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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

コミュニスト閣僚を四人に増やした安倍晋三の底意に潜むもの──共産党主導の教育赤化の幇助と推進

コミュニスト馳浩の教育赤化

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 

 「五十五年前の岸信介がし残した、集団的自衛権憲法解釈を変更した〈真の保守〉である安倍晋三」も、「日本民族の絶滅or多民族共生による日本国の廃滅を狙う共産党フェミニズムを狂信する“赤い国賊”である安倍晋三」も、双方とも現実の事実。安倍晋三を客観的に評価したいなら、安倍晋三のヤヌスの多面相(=思想の多重人格)を冷静に受け容れない限り、安倍晋三の真像から遠ざかることになる。

 “非在の、偽りの安倍晋三”つまり“安倍晋三の虚像”に振り回される者は、現在日本の国政がどの方向に導かれているかを正しく見ることが出来ない。つまり、国の政治などどうでもいいと考える“弊害ある欠陥日本人”だと定義できる。

 日本国という巨船が国益に逆走し続けては、そう遠からずほぼ確実に難破し大洋の藻屑と沈むことになるが、そのような危険を孕む安倍政治の現状に安穏とする一般日本人は、集団的自衛権の権利行使に正しく舵を切った安倍晋三の勇気ある決断を逆さにも“戦争法反対!”と叫んだ“「反日共産主義勢力”とさほどの差異が無い。

『WiLL』は、日本の共産革命を指向する『朝日新聞』の同志  

 このパラドキシカルなメカニズムは、次の二つの事実を考察すれば、簡単に明らか。

A、「集団的自衛権憲法解釈を変更した、勇気ある〈真の保守政治家〉安倍晋三

B、「日本民族の絶滅or多民族共生による日本国の廃滅を狙う共産党フェミニズムを狂信する“赤い国賊安倍晋三」  在日朝鮮人たちが編集するオピニオン誌『WiLL』が典型だが、ここの読者は“安 倍ファン”が圧倒的に多い。これら民族系の安倍ファンは、「Aについてはフィー バー的に支持して、Bについては見て見ぬ振りをした」。「民族系」の安倍ファンは、学 歴が極度に低い、無学・無教養なニートフリーターがほとんど。つまり、“知的おバカさん集団”。だから、フェミニズムマルクス主義もさっぱりわからない。かくして、 Bについては、何のことか分からず、見て見ぬ振りをする。

 一方、朝日新聞は、「Aについては、安倍の内閣支持率が顕著に下がるほど、連日 執拗に激しく非難攻撃したが、Bについては(手短な事実報道に留めて、良い悪いを意図的 に論ぜず)見て見ぬ振りをした」。当然だろう。安倍晋三は、朝日新聞と同一戦線を 組み“朝日新聞のクローン”となって日本の共産革命を推進しているのだから、朝 日新聞は黙っていればいい話。だから朝日は、「Bについては見て見ぬ振りをした」。  

 このように、「Bについては見て見ぬ振りをした」において、民族系論壇誌の『WiLL』 『正論』などは、朝日新聞とぴったり呼吸を合わせたシンクロの報道姿勢に徹した。 この事実において、「『WILL』は、日本共産革命を指向する『朝日新聞』の同志」と結論づける方が、正確さや客観性において合理性がある。

 『WILL』『正論』は、(底意とはかなり相違していることにいったん目を瞑れば)その表面 上の意見は極左一辺倒とはいえないから、しかし「保守」とは異質な“非・保守”なのも明白だから、蛙やイモリの両棲類に酷似している。とすれば、「日の丸」を振り回す“〈愛国心〉仮装ごっこ”に明け暮れる両棲類「民族系」の人々は、「保守」ではないが、表向きは共産党/朝鮮総連らの極左組織から独立しているので、「民族系」と分類するしか客観性が得られない。

