中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

「人種差別から《非核三原則》を国会決議した米国大統領は、佐藤栄作」──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(34)

筑波大学名誉教授    中 川 八 洋

 私は、『撃論』第三号の頁で、囲み□内を書いた。

(附記1)“論壇ゴロ”西尾幹二は、知ったかぶりで高飛車な雑文を書き殴る。これは、正常な人格を有さない分裂症患者特有の行動でもある。彼のハチャメチャな間違いを二、三、以下に列挙する。

①西尾は〈四~五千発の長崎原爆をつくれるプルトニウムを貯蔵している日本の原発が、日本の安全核武装の最大の障害物である〉(八月号、四五頁)という。だが、日本の原発軽水炉から取り出されたプルトニウムは、Pu239の純度が70%で、核爆弾には適さない核分裂する確率がほとんどゼロに近い)。原爆には95%以上の純度が必要である。日本がプル核爆弾を製造する場合、軍用の黒鉛炉/重水炉で天然ウランを燃やしてつくる。米露英仏中印が製造している(水爆の起爆剤の)プル原爆は、これである。

②日本が原発をやめれば、その燃料生産のウラン濃縮工場も使用済み燃料を再処理する工場も不要となる。ウラン濃縮工場なしにウラン原爆はつくれず、再処理工場なしにプルトニウム原爆はつくれない。軽水炉であれ)原発の推進こそ、日本核武装の絶対的な最低条件の技術的基盤を提供したのである(表3参照)。しかし、西尾幹二は、精神分裂症型によるのか、〈原発核武装の障害物〉だと逆さにする。

③西尾は、異常な〈反米〉病の重患だからか、「西ドイツ国防軍がアメリカの核弾頭(「核爆弾/核砲弾」の間違い、中川)を上限百五十発に限って自由使用できる〈核シェアリング〉を認めさせることに成功した。同じ旧敵国でも、アメリカはドイツ人(「ドイツ国」の間違い、中川)に認めたことをなぜ日本人(「日本国」の間違い、中川)に認めないのか」(八月号、四六頁)と、ヤクザまがいの言いがかりをなしている。

 以下、少し補足する。

【一】 まず、上記□内の①②③に、科学技術的に、核兵器学として、国際政治学的に、ほんの小さなミスすら一つも存在しない。学術的に完全に正確である。もし西尾幹二が、「そうではない」「ミスがある」と言いたてたいならば、西尾幹二は、それを具体的に指摘しなければならない。指摘が全くできないのに、「名誉毀損だ!」と主張しているのは、逆に中川に対する重大な名誉毀損となる。

【二】 軽水炉からのPuの軍事転用の、科学技術的な困難性と非現実性について。

 軽水炉の使用済み燃料から抽出されたPuが爆発核分裂するか否かにつき、中川は、1978年頃、米国の某機関から「英仏の核爆弾は爆発せず、米国のだけ爆発した」との米英仏三ヶ国の共同実験結果を見せてもらった。仏は原爆製造に成功して18年、水爆製造に成功して10年、それでも軽水炉からのPuでは原爆を造れなかった。英国は各26年/21年が経っていたが、爆発させられなかった。

 そこで中川は、この某機関の核兵器専門家に尋ねた。「米国は、軽水炉からのPuを軍事転用する気はあるか」と。回答は「コストが数倍かかるし、性能の信頼性に欠けるので、しません」。呆気らかんの余りの素直さに、中川は失笑した。日本国の技術水準では「軽水炉からのPuでは原爆ができない」のを米国は知っていて、「できる」と国際的に騒いでいたことを思わず白状したからだ。

【三】 「日米間核シェアリング」を阻害する障碍は、「日米間核シェアリング」を拒絶すると定めた“日本の非核三原則”の方である。

 1970年後半以降、SS20とバックファイアー爆撃機による核攻撃の態勢に加えて、ソ連・東欧地上軍の六万輌の戦車群が電撃的に侵攻してくる、その最前線にあった西ドイツの国防軍砲兵部隊や対地攻撃機部隊に、米国は有事勃発と同時に、155mm榴弾砲の核砲弾/対地攻撃機用の核爆弾を渡すことにしていた。これを「米・西独間の核シェアリング」という。

