中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“物神崇拝狂”西尾幹二の「魔の祈祷書」十巻 ──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(18)

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 西尾幹二の、真赤な嘘で塗り固められた“悪魔の対日本人洗脳教宣本”シリーズ『GHQ焚書図書開封』も、いよいよ第十巻になった。ルソーやニーチェを挙げるまでもなく、古来より国家社会に害をなす執筆者は精力的に悪書を大量かつ無尽蔵に垂れ流す。これら「悪書は、必ず良書を駆逐する」。

 大量執筆を誇る煽動家で売文専業作家の西尾幹二も、この好例。苦笑して見過ごして済むならそうしたいが、そんな無責任が祖国日本に禍をもたらす。逃避は悖徳。

スターリン大東亜戦争に日本国民を駆り立て日本を亡国に突き落した、真赤な「反日」教宣本が、“殉教の聖なる書籍群”とはいったい何だ?

 それはともかく、スターリンと結合していた「帝国陸軍」という名の実態は「赤軍」であった日本陸軍が、逆検閲で大東亜戦争中に強制的に出版させた、日本国民を騙す目的の戦時洗脳宣伝本を、何か聖なる書物かのごとくに崇める西尾幹二の異常で異様な『GHQ焚書図書開封』を、さらりとだが、改めて第一巻から第十巻まで通読してみた。貫かれている、ある特殊な特性の存在に気付いた。

 すなわち、『GHQ焚書図書開封』から漂う、異様なカルト的な宗教性は、GHQが市販を禁じただけの、戦後日本人の眼にはただ呆れるばかりでだれ一人として読むものがいなかった大量のペテン本を、祭壇に祀る宗教儀式で論を進めているからだ。つまり西尾幹二は、GHQが市販を禁じた、ただそれだけの事由において、これら日本国民騙しの真赤な反・歴史本を、「米国に殉死させられた“殉教の聖書群”」と崇めている。本の市販禁止(所有は容認)をもって人間の殉死や死刑と同視するのは、精神医学的に正常の範囲と看做せるか。

 第二に、西尾幹二は、狂人特有の思い込みに過ぎないのだが、「GHQの犠牲となった“殉教の聖なる書籍群”」を弔慰し鎮魂を祈るための祈祷書として、『GHQ焚書図書開封』を書いている。『GHQ焚書図書開封』は、明らかに黒魔教的な“祈祷書”であって、それ以外の性格のものではない。

 第三に、西尾幹二は、この二十一世紀において、一九三七年に日本が始めた大東亜戦争を、これからの日本は再開すべきと妄想する。いわゆる「第二の対英米戦争」をしきりに訴える“狂人”西尾の狙いは、日本から戦争を仕掛けられた米国に再び報復され、今度こそは日本民族が根こそぎ殺戮される究極の大敗北(日本国の廃墟化)なのは言うまでもなかろう。

 そうなれば、『GHQ焚書図書開封』全十巻は、“新たな対米戦争の祈祷書”でもある。『GHQ焚書図書開封』に漂う、薄気味の悪い嫌な気配を超えた、時に戦慄が背筋を走るような血腥さを感じる読者がいるが、決して過敏すぎる反応ではない。

 西尾幹二は、米国に転嫁しているが、インカ帝国のインカ民族を皆殺しにした“ピサロの再来”を無意識下に自認している。かつてのインカ民族のように日本民族を絶滅するまで殺戮したくてしたくてたまらないのが、西尾幹二の心底の真意だろう。日本民族殺戮の方法として、みずからの手を汚さず、米国にそうさせることを思いついたに過ぎない。

スターリンの対日侵略策謀の模倣か、ヒトラーのドイツ廃墟主義の踏襲か

 傘寿となった西尾幹二の、この日本版ピサロの自画像は、スターリンから学んだのだろうか、それともヒトラーから学んだのだろうか。

 かつてスターリンが日本列島すべてを無血占領すべく、日本に対米戦争を宣戦させ、米国に報復させ、日本男児の激減と兵力の蕩尽をきたしたところに対日侵略を開始することを考え、その旨に沿っての戦争を近衛文麿帝国陸軍に命じた。西尾は、このスターリンのアイディアを踏襲しているのだろうか。

 それとも、ヒトラーとは実は、連合国の空襲と地上戦闘でドイツをして廃墟とし、またドイツ民族が絶滅するのを企図していたが、このようなニーチェに始まりヒトラーに実行されたドイツ廃墟主義思想を、西尾は、日本に適用したいのだろうか。

