中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“不敬の罪人”西尾幹二と加地伸行は「正論」メンバー ──“読者騙し紙”産経新聞は、「日の丸」で包んだ『週刊金曜日』②

筑波大学名誉教授     中 川 八 洋

 産経新聞「正論」欄メンバーには、天皇制護持を真剣にかつ心底から憂慮する、一般通念上の「真正保守」は、一人もいない。そこで基準を緩め、皇位継承に関する知識が杜撰でお粗末きわめる事には目を瞑り、“皇位継承=男系男子” 派であれば合格とすれば、渡部昇一八木秀次の二人がようやく思い浮かぶ。

 産経新聞「正論」欄メンバーで、物故者を除き、百名を越えるだろう生存する者のうち、二名だけとは「2%以下」ということ。正論欄「メンバー98%以上」のほとんどは、天皇制廃止狂ということか。むろん後者の数字には、デタラメ天皇制護持演技派や無関心派を含めているが。

 だが、過激な天皇制廃止を秘密社是とする産経新聞は、販売上の商業的戦術として、「民族系/民族主義」を前面に出してカムフラージュをする。そして産経新聞は、これら「98%以上」の「正論」欄メンバーに対して、天皇制度や皇位継承問題について口にチャックさせるか、口にチャックができない論客には天皇制廃止の)真意を狡猾・巧妙なレトリックや詭弁で糖衣するよう要請する。

 このように、産経新聞は、社長以下社員総出で、購読者騙しの犯罪的な紙面編集をしている。秘密社是と懸け離れた嘘編集である。私が指摘するまで産経新聞の嘘編集がバレなかったのは、産経新聞の購読者のほとんどが知的下層階級である事が主因である。産経新聞の購読者は、他紙より月額数百円安いから産経にしているのであって、「朝日新聞が余りに極左に偏向しすぎているから産経新聞」という者は、実売110万部の購読者のうち3万人もいないだろう。

第一節 西尾/加地の皇室“罵詈讒謗”事件を、『WiLL』廃刊で幕引くな!  

 現に、2013年5月の『産経新聞版「憲法改正試案」』が、「男系子孫」という全く聞いたことのない四文字魔語をつくり、「女系天皇女性天皇」制度での皇室廃絶論をうち出したのに、産経新聞の読者には誰一人として見抜いたものがいない。また、「男系子孫」による天皇制廃止革命家は田久保忠衛佐瀬昌盛だと判明しているのに、産経読者は、田久保/佐瀬に対する糾弾集会も開いていない産経新聞社の読者には、“保守の知”は存在しない。

ペテン語「諫言」を免罪符に、罵詈雑言で皇太子殿下を中傷誹謗する西尾と加地

 「男系子孫」と同類の“珍奇な騙し語”「諫言」をもって、皇太子殿下に中傷誹謗を狙って罵詈雑言を投げ付けている西尾幹二加地伸行もまた「正論」メンバー。なのに、産経新聞の読者の中に“産経新聞不買運動”を起こす者がいない。西尾/加地を糾弾する会も結成していない。

 このことは、北朝鮮朝鮮総連と裏でこっそり通底する“有害新聞”産経新聞を発行停止しても、日本国にとって一切のマイナスが起きないということ。むしろ、産経新聞がなければ、朝日新聞を主敵とする“保守の精神”の再生と「保守」回復運動の慣性が確実に生まれるから、産経新聞の廃紙こそ、現状よりも百倍も千倍も、日本国を「保守」することに裨益することは間違いない。

 上記の、西尾幹二加地伸行が、『WiLL』六月号(4月26日発売)で、共産党朝日新聞と寸分変わらない天皇制廃止をアッピールした狂気の不敬事件とは、皇太子殿下と同妃殿下に対して罵詈雑言を浴びせる、タイトル「いま再び、皇太子さまに諫言申し上げます」のトンデモ対談のこと。両名は、自分たちがさも東宮侍従長か旧・五摂関家の当主(侯爵/公爵)かに妄想して、一杯飲み屋での酔っ払い暴言罵声をもって「諫言」だと詐称している。土足で東宮御所に上がり込んで喚き散らす、家宅侵入のゴロツキ/ならず者以上の、前代未聞の乱暴狼藉者である。

 しかも両名は、天皇制廃止狂徒である。ドイツ語の翻訳業者で学問的業績ゼロの“ペテン師評論家”西尾幹二は、1967年の三十二歳の時、天皇制廃止を大音声で宣言した。加地伸行は、毛沢東の“赤い支那”に媚び諂う漢籍に関する多少の学問業績があるので、西尾のような雑文評論専業とは言えないが、人格下劣な)“チャンコロ支那学者”である。

備考;「チャンコロ」は蔑視語ではない。「清国奴 ツェンコクロー」か「中国人 チョンクオレン」かが訛った支那語和製英語ジェンダー・フリー」が問題ないのだから、訛り支那語も大手を振って容認されるべきだろう。

天皇制も廃止してしまえばいい」「これからは天皇制は不必要」(32歳の西尾幹二

 西尾幹二は、ニーチェに心酔して、ニーチェ作品の翻訳家になった。ニーチェ哲学に関する学術論文を、どんな小さいものでもカウントしてあげる超甘の基準で捜しても、一本もない。西尾幹二とは、ニーチェ哲学がさっぱりわからない本物の“馬鹿”。西尾幹二を「学者」と分類することは全く不可能。  

 西尾幹二の特徴は、東大独文科に入ってからヒトラーの『我が闘争』を丸暗記するまで読破したようで、西尾幹二のエセーには、『我が闘争』の論理構成をそっくり模倣したものが顕著に多い。ヒトラーのナチズムはレーニン主義ニーチェ的廃墟(空無)主義をブレンドしたものだから、ニーチェヒトラーをブレンドした西尾幹二のは、必然的に「ニーチェ+レーニン+ニーチェ」となる。簡単に言えば、レーニンをニーチェで挟んだサンドイッチが西尾幹二の脳内。

 が、ここでは西尾幹二の思想を、一般的に馴染みやすい、フーコーデリダらのポスト・モダン思想の原初形態である「ニーチェヒトラー主義」に分類する。西尾幹二共産党系の学者・専門家の作品に異様な共感・共鳴をする共産主義シンパだからといって、ゆめゆめマルクス・レーニン主義に分類する学術的誤認はしないように。西尾が、ニーチェを前面に押し出した天皇制廃止論を持論とするのは、この「ニーチェヒトラー主義」において必然で、西尾を天皇制擁護派と見做すことなど初めからどだい無理で全く不可能。西尾幹二は、こう言っている。

「ここで(日本は)いっぺん“空無”になっていいんじゃないか・・・。われわれはニーチェ的な)徹底的なニヒリズムの中に一度立つべきなんだ・・・たとえば、天皇制も廃止してしまえばいい・・・。」

(人間には超越的なものが常に必要であることには賛成ですが)私なんかは、超越的なものはどう考えても天皇のような)人間であってはいけないというふうに思う」(注1)。

 要するに、西尾幹二の人格は、一種の人格喪失状態で、荒んだ空無。そして、日本という国を、自己の空無さに共振させるべく、無理心中的に、日本国の空無化=廃墟化を図ろうとする。ヒトラーが自分の“廃墟”となった荒んだ精神の空洞にドイツ国を共振させるため、ドイツ国すべてを廃墟にすべく第二次世界大戦を起こしたのと同じである。西尾幹二の精神も人格も、究極のレベルで病んでおり、サド侯爵やニーチェそしてヒトラーフーコーらと同種の精神分裂症は重い。