 このような「民族系」論客は、それが屯する雑誌『WiLL』『正論』とともに、“80%共産主義者”安倍晋三共産主義丸呑み政策に関し、共産党朝日新聞に同調して、見て見ぬ振りに徹している。「民族系」論客とは、この具体的な事例においては、日本共産党の畸形児的な分派”と分類するのが学術的に正確といえる。

 出生を辿れば「民族系」の源流は「朝日新聞の母胎から生まれた智慧遅れの次男坊」だから、この源流そのものが再生されていることになる。とすれば、「民族系」は、アナーキスト的な黒い蛙の「両棲類」というより、赤池に泳ぐ赤いザリガニの親族である。「民族系」は、共産党とは親類の、赤い池/赤い海に棲息する「畸形の甲殻類」なのか。

日本の三流以下政治家をアンパンマンバイキンマンかの善悪二型に分類する“民族系”は昆虫脳──安倍内閣の中でのコミュニスト増殖を憂慮しないのは、“民族系”には愛国心がゼロだからだ

 安倍晋三は、自民党総裁選で無風で再選されたのを機に、内閣改造を行なった(10月7日)。それは、来年7月の参議院議員選挙での自民党圧勝を睨んだ組閣なのは言うまでもないが、そのために、なぜ共産党シンパ/コミュニストの閣僚を大幅に増やしたのか、その理由は不可解の一語に尽きよう。

 「脱原発」だけでなくそれ以外の政治課題においても共産党の過激分子そのものの主張を唱える河野太郎を、国家公安委員長兼行革大臣に。共産党活動家が運営する“狂気の性教育の牙城”「フリー・スクール」に入れ込んで日本の共産革命/日本の教育破壊に驀進している馳浩文部大臣に。そして法政大学夜間卒の札付きコミュニスト菅義偉官房長官に据え置いた。加えて、何度も警察沙汰の経歴をもつ中核派の過激派で教条的なマルキスト塩崎恭久厚生労働大臣に再任した。つまり、マルクス・レーニン主義者を四名も閣内に引き込んだ安倍晋三の内閣は、共産党との連立政権と同じだと言っても言い過ぎではない。

(備考)日本語の用法では、共産党マルクス・レーニン主義者を「コミュニスト」とし、共産党以外の極左セクトマルクス・レーニン主義者を「マルキスト」とするのが通例。だが、何れもマルクスエンゲルス著『共産党宣言』を信奉することにおいて、後者も正しく“コミュニスト”。全体を括る場合は一緒に“コミュニスト”としても正確さを失わない。

 

 

 ところが、民族系月刊誌『WiLL』『正論』あるいはその民族系論客たちは、広く巷間に知られているコミュニストだけでも四名が安倍内閣の閣僚になった事態について、非難はむろん、憂慮する気配すら無い。「民族系」の本性が、共産党とは親類の赤いザリガニ族で、赤い池赤い海に棲息する甲殻類動物だからではないのか。

 多少「民族系」を弁護するなら、『WiLL』『正論』などに登場する民族系論客の知能指数も学歴も極度に低く、国政を論じる知識・教養が薄弱というより不存在のためで、赤いザリガニだからではない、という事か。こう解釈すれば、安倍晋三の政治を各政策ごとにイデオロギー的・学的に評価することを民族系論客に期待すること自体、幼稚園児に東大合格を期待するようなもので、初めから無理な話となる。

 どうやら“民族系”の脳レベルは、最も好意的に観察しても、芸能人やアイドルを好き嫌いの二型分類しかできない、劣等生の女子中学生の追いかけっこと同じ。政治家をアンパンマンバイキンマンかの善悪二型分類しかできない。民族系論客とは、まさに昆虫脳レベルの“人間のクズ集団”で、これが日本人かと目を覆うほかない。だから、「20%アンパンマン+80%バイキンマン」政治家である安倍晋三について、そのまま「20%アンパンマン+80%バイキンマン政治家・安倍晋三」と冷静沈着で客観的評価をすれば済むのに、『WiLL』の昆虫脳読者などは、無為無策拉致被害者奪還や靖国神社参拝の尻切れトンボなど)裏切られても裏切られても、“安倍晋三さん、大好き”と、好き嫌いの次元に還元してしまう。

