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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“生れによる差別主義者”為末大は、反核運動の共産革命家

──反科学の妄語「被曝三世」は、憲法違反!

 

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 

 為末大とは、陸上400メートル・ハードル競走の日本のエースで、オリンピックにはシドニーアテネ/北京と三回出場している。現在は、さまざまなスポーツ事業を行なう傍ら、テレビやラジオで活躍するタレントである。

 しかし、表現のやわらかさから余り知られていないが、相当に確信犯的な共産党系の共産主義者。共産党の「反核」運動や共産党の「安保法制つぶし」運動では、それなりの広告塔の役割を果たす、正真正銘のあくどいコミュニストである。

 表向きは「広島市広島平和文化センター朝日新聞社」が主催するが、実態は共産党が主催した「国際平和シンポジウム」広島国際会議場、7月25日)で、為末大は、特別講演を行った。演説冒頭から、科学否定の共産党に特有で特殊な“バカげた反科学”用語を高飛車に振り回して、共産党が独裁者となる暗黒で陰惨な逼塞社会「共産社会化した日本」をつくるために、“国民騙しの悪魔の運動”である「核兵器廃絶」に大衆を煽動して抱き込もうと、にこやかに語り掛ける。

“反・科学の狂語”「私は被曝三世」を、文明国・日本は、排除しなければならない

 為末大は、21世紀の世界を“戦争の世紀”に導きたい戦争狂の共産主義として、共産革命のみを目的とした手段である反核運動を、次のように美化し甘く囁く。しかも、為末は、子供たちをどう共産主義者に洗脳するかを担当している怖ろしい革命家のようだ。

みんなで話しながら、平和や戦争、原爆のことを考え、納得していく(=洗脳していく)。時間はかかるが、納得した(=洗脳された)子供は平和を深く考えるようになる(=パブロフの犬のごとくに「平和!」「平和!」を連呼する夢遊病者の共産主義者に改造される)。」(注1)

「全体が何かの空気で染まりそうな時(=日本の平和を日米同盟や軍事力強化で守ろうとする現実を直視した正しい冷静な国防に、日本人の過半数が目覚めた時)、ストップをかけられる人間(=日本を侵略するロシアや中共側に加担して、日本を阿鼻叫喚の戦場にする、日本を裏切る残虐な非人間で戦争狂の非国民が育つと思う」(同)

 日頃、『しんぶん赤旗』を熱心に読んで自らの洗脳状態を研いている為末大は、実に優等生の共産党員。そればかりか、大衆を煙に巻く術に長ける為末大は、とっておきの決まり文句「僕は被曝三世です」で、日本国を破壊的に消滅させて“多民族共生の共産社会”に改造する演説を始める。トロツキー的な嘘宣伝をゲッベルス型で包むプロパガンダというべきか。

「祖母が爆心地で被曝して、僕は被曝三世です(同)

 「被曝三世」とはどういう意味だ。こんな極めつきの反科学狂言妄語を口にするとは、為末大は科学を全面無視するスーパー野蛮人だということ。為末大はアフリカの原始林で大蛇でも食べながら裸で暮らすのが似つかわしい。みんなでそう勧告してあげようではないか。

 放射線被曝に関する初歩的な科学知識のうち、次の二つは、文明国の小学校卒ならば、必ず知っておかねばならない。

 第一は、放射線被曝は遺伝しないこと。よって、「被曝二世」とか「被曝三世」とかの言葉自体、反科学の極みである。

 なぜなら、文明社会ではすべからくすべての人類は被曝している。たとえば、CTスキャンは、かなり多くの日本人が受けている。ならば、その子供たちは「被曝二世」であり、その孫たちは「被曝三世」であるが、そんな事を言う者はいない。だが、為末は、放射線医学においてこれと寸分も変わらぬ科学的同一事象にかかわらず「僕は被曝三世です」と吹聴する。為末は、まともな人間ではない。

 また、胸部レントゲンであれば日本人は一人残らず数回受けており、まさしく全日本人が被曝している。歯医者でのレントゲンも同じである。しかも、これらの医療被曝と生存者の原爆被曝の間に差異はない。放射線線量シーベルトの量の多寡の相違があるだけ。しかも広島/長崎の生存者の原爆被曝の平均線量は、CTスキャンの医療被曝線量よりはるかに低い。「僕は被曝三世です」は、科学的・医学的には、野蛮人的狂人の狂語である。