 話を西尾幹二天皇制廃止への怨念というか、彼の皇室・皇族への憎悪感情に戻ろう。

 義宮殿下がミュンヘンに御成りされた際に、義宮殿下への西尾幹二の憎悪感情は尋常ではない。現在の皇太子殿下・妃殿下への憎悪感情と同じ。このように、1967年から2016年まで五十年間も変わらぬ、西尾幹二の横溢する“皇室・皇族への憎悪感情”の異常な特異性を考えると、これは生来のものとしか考えられない。西尾幹二の血統は仮に日本人だとしても、その感情と思想は北朝鮮人に完全に変貌・変質しており、北朝鮮人の佐高信福島瑞穂のクローンである。

ミュンヘンに義宮が来られた時、それをお迎えしたのですが、誠に貧弱なのですよ。きょろきょろ辺りを見回したりして、態度がオドオドして落ち着きがなく、出迎えた外国高官の中でなぜもっと堂々としておれないのかと、感覚的には日本人として不愉快だった」(注1)。  

 何という無礼千万で不敬きわまる言辞だろうか。西尾幹二に日本人の血が流れているとは信じられない。われわれ日本国民は、皇室を奉戴する事自体が至上の誇りであり至福の名誉であり無上の光栄である。それ以上に何を望むというのだ。しかも、西尾幹二自身が自嘲するように「背が低く、醜悪な猿顔で、下品な立ち居振る舞い」が問題となってミュンヘン大学を叩きだされ、二年間をバイエルン州図書館で過ごした“恥ずかしい問題日本人”が西尾幹二自身ではないか。

 上記引用文の西尾の言辞は、“「背が低く、醜悪な猿顔で、下品な立ち居振る舞い」の西尾幹二が外国にでかけること自体、日本人の評価が下がり評判が落ち”日本の恥“になるから、外国をうろつく西尾幹二の存在は日本人全体にとって感覚的に不愉快である”を摩り替えている。話を、西尾幹二の皇室観に戻す。

「僕自身の個人的感覚に即して言えば、天皇に何らの怨恨もなければ何らの愛情もない無関心な感情・・・。また、尊敬、畏怖する気持ちもないという状態で、(すなわち)白紙の状態」(注1)。  

 西尾がここで自己描写する「無関心」とか「白紙」とかは、言葉の綾。西尾幹二が皇室・皇族に懐く怨念・憎悪は半端でないから、大いに関心があり、白紙ではなく真黒な色紙である。関心がなければ、加地伸行と、皇太子両殿下への“罵詈雑言の放談”などするはずもなかろう。“虚言癖と騙し癖だけは日本一”の西尾幹二のエセーは、どれもこれも“嘘の洪水”と“虚構の土石流”に埋まっている。

『孝経』を全面歪曲して罵詈雑言の誹謗を「諫言」だと嘯く“ゴロツキ学者”加地伸行

 このような犯罪的な西尾幹二と対談ができるということは、加地伸行の人格と本性が、普通の善良な人間の域にはない、やくざ級のゴロツキである証左。正常な学者は、万が一にも無学・無教養どころではない“狂犬型の非・学者”西尾幹二と対談はできない。しかも加地は、ゴロツキでない限り発想できない暴言を吐く。俺様は「天皇陛下の臣下」だと詐称する大言壮語は、その一つ。

「今回の私たちの二人の意見は、非難ではありません。諫言です。儒教の重要文献『孝経』第十五章は諫争章で、天子にとって臣下の諫言が大切である事を説いています。皇族の方々に、ぜひ『孝経』をお読みになられることを希望してやみません」(注2、49頁)。  

 加地伸行侍従長でも宮内庁長官でもない。ただの一般国民である。一般国民を「臣下」とは言わない。すなわち、「臣下」でないのに「臣下」と詐称する加地伸行とは、(刑法ではないが)軽犯罪法の“成りすまし犯罪者”ということ。明治憲法下では、国民の事を「臣民」(英語のsubject)とも言ったが、「臣民」は「臣下」ではない。“三流チャンコロ学者”に過ぎない加地伸行は、傲慢不遜が習い性となった西尾幹二と同様、分(ぶん)も身分も弁えることができない。

 ゴロツキ型評論家の加地伸行はまた、皇族は『孝経』を読んでないとの憶測を、根拠もなしに、事実だとでっちあげ、高い目線から皇族を見下ろしている。加地伸行よ、皇太子殿下が『孝経』をお読みになられたか否かにつき、事実調査をしたのか。事実確認もしないで皇族をなじるのは、無礼千万というより、加地伸行に皇族に対する剥き出しの憎悪が渦巻いているからではないのか。

 確かに、加地伸行の口からは、皇族に対するどす黒い悪意が猛炎となって天に立ち昇っている。加地伸行の手には、皇族にめがけて投げるギラギラ光る殺意のナイフが握りしめられている。

 そもそも、“三流チャンコロ学者”加地伸行は、『孝経』注釈本を出版しているが、実は『孝経』を正しく読めないデタラメ学者。もし加地が、『孝経』諫争編にある「諫言」の意味を正しく把握できていれば、『WiLL』誌の西尾/加地の皇室讒謗対談を低級野卑な雑談に分類し、「諫言」などと嘘ラベルを貼ってはいない。  

 「諫言」は、高位/側近の「臣下」が天子/国王/藩主などを諫めることを云い、言上か文書で行う。すなわち、『WiLL』誌での西尾/加地の皇室讒謗対談は、対談であることにおいて「諫言」ではない。

 また次の二点において、「諫言」とは180度の対極にある酔っ払いのトンデモ雑談である。

 「諫言」の第一条件は、臣下・家来が天子/国王/藩主などに対して直接に諫奏申し上げるもの。一般商業誌で不特定一般読者を対象とした西尾・加地対談が、「諫言」などとは程遠い代物なのは、説明以前。加地伸行とは、例えば、紙飛行機を行き摺りの人に見せ、「これでニューヨークに載せて連れてってあげるから片道料金30万円をよこせ」と強要するアクドイ詐欺師と同じ論法を用いている。  

 具体的には、この対談内容を「諫言」にしたいならば、西尾幹二加地伸行は、共同署名入りの「諫言」文書を、非公開の大原則を遵守して、東宮大夫(だいぶ)東宮侍従長もしくは東宮女官長に、「主旨を機会があればお伝え願います」と添えて手渡している筈。だが、両名は、このルールに従った文書の(東宮幹部職員への)上申などしていない。つまり、両名は、「諫言」などしていない(附記)。  

 「諫言」の第二条件は、臣下・家来が天子/国王/藩主などに対して直接に諫奏申し上げることは不敬の罪科に相当するので、自死を含む処罰される代償を覚悟しなくてはならないこと。そこで、加地伸行に質問する。

 加地よ、自裁の覚悟をもって“分裂症の狂人評論家”西尾幹二と対談したと考えるが、それでよいか。具体的には、縊死を選択したなら、ロープを購入したか。切腹自裁する場合は作法・儀式を習熟しなければならず、切腹の指導ができる師匠を見つけたか。介錯人なしの切腹となるから、(数時間を一時間以内にする)出血死の時間短縮方法を内臓外科医に教授してもらったか。