 精神が堕落と腐敗している低級・無教養な“エセ保守”日本人は、日本国の国家や国政を理解できないし、知識の欠如から真正の愛国心とは無縁である。当然、日本の政治家の評価など、全く不可能。しかも、いかがわしい非・国民たちが編集している『WiLL』『正論』を読めば、ますます正常な識見を腐蝕されてしまうから、日本のあるべき国政もあるべき政治家像も濃霧に消えて見えず、盲目度をさらにひどくする。  

 そもそも、安倍改造内閣は、選挙目当てが露骨な、選挙内閣にすぎない。意味不明な「一億総活躍」など、あざとい選挙対策。「一億総活躍」は、国政(国家の政治)とは全く無関係。なのに、これに担当大臣を置くとは、安倍改造内閣の国家・国民を愚弄する人気至上主義には呆れ果てる。“成蹊大卒のおバカ”安倍晋三は、“選挙屋のプロ”と見れば一流かもしれないが、政治家としては、やはり三流以下の滑舌芸人。

 特に、“旧・三本の矢” の完全な大失敗──デフレ脱却にならなかった「大胆な金融緩和」の大失敗、100兆円という巨額の大借金が増えた財政破綻まっしぐらの「機動的な財政出動」の大失敗、消費は伸びずドル・ベースで見れば日本人全体が貧しくなっている成長戦略」の大失敗──は、今や公然に露わではないか。

 「アベノミクス」の“国民騙し”はほぼ常識となりつつあるが、安倍晋三は、この事実を隠蔽すべく、書くのも憚れる“新・三本の矢”で誤魔化す策にでた。安倍晋三とは、“手品師並みの凄腕選挙屋”である。

 特に、「アベノミクス」の破綻が始まったが、この破綻への経済衰落トレンドを何時までも糊塗し続ける事はできない。破綻という大病気は着実に進行する。

 なのに安倍晋三は、「新・三本の矢」とか「一億総活躍」とか、滑舌芸人の真骨頂を発揮して、言葉遊びで責任逃れに走る。自省がない安倍晋三には、日本国の舵取りより、総理職の最長記録をつくる自己中心の政治家野心がますます露骨になってきた。

 破綻が間近い「アベノミクス(=アホノミクス)や、悪評が渦巻く「女性活躍」「一億総活躍」などの問題は、いずれ稿を改める。「一億総活躍」が、“滑舌芸人”安倍晋三が推進した上野千鶴子一色のマルクス主義「女性活躍推進法」の評判の悪さを隠蔽する“目晦ましスローガン”なのは、誰でもわかる常識。空疎で空無な奇天烈語「一億総活躍」は、安倍晋三の人気至上主義が遂に焦りで傷だらけになった証左だろう。

 本稿では、緊急の問題である、コミュニスト馳浩が企む、日本の教育赤化に焦点を当てる。といっても本格的な論及は後日に廻し、ここではサワリを摘示するだけ。

安倍晋三は性的異常者だから、「同性婚」推進狂の馳浩を文科大臣にした?

 馳浩といえば誰でも、共産党の「フリー・スクール」運動、および、共産党の「LGBT 性的少数者」運動を思い浮かべる。その通りで、馳浩とは、札付きの過激な共産主義者である。マイノリティ神格化の狂信者である。家族解体を通じて日本民族の伝統・慣習を破壊することを政治信条とする“反日極左”の自民党議員である。

 馳浩が古典国語の教員免許をもち、書道も少しできることから、また妻が生粋の日本人であることから、馳浩を日本人だと短絡的に決め付けているものが多い。何と非常識なことか。大江健三郎ノーベル文学賞を取り、福田和也佐藤優の国語表現力は一流であるように、日本国籍をもつ北朝鮮人の国語力は、しばしば日本人など及びもつかないレベルにある。