 だが、それより十五年以上も昔、一九六〇年代初頭より、米国は北海道の陸上自衛隊には155mm榴弾砲用の核砲弾を、航空自衛隊にはナイキ・ハーキュリーズ(日本の通称名「ナイキJ」、備考)部隊用の小型核弾頭を充分な量、沖縄に備蓄していた。これが、1952年4月の主権回復後の日本に戦後一貫して存在した「日米間の核シェアリング」である。

(備考)航空自衛隊は現在も、外部の見学者用に一基だけ浜松基地に展示している。

 ソ連が背後で操る奇怪な「沖縄返還反対!」という極左運動の主目的は、沖縄返還に際して、首相・佐藤栄作から「沖縄にも非核三原則を適用する」との言質をとり、有事にこの両自衛隊に渡す予定の(「核シェアリング」としての)核砲弾/地対空ミサイル用小型核弾頭を撤去させることだった。

 実際に沖縄返還の一九七二年、これら日本の陸上/航空自衛隊用に備蓄保管されていた、在沖縄の米国の核砲弾もナイキ用の対空核弾頭もすべて、米国本土に移送された。米国は、日本自身が選択した(対ソ核抑止力を大幅に低下させて自国の安全を危殆に曝す)“日本列島の非核化”に呆れつつ、日本の非核三原則核兵器を持たず/つくらず/持ち込ませず」を国策とした一九七一年十一月二十四日の衆議院決議に従った。なお、非核三原則の第一項「核兵器を持たず」とは、“米国との核シェアリングを拒絶する”との意味で、それ以外の意味はない。

【四】 日独に対する米国の信頼度の比較について。

 米国は一九四五年、戦勝国としてドイツ/日本の両国を占領したあと米国の同盟国としたが、一貫してドイツより日本の方を信用している。現に、ウラン濃縮工場とPu抽出の再処理工場は日本には認め、それらは青森県六ヶ所村にあるが、ドイツには存在しない。

 なお、ウラン濃縮商業施設/Pu抽出再処理商業施設につき、日米原子力協定で明文上の拒否権をもつ米国は、カーター大統領自らが世界に発信した公約「日本国には断じて認めない」との方針を一八〇度逆に転換して無条件で日本に認めることにしたのは、1978~80年の日米交渉(形式的には二十二ヶ国多国間交渉、ウィーン)の結果である。この日米交渉の日本政府首席代表は、当時三三~五歳だった私中川八洋である。

 もう一度言う。西ドイツは、米国の核砲弾/核巡航ミサイル/核弾道ミサイル/核爆弾などの、自由なドイツ国内搬入(地上でのセット・アップを米国に認めていた。一方、日本は、「非核三原則」を前面に掲げ、米国のすべての核兵器に対し日本領土の地上でのセット・アップを禁止し(=「持ち込ませず」)核兵器搭載艦の寄港トランジットすら公式には認めていない。そればかりか、米国が有事に日本側に渡す予定の小型核兵器すら受け取りを拒絶する「核シェアリングの禁止」(=「持たず」)を、日本側は閣議決定/衆議院決議まで行なった。

【五】 “スーパー嘘八百”「核シェアリング」に関する西尾幹二の妄説奇論(再論)

 だが、西尾幹二は、このように日本側から一方的に同盟国・米国に対し「NO!」を押し付けた核兵器搬入禁止措置については沈黙する。いや、主客や因果を転倒する。日本こそが国策「非核三原則」を振りかざして禁止した日米間「核シェアリング」の不在を、「米国が、日本人に対する人種差別からしないのだ」と、原因を完全に隠蔽するばかりか、全く無関係な事柄を捏造して、米国にヤクザまがいの言いがかりや難癖をつけている。

【六】 西尾幹二の“度外れの反米狂”はこれほどひどく、限度を超えた精神病上の病気であるのはかくも明白。そして、この西尾幹二の”反米狂”は、日本の存続と国益を土台から転覆させる。“悪魔のハーメルンの笛吹き西尾幹二の危険な(「反米」の形に化粧した)反日」評論を読んでいる日本人とは、正真正銘に“国賊”であり、“非・日本国民”である。

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