 ヒトラーユダヤ人絶滅の次段階で考えていたのはドイツ人絶滅であった。ドイツ人が、このヒトラーの真意に気付くのは、一九四四年頃。すでにヒトラーがその方向に走り出した後だった(注1)。「ドイツ千年王国」とか、「ドーバー海峡からボルガ川までの)ドイツ生活圏の創造」とか、ドイツ人に夢想の甘言を振り撒く男に、ドイツへの愛国心などひとかけらも存在しない。

 真正の愛国者の言葉は、いかなる国家においても、ただひたすら苦く、甘さなど全く無縁だった。人類六千年間の国家と愛国者の歴史を紐解けば、この事実は自明で常識。西尾幹二が日本人に垂れる甘言ばかりの大量の雑文が、日本国への憎悪なしに可能だろうか。日本人への呪詛なしに可能だろうか。

 さて、レーニンに始まる共産主義であれ、ナチズムという名のヒトラー廃墟(国家廃滅)主義であれ、これら政治権力を求めるカルト宗教は、徹底弾圧しない限り、その自然消滅もしくは自然的な有害性の喪失まで、おおむね九十年はかかる。ソ連というテロルのカルト政教一致国家は、七十四年目に崩壊してロシアに回帰し、消滅まで九十年はかからず、十五年間ほど早かった。

 レーガン大統領の核戦争脅迫にソ連共産党が真に恐怖したことと、ソ連共産党の盾であった身内KGB第二総局がアンドロポフの命令で共産党に叛旗を闡明したことの新事態が、どうやら十五年ほどの短縮に貢献したようだ。

 以上のカルト宗教盛衰の一般原則に従えば、軍事史や国際政治学の対象でしかない大東亜戦争を、あろうことか聖戦であるかに崇める大東亜戦争のカルト宗教化は、一九六三年に新型アナーキスト林房雄によって開始されたから、二〇〇八年からの“祖国呪詛祈祷師”西尾幹二が暗躍する現在まで、まだ五十年しか経っていない。

 どうやら、大東亜戦争崇拝教の狂徒たちは、消滅するまでの今後四十年間は、この日本国を踊り騒いで喰い尽くすらしい。

 これでは日本国は、シロアリに内側を喰われた床の間の銘木のようなもの。四十年も経ずして遠からず空洞化と腐食において倒壊に至るは必然。

 本稿は、大東亜戦争を論じるものではないからその分析は割愛する。が、大東亜戦争とは何であったかを端的に正しく知りたい読者には、尾崎秀実の尋問調書(注2)を越えるものはないのだから、その一読を勧める。

毛沢東支那全土共産化戦争/金日成の韓国侵略戦争は、大東亜戦争を後継したその嫡統の“拡大大東亜戦争

 大東亜戦争について唯一つだけ注意をしておきたい。大東亜戦争が一九四五年八月のポツダム宣言受諾と九月二日の戦艦ミズーリーでの降伏文書調印で終了したとの浅薄な誤解が、共産党員以外の戦後の日本人の間で常識になった深刻な無知無教養な問題についてである。

 スターリンが計画しコミュニスト近衛文麿にその実行を命じた大東亜戦争(1937年7月~1945年9月)は、毛沢東金日成ホーチミンの三名に正統に継承され、拡大(enlarged)大東亜戦争となる。拡大大東亜戦争は、三戦争により構成される。

 第一の戦争が、毛沢東による支那全土赤化のための、蒋介石の国民党政権の支那からの追放であり、世に言う国共内戦である。一九四九年十月、毛沢東の共産軍が勝利し、中共という赤い帝國が東アジアに君臨することとなり、今では日本列島に侵攻する態勢まで完備した。尖閣諸島はもとより沖縄すら中共の侵略に風前の灯となっている、日本の亡国まっしぐらの今日の情況は、七十年を経た今もなお、大東亜戦争が日本国に叛逆し続けていることを示していよう。

 なお毛沢東は、日本の大東亜戦争が、毛沢東に代理して蒋介石の国民党政権つぶしであった歴史を正しく認識していた(注3)大東亜戦争をそうではなく、さも「已むを得ざる自衛の戦争だった」などと真赤な歴史偽造を狂信し教宣する西尾幹二ら嘘歴史屋/歴史偽造集団ばかりの「民族系」という“売国奴日本人たち”は、北朝鮮かシベリアに追放されねばならない。

 日本人から歴史の真実を剥奪せんとする、「反日」が秘めた信条の「民族系」は、スターリンが日本国内にでっちあげた妄想上の蜃気楼“英米の対日侵略”を妄信する反・歴史の狂った低級人士たちである。通常の日本国民として扱ってよいレベルではなく、国外追放処分が適切な、一種の犯罪者群。

