中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“おバカ”安倍晋三の「お笑いテレビ解説」

──左翼との思想闘争もできない安倍の暗愚は、本物

 

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 

 自民党の若手国会議員が集って、作家の百田尚樹を招いた「文化芸術懇話会」(2015年6月25日)での怪気炎は、舌禍事件となった。この問題は整理しておく必要がある。まず、百田尚樹の発言は言論の自由の範囲のものだから何ら問題とすることはできないし、してはならない。

 「普天間基地は、元は畑や無耕地の、無人の野原に作られたもの。現在そこに住み着き街を形成した住民は全員、後から普天間にやってきたものとその子孫たち」との百田の発言は歴史的に正確な事実だから、これを非難すること自体、言論の自由に対する重大な侵害だし、真実隠蔽の暗黒の情報統制・検閲行為となる。

 また、「沖縄タイムス琉球新報を絶対につぶさなあかん」との百田尚樹の発言は、自由社会において絶大な情報権力を振るう新聞に対する批判である。このような批判こそ、自由社会の自由を擁護しこの自由の質を維持するために不可欠なものだから、百田の「沖縄タイムス琉球新報を絶対につぶさなあかん」という意見は、最大限に尊重されるべきだし、沖縄タイムス琉球新報とは、百田の批判言説を謙虚に重く受けとめるべきである。

安倍晋三チルドレンは、タレントを追いかける落ちこぼれ女子中学生にも劣る

 安倍晋三を取り巻く“安倍ファン”大西英男井上貴博/長尾敬という当選二回組衆議院議員の発言は、親分の安倍晋三を髣髴とさせる“お馬鹿”丸出しで、思わず絶句した。彼らが百田とともに、「沖縄タイムス琉球新報を絶対につぶそう」と考える、そのこと自体を“お馬鹿”といっているのではない。「沖縄タイムス琉球新報を絶対につぶそう」は、健全な日本人ならもつべき常識。問題とすべきではない。

 だが、大西英男らが「経団連に働きかければ、広告料が減って倒産に追い込める」と、事実無根の妄想と無責任言辞を公言するとは、「1+2=3」ができないレベルだから、日本国の国会議員として許されない。

 「沖縄タイムス」「琉球新報」の主たる収入は広告料ではない。また両紙の広告主のほとんどは経団連加盟会社ではない。つまり、大西らの「経団連に働きかける」そのこと自体ナンセンス。しかも、このナンセンスな発言は、「沖縄タイムス琉球新報を絶対につぶす」運動において、大西/井上/長尾の三馬鹿議員は、「自分たちは何もしない」「経団連さんにやらせる」というものだから、堕落と腐敗どころでない“究極の無為と無責任”。要は、大西/井上/長尾とは、単なる放言男。

 「沖縄タイムス琉球新報を絶対につぶす」ことを本気で考えるならば、まず、「沖縄タイムス」「琉球新報」の収入源のリストを入手して、沖縄県警本部の元公安刑事など各分野の専門家を秘密裏に集めて、資金源を断つ方策を分析することから始めるだろう。購読料収入もそれ相当にあるようだから、不買運動も手抜きせず実行せねばならない。不買運動の実際の実行となると相当な資金がかかる。

 つまり、「沖縄タイムス琉球新報を絶対につぶす」ことを本気で考えるなら、作家の百田尚樹という“底抜けのズブの素人”など粗大ゴミだからまず最初に排除する。また、このような問題を公開の場で議論はしない。

 ある日突然、不買運動の運動員数万人による戸別訪問や街頭演説が大規模に開始する。要するに、「沖縄タイムス」「琉球新報」が、突然のショックで腰を抜かす、そのような形でしか事を進めない。

 地方の新聞社を倒産に追い込む政治運動は、一歩間違えば、政治家人生を失うことで済むレベルではない。そのような問題を、口舌の徒でしかない百田尚樹と公開の場で語りあうとは、“安倍ファン”大西英男井上貴博/長尾敬という当選二回組衆議院議員たちが、自民党本部を一杯飲み屋と勘違いしているからである。

 “お馬鹿代議士”大西英男井上貴博/長尾敬らの存在は、日本の国会が、一杯飲み屋と変わらぬ雑談会議場と化していることの証左の一つだろう。

フジテレビ/BS日テレで、“スーパーお馬鹿”安倍晋三の間違いだらけ珍解説

 “安倍取り巻き三馬鹿代議士”のお騒がせがようやく忘れられ、ほっとしていた矢先の7月20日/21日、今度は、安倍晋三がテレビで集団的自衛権についてトンデモ説明をやっている光景に出くわした。「よく言えば意味不明、正確に言えば完全な間違い」解説を得々と安倍晋三がテレビで語っている姿は、まさしく“お馬鹿代議士”大西英男井上貴博/長尾敬の“お馬鹿親分”そのもの。唖然とするほかなかった。