 朝鮮半島から帰化した彼らの父親は、日本で出世できるよう、自分の息子を“日本人以上の日本人”に育てるべく、徹底的に国語教育をした。なお、ここでは、馳浩の血統については言及しない。ただ、国語教師である事実や日本の古典文学が好きな事実をもって日本人の証拠とする短絡思考を嗤って侮蔑しておく。

 馳浩が、国会内で極左議員を集めて、「性的少数者への差別解消 LGBT」共産革命の超党派議連を発足させたのは、2015年3月17日であった。共産党議員や福島瑞穂社民党議員など「反日国会議員が30名ほど集ったという(注1)

 馳浩を神輿に担いだこの超党派議連を発足させた実際の背後は、言うまでもなく、文部科学省共産党官僚たちである。これは、これより二週間前の3月3日、文科省が学校向け文書「性的少数者の生徒を支援せよ」を策定したことで推定できる。

 しかも、“悪の極左コンビ”「文科省-馳浩」は、同性婚カップルへの「結婚相当証明書」を交付する条例案公表(2月12日)で公然化した共産党員が区役所職員の過半を越えた)渋谷区の共産革命運動を応援することも目的としていた。

 馳浩が会長の「性的少数者への差別解消」超党派議連の発足を急ぎ3月17日にしたのは、渋谷区の“狂気の赤い条例”が3月31日に渋谷区議会本会議で票決されることになっていたから、それを後押しするためだった。なお、このトンデモ条例は賛成多数で採択され、翌4月1日に施行された。

 また、前述の、文科省が学校向け文書「性的少数者の生徒を支援せよ」を、実際に全国の小中高の学校に通達したのは、4月30日であった(注2)文科省は今や、「共産党の支部」で、日本の学校制度を共産革命の洗脳道具だと考えている。

 「性的少数者の差別解消」共産革命のことを、通常、英語の頭文字をとってLGBT運動という。Lは女性同性愛者のlesbian、Gは男性同性愛者のgay、Bは両性愛者のbisexual、Tは性同一性障害者など性別越境者のtransgenderである。これらはすべて、生殖ができず子孫をつくれない。

 それなのに、LGBT運動は、LGBT者を、生物学的・医学的な正常な男性・女性より特別に扱われるべきとの“逆差別”をカルト宗教的に展開する。ならば、LGBT者には、まず、子孫の負担によって成り立っている日本の社会保障の恩沢すべてから適用除外とする法律を立法しなければならない。具体的には、公的医療保険公的年金、公的介護保険は、LGBT者に適用してはならない。

 LGBTの“逆差別”革命は、いささかの公正性も正義性もない。その上に、倫理道徳を破壊し、法的正義を破壊し、民族の永続性を破壊し、あらゆる点で文明の社会を腐食的に破壊し尽くす危険で狂気のカルト宗教である。このことにつき詳述したいが、余りに学術論文的になる。いったん割愛し、ここで発表すべきか否は後で考える。

 馳浩のもう一つの共産革命運動「フリー・スクール」は、当ブログの「2015年6月19日の論考」を参照されたい。

コミュニスト馳浩の文科大臣就任で、日本国の教育の底なし赤化が決定的  

 現在、一部に中核派官僚がいるが、共産党員官僚が完全に支配する文科省が推進しようとしている、日本の学校教育の赤化プランは、以下の通り。このことは、ここ数年をもって、日本の小・中・高の学校は、オウム真理教サティアンと同じ、怖ろしい&おぞましい共産主義の洗脳収容所になるということだ。

 以下、この文科省の対日赤化教育プランを、気がついたままにリストアップしておく。分析は後日。

1、幼稚園から高校までの教育機関を、地域の共産党員活動家や共産党地区委員会の支配下に置く「コミュニティ・スクール」による学校簒奪革命の推進。

① これは表向き「地域の住民や保護者が学校運営に加わること」という嘘説明でカムフラージュされている。だが、「地域の住民や保護者」とは、「地域の共産党員や中核派活動家や北朝鮮人」の別名にすぎない。

