中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

植村隆を応援する“悪の月刊誌”『文藝春秋』を買ってはいけない!──『朝日新聞』<従軍慰安婦>捏造報道を正当化する“北朝鮮人編集者”ばかりの文藝春秋社

筑波大学名誉教授    中 川 八 洋

 月刊誌の『文藝春秋』と言えば、今でも、世間一般では“保守系の雑誌”というのが大方のイメージである。確かに、田中健五が編集長だった一九七〇年半ばまでだったら、このイメージでも事実との間にはさほどの乖離はなかった。

 だが、『文藝春秋』=“保守系雑誌”などとの笑止な誤解は、現実を一八〇度も逆さにした先入観である。そうであった時代が存在したのは事実だが、四十年前にとうに去って、今は昔の過去に消えている。それは残り滓のような空無な虚イメージである。

 文藝春秋社やその看板雑誌『文藝春秋』に対する、このような無知をさらす、逆さの誤解は、大学時代の同窓の女子学生に四十年ぶりに出会い、すでに六十歳代となった初老の熟年婦人の顔を観察も直視もせず、妄想において二十歳の頃の顔を重ねて「君は二十歳のままだ」と歓喜する、痴呆症の初期症状を呈する酔態男のようなものだ。

一九六〇年代までで終焉した、菊地寛・池島信平の“反共”文藝春秋

 文藝春秋社は、共産革命を煽動する嘘小説の類「プロレタリアート文学」を“文学”とは看做さない正しく賢明な見識の持ち主であった菊地寛が創設した出版社である。この菊地寛の流れを汲む反共の池島信平が、ソ連軍の対日侵攻を誘導することに徹した極左雑誌『中央公論』や『世界』を標的に、闘う保守系雑誌『文藝春秋』を前面に押し出したのが、敗戦直後の戦後日本だった。

 しかし、一九七〇年代の田中健五を最後に、文藝春秋社は大きく左傾化していく。この左旋回のターニングポイントは、共産党員の半藤一利が『文藝春秋』誌の編集長になった一九七七年が象徴していよう。その後の文藝春秋社は、北朝鮮人と共産党活動歴のあるものを積極的に採用するのが常態となり、今に至っている。

 社内の編集者が赤一色なのだから、当然、『文藝春秋』誌の執筆者も赤一色となる。共産党系については後日論じる機会があることを願い、ここでは北朝鮮人執筆者をほんの一部紹介しておく。

 慶大中核派の“北朝鮮人”福田和也は、『文藝春秋』誌に一九八本をすでに書いている。その嚆矢は、北朝鮮金日成主席に依頼されたどうかは知らないが、日米安保条約破棄のアッピールであった。ソ連邦崩壊に合わせた『文藝春秋』一九九二年一月号の「アジアか、アメリカか ──日米安保なき世界」。これは朝日新聞の社説の丸写し、いや岩波書店刊『世界』の主張そのものといえる噴飯物極左エセーだった。

 また、『文藝春秋』誌は、誰も読まない読者ゼロの『昭和天皇』を福田和也には85回も連載させたが、もし福田和也北朝鮮人でなければ、とうの昔に連載中止にしていただろう。『文藝春秋』は、“北朝鮮人による日本人洗脳を目的とする”プロパガンダ雑誌である。

 もう一人の北朝鮮人である経産省官僚の中野剛志も、二〇一二年一月号でデビューさせてから、すでに十回登壇している。中野剛志は、福田和也と同じく、北朝鮮の対韓国侵略の足枷となっている日米安保条約を破壊したく、日米安保条約の補完作用を持つ(日米の経済関係を深化させる)TPPに対して憎悪を剥き出しにする。中野の異常な“反TPP”の赤い牙に共鳴して企画されたのが、「<日本の希望>か、<米国の陰謀>か」で、『文藝春秋』二〇一二年一月号だった。

朝日「従軍慰安婦」捏造記者・植村隆を英雄化する北朝鮮人雑誌『文藝春秋

 このように『文藝春秋』誌にかかわる正しい客観的な真像を確認すると、『文藝春秋』誌が“売国奴植村隆のトンデモ弁明手記を全文掲載すると言う一見不可解な事件が、驚くものではなく、「なーんだ、当り前ジャン」と納得できよう。

 しかも、『世界』の編集長に転出すべき、『文藝春秋』誌のスーパー極左編集長・島田真は、自分が“犯罪”的編集をしていることを自覚しているのだろう、わざわざ「我々はなぜこの手記を掲載したか」の言い訳文をわざわざ添付した(注1)。が、その屁理屈には、恐れ入った。朝鮮人特有の“お笑い詭弁”である。

(1)まず島田真は、「インターネットでの植村氏の家族を誹謗中傷する嫌がらせの数々を絶対に許せない」と怒りを露わにする。このロジックