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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

安倍晋三よ、日米安保条約「双務化」改訂をトランプ大統領と今直ぐ交渉せよ──岸信介“悲願の遺言”をポイ捨てする安倍晋三

筑波大学名誉教授    中 川 八 洋

 2016年の選挙中、トランプ大統領は、“世界最悪の堕落民族”となった体たらく日本人のため、日本国民なら必ず最優先的になせねばならない最重要国策を喚起してくれた。彼はこう言った。「米国は日本を防衛する義務があるが、日本はアメリカを防衛する義務はない。余りにアンフェアだ」、と。

 日本人に「日本よ、国家たれ!」と、外国からこれほどに熱い助言を(ロシアが東欧を西欧に返還した1989年11月以来)ここ三十年間は聞いたことが一度もなかったから、“有難う、トランプ大統領”と言う他ない。生物学的ヒトに堕した平成時代の日本人を、“日本国民”に正しく再生するに、トランプ流の野卑粗暴な言葉に包まれてはいたが、緊要の真実「日米安保条約の片務性条項を双務性条項に改訂する」ことは、確かに最良の特効薬の一つである。

 つまり、この改訂は、日本国の国防に裨益するだけではない。それ以上に、重大な働きの効能がある。それによって、すでに国家意識を失って“国民”ではなく“生物学的ヒト”に堕している日本人が、国家意識を取り戻して日本国民に生まれ変わる第一歩となるからだ。

日米安保条約の片務性条文は、日本人から国家意識を剥奪する阿片的害毒

 自国の防衛を米国任せの“米国にタダ乗り”している状況は、日本人から国防意識のみならず、必ず国家意識も剥奪する。祖先から子孫に継ぐべき国土は、国民あげて自らの生命を賭しても守り抜くものであるとの精神を、(1960年から二世代を経た現在日本人が証明しているように)世代の交替と共にいつしか腐食的に喪失させていくからである。だからと言って、日米安保条約が有害不要だと言っているのではない。その絶対必要不可欠さは言うまでもないこと。

 日本は強大な核戦力で日本を標的にするロシアと中共の隣接国である以上、“核の傘”を提供する米国との同盟なしでは、日本国そのものの生存ができない。また、日本はロシアに対しても中共に対しても、戦略縦深(strategic depth)が欠如しており、米国という後背の“land”が不可欠である(注1)。また、日本経済の生命線である石油を中東に依存している以上、インド洋と南シナ海東シナ海を結ぶ海上通商路をシー・コントロールできる巨大海軍力を展開する米国なしには、日本は産業も国民生活も維持できない。また、ロシアの北海道侵攻時の北海道防衛のために米国の軍事力は欠くことができない。

 日本の生存を可能にしている、このような日米安全保障条約を堅持しつつ、日米安保条約の中で(日本側の事情で日本側が要望した)日本人を堕落せしめている間違った条文是正問題から逃避してはならないと、本稿は喚起したいのである。「早急に改訂せよ」と日本人に警告するのが本稿のモチーフである。

日米安保条約の双務性化は、日本が主権国家になる最低条件

 首相の岸信介が、首相の吉田茂の下で1951年に締結された旧・日米安保条約を改訂したのは1960年だった。つまり、現行安保条約は、2020年で満60歳の還暦を迎える。

 だが、岸信介アイゼンハワー大統領が締結した日米安保条約は、当時の内閣法制局見解を覆せなかったため、集団的自衛権が大幅に制限されているとの狂った憲法第九条解釈に準拠した。このため、正常な同盟条約とは言えない、実に歪な半・同盟条約になっている。この事は、正常な同盟条約ならば、現行条約の第四条/第五条/第六条において、「日本ならびに米国の安全」とあるべき語句が、「日本国」とか、「日本の施政の下にある領域」となっている。

 まさにトランプ大統領が指摘した通り。「米国が日本を守る義務を定めているが、日本は米国を守らなくてよい」の露骨な“片務性”を闡明する異様な同盟条約である。岸信介首相や1960年代までの絶対多数の日本人は、民族の矜持も主権国家の国民としての羞恥心も失った安倍晋三を含む現在の日本人とは異なって、“片務性”の日米安保条約しか締結できなかったことを「実に恥ずかしい」と臍を噛んだ。

 岸信介日米安保条約の改訂交渉を通じてさらに一段と、「何としてでも憲法第九条を改正して国防軍を創設し、国連憲章の集団的自衛権を堂々と行使できる普通の国になりたい」との決意を新たにした。そして、もう一度、安保条約を双務化する再改訂を誓っていた。

 安倍晋三は、集団的自衛権憲法第九条解釈の正常化に成功した。この点では、内閣法制局との闘いに敗れた岸信介を凌ぐ偉大な功績と言える。だが、岸信介は、憲法九条の改正に成功して集団的自衛権憲法解釈を呪縛から解放したら直ちに1960年日米安保条約を、次の中川改正案のように再改訂する予定だった。つまり、現行安保条約のような半・同盟条約ではなく、対等な主権国家同士の正常な日米同盟条約にする予定だった。

 だが、岸は、安保条約の国会批准をもって、革命前夜の騒乱となった1959年秋から1960年7月までの「安保騒動」の責任をとらされて総理職から放逐された。安保騒動は、モスクワと北京が操っていたように、実際にも共産化革命の大暴動だった。私は15歳になったばかりの高校一年生だったが、この1960年4月/5月、「アンポ、反対!」とシュプレヒコールをがなり立ててジグザグにデモる労組等の群衆に向かって、随分と小石を投げつけた思い出がある。

日米安保条約中川八洋改正案

 下線部分をゴチック部分に改訂する。

【1、現行第4条】   

 締約国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和および安全に対する脅威が生じた時は何時でも、何れか一方の締約国の要請により協議する。

【2、改訂第4条】

 締約国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、いずれか一方の締約国の安全又は太平洋域における国際の平和および安全に対する脅威が生じた時は何時でも、何れか一方の締約国の要請により協議する。

【3、現行第5条】

(前段)

 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め(recognize)自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する

(後段;国連憲章が定める国連安保理事会への報告義務)    

  略

【4、改訂第5条;前段は第一項と第二項の二つのパラグラフにする。現行後段は第三項にする】

(前段、第一項)

 各締約国は、太平洋域における、いずれか一方に対する武力攻撃を両国に対する武力攻撃とみなす(consider)。また、そのような武力攻撃が起きるoccurs場合(備考)太平洋域の安全と平和を維持するため、各締約国は国連憲章第51条が認める個別的もしくは集団的自衛権を行使し、軍事力の行使を含む必要な行動を直ちに執り、武力攻撃されている締約国を援助するassistことに同意する。

(備考)現在形であって、現在完了形の「起きたhas occurred場合」ではない。

(前段、第二項)

 前項における、締約国のいずれか一方に対する武力攻撃とは、締約国の本土metropolitan territoryのみならず、締約国の太平洋域における管轄下の島嶼ならびに太平洋上の軍隊、公船、公航空機に対する武力攻撃を含む

(後段、現行のままで、第三項になる)   

  略

【5、現行第6条】

(前段)

 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍、海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

(後段;米国軍隊の地位に関する行政協定について)   

  略

【6、改訂第6条;前段改正。後段は前段に「両締約国が合意する協定に従い」を挿入し全文削除】  

 両締約国の安全に寄与し、並びに太平洋域における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、両締約国が合意する協定に従い、その陸軍、空軍、海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

現行安保条約の大欠陥「極東条項」は、岸信介の“兵器音痴”が産んだ大ミステーク

 2017年の現在、日米安保条約を再改訂できなかった岸信介の無念を継承している日本人はついに私一人になった。1960年から1984年までの日本では、「憲法第九条改正と日米安保条約の再改訂」をペアで考える事は、安全保障に関心がある者の常識だった。新聞記者ですらかなり多かった。

 それが、1984年を境に、後者「日米安保条約の再改定」の方が一気に消滅した。1983年頃に突然出現した、江藤淳小堀桂一郎あるいは石原慎太郎など“奇天烈な思想集団”「民族系」が雑草のごとく繁茂したこととも関係している。国際政治や外交問題における無学・無教養な「民族系」は、その源流が共産党の分派だから、「反米」をレーゾン・デートルとしている。当然、日米同盟そのものを内心憎悪している。彼等が「日米同盟を、より健全化しよう」などとの発想それ自体、ありえない。(※吉田注→バックナンバーに詳細記事あり)