 第二は、被曝は発癌を抑制するから、被曝しないよりも被曝した方が健康になること。

 為末大が三回もオリンピックに出場した。それほど頑健な肉体をもち日本新記録保持者になりえたのは、「被曝三世だ」と自慢する彼の反科学の狂気を尊重するなら、「祖母が被曝した結果」が原因だから、為末の「400メートル・ハードル競走での日本一」は、「米国の原爆投下の御蔭」ということになる。為末大は、「原爆をご神体にした神社」をつくり、毎日「二拝礼、二拍、一拝礼」したのだろうか。少なくとも為末大は論理的に一貫性を貫いて、子供たちに「オリンピックに出場したいなら、被曝した方がいい。そしたら、僕のように日本新記録をすぐ出せるから」と語るべきだろう。

 ところで、広島と長崎の生存原爆被曝者は、非被曝者に比して、発癌率が低く、そのぶん、長生きしている。つまり健康になっている。

 また、長崎と広島の爆心地付近で1950年以降に生存した42万9千人を対象にした医学的調査では、その7・9%の癌死亡者の内、放射線による癌の死亡者は0・4%、食習慣や喫煙その他の非放射線による癌死亡者は7・5%。かように、原爆の放射線が原因で死亡するものは僅かであって、被曝したいわゆる「被曝一世」ですら原爆の影響は限り無く無関係に近い(注2)。「被曝一世」だからだと、被曝と全く無関係な病気治療費を一般国民の税金に負担させているのは、科学的に巨悪の詐欺である。「被曝者」と自称するほとんどは、科学に沿えば、刑法の詐欺罪で刑務所に収監すべき刑法犯罪者。日本は、科学を全面無視する暗黒の共産社会への改造が始まっている。

国民を大量餓死処刑した、北朝鮮の「生まれで差別」制度を為末大は熱烈共鳴

 為末大が狂語妄語「僕は被曝三世です」を振りまわして共産革命のプロパガンダをするが、これは別の視角から考察すると実に戦慄するほど怖ろしい。「僕は被曝三世です」は、共産主義者の悪魔性が凝縮した、人間を殺戮する側と殺戮される側に分類する方法の“生れによる差別思想”だからである。

 「生れによる差別」で、“国民の一部は他の国民を一方的に殺してよい、他の多くの国民はこの一部の国民から一方的に黙って殺されなければならない”という、悪魔の政治制度を世界初に発明したのはレーニン。これが金日成毛沢東/ポル=ポトに引き継がれて無限の国民殺戮が実行された。歴史が証明している通りである。

 金日成が創った北朝鮮の“生まれによる差別”制度は、「出身成分」という。まず、国民を「核心」「動揺」「敵対」の三階級にわける。「核心」は「朝鮮労働党」の共産党員、労働者、兵士など。「動揺」は、中層貧農、貿易商、小規模事業主など。「敵対」は富農、宗教信者、知識階層、日本からの帰還者など。そして、これらの子供や孫や曾孫もまた、この差別階級を継承させられる。

 この「生れによる差別」は、居住地と配給される食糧が全く異なる。ピョンヤンに住めるのは「核心」階級、「敵対」は電気もない山間僻地。食糧の配給は「敵対」には米はなく高粱か玉蜀黍、飢饉の時に配給が無く餓死を強制される(注3)。実際に、金正日は権力を握るやこれら「敵対」朝鮮人100万人以上を一気に「餓死」で処刑した。共産国家の配給制度の恐ろしさは、このように「餓死」処刑をいつでも共産党独裁者が実行できる制度であることだ。

 さて、話を為末大に戻そう。為末大が「僕は被曝三世です」と語ったとき、「この紋所が見えないのか」と水戸黄門が印籠を振りかざす優越感で傲慢に言い放っている。それは、「オレ様は朝鮮労働党党員だぞ」との、北朝鮮「出身成分」上位にある“国民を殺す側”の支配者意識と同じものが、ビンビンはちきれそうに満ちていた。

 「僕は被曝三世です」で演説を始めた為末大の顔からも手からも血が滴り落ちているのを感じなかった聴衆は愚鈍の極みだが、どうやらシンポジウム参加の聴衆の多くは「そう感じたらしく」絶大な拍手を送っていた。核兵器廃絶のシンポジウムに参加するものは戦争狂徒だから、当然に彼らはレーニン的/毛沢東的な殺人狂ばかり。同類の為末大には、大いに共振したようだ。