② しかも、この「コミュニティ・スクール」は、これらいっさいの責任を追わないどこの馬の骨かわからぬ者が、教員会議や校長や教育委員会と対等の権限をもって、学校の運営や教員採用に口を出すのである。まさに、学校の無法状態アナーキー化で、「共産主義者たちによる学校簒奪 スクール・ジャック」である(注3)

③ この「共産主義者たちによる学校簒奪 スクール・ジャック」を最も過激に支援する「極左自民党議員は誰だろう。何と“80%共産主義者”の安倍晋三だなのだ。安倍晋三は、2015年2月12日の施政方針演説でこう述べた。

「地域の人たち(=地域の共産党員活動家)の協力を得ながら、中学校で放課後などを利用して無償の学習支援を行う取り組み(=コミュニティ・スクール)を全国二千ヶ所に拡大します」(注4)

 資格も能力も無い、どこの馬の骨かわからぬ者の学習支援などマイナスになっても決してプラスにならない。優れた学習支援能力をもつものは予備校の教師になっているし、私塾を開校している。仮に資格や能力のあるものが無料で何かをするとすれば、善意ではなく、必ずどす黒い悪意がある。

 そんな者に、前途ある次代の日本人を預けてはならない。補習なら、その学校の教師がすればよい話ではないか。“成蹊大学卒のスーパーおバカ”安倍晋三は、今度は“怖ろしい反日”総理に変貌し、日本の子供に共産主義を洗脳する制度づくりに躍起である。祖国への愛が空無な多重人格者は、逆走が常習だが、安倍晋三はこのことを証明している。

④ この「共産主義者たちによる学校簒奪 スクール・ジャック」を推進する法的なオーソライズ機関は、形式上は文科大臣の諮問機関・中央教育審議会である。だが、そのメンバーは、我が日本国の教育など思考する知見も見識もゼロの“トンデモ馬鹿と屑”ばかり。文科省の赤い官僚の言いなりになるよう、水準以下を集合させたのである。日本の教育に未来はない。このことは、中央教育審議会のメンバーを見れば、歴然かつ明瞭ではないか。

2、共産主義を洗脳する新教科「公共」を必修科目とする文科省

① 文科省は、2022年度から、新科目「公共」を導入して、これを高校の必修とすると公表した(2015年8月)。それは、18歳選挙権を口実に、共産社会への洗脳をする教科であることは、科目名が「公共」である事実で明瞭。

② 現代語「公共」には、publicの意味は無い。「共産社会 commune」の代替語である。

 1991年にソ連邦が崩壊して「共同生産」の略語「共産」が使用できなくなったとき、共産党を中心に日本のコミュニストマルキストは総出で、その代替語を創った。「活」の略語「共生」が、この「共産」の代替語である。このコロラリーとして、「共産社会」は「共生社会」となったが、何かしっくりいかない/長すぎるという理由から、「共産社会→共生社会→公共」を考え付いた。

 共産党は、「産」という字は使用しなくても我慢できるが、どういうわけか「共」には異常に拘り、「共」の字を決して捨てない。ソ連邦崩壊後の共産党は“コミュニズムの原語”「コミューン commune」の翻訳語として、新しい公共を作り、これを「日本が目指す、新しい共産社会」と同義の学術用語にした。が、これは前述の騙し語「公共」の発生経路「共産社会→共生社会→公共」とも一致する。

 このように、日本の学界での用語となった「公共」とか「公共政策」には、「私 private」の対置語である「公 public」の意味は全く含まれていない。別次元の言語である。つまり、「公共」と聞いて「共産社会」のことかと正しく理解できないとすれば、それは無学・無教養の誹りを受けるだけである。