 むろん、「民族系」の台頭だけが原因ではないが、私が1984年、岸信介の衣鉢を継いで日米安保条約の再改訂を英文で発表したのが、現・日米安保条約を正しい日米同盟にする日本人最後の動きとなった(注2)。岸信介は、この後の1987年に永眠した。

 岸信介は、日米安全保障条約に基づく在日米軍基地の利用を日本と韓国と台湾の三ヶ国防衛に限定する「極東条項」に拘った。米国が、空母艦隊などのように、在日基地を中東の防衛にまで活用していることが気に入らなかった。理由は、在日米軍基地を、戦前のシナ/満洲などにおける(属国や保護国に対する)日本の駐兵権と同類視していたからだ。

 要は、岸信介は、長足の進歩を遂げている兵器知見について殊のほか“音痴”で、空軍・海軍の軍事行動がグローバル化しているのが全く理解できなかった。ロシアがインド洋に潜水艦部隊を遊弋させるようになったのは、岸の1960年日米安保条約から僅か十年後の1971年であった。

 ともかく今や、中共は、空母や対艦弾道ミサイルや航空機の空対地巡航ミサイルによる攻撃能力を、西北太平洋域において量的・質的に増強し続けている。これによって、日本の石油タンカーの通商路である南シナ海も日本を守るグアム米軍基地も脅威に曝されている。日米同盟の範囲がバシー海峡より北の「極東」で済む時代はとっくに去ったし、万人の目において時代錯誤なのは明々白々。日米安保条約の「極東」を「太平洋全域」にする改正は、防衛義務の「片務性」を「双務化」する改正と共に、急がねばならない。

 蛇足。米国側から見れば“厚かましい”と驚き呆れる「極東条項」「片務性」の二つの欠陥を平然と要求した岸信介の日米同盟条約案を米国が怒らず容認したのは、ひとえにアイゼンハワー大統領が岸信介を、その「反共・反ソ」故に“大のお気に入り”だったからだ。米国大統領で日本の首相とゴルフをしたのは、「アイゼンハワー岸信介と」と「トランプの安倍晋三と」だけの二ケースしかない。

 なお岸信介は、「極東条項」については“米国にしてやったり”と大満足し、「片務性」については“日本の恥だ”と無念がること頻りだった。

安倍晋三の、“岸信介の遺言”「安保条約の双務化」をポイ捨てした弊害は甚大!

 岸信介の悲願だった「集団的自衛権憲法解釈正常化」を安倍が遺言執行者のごとく成功してからすでに一年が経つ。が、安倍晋三は、岸信介が託したもう二つの遺言「憲法第九条の改正」と「日米安保条約の双務化」については、前者には時にはちらと気配だけみせるが、後者については幽かな煙すら見えてこない。後者は、安倍晋三の頭には全くないと考えてよかろう。

 安倍は、岸信介の遺言「日米安保条約の双務化」の方はすっかり忘れたか、もしくは、いつものポイ捨て病で塵箱に捨てている。だが、「日米安保条約の双務化」は、単に現実の必要にマッチしない、また時代錯誤でありすぎる問題が、その改正の唯一の理由ではない。

 日米安保条約が「片務性」のままである大きな弊害にはもう一つある。日本人が自国の国防を米国に丸投げして、日本だけでも自力防衛できる尖閣の防衛まで米国に依存する今日の日本人の惨たる堕落は、この片務性が日本国民から健全な国防精神を腐食的に剥奪してしまったからである。

 仮に日米安保条約が、日本も“米国の領土”グアムやハワイの防衛にいつでも馳せ参じる“防衛義務の双務化”を規定していれば、日本人も国防とは何か、国土防衛とは何か、国防精神とは何か、を常日頃思考している。当然、一億日本人を冒した、枯れたピーマンの中身のような精神の空洞化である倫理道徳の喪失/国家意識の喪失の病気が日本列島に伝染蔓延することなどなかった。

 「日米安保条約の双務化」は、日本人が精神における“国家”を取り戻し、“健全な日本国民”に再生する有効な働きをなすものだから、安倍晋三は総理として、国民をこの方向に牽引する義務を果し、そう条約を改定する決断を実行する時である。

(2月12日記)

 

関連エントリ

トランプ大統領は日本の好機

 

注  

1、中川八洋地政学の論理―拡大するハートランドと日本の戦略』、徳間書店、127頁の図1。  

2、Yatsuhiro Nakagawa,“The WEPTO Option”,Asian Survey,1984

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