 この共振はまた、為末大の向うにいる金日成への共振であり、その背後のレーニンという“人類史上の最凶の殺人鬼”への共振・狂信でもあった。「平和」を擬装した“血腥い戦争誘発シンポジウム”「核兵器廃絶への道」が白昼公然と行われた様は、近未来の日本の平和が破壊されて戦場の巷で滅ぶのが近づいているのを予感させる。

 それはともかく、為末大の「僕は被曝三世です」は、日本国憲法第十四条第一項に違反する。第十四条第一項は、こう定めている。

「すべて国民は法の下に平等であって、人種/信条/性別/社会的身分/または門地により、政治的・経済的または社会的関係において差別されない」。

 だが為末大は、「祖母が原爆被曝した」門地による差別を絶対前提にして論を展開する。

 すなわち、為末大は、「オレ様の出身成分」は、「祖母が原爆被曝した」門地という差別的に扱われるべき門地だから、自分・為末大の意見は、平和や戦争問題においては、被曝二世や被曝三世でないものとは差別されるべきで、初めから「正義である/真理である」に扱われるべきである、と。

 為末大とは、このように、憲法第十四条第一項を平然と蹂躙する。平和や戦争問題の意見においては、「オレ様は、特権階級だ!」と考えているからだ。

 為末大は、心底では、超階級社会である北朝鮮と同じく、「平和や戦争問題では、出生(門地)においてオレ様は〈核心〉階級だから、〈動揺〉階級や〈敵対〉階級の者は、黙って聞け!」と考えている。このことは、為末の演説を再読してみれば十分にはっきりしよう。

 為末大のような、「被曝三世」などと「出身成分」を自慢する“反科学の狂気”者には、すべからく北朝鮮に移住してもらおうではないか。

共産党員でスーパー真赤な憲法学者・木村草太が大好きなのか、為末大は。

 共産党系の過激な共産主義者の木村草太首都大学東京の准教授)は、極左マスメディアで今やもてもての新人タレント的な若い憲法学者である。テレビ朝日報道ステーションでもひんぱんに顔を出すようになって、茶の間の熟女の間では(余り信を措けない情報だが)すこぶる人気が高いそうだ。

 木村草太は共産主義者だから極左なのは当り前だが、その中でも特段に過激な共産革命運動家である。『沖縄タイムス』は記者全員が共産党員/中共工作員/ロシア工作員のみでそれ以外がゼロであることで名高いが、そこで木村草太は、辺野古の米軍基地拡張工事は「違憲だ!」と赤い詭弁を駆使してやたら煽動的なハチャメチャ憲法学を書きまくっていた(注4)

 だから、『しんぶん赤旗』の姉妹紙『朝日新聞』も、“ガラパゴスの赤い奇獣”長谷部恭男の後を継ぐ有力な大衆赤化洗脳煽動の憲法学者として、この木村草太に白羽の矢を立てた。木村の『朝日新聞』デビューの場は、自民党に籍を置くが正真正銘の共産主義者である河野洋平への2日連続インタヴュー記事であった。河野一郎河野洋平河野太郎は、“売国奴三代”の「コミュニスト三代」である。

 2015年7月22日付けと23日付けの朝日新聞小見出しは、前者が「安倍談話 何を目指すかあいまい」と「今は国立追悼施設の検討を急げ」。後者の小見出しは「安保法案グラグラの土台」である。

 話を為末大に戻す。為末大が、木村草太とラジオで対談したのは、J-WAVEに為末がもつ金曜日の番組で、6月7日であった。三日前(6月4日)衆議院憲法審査会で長谷部ら三名の憲法学者が「集団的自衛権は、違憲!」とした、そのことを木村草太に解説させたのである。為末の狙いが「集団的自衛権は、違憲!」を宣伝することなのは見え見えだった。為末大とは、「反・安倍晋三」闘争に過激さを増す共産党の革命運動を支援することを信条としている正真正銘のコミュニストである。