③ “共産社会万歳!”“共産社会に日本をどう改造するか”を洗脳する新教科「公共」の新設について、赤い文科省官僚は狡猾で、安倍政権ができると直ぐ、自民党にプロジェクトチームを作らせ、新科目「公共」の必要を「提言」させた。もちろん、この自民党の「提言」を代筆したのは赤い文科省共産党員官僚である。2013年6月だった。

 「自民党の提言」の形になった以上、自民党は、このつぶしができなくなった。 自民党に僅かは残存しているかも知れない「保守」の動きを封殺する完璧な策略である。選挙屋や利権屋ばかりとなった、国家の教育に見識ゼロの自民党国会議員を騙すのは、このように霞ヶ関官僚にとって朝飯前である。これが、今日の政・官の構図の実態である。

 “半朝鮮人小沢一郎が主導した、1990年代初頭の、政治家と官僚の私的交際の禁止によって、官僚は“やりたい放題の国会議員騙し”が日常となった。政治家と官僚の私的交際を許す制度に戻さない限り、現在の“赤い官僚の国会議員騙し”はエスカレートするばかり。この抑制策は他にない。

3、日本の中共属国化を目指す、真赤な新教科「歴史総合」も必修へ  

 この新教科「公共」の必修化に便乗して、「村山談話」通りのトンデモ現代史を刷り込む新しい歴史教科も新設される。その教科名は暫定だが「歴史総合」。この歴史は、現代史を「世界史と日本史の統合した現代史にする」との名目で、日本側の視点を剥奪した無国籍歴史にしようとするもの。新聞報道によると、共産党員の油井大三郎などが中心になっているし、共産党員の大学教師と高校教師が主導していることがわかる(注5)。真赤な新教科「歴史総合」の深刻な問題は、改めて分析する。

4、次代の日本人の学力劣化を図る赤い文科省と地方の赤い教育委員会

 突出した優秀な人材は、必ず知識がすさまじく詰め込まれている。知識の堆積量と優れた思考力は正比例の関係にあるからだ。だが、「反日」官庁である文科省は、日本人を劣化すべく、あらゆる行政権力を濫用して、次代の子供たちから知識を剥奪して三流民族に改造する「犯罪」を実行している。

 北朝鮮人の寺脇研や小野次官の「ゆとり教育」は、この日本人劣化革命の露骨なものだったが、これが解消した今も、知識を貧困化して日本人を劣化させようと画策する、赤い文科省の「日本憎悪」感情は猛炎と燃えている。

 ① まず、入試を主要科目の知識ではなく、面接とかそれ以外の特技とかにして、次代の日本人全体が勉学に勤しむことを無意味・無価値だと叩き込んでいる。②次に、国民祝祭日を極度に増やして、事実上、月曜日もほとんどが休日状態にしたことによって、日本は“学校週四日”制度となり、世界で最も授業時間数が少ない国になった。

 国民祝祭日法の全面改訂をして、現在の三分の一に直ぐに是正しなければ、次代の日本人は他民族に顎で使われる劣等民族になる。現に、東京大学ですら、その学的レベルは今や、北京大学より遥に劣り、世界の二流大学へと転落した。

「民族系」櫻井よし子や八木秀次らは、“80%共産主義者”が安倍晋三の本性だと判った今、安倍晋三ファンを続けるのか、安倍晋三と対決するのか ──絶滅が近づいた、江藤淳に始まる「民族系」という“エセ保守集団”

 安倍晋三が、日本の教育を共産党員官僚に丸投げして、それを共産党主導で推進していることを、「民族系」八木秀次は、とっくに気付いている。だが、八木秀次安倍晋三と対決しようとの動きをいっさい見せない。この事実は、「民族系」にとって、その“エセ保守”スタンスの言動が、売名や自分たちの運動の舞台道具にすぎないことを暴露する証拠ではないのか。  

 自民党総裁選の2012年秋、安倍晋三は、極端な民族色を表に出したが、民族色はあくまで人気を煽り博すための手段だと見抜けないのが、“クズ人間の集団”「民族系」である。だから、安倍が政権の座に着いた2012年12月以降、総理官邸に、民族系論客で呼ばれたものがいるか。事実上、いないではないか。