 安倍晋三は、日本と米国の間にある“お隣さん”が火災になった時に、日米が共同で火を消すことを集団的自衛権だと説明したのである。火事を消すのは消防であって、自衛ではない。消防を自衛とは、たとえとしても成り立たない。

 自衛とは国際法上の概念で、国家の軍隊やそれに相当する軍事的な実力組織の行動を自衛に制限する理論において正当化される軍事力の行使の一形態のことである。また、軍事力には「抑止 deter」と言う、戦時の軍事行動でない平時のプレゼンスの働きがあり、これは軍隊と警察だけに特有で、他のいかなる組織も持つことはできない。

 つまり、火事が発生した後にその消火に駆けつける消防組織には、抑止は存在しない。抑止とは、警察と軍隊にしか存在しないように、違法な悪事の行動を未然に阻む力のこと。失火は悪事ではないから、消防組織は抑止とは無関係。放火は悪事だが、消防組織にはそれを抑止する能力はないから、抑止とは無縁。

 そもそも、テレビで一般国民に集団的自衛権行使の必要性を訴えたいのであれば、安倍晋三国際法の著名な大学教授と対談するやり方しかありえない。国際法の知見ゼロの成蹊大学卒の“アホバカ宰相”安倍晋三から、国民の誰が集団的自衛権の話を聞きたいと思うか。ところが、安倍晋三は、「オレ様はなんでも知っているんだ。集団的自衛権の行使の説明を、オレ様はできるのだ」と妄想していることが、このフジ/BS日テレのテレビ出演で、バレバレにばれてしまった。安倍晋三のこの妄想は、単なる自惚れではなく、かなり病的なそれかも知れない。

 安倍の無学・無教養の問題は、集団的自衛権すら全く理解していないお粗末にだけあるのではない。「憲法第九条の解釈変更問題は、憲法学の範疇のものだ」と思い込んでいる無教養のひどさにも露わである。憲法第九条とは、軍隊や軍事力あるいは軍事的国防にかかわる定めだが、学問的には、国際法4/軍事法制3/国際政治学2/憲法学の知見が総合されないと論じる事はできない。

 つまり、憲法学者憲法第九条を論じる専門家ではない。安倍が、テレビで国民に訴えるとするならば、この「憲法第九条は、国際法4/軍事法制3/国際政治学2/憲法学1、の知見で理解する特殊な条項」を何度も強調するのがベストであった。そうすれば、憲法第九条集団的自衛権にかかわる解釈変更を、憲法学者の九割以上が反対しているが、憲法学者の反対そのものを考慮しなくてもよいとなるからである。

憲法第九条は、軍人/軍刑法/軍法会議の設置を認めていない」と、政府は解釈するので憲法第九条は十全に尊重されていると、国会答弁せよ!

 首相在任時の岸信介は、軍事音痴であったことと、憲法第九条が安保条約の改訂の流れでいとも容易に改正でき、国防軍の設置はそう遠くないと妄想していたので、現在、孫の安倍晋三がやっている「集団的自衛権にかかわる憲法第九条の解釈変更」の方は、決して熱心ではなかった。

 1960年時点、内閣法制局は、「集団的自衛権の行使禁止と解釈する」としたのは、第九条のままで準軍隊の自衛隊を強化するのであれば何か一つ残さないといけない自民党に説明していた。そこで、自民党は、現在のような無知集団の時代ではなく、国際法や軍事法制に通じているのは二~三十名を越える時代だったので、「集団的自衛権の行使禁止だと解釈する」をその“何か一つ”として残すのではなく、「集団的自衛権の行使はできると解釈する」代わりに、実際的に自衛隊から剥奪している現状を追認して「軍人/軍刑法/軍法会議については、憲法第九条が改正され国防軍が設置されるまで認められない」を、この“何か一つ”にせよと迫っていた。

 当時の内閣法制局がこの解釈に変更しなかったのは、ひとえに岸信介が、明日にも憲法第九条が改正されて「集団的自衛権の行使はできる」と解釈されるばかりか、自衛隊法は「軍人/軍刑法/軍法会議の規定を持つ国防軍」に直ぐにも入れ替わると安直な事態推移を妄想していたからである。岸信介は、内閣法制局への圧力をかけずとも、そう遠からず時間が経てば自然と解決していると踏んでいた。

 話を、現在に戻そう。安倍晋三は、「集団的自衛権憲法解釈を変更しても、国防軍保有の禁止を定める憲法第九条は、条文に忠実に厳に守られている」と胸を張って答弁すればよい。なぜなら、自衛隊員は公務員であって軍人ではない。軍人からなる実力組織を軍隊というのだから、自衛隊は軍隊ではない。自衛隊員が公務員である以上、軍刑法は制定されないし、自衛隊には軍事裁判所(=軍法会議が設置されることはない。軍刑法や軍事裁判所のない実力組織を、国際法は軍隊とはしない。