 「諫言」とは、このように、諌死の覚悟と表裏一体のものである。金子宗徳氏が、吉田松陰の『講孟箚記(余話)』から「君に事へて遇はざるときは、諌死するも可なり」を引用しているように(注3、注4)、松陰が解説する「諫言」が、「諫言」の正しい解釈である。加地伸行よ、それとも、松陰の「諫言」解釈が間違いだと言うのか。金子宗徳氏は、この引用時に、「自らの意見が受け入れなかつた際の出処進退についても当然覚悟してゐなければおかしい」と、指摘している(注3)。“三流チャンコロ学者”加地伸行よ、それとも、この金子氏の「諫言」読解が間違いとでも言うのか(備考)

(備考) 金子氏は一つだけミスを犯している。こう書いているからだ。「『諌死せよ』とまでは云はぬが、言論人を自認するならば断筆すべきではないか」、と。金子氏は、西尾と加地に対し、「断筆はむろん、諌死せよ」と迫るべきだった。社会的・肉体的代償を覚悟しない諫言など不埒な雑談であって、諫言ではない。金子宗徳氏は、これからでも遅くはない、西尾・加地の両名に、自宅の庭で切腹か首吊り自殺をするよう諭旨・善導してあげる“皇室を守る、真正日本国民の会”を結成されてはどうだろう。

(附記) 皇室に対する「諫言」の制度について簡単に触れておく。「諫言」の制度は、平安朝を創られた桓武天皇以降、徐々に整備されていった。五摂関家など高位の堂上公家が、下々の意見も含め、広く政治にかかわる者の意見を天皇に非公式に奏上する制度が、これである。明治政府においてさらに整備され、侯爵と公爵の爵位がある堂上公家が、取捨選択のチェックはするが、広く国民からの「諫言」を取次ぐようになった。なお、天皇に御裁可を仰ぐ場合の「上奏」を「奏請」といい、「上奏」は公式の場で天皇に事柄を申し上げる事。非公式もしくは儀式性を伴わない場合は「奏上」「伏奏」という。

コークは「諫言」が不敬罪となり九ヶ月刑務所暮らし、和気清麻呂大隅半島に流罪

 「諫言」について、具体的な事例をあげておく。

 英国の例から。自由の大原理である“法の支配”の理論化と普及という人類史上の偉業を成し遂げた天才法曹家エドワード・コーク卿の、絶対君主ジェームスⅠ世国王(1603~25年)/チャールズⅠ世(1625~49年)への度重なる“諫言”は、有名な史実。教養ある本ブログ読者は、ヘンリー・ブラクトンの法諺「国王は、人の下にあってはならないが、と神の下にある」を、君主の足元に膝づいて君主に迫った、コークの諫言エピソードを思い出すだろう。

 ここで挙げるエピソードは、1621年「国会の大抗議」におけるコーク卿らの奏請決議文『国王への諫言』(Remonstrance to the King、1621年12月11日、備考)が処罰された時のケース。この『諫言』は、国会の国政への関与に関する国王大権との激突に際して、コーク卿が執筆したもの。そこには、国会が国政を議論する自由と権利は、臣民に付与された古来(13世紀のマグナ・カルタからの生得権で相続財産であるとした。だが、国王はこれを裁可されなかった。コークらは、これに抗議して、すべてを国会議事録に記録した。国王は、これを国王大権への侵害で不敬罪に当たるとし、国会を解散し、議事録の当該部分は国王自らが破り捨て、コーク卿(この時、枢密顧問官も兼務)を逮捕してロンドン塔(貴族専用の刑務所)に収監した。九ヶ月後の1622年8月、獄中で古希を迎えたコーク卿は釈放された。なお獄中のコークは、人類の遺産『英国法提要』をせっせと書いていた。注5。

(備考) コーク卿が執筆した、もう一つの“国会の奏請文”『権利請願』(1628年)の方は、国王チャールズⅠ世は裁可された。これは、英国の憲法的文書の一つとなった。

 日本の「諫言」事例として、誰でも知っている和気清麻呂のケースを取り上げる。和気清麻呂は、奈良朝末期の769年、称徳天皇皇位道鏡に譲位する)皇統断絶のご方針を、勅使として派遣された宇佐八幡神宮の神託をもって諫言・阻止することに成功した。称徳天皇は、和気の諫言の方は許諾し道鏡を追放されたが、勅命違反の罪科に対しては、和気の名前を「別部穢麻呂(わけべきたなまろ)」に改名させ、大隅国へ流罪という処罰を下された。

 話を戻す。西尾幹二加地伸行は、皇室や皇太子殿下への罵詈讒謗を「諫言」だと詐称したのだから、両名には肉体的・社会的な代償を払わせる必要がある。旧刑法には不敬罪があったが、GHQがこれを削除してしまった。まともな人間ではなく、明らかに“ゴロツキ型or狂犬型の非・日本国民”の本性を剥き出し暴言を弄ぶ両名に、不敬罪(注6)に代わる同等の処罰を課す必要がある。

 加地伸行はかつて、民主党政権を指して、「大嘘/暴言/やくざ風」と揶揄した(2010年3月2日付け『産経新聞』)。この評は、そっくりそのまま加地伸行に当てはまる。加地こそ「大嘘/暴言/やくざ風」の三流チャンコロ学者。政権時の民主党国会議員たちは、加地伸行を映した鏡だった。  

 皇室への「諫言」が本心から必要と考えるならば、無学な西尾幹二よ、知ったかぶりの加地伸行よ、堂上公家制度の復活をなぜ一度も唱道しない。西尾幹二加地伸行が詐称する「諫言」が口から出任せの全くの嘘八百なのは、この事実からもバレバレではないか。  

 なお、1946年2月の現憲法制定時、堂上公家制度をホイットニーのGHQは認めていた。これを、GHQと日本側の間で草案が大混乱と猛スピードで行き来する憲法制定作業のドサクサに紛れて削除したのは、日本の内閣法制局であった。また日本で、堂上公家制度の復活を主張しているのは、1960年代以降では、私一人となった。日本会議神社本庁は、堂上公家制度の復活を主張したこともないし、考えたこともない。皇室の藩屏である堂上公家制度の復活を考えないのは、皇室を護持せんとする熱情や意思が(弱いというより)欠如しているからである。

漢籍が読めない加地伸行は、“三流チャンコロ学者”以下の“超キワモノ大学教授”

 以上、ごくごく簡単に、内外の歴史上の「諫言」の例を概観した所で、加地伸行なる男は、実は『孝経』も読めない、「諫言」「諫臣」の意味も知らない、“三流チャンコロ学者”以下の“超キワモノ大学教授”である事実を指摘しておきたい。なお、『孝経』諫争篇は、「今文」では第十五章だが、「古文」では第二十章で諫諍

 『WiLL』対談では、加地は「『孝経』諫争章は、天子にとって臣下の諫言が大切であることを説いています」とだけ述べ、原文の引用がない。自分が『孝経』を意図的に歪曲したことが即刻バレるので、それを隠蔽するためである。原文は、「天子有争臣七人、雖無道、弗失天下」(注7)。

 「争臣」は、「諫臣」とは、若干の差異はあるがほぼ同義である。これは、『荀子』を読めば(注8、備考)、直ぐわかる。加地伸行が、凶暴な詐言師で稀代のゴロツキなのは、上記『孝経』引用文内の「争臣」に、加地も西尾も該当するとしていることで一目瞭然。「笑止千万」とは、“札付きの似非学者”加地伸行の、このような詐言に使う。