 例えば、「70周年安倍談話」の参考に供される「二十一世紀構想懇談会」のメンバーに選ばれた「民族系」は一人もいない。ゼロ名である。櫻井よし子よ、とくと胸に手を当てて思い出してみよ。「二十一世紀構想懇談会」のメンバーは極左一色だったが、それは偶然なのか。なぜ、櫻井よし子は「二十一世紀構想懇談会」のメンバーに選ばれなかったのか。

 安倍晋三は意識して共産党コミュニストマルキストを選んだ。当然、「民族系である」との理由で櫻井よし子を嫌悪し外した。毛沢東マルキスト川島真の方が、櫻井よし子よりはるかに大切だと安倍晋三は考えている。

 安倍晋三は櫻井よし子を“売女”扱いしている節もある。“朝鮮人花田紀凱と共著を出す櫻井よし子は、確かに“売女”といえるかも知れない。「文科大臣に櫻井よし子を選ぶのでは」との噂もあったが、安倍は、躊躇うことなくコミュニスト馳浩をそのポストにつけた。安倍晋三こそ、実は、共産党の「フリー・スクール」革命の熱烈支援者なのだ。

 さらに安倍晋三は、世界に衆知の“札付きの日本共産党員”白石隆を重要視して活用する。だから安倍は、参議院特別委員会・中央公聴会(9月15日)自民党推薦の公述人に、保守擬装の達人である白石隆を選んだ。

 白石隆が教条的な共産主義者である事は、世界的に名高い共産主義者アンダーソン著『想像の共同体』(注6)を正式共産党員の妻・白石さやと共同で翻訳した事実で、誰でも直ぐに判る。なのに、民族系論客や民族系団体が、安倍が“80%共産主義者”なのをこれまで知らなかったのは、彼らが堕落と腐敗に生きる無教養人種だからである。無知を恥じない下劣低級人間ならば、国政や政治家の質も底意も識別できない。

 1979年に江藤淳が嚆矢の、KGBがつくった“畸形集団”民族系論客や民族系団体は、ここ二、三年ほどで死滅を迎える。日本の健全で正常な「保守」は、この「民族系の絶滅」を機に再生の道を拓かなければならない。 (2015年10月8日記)

 

注  

1、『朝日新聞』2015年3月18日付け。  

2、『朝日新聞』2015年3月3日付け、同5月1日付け。  

3、『朝日新聞』2015年9月27日付け。そこには、「住民(=地元の共産党活動家)参加型学校 広がるか」の見出しで、この「共産革命の住民活動家によるスクール・ジャック」のやり方・奨励が書かれている。

4、『朝日新聞』2015年2月13日付け。

5、『朝日新聞』2015年8月6日付け。

6、『想像の共同体』という共産革命本は、「歴史の長い風雪の中で蓄積されてきた伝統と慣習が息づく“民族共同体”などは蜃気楼と同じく想像上のもので、実態は存在しない」との嘘八百と詭弁一色で書かれた狂著である。だが、日本の大学では、それが1997年に翻訳刊行されてから実によく読まれ、今でも、この著はほぼすべての大学で準ベストセラー的な情況にある。 要は白石隆とは、“血統の歴史共同体”である“日本民族の日本国”を劇薬で焼尽して跡形も無く消すことを企てる、怖ろしい「反日コミュニスト学者。この白石が大好きとは、安倍晋三コミュニスト好きは自分がコミュニストでない限り不可能だろう。安倍晋三民族主義は、実態的に擬装といえるが、実は擬装ではなく、このコミュニズムを畸形化déformerしたもの。現に、安倍晋の“十八番スローガン”「戦後レジームの脱却」は、野坂参の「逆コース」をdéformerしたもの。安倍晋三の「三」も、父親が、野坂参三の「三」を貰って名付けたもの。

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