 つまり、安倍晋三は、国会で次のように答弁し、これを繰り返すことだ。

①「集団的自衛権憲法解釈を変更しても、陸海空三軍の国防軍保有の禁止を定める憲法第九条は、条文に忠実に厳に守られている」。

②「現憲法第九条がある限り、自衛隊法を、軍人/軍刑法/軍法会議の規定を持つ国防軍法には改正することはできないと、政府は解釈している」。

 

日頃の“お馬鹿好き”が形成した、安倍晋三の“お馬鹿”

 安倍晋三が、上記で紹介したように吉本興業のお笑い芸人並みの、お話にならないテレビ解説をしたのは、安倍晋三が、自分をさも優秀かに自己催眠的に錯覚したく、お世辞を振り撒く素姓定かでない“お馬鹿”とばかり付き合うのを日常としてきた、数十年のツケの結果である。裸の王様が絵本から飛び出してきたような、安倍晋三の暗愚丸出しの交際の永年の成果が、2015年7月20日のテレビで存分に発揮されたといえる。

 安倍は、一流の学者とは決して付き合わない。一流の学者は、お世辞を言わないし媚を売らない。誤謬や誤解はずけずけと指摘する。しかも、一流の学者は政治家に話をする場合は軽蔑はしないのだが、安倍晋三の方は軽蔑されているのでないかと緊張を超えた防戦体制の身構えに終始する。

 一流学者は教える時、教えられる側はレベルが極度に低いのは自明だから、このレベルの低さには関心が無い。そんなことより、どう教えるかの教育手法の方に頭を集中させている。

 しかし、安倍は、驕慢と自惚れが強度であるため、「オレ様はバカにされている」とばかり、一流の学者に向かって開き直って憎悪する。だから、一流の学者は安倍晋三とは決して付き合わない。ために、もともと悪い安倍の学的水準は、歳を重ねるごとに悪循環的に劣化の一途を辿ってしまった。

 安倍晋三が、総理という立場を弁えず、いかがわしく危険なアホバカとしか交際しないかを、実際の実例で明らかにしておこう。

 総理大臣として再起を狙う2010年、安倍は民族系雑誌『正論』で、学者ではなく、知性ある評論など全くできないナラズモノ金美齢や“北朝鮮の対日工作員日下公人と対談している。それぞれ四月号と十月号。これ以外の対談はない。

 という事は、台湾人というよりやたら高圧的な支那人というべき金美齢北朝鮮人の日下公人のような、血統における非・日本国民が、日本国の総理の道に再び驀進する安倍晋三にとって、自らの政策や信条を語る最良の相手だということだ。

 「戦後70年談話」を廻って、ロシアを祖国とする朝鮮人北岡伸一に騙されたのも、安倍が日頃、日本の権力者をお世辞で騙すことに長ける、日本国の「寄生虫」である非・日本国民とばかりに昵懇である当然の結末ではないのか。

 暗愚な安倍晋三とは対照的な、真に偉大な政治家は世界に多い。ソ連邦をぶっ壊した米国のロナルド・レーガン大統領は、何から何まで安倍晋三とは対極的な政治家だった。

 レーガンは俳優出身だし、学歴もユーレカ・カレッジ卒で極度に低く、成蹊大学卒もさほど恥ずかしくはない。が、レーガンは、安倍とは逆に、付き合う相手は全米きっての大秀才ばかりを原則とした。ワインバーガー国防長官、ロストウ軍備管理長官、対ソ政策顧問のパイプス教授などは、二十世紀人類最高のブライテスト・ブレインからなる“レーガン・チーム”のほんの一角である。

 だが、安倍晋三は、法政大学夜間卒の“スーパー無学”菅義偉官房長官にしている。安倍は、自らの知的・学的水準の低さをどう高めるかでは無く、それがいかにも高いかに自己催眠するために周りをバカアホで固める方法を必ず選んできた。だから、衆議院で116時間も審議した集団的自衛権を、実はこの法案を提唱した本人の安倍晋三が全く理解していなかった「7月20日事件」となるのである。

 集団的自衛権の国会審議で、民主党が躍起になってその阻止を図ろうとしている事は、ベクトルの逆走が起きるから、“民主党つぶし”の好機である。来年の参議院選挙で自民党が単独で三分の二の議席を占める情況が棚からぼた餅式に発生している。だが、安倍は、日頃の“お馬鹿”研鑽によって、この好機を物にできないだろう。そればかりか、自分の政治生命を縮めているように見える。

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