 「争臣」とは官制上の官職。天子(皇帝)の「争臣」は、次の官職にある者をいう。大師、太傅、大保、前疑、後丞、左輔、右弼である。数えると、確かに「七人」。この七人の仕事は、天子の非を諫正する事。わかり易く説明するためだが、現在の日本に譬えれば、例えば、内閣総理大臣宮内庁長官侍従長、侍従次長、東宮大夫東宮侍従長、式部官長をイメージしてほしい。映画「七人の侍」のように、“偶然に集まった素浪人の七人”ではない。

 つまり、ゴロツキ学者で官職詐称男・加地伸行は、『WiLL』で、「俺様は、この七つの官職の一つに就いている」と公言した。この官職詐称問題は脇に置き、加地は上記の短い『孝経』引用文をさらにもう一つ改竄している。『孝経』は、“諫言は、天子が無道の政治を行ったときに、なせ”と諭しているが、これを改竄している。

 説明のため、いったん官職詐称問題には目を瞑り、加地伸行が仮に内閣総理大臣だと認めよう。皇太子殿下・同妃殿下は、天子天皇ではないが、ここでは加地の摩り替えを認め、天皇としよう。『WiLL』誌で、不謹慎などではない、狂気の酔乱状態の加地と西尾が、両殿下に投げつけた罵詈雑言の中身を詳査してみれば、そこには両殿下の無道の政治を一つとして例示していない。無道とは「法に抵触し法を蹂躙し、かつ倫理道徳に全面的に違背すること」だから、両殿下にはこのような無道の政治などひとかけらもない。つまり、あくどさは暴力団もたじろぐ加地と西尾は、「無道を犯した」と冤罪をでっちあげている。加地と西尾が、「諫言」だと詐称して皇室讒謗した刑法犯罪は、かくも瀝然と明白である。

 さて、閑話休題漢籍に多少触れたので、英国のコーク卿や日本の和気清麻呂などの「諫言の臣下」を、支那史からも、誰でも知っている二名を復習しておこう。殷王朝の紂王に諫言した箕子と比干である。箕子は諫言が拒絶されると狂人のふりをして下層民に化け身を潜めた。比干は紂王に直言して諫めたが、紂は「聖人の心臓には七つの穴が開いているそうだな」と、比干の心臓を抉り裂き殺害した。『荀子』の定義に従えば、箕子は「諫臣」で、比干は「争臣」である。

 加地伸行は、自分と西尾幹二を「争臣」だと定義した。加地と西尾は、自ら心臓を抉り出し裂いて自害しなければならない。

(備考)『荀子』は、こう述べている。「君に過謀過事の、將に国家を危うくし社稷を損さんとするの懼有るや、大臣・父子・兄弟、能く言を君に進め、用ひらるれば即ち可とし、用ひられざれば即ち去ること有る、これをと謂ふ。能く言を君に進め、用ひらるれば即ち可とし、用ひられざれば即ち死すること有る、これをと謂ふ。・・・」。「諌死」の意も、この一文から即、理解できる。

 なお、加地伸行とは、このように、『荀子』臣道篇も読めない“漢籍読めず”のスーパー似非学者。これまで加地伸行を“三流チャンコロ学者”に分類したが、間違っていた。訂正せねばなるまい。“六流以下チャンコロ学者”に。

第二節 皇室讒謗に自己陶酔する西尾幹二/加地伸行の狂気と犯罪

皇統問題を「崖っぷちの皇位継承」と、日本人とは無関係とした“非国民”立林昭彦

 “非・国民コンビ”西尾/加地の皇室誹謗対談の解剖に入る前に、こんなベラボウ対談を企画した編集長・立林昭彦の立ち位置を確認する。立林昭彦が書いた文言は全部で三つ。A「冒頭の問いかけ」。B「崖っぷちの皇位継承」。C「皇室に対する国民感情はもはや無関心から軽蔑に変っているのでは?」。

 文言Bは、日本国の重大問題である皇位継承・皇統問題を、立林昭彦が、「皇室の私的な問題で、日本国/日本国民の問題ではない」と断じたもの。日本人であるのを止めた立林は、日本国の重大問題である皇位継承・皇統問題を、アフリカかどこかの遥か遠国の外国人の眼から眺めている。

 真正の日本人ならば、男系男児の皇位継承者が極めて少なく、旧皇族皇籍復帰をどう急ぐかが唯一の課題である。旧皇族皇籍復帰をもって、簡単かつ完全に解決する皇位継承問題が、どうして「崖っぷち」なのか。立林は、共産党朝日新聞と同じく、皇室廃滅のスターリン日本共産党への命令である)コミンテルン32年テーゼ」を信奉している。

 皇位継承問題とは、皇統護持の責任と義務を負う日本国民が、自らの責任と義務を果たすのか否かの問題である。皇位継承問題に危ぶまれる事態が発生しているのであれば、それは、我々日本国民が義務を果たしていないからである。生をこの日本国に受けた者は、皇統護持という“運命の義務”を至上のものとしなければならない。

 この“運命の義務”は“高貴な義務”でもあるが、それ以上に“無上の光栄”に輝いている。だが、“非・国民コンビ”西尾/加地の皇室誹謗対談にやんやと喝采する、“劣等野卑なスーパーお馬鹿”立林昭彦は、高級な“運命の義務”など、とんと理解も認識できない。立林よ、せめて『WiLL』を廃刊して、“非・国民コンビ”西尾/加地の皇室誹謗対談を掲載した大罪を償え!

 さて次は、文言Cの問題。Cは、『WiLL』読者に「皇室を軽蔑せよ」と煽動するものだから、立林昭彦の心底は皇室への悪意に満ち満ちており、共産党員や北朝鮮人と同じ。どうやら立林昭彦という男は、共産党朝日新聞と同じく、皇室廃滅の「コミンテルン32年テーゼ」の狂信者である。

 さて、立林昭彦の過激な犯罪性を余すところなく示す、A「対談への冒頭問いかけ」の問題分析に移ろう。Aにおいて、『週刊文春』の捏造記事を事実だと逆さにデッチアゲ嘘宣伝する立林昭彦とは、朝日新聞より過激な“反・皇室のならず者”で、“究極の非・国民”編集長。西尾幹二/加地伸行/立林昭彦を、“非・国民のならず者トリオ”と呼ぼう。

 また、山口組も顔負けの立林昭彦の暴力団性は、宮内庁の公式抗議を鼻であしらう凶暴な傲慢不遜に端的に明らか。立林は、次のごとく開き直り、陛下のお言葉まで公開した宮内庁に唾をかけ足蹴した。

「『週刊文春』2016年1月21日号(1月14日発売)の記事について、宮内庁は抗議したそうですが、スクープ続きの有力週刊誌の記事だけに『ウソ』と断じることもできないでしょう。・・・週刊誌の記事だからいい加減だと頭から決めて掛かるのは大間違いです」。  

 逆さまではないか。『週刊文春』の記事は、架空の「千代田関係者」を捏造した出所不在の真赤な創作記事。そうでないと強弁したいなら、立林昭彦よ、「千代田関係者」なるものが実在するか否か、その氏名と職業と住所を明らかにせよ。また、立林昭彦よ、宮内庁の「抗議文は虚偽だ」と立証せよ。2016年1月15日付け宮内庁抗議文は、以下の通り。