 拡大大東亜戦争の第二は、一九五〇年六月、北朝鮮の韓国への侵略で開始された朝鮮戦争。この戦争は、マッカーサーの迅速な対応と米国の数万人の兵士の命を代償に旧分割線の三十八度線にて再び朝鮮半島を分割して一時停戦し今に至っている。

 朝鮮半島の全土赤化に失敗した金日成を慰めるために企画されたのが、林房雄の『大東亜戦争肯定論』だった。「北朝鮮発祥の原点である近衛文麿首相以降の)赤色日本国も対米戦争に敗北し“共産国・日本づくり”をふいにしたのだから、金日成様が朝鮮半島全域の赤化に失敗したことをそんなに悔恨する必要はありません。米国に敗北しても大東亜戦争が肯定されるように、朝鮮戦争も必ず肯定されます」、と。

 拡大大東亜戦争の第三は、ベトナムの共産化に成功したホー・チミンの対仏戦争(1945~54年)と対米戦争(1960~75年)だが、これは省略しよう。

アジア共産革命戦争だった大東亜戦争を崇拝し教宣する“反日の嘘宣伝屋”

 大東亜戦争は、戦後日本において、昭和天皇を頂点に、圧倒的多数の健全な日本国民に全面否定された。大東亜戦争が、祖国叛逆の“反日の戦争”だったと正しく観るのが、一九六〇年代までの日本だった。

 自衛だとか侵略だとかの論争も、国内共産勢力側が仕掛けた対日共産革命の罠・策謀ではないかと喝破して、これにかかわらない賢明さも圧倒的多数の日本国民の智慧であった。が、これら一九六〇年代までの多数派は、大東亜戦争が「スターリン企画・主導の戦争であること」「帝国陸軍が共産軍であったこと」「英米との戦争は英米に反撃されて廃墟となって、日本に共産革命の土壌が造られるのを狙ったもの」など大東亜戦争史の最重要核心について、漠然とした常識のままに放置して、これを定説化する努力をいっさいしなかった。

 それが、大東亜戦争崇拝教というカルトを、一九八〇年代以降の日本に勃興させる隙を与えることとなった。それはともかく、大東亜戦争崇拝教の開祖から現在も暗躍中の黒い祈祷師まで、代表的なプロパガンディストたちを表1にリストしておく。いずれも大東亜戦争崇拝教の札付きの嘘宣伝家。彼らの本性は、ヒットラーの側近ゲッベルスそのもので、日本の近未来をナチ・ドイツと同様に奈落の亡国へと突き落さんとすることに、その詐術を駆使した/している。

表1;狂気「大東亜戦争崇拝教」の四大ゲッベルス(嘘宣伝家)

日本版ゲッベルス

悪の教典

血統

祖国の有無/イデオロギー

背後

林房雄(開祖)

1963年に連載開始の『大東亜戦争肯定論』。

日本人

祖国なし。日本国廃滅主義。共産党を離党し、共産主義思想のニヒリズム(プレ・ポストモダンの先駆者。

中央公論』編集長・笹原金次郎(北朝鮮)、朝鮮総連金日成

松平永芳

A級戦犯を聖戦殉教者とするカルト狂。1978年決行。

日本人

祖国はソ連。「日本の天皇」に“スターリン”を置換したいスターリン狂。昭和天皇暗殺教教団平泉澄の「皇国史観」教団)の最後の狂徒。

戦前は満洲ソ連軍無血占領を瀬島龍三らと画策し、戦後は靖国神社潰しに集中したソ連KGB工作員・美山要蔵の一派。

名越二荒之助

大東亜戦争を見直そう』(1968年)、1980年代に大々的に教宣活動を展開。

北朝鮮

祖国はソ連共産主義者。日本のソ連属国化を狙う。一九八〇年代初頭から「日本会議」のイデオローグ。その事務総長・椛島有三の同志。

ソ連KGB第一総局キリチェンコ機関に所属する、その対日情報工作員

北朝鮮工作員も兼務。長男の健郎もKGB工作員

西尾幹二(黒魔術的な祈祷師)

GHQ焚書図書開封』、第一巻2008年。

日本人

祖国なしの無国籍人、精神病から自国が認識できない。ニーチェヒトラー主義。プレ・ポストモダン

チャンネル桜朝鮮総連北朝鮮

 