“核のない世界”ではなく、日本は“戦争のない世界”を求めよう。──“戦争のない世界”は、“共産主義者のいない世界”こそがベスト

 共産主義者の言語は百八十度逆だと喝破したのは、スペイン内戦で共産政府軍に義勇兵として参加した、当時は共産主義者だった英国の小説家ジョージ・オーウェル。とりわけ共産主義者が異口同音に、「戦争をしよう」を「平和を!」と絶叫することを知ったオーウェルは、このような言語表現を「ニュー・スピークス」と名付けた。私は、これを“共産主義者の転倒表現”と訳した。

 「核の無い世界は、平和だ」とは、まさに国際政治の現実を逆さにした、“戦争狂”共産主義者たちのニュー・スピークス。国際政治の現実は、「核の無い世界では、平和は破壊される」「核の無い世界に到来するのは、終わりなき阿鼻叫喚の20世紀型大戦争を再現する21世紀」である。

 しかし、「核を廃絶して、戦争の21世紀/日本国の戦場化と亡国を願う」のをスローガン的に平然と叫ぶ日本人が多いのは、朝日新聞(ロシア政府の下部機関となった)NHK北朝鮮人の管轄下にある)TBS、あるいは嘘と間違いばかりが満載の学校教科書に洗脳されて、真実を見失い、戦争狂徒に改造されてしまったのである。

 例えば、大東亜戦争は、1937年7月、コミュニスト近衛文麿首相の独断で開始されたが、核兵器はまだ発明されておらず、非核での日中戦争は八年間も続いた。その終結は、広島に原爆が投下されたことによる昭和天皇のご聖断によってであり、まさに米国の核兵器こそ戦争を終わらせ平和を到来させたのである。

 大東亜戦争は、ソ連工作員である共産主義者がその戦争を開始し、米国の核兵器がその戦争を終わらせた。この大東亜戦争の歴史の教訓は、「ソ連(ロシア)工作員のいない日本が、平和な日本」「共産主義者のいない日本が、平和な日本」ということになる。そして、「米国の核兵器による平和」もまた、偉大な原理原則ということになる。

 これらの原理原則は、20世紀の戦争のほぼすべてに当て嵌まる。スターリン満洲南樺太侵攻(1945年)金日成の韓国侵略(1950年)も、非核であって、核兵器は使用されていない。「米国の核兵器の無い世界では、平和は破壊される」「米国の核兵器の無い世界に到来するのは、終わりなき阿鼻叫喚の20世紀型大戦争を再現する21世紀」は、これを否定できる歴史の事例が20世紀に無い以上、これこそ真理である。

為末大は、なぜプーチン習近平核兵器大増強には口をつぐむのか

 これについては、論及し続けると大著になりそうだから、ここで中断する。だが、「米国の核兵器」と言及したことで、思い出したことがある。兵器や軍事力は、所有者によって平和にもなれば戦争にもなる。つまり、所有するものによって対極に分かれる「善の軍事力 good forces」と「悪の軍事力 bad forces」の峻別をしない、抽象的な軍事力/兵器批判はすべて狡猾な騙しの詭弁であること。

 日本に関係する核兵器で言えば、「ロシアの核兵器」「中共核兵器」「米国の核兵器」を、日本国の国家安全保障において、「善の核戦力 good nuclear forces」と「悪の核戦力 bad nuclear forces」に峻別する分類をしなくてはならない。

 この問題とともに、現在、核兵器の大増強に驀進している国家が二つあるが、この両国の核戦力は非核の日本の国家安全保障を根底から覆すほど決定的に危険である。ロシアと中共核兵器は、日本にとって「悪の核戦力 bad nuclear forces」である。

 しかも、プーチンは侵略して獲得したクリミア半島が奪還されるのを阻止すべく、もし軍事的に取り戻そうと考えるなら戦術核兵器を使用するぞと嚇したり、また対米用の新型ICBMの大増産を開始した。中共天文学的なスピードでの核戦力の大増強については、省略。

 だが為末大は、ロシアや中共ICBMの大増強を推進している現実には、一言も触れない。つまり、それを「よし」としている、何のことはない、為末大とはロシアの回し者であり、中共の回しものである。簡単に言えば、為末大は、日本国にとって“売国奴”だということである。(2015年7月31日記)

 

1、『朝日新聞』2015年7月30日付け。

2、ウェード・アリソン『放射脳と理性』、徳間書店、120~5頁。

3、ハガード/ノーランド『北朝鮮 飢餓の政治経済学』、中央公論新社、85~6頁。その他。

4、『沖縄タイムス』2015年4月1日付け。

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