天皇誕生日(2015年12月23日)の夜に催された『お祝い膳』の後に、皇后陛下と皇太子妃殿下が別室に移られてお二人だけでお話をされたとの事実は全く無く、また同誌が掲載したような皇后陛下と皇太子妃殿下との間のやりとりもいっさいなされておらず、全くの事実無根」。

 さらにもう一つ、『週刊文春』の新聞広告(各紙1月14日付)をご覧になられた天皇陛下が、侍従長にご下問された問題がある。陛下がご高覧された文は、週刊文春』が捏造した(次のような)真赤な嘘広告キャッチ・コピー

「12月23日天皇誕生日の夜に《お呼び出し》 美智子さま雅子さまを叱った!宮中重大スクープ《東宮と共に人々の前に姿を見せるのが最善の道です。小和田家とは文化が違うのですから》美智子さま 《心に刻みつけるように致します》雅子さま」。  

 天皇陛下侍従長へのご下問の内容は、次の通り。

「お祝御膳(の間)に引き続くお居間でのご団欒の間(あいだ)皇后陛下は終始ご自身と一緒におられたので、皇后陛下と皇太子妃殿下がお食事が終わった後に別室に移られて話をされたというような状況は全く起こり得ないこと」

「そのことは当夜同席した全員が承知のはずだ」。

 天皇陛下の宸襟をこれほど悩ませた『週刊文春』の大罪は許しがたいが、本稿は、立林昭彦という国賊を裁いている途次なので、割愛する。私も、1月14日付け『朝日新聞』紙上で、この『週刊文春』の下劣かつ不敬の広告を一瞥した。一読してすべて真赤な創作、しかも西尾幹二の皇室讒謗に便乗したアクドイ嘘創作だと直覚した。

 理由の第一。いかなる場であれ、天皇陛下が御出座しになられておられる時、皇后陛下であれ、他の皇族であれ、席をはずし他の部屋に移ることなど一秒たりとも許されない。皇后陛下と雅子妃殿下が他の部屋にお移りされる光景など、下層階級のゲスが妄想した非現実も度外れの、噴飯フィックションでしかありえない。  

 理由の第二。別の部屋に移られることは、そこには誰もいないからであり、仮に皇后陛下と皇太子妃殿下とがお話をなさったとしても、それを聞いた者は(幽霊以外に)この世におらず、皇后陛下が「・・・」皇太子妃殿下が「・・・」は、『週刊文春』の記者の真赤な作り話なのは自明。すなわち、嘘八百で売りまくる“悪の週刊誌”『週刊文春』記事にある、匿名の人物「千代田関係者」は“幽霊”。  

 理由の第三。皇后陛下のご発言とされる「東宮と共に人々の前に姿を見せるのが最善の道です。小和田家とは文化が違うのですから」を読んだ時、私は思わずプッと笑いこけてしまった。このような言葉遣いや語彙を、皇后陛下は万が一にもなさらない/お持ちではないからである。特に、「小和田家の文化」などという、ゲスの西尾幹二特有の馬鹿げた珍語妄語は皇室のどこにも存在しない。つまり、同誌の新聞広告は、『週刊文春』の犯罪記者が“狂人”西尾幹二を読んでいる証拠となっているだけで、逆に記事が捏造の創作だと自ら闡明している。  

 ところが立林は、これほどあからさまに真赤な嘘の『週刊文春』記事を、根拠や理由をあげることもなく、頭から「嘘でない」と断じる。立林の脳内は痴呆というより相当に狂っている。これほど「いい加減」を越えた子供騙しの真赤な嘘記事を、立林は「週刊誌の記事だからいい加減だと頭から決めて掛かるのは大間違い」と言い張る。立林の脳は、狂牛病の脳と同じく乾燥スポンジ状のようだ。  

 なお、上記『週刊文春2016年1月14日号の皇室捏造記事は、『宝島30』1993年8月号における宮内庁には実在しない)架空職員「大内糺」が書いたと称する「皇室の権威は失墜し、低下している」とのキャンペーン的皇室讒謗記事と手法が全く同一。「大内糺」を「千代田関係者」に、コードネームの変更をしただけと言える。二十年サイクルで昔の手法を持ち出してくるのは、極左革命運動の常套だから、『週刊文春』と『宝島30』とは、同一の組織が背後で蠢いている。

皇后陛下への花田紀凱の罵詈讒謗記事を皮切りに、皇族誹謗が売りの『週刊文春』  

 立林の問題は、このことよりも、『週刊文春』が皇室誹謗を狙って嘘八百の捏造記事を書く前科もちなのを忘れている“重症の記憶喪失病”の方だろう。『週刊文春』は、狂信的な天皇制廃止に全力疾走する“悪の北朝鮮人”花田紀凱(朝鮮名、田紀凱)による真赤な嘘創作記事キャンペーンを行って、美智子皇后陛下を失語症に追い込んだ事件を起こした犯罪週刊誌。旧刑法の不敬罪があれば、花田紀凱は、文句なしに死刑が執行されている。立林よ、文藝春秋社の図書館にバックナンバーがあるから確認したらどうか。

 一部のみ例示する。1993年9月23日号『週刊文春』は、真赤な捏造記事「美智子皇后のご希望で昭和天皇の愛した皇居自然林が丸坊主」を掲載した。翌週9月30日号では、真赤な捏造記事「天皇・皇后両陛下は、自衛官の制服がお嫌い」を掲載した。これらと前述の『宝島30』の噓記事などによって、この1993年10月、皇后陛下はついに失語症をご発症されるに至った。

(備考)『毎日新聞(夕刊)』1993年10月20日付け等。宮内庁の反論は、『読売新聞』1993年10月27日付け等。

 『週刊文春』の皇室讒謗は、花田紀凱の後も、執拗に引き継がれていく。例えば、2006年3月2日号で捏造記事「皇太子さまと雅子さま 夫婦別々の食卓」が掲載された。そればかりか、『WiLL』編集長として、凶悪な北朝鮮人ながら“偽装「民族系」の天才”花田紀凱は、皇室讒謗を爆発的に再開する。1967年から四十年間、鳴りを顰めていた“狡猾な天皇制廃止狂の狂犬”西尾幹二が、本性のニーチェヒトラー主義を旗幟鮮明に参戦することを承諾したからである。それが、『WiLL』2008年5/6/8/9月号に連載された、西尾幹二の『皇太子さまへのご忠言』である。

 天皇制廃止狂と言えば、世間は、『朝日新聞』や雑誌『世界』それに『新聞あかはた』だと思い込んでいるから、『週刊文春』や『WILL』が、前者は1993年から、後者は2008年から、『朝日新聞』『新聞あかはた』もびっくりの影響力で天皇制廃止キャンペーンをするとは想定していなかった。このため、『週刊文春』と『WILL』とが車の両輪となって、無人の荒野を進撃する勢いで、皇室讒謗のやりたい放題が展開され、この巨大な暴走機関車を誰も止めるものが居ない。

 2016年でいえば、『週刊文春』は1月21日号/4月14日号、『WiLL』は6月号での西尾・加地の暴言対談。西尾と加地は、産経新聞の「正論」欄メンバーだから、雑誌『WILL』は、『産経新聞』の代理と解釈される。産経新聞の正体は“『週刊金曜日』民族系版”である。