 この四名のリストを眺めると、四名に共通している重大なことが判明する。四名とも、背後の北朝鮮ソ連かに操られている、外国と通謀している事実である。簡単に言えば、ソ連北朝鮮の対日工作網が、もし仮に日本に存在しないならば、この四名はむろん、大東亜戦争崇拝教そのものが、日本国には存在しないということである。

 要するに、日本を破壊せんとする敵性外国に使嗾された、これら売国奴たちが、さも愛国行動かに嘘演技して嘯くカルト宗教、それが大東亜戦争崇拝教である。大東亜戦争崇拝教の本質は、反日極左の祖国反逆で、オウム真理教と同様、破防法的な立法をもって弾圧を合法化し、この日本国から一掃しなくてはならない。これが国を守るということであり、真正な愛国的行動である。

西尾幹二の物神崇拝狂は、どこから?

 大東亜戦争崇拝教というカルト宗教の犯罪性というか、この宗教団体が日本国を根底から最も毀損している問題は、靖国神社をその教団本部に改造した、靖国神社に対する冒涜行為。言うまでもなく、昭和天皇暗殺団の一味だった松平永芳が、昭和天皇憎しと、昭和天皇が断固として排除せよと命じていたA級戦犯靖国神社に祀る狂気の蛮行を強行して、靖国神社を簒奪したのである。一九七八年であった。

 大東亜戦争崇拝狂教団が、日本国民の永遠の聖なる社を乗っ取ったのである。松平永芳が、「皇国史観」という四文字で隠した昭和天皇暗殺団の教祖・平泉澄の愛弟子であることは、つとに知られたこと。だが、神官の資格もない、使い物にならない馬鹿軍人だった松平永芳は、ただひたすら、昭和天皇に叛旗を翻すことのみを信条として生涯を終えた“反日の奇人”。

 松平永芳は、A級戦犯を「殉教者」として靖国神社祭神として祀り崇拝する事は昭和天皇の逆鱗に触れることだから、どうしてもそれをしたかった。これが靖国神社を解体消滅せんと戦後一貫して暗躍したコミュニスト美山要蔵の播いた罠に飛びついた理由である。これによって、大東亜戦争崇拝狂教団はまた、靖国神社破壊もその教義の一つにしてしまった。松平永芳については、本格的な論文がすでに完成しているのでそれに譲るとして、本稿の論点である西尾幹二に話を戻す。

 松平は、処刑されたA級戦犯の犯罪を個々に再吟味することなく、米国主導の軍法会議の判決で処刑されたとの上っ面の理由において“聖戦の殉教者”とした。このやり方は、例えば、キリスト教において布教の地で殺された宣教師などの扱いで見られる、中世ヨーロッパ型の宗教儀式の踏襲である。A級戦犯“聖戦の殉教者”とみなす事は、歴史学と軍刑法学的に完全な間違いだから断じて許されないが、このタイプの宗教儀式が存在しうる事は認めざるを得ない。

 だが、西尾幹二のような、GHQに市販を禁止されただけで、この市販禁止のリストにあがった本を、“聖戦の殉教書籍”とみなす奇々怪々な宗教信条は、この地球上のいかなる人類にもかって散見されたことが無い。人間でなく物である本を礼拝するとは、まさにカルトの中のカルトである。

 西尾幹二のこの狂的礼拝儀式こそは、マルクスの言葉を用いれば、物神崇拝 fetischismusでなくで何であろう(注4)。ニーチェには物神崇拝の狂癖はないから、西尾のこのカルト、一体どこから伝染したのだろう。それとも、西尾幹二は生まれながらに物神崇拝の狂気に犯されていたのだろうか。

 

1、多くの史料が残っているが、たとえば、ヒトラーの側近アルベルト・シュペーアの『第三帝国の神殿にて〈下〉―ナチス軍需相の証言』、中公文庫、三二四頁、等をみよ。そこに、ヒトラーの発言「ドイツ民族は、極めて原始的な生存に要する基礎的なものすら不要だ。ドイツ民族は、自分でそれらのものすら破壊する方がよい(=ドイツ全土を焦土化し、ドイツを廃墟とせよ)」が記録されている。

2、尾崎秀実の獄中手記や検事訊問調書の類はすべて、『現代史資料〈第2〉ゾルゲ事件』、みすず書房、に収録されている。

3、例えば、次のような文献がある。『毛沢東思想万歳〈下〉』、三一書房、一八七頁。李志綏『毛沢東の私生活〈下〉』、文藝春秋、三五〇~三頁。

4、マルクス資本論 1 』、岩波文庫、一六七頁。

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