する民進党天皇制廃止運動に加担した。

「生前ご譲位」は、例外中の例外の特例。今上陛下を最後とし今後の先例となるのを禁止せよ!

 今上陛下の御諚「生前ご譲位」は畏れ多いことながら日本国の終末への弔鐘になるかも知れないと、国家の危殆に慄いた、賢慮をまだ失っていない真正の政治エリートは日本に果たして幾人いるのだろうか。吉田茂マッカーサー元帥/キーナン主席検事を“股肱の臣”として日本国に“保守主義”を再生された昭和天皇崩御(1989年1月)を境に、日本が迷走というより逆走を過激に加速して、今では日本は、日本自身を破壊尽さんとしている。「日本国を保守する」“保守主義の精神”は、日本列島から完全に消滅した。

 今上陛下の御諚「生前ご譲位」を例外中の例外の、まさに特例として処理して決して先例とならぬようにする智慧や賢慮すら日本国内から消えたのは、この「日本国を保守する」保守主義の精神が日本列島から完全に消滅したことと無縁ではない。

(3月8日記)

 

関連エントリ

生前ご譲位は皇位断絶への道

 

1、『コーク判例集』第12巻、63頁。

2、ウィロビー少将らが、シロタが「米国籍のコミンテルンソ連工作員」だと気付いて占領軍から叩きだしたのは、日本国憲法が国会を通過した後だった。ホイットニー率いる民生局の中に米国共産党員がおり、日本語が堪能を理由にタイピストのシロタ嬢を手引きし民生局に配属した。

3、『ザ・フェデラリスト』78篇、福村出版、376~82頁。

4、『コーク判例集』第8巻、113~21頁。

5、『朝日新聞』2017年3月4日付け。

6、Mcilwain,“The High Court of Parliament and its Supremacy”,pp.109~10.

7、『朝日新聞』2017年3月3日付け。

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