妄言・罵言で皇室讒謗する“天皇制廃止狂”西尾幹二/加地伸行の犯意を暴く

 『WiLL』6月号の西尾・加地対談の解剖手術をする。順序は、先に加地、後に西尾。

 まず加地から。“三流チャンコロ学者”加地伸行は、皇位継承や皇室伝統に関する知識/知見は小学生並みの全くのゼロ。しかも、加地伸行の人格は、一杯飲み屋で管を巻く“酔いどれオッサン”というより、恐ろしい暴力団そのものの“ゴロツキの中のゴロツキ”。  

 このことは、加地伸行自身が対談冒頭で証明している。4月3日「神武天皇崩御2600年」の式年祭に関し、加地は、次のように無知と皇室憎悪をもって皇太子両殿下をなじる罵詈讒謗に興じている。

適応障害とされる雅子妃の状況を含め、皇室の様子は西尾幹二の皇室誹謗本の出版から)八年経っても努力の跡が見えませんね。・・・神武天皇没後2600年関連の行事・・・天皇皇后両陛下は奈良県橿原市神武天皇陵に随行された秋篠宮ご夫妻と共に参拝されましたが、皇太子ご夫妻は皇居の皇霊殿に参拝したにとどまりました」(35頁)。  

 何とも絶句するしかない無知の極み。しかも加地は、自分の無知を基準に、皇室祭祀令ならびに皇室の祭祀伝統・慣例を、全面無視し破壊せんとの虚偽を宣伝している。なぜなら、神武天皇崩御2600年式年祭は、陵所には天皇・皇后両陛下がご親拝され、皇霊殿には皇太子両殿下がご参拝されるのが、皇室祭祀令第18条と先例による正しい分掌。  

 ところが、加地は、「皇霊殿に参拝したにとどまりました」と、皇太子両殿下が、奈良県橿原の神武天皇陵へのご参拝をサボって、皇居内の皇霊殿参拝で適当に済ましたと難癖をつけている。加地伸行よ、腹を切るか、首をくくるかをもって、この自分の不敬・讒謗を贖え! 皇室祭祀令第18条の定めは、次の通り。   

「第18条 神武天皇および先帝の式年祭は陵所および皇霊殿においてこれを行ふ。但し、皇霊殿における祭典は掌典長これを行ふ」(注9)。

 神武天皇式年祭は、「および」とあるから、陵と皇霊殿との二つで必ず執り行われなければならない。天皇・皇后両陛下が橿原に行幸・行啓されたのだから、天皇の名代として掌典長とともに皇太子両妃殿下は皇霊殿の方となる。また、地方の同一場所・同時刻への天皇行幸と皇太子の行啓とを避けるのは安全対策のイロハで、皇室永年の慣例。今、世界で爆弾テロが頻発している。

 “ゴロツキの極み”加地伸行の皇室讒謗はこれに留まらない。秋篠宮両殿下は、皇太子両殿下に比して、橿原におなり(御成)になられて立派だと、比較できないものを比較して、皇太子両殿下を讒謗している。「関西の新聞では、陛下や秋篠宮殿下が大きく扱われた隅に、皇太子ご夫妻の記事が添えられていた」と、加地は語っているからだ。

 蛇足。私より十歳も年上であれば、天皇制廃止狂徒以外で、皇族に「殿下」ではなく「ご夫妻」などの敬称抜きは万が一にもできないはず。「崩御」を「没後」などと、皇室を貶めるための奇天烈な共産党用語を用いることもできないはず。そのような語彙を少年期・青年期はむろん中年期に入っても、目にすることも耳にすることもなかったからだ。

 このように、加地伸行イデオロギー上の本籍は、使用語彙の分析からでも明白。加地伸行よ、毛沢東系のマルクス主義者であることをいつまで隠し通す積りか。漢学者でありながら、「支那」を「中国」と表記することは、毛沢東崇拝なしに可能か。

 話を戻す。皇室祭祀令と皇室伝統・慣例に従った皇太子両殿下の“ご公務”遂行をなじった加地に、何でもかんでも雅子妃殿下の所為にする西尾幹二は、「雅子妃の行動が皇室行事全体の運営に何かと支障をきたしている」(35頁)と、上記の加地に相槌を打った。ご病気を堪えて“ご公務”を優先され皇霊殿参拝を執り行った雅子妃殿下へのこれほどの中傷誹謗は、言語に絶する。西尾幹二の悪魔のごとき皇室讒謗は底なしである。

加地伸行の狂気は、西尾幹二の精神分裂症と同等の、精神病院強制収監のレベル

 脳梅毒ニーチェと同種の重度の精神分裂症を病む精神異常者・西尾幹二に優るとも劣らぬ“狂気の暴言”を連発するのが、“世紀のゴロツキ”加地伸行。こう述べる。

「皇太子殿下は摂政におなりになって、国事行為の大半をなさればいい。但し、皇太子は止めるということです。摂政(の)仕事はご夫妻ではなく、一人でなさるわけですから、雅子妃は病気治療に専念できる」

秋篠宮殿下が皇太子になれば秋篠宮家が空くので、そこにお入りになればよいので、新しい宮家を増やす必要はありません」   

「そして、天皇陛下は、皇室祭祀に専念なさる」(39頁)。   

(皇太子殿下が摂政になれば)その夫人の出欠を問う必要は全くありません。雅子妃を矢面に立たないためにはそうするしかありません」(43頁)。

 まず、加地は、天皇制廃止の共産党の皇室用語禁止に従い、「妃」もしくは「妃殿下」を、「夫人」に貶めている。加地の思想本籍が丸見え。それはともかく、毛沢東崇拝の加地が得意げに語る、上記引用の妄論狂論が何を言っているのか理解できる者がいるだろうか。

 「さっぱりわからない」と深い不快感に沈んだ者は“正しい日本人”。「なるほど、いいアイディアだ」と合点した者は、天皇制廃止狂徒で“狂った日本人”。少し解説する。皇室讒謗によって日本国に対する重犯罪を恣にする加地伸行を、「スーパー法律音痴」だからと、大目に見逃がして無罪放免してはならない。このことは、以下の解説で一層鮮明になるはず。

 解説開始。摂政は、その制度を定める皇室典範第三章に従って設置される。具体的には、第16条第2項の定め「天皇が、精神もしくは身体の重患または重大な事故により、国事に関する行為を自らすることができないとき」に限られている。とすれば、加地伸行が心底に隠す真意は、見透かせば、次のようなもの。

1、「今上天皇は、今、精神もしくは身体の重患or重大な事故に遭遇中」をデッチアゲよう。

2、これだけでは弱いから、「今上天皇には、祭祀のみに専念して頂く」ことも、事由にしよう。

3、1と2のへ理屈があれば、今上陛下に“事実上の退位”(備考)を強制できるだろう。2は皇室典範違反で不適法だが、皇室典範の破壊・消滅が目的だから、気にすることはない。

(備考)天皇制廃止狂徒は、“共産党憲法学者の奥平康弘”のように、今上陛下を退位させて天皇制廃止を達成しようとしているが、実は、加地伸行は奥平康弘の仲間(注10)。

4、今上天皇を事実上の退位に追い込み、皇太子殿下から皇太子という位を剥奪すれば、その摂政の位などいっさいの権威がなく、現・皇太子は皇室からの事実上の追放は確実だし、皇室も事実上の消滅となる。

5、摂政は、皇室典範第17条に従い皇太子であるが故になりうるのだが、皇室典範のこんな条項なんぞ無視してしまえ。“日本国廃滅(空無化)教の教祖”で精神異常者の西尾幹二が執拗に雅子妃殿下に対して人格攻撃したお蔭で、皇室破壊は目前まで到来した。今度は、俺様が皇室典範を全面破壊する詭弁妄言をあらん限りに宣伝して、天皇制廃止を一気に達成してやる番だ!

6、皇室典範第17条に従い、新しく皇太子の位に就かれた秋篠宮殿下が摂政となるから、いったん摂政の位に就いた徳仁親王殿下は“摂政簒奪の罪”を犯したとして、皇族の身分を剥奪され、皇室から永久追放される。

7、さらに、秋篠宮家を雅子妃殿下に継がせることは、女性宮家の創設と同じだから、これで皇統断絶と同じ、女系天皇女性天皇の制度化が達成できる。

 しかも、雅子妃殿下は、男系女子の皇女出身ではないから、この女性宮家は「宮家」でないものを“宮家”と詐称するもので、宮家制度そのものを破壊できる。

8、摂政は“天皇の代理”なので、雅子妃殿下は“皇后の代理”となる。仮にも病気治療に専念すれば皇后代理職の放棄となる。すなわち、今よりも、もっと口汚く、雅子妃殿下に対して罵詈雑言を投げつけられる。「どうだ、俺様の《雅子妃殿下に同情するふりして、皇室を今より100倍も1000倍も讒謗できる情況を創る》策謀は、第一級だろう」と自慢している、加地伸行というチャンコロ悪魔の声が地底から聞こえてくるようだ。

 

 このように、加地伸行天皇制廃止の情念は、ニコライⅡ世皇帝を皇后・皇子・皇女とともに不意打ちで銃殺したレーニンに優るとも劣らない。西尾幹二/加地伸行の対談を読んで、加地が残忍非道な“非・人間/非・日本人”であるのを感得できなった『WiLL』読者とは、自身が、人間の血が通わない“鬼畜”的な“非・人間/非・日本人”だからである。『WiLL』読者は、自省などしなくていいから、日本国から出て行って頂きたい。

安倍晋三に告ぐ、西尾幹二/加地伸行を名誉棄損罪で急ぎ刑事告訴せよ!

 加地についてもっと解剖したいが紙幅がない。ここで打ち切って、西尾幹二に移る。 “魔性の悪鬼”で異常人格者の西尾幹二は、加地との「対談」で、これでもかこれでもかと雅子妃殿下に対して罵詈雑言の中傷誹謗に精を出している。そこには、雅子妃殿下が「皇太子妃殿下」というお立場とともに、「一人間・雅子」という人格でもあることを全面否定している。

 これほど錯乱の狂気丸出しで雅子妃殿下を罵れるのは、西尾幹二が妄想において「俺様が、今上天皇である」と自認しているからである。仮に西尾幹二が、「俺様は、今上天皇であって、皇室・皇族を統率する立場にあるぞ」と狂妄していないならば、「だから俺様は、雅子妃殿下をどうとでも料理できるのだ」と狂気の魔界に浮遊徘徊していないならば、雅子妃殿下へのこれほど暴虐な名誉毀損はできない。

 安倍晋三・総理は、西尾幹二加地伸行を刑法232条の名誉棄損罪で刑事告訴する職務を直ちに執行せよ。日頃、皇室尊崇を選挙の売りにする安倍晋三よ、西尾・加地両名に対する刑事告訴をためらう余裕はない。安倍自身の皇室尊崇が演技でないと証明する絶好の機会だ。

 GHQが1947年に改正施行された刑法から不敬罪を削除させた時、代わりに名誉毀損罪で処理できるから実態は変わらないと日本側に説明した。これはトンデモナイ大間違い。が、当時の日本の刑法学者も法務省刑事局の刑事官僚たちも、皇室の尊厳護持に真剣ではなく、「確かに、その通りだ、代替可能だ」と納得した。この事は、GHQ占領下で出版された新刑法の解説を兼ねた『刑法概論』の各教科書に異口同音で記述されている。

 雅子妃殿下に対する、西尾幹二の重大な名誉棄損犯罪(一部)

 これから、順不同&未分類&説明抜きで、雅子妃殿下ならびに皇太子殿下に対する西尾幹二名誉毀損犯罪をほんの一部リストする。

 ●「妃殿下は公人で、御病気はご自身を傷つけていますが、皇室制度そのものをも傷つけていることを見落としてはなりません」36頁。 

(備考)妃殿下は皇族であり、「公人」ではない。ドイツ語翻訳屋に過ぎない西尾幹二とはとてつもなく無学無教養な老耄人で、国語の語彙が正しく使えない“非・日本人”である。

●「皇太子殿下は、の病状に寄り添うよう生きて来られて、国家や国民の事は二次的であった。皇位継承後もこうであったら、これはただ事ではありません」37頁。

(備考) 妃殿下を「妻」とするのは、天皇制廃止革命の共産党用語。西尾幹二共産党とグルで天皇制廃止キャンペーンをしている証拠。

●「妃殿下が被災地の見舞いに特別によくやられたようには国民の目には全く見えないのに、こういうお言葉が出るたびに、皇太子殿下は自らを軽くし、自らの尊厳を傷つけています」37頁。   

←我々日本国民が皇室を奉戴しているのであって、皇室が国民の上に御座(おわ)しますことだけで充分もしくは充分以上に有り難いことである。皇太子殿下についても同じで、皇太子の位にあることだけで至高のお働きを成されておいでである。これ以上、我ら日本国民(=臣民)は、何を望むというのだ。日本が皇室を守るに喫緊なことは、「尊貴な皇室が国民の上に御座(おわ)します」基盤を破壊する“悪のペテン師評論家”でニヒリズム害虫の西尾幹二をどう「殺虫」するかだ。

●「天皇/皇太子/秋篠宮の頂上会談があり、次代はまずは皇太子殿下にご即位して頂き、その後速やかに(退位して頂き)悠仁親王殿下に皇位を継承して頂く事に決したという趣旨」40頁。   

皇位継承順位は皇室典範に定められており、『週刊新潮』の記事が百%荒唐無稽な捏造であるのは素人でもわかる。しかし、一杯飲み屋で管を巻く“札付きのゴロツキ”に過ぎない西尾幹二加地伸行の両名は、週刊誌が垂れ流す捏造情報が、両名の知識のすべてである。

(備考)西尾幹二は、『週刊新潮』2013年6月20日号の笑止千万の馬鹿馬鹿しい真赤な嘘の捏造記事を事実だと強弁する。要するに、西尾幹二の残忍な皇室讒謗の根拠が全て『週刊文春』『週刊新潮』『文藝春秋』の雑誌で、自らが研究した知識はゼロ。学者なら、万が一にも『週刊誌』記事で論を立てることは決してしない。ドイツ語翻訳業が本来の職業で、学問を一度もしたことがない“雑文評論家”西尾幹二の書いたものすべて嘘八百のデタラメなのは、この“非・学者”性が主因

●「それは明らかに小和田家の影響ですね。皇室に一般人の自由をもちこみ始めている」40頁。  

「皇室という空間で生活し、儀式を守ることに喜びを見出さなければならないのに、小和田家がそれをぶち壊した」41頁。

●「しかし庶民は気付いています。主婦たちが《雅子妃は一日中何をしているんだろう。暇を持て余していないのだろうか。美術展や音楽会も皇太子殿下が一人で行くことが多い》。実際、ご自分でなさるのはスキーとテニス。皇室に欠かせない歌を日々作ろうとなさっているだろうか。高学歴の筈なのに、ライフワークとしての仕事もありません」47頁。

←「公務に精勤せよ」「歌を作れ」は「私的なライフワークをしてはならない」と同義だが、“分裂症の狂人”西尾幹二は、「右に向いて左に走れ!」を平然と他人に要求する。「俺様は、不可能なことを要求し命令できる神様なのだ」と自己陶酔しているからだ。それはともかく、皇太子妃殿下の私的の部分には、真正の臣民ならば、まともな人格の健全な日本国民ならば、恐れ多くて覗き込むことはできない。

 “保守主義思想の天才”バークは、ルイ16世や王妃マリー・アントワネットの私生活を覗き込む“ジャコバン党のならず者”たちを、こう糾弾した。「英国民は、神を怖れます。畏敬の眼で国王を仰ぎます。聖職者に対しては崇敬の眼で、貴族に対しては尊敬の眼で見上げます。何故でしょうか。そのように心が動くのが自然だからです。これ以外の感情は嘘偽りであり、精神を腐敗させ、道徳の根本を毀損し、我々を“道徳に適った自由”に不向きな《低級・放縦・尊大な奴隷の人格》へと改造するからです」(注11)。

 確かに、(元々そうだったかもしれないが、増々)西尾幹二は《低級・放縦・尊大な人格》となり、道徳・美徳を欠如し、罵詈雑言という放縦に狂乱する、野卑極める“ならず者”以外の何者でもなくなった。なお、バーク『フランス革命省察』は、全編を通して「西尾・加地を絶対に放置するな!」と教示している。

●「皇室にごく近い人物から手紙をもらいました。東宮家での雅子妃の日常の振る舞いが極めて具体的に書かれており、私は正直おののきました。宮内庁でも閉塞状態ですね」48頁。  

←この手紙が、皇室にごく近い人物ではなく、天皇制廃止の革命運動家で、騙しが職業の人物である可能性がほぼ100%。手紙の内容は全て嘘で、デッチアゲということ。西尾は、真偽に関心がなく、自分に都合がいい嘘話や偽情報は、嘘八百の小説を含め、何でもかんでもすべて事実だと強弁する。私はかつてこの異常な事実確認否定主義を西尾幹二に直接に注意したことがあるが、「俺様が事実と判断したから、嘘でも事実だ」「事実は物語だ!」と怒鳴り返された。    

 安倍晋三が西尾・加地対談を刑事告訴して検察の捜査に委ねるべきは、西尾幹二が「根拠」と詐称するトンデモ情報の出処と人物を特定して、その真偽を明らかにする作業もやってもらえる利点もあるからだ。検察は、杉並区善福寺にある西尾の自宅を家宅捜査し、これらトンデモ資料を押収できる。

第三節 結語

 皇室への“恐懼の意見具申(奏上)(常識的にも「諫言」とは言わない。が、本稿は「諫言」批判論なので、これまでも、以下も、敢えてこの言葉を使用している)は、皇室への尊崇と皇統護持の熱情を持つ愛国者に限られ、さらに三つのルールを遵守しなければならない。第一は、公開の諫言は許されないこと。第二は、諫言は“諌死の覚悟”が表裏一体に不可分となっていること。第三は、諫言は、平安時代からの諫言の伝統・慣習に従うこと。

 とすれば、上記三条件のすべてに真っ向から違背する『WiLL』六月号における、西尾幹二/加地伸行のあからさまな皇室讒謗が目的の、“無法を極めた放言暴言”は、日本国民が挙げて社会的・法的処分を断行せねばならない。

 ワック社は、皇室への最小限の贖罪として、月刊誌『WiLL』の廃刊と立林昭彦の懲戒解雇(役員であれば解任)西尾幹二著『皇太子さまへの御忠言』の回収と絶版。加えて、鈴木社長の現・役員報酬の半年間50%カット。むろん、ワック社自体を閉店・解散するのが贖罪方法のベストで、これは鈴木社長が決心すれば済む。

 加地伸行は、第一段階の処分だが、自著『孝経』講談社学術文庫の回収と絶版。西尾幹二は、『全集』既刊巻の回収と絶版。西尾・加地の両名が自らに課す第二段階の処分は、言うまでもなく、両名は死没まで蟄居・閉門し、かつ断筆する。

 第三段階として両名に課せられる責任の取り方は、当然、自ら選択し決行する自主的な自死以外はあり得ない。これは自らを「争臣」だと宣言したことに伴う“公約履行”でもある。

 最後に、江戸期の武士が拳々服膺した倫理規範を、本ブログの読者には是非とも思い出してもらいたい。「君(きみ)、君(きみ)たらずと雖も、臣もって臣たらざるべからず(孔安国『古文孝経』序)。皇太子両殿下は、立派に皇太子両殿下の位に御座しまされておられる。日本国民は一途に皇太子両殿下を奉戴申し上げることが、日本国に生を受けた運命が定める、光栄にして高貴なる義務を果たす事に他ならない。日本人は、ゆめゆめ国民の道/臣民の道(臣道)に違背してはならない。

 

1、「現代のタブーに挑戦する」『論争ジャーナル』1967年12月号、12~7頁。

2、「いま再び、皇太子さまに諫言申し上げます」『WiLL』2016年6月号、49頁。以下、文中にある頁数は、すべてこの対談。

3、金子宗徳「西尾幹二加地伸行への断筆勧告」『国体文化』平成28年6月号、3頁。

4、吉田松陰『講孟箚記(余話)』、岩波文庫、16頁。

5、Catherine Bowen,The Lion and the Throne;The Life and Times of Sir Edward Coke,第31章、など。コークの世界史上の古典『英国法提要』『判例集』も、それ以外のコークにかかわる多くの書籍も、日本ではいっさい邦訳されていない。

 日本の憲法学者には、“法の支配”を理解したものが一人もおらず、全くのゼロ。逆に“法の支配”を徹底的に歪曲し改竄している。誰一人としてコークを読んだ者がいないからだ。現存する日本の学者で、コークの『英国法提要』全四巻や『判例集』全十三巻を購入し自分の蔵書とし、ざっとだが目を通した者は、全国の大学人すべての中で、私一人しかいない。

6、日本会議は、GHQ非難に興じる暇がふんだんにあるのに、刑法に不敬罪を復活せよ、と口にした事は一度もない。民族系のGHQ非難は、祖国日本を守ることは何もしない、自分たちの無為・無策・無責任いや堕落・腐敗を隠蔽すべく、サボリ正当化の屁理屈。民族系は、知も脳内も空洞で空っぽなのに、狡猾さだけは一流。

 なお、GHQは極めて「親日」で、自分たちが去ったあと、日本側がすぐに刑法に不敬罪を旧刑法のままに復活できるよう、第73~6条を空条にしてくれた。

7、『孝経』、新釈漢文大系35、明治書院、311~20頁。

8、『荀子上』、新釈漢文体系5、明治書院、376頁。

9、『現代法令全集』第一巻/皇室編、日本評論社、1935年、101頁。

10、奥平康弘『万世一系の研究』、岩波書店

11、エドマンド・バークフランス革命省察』、みすず書房、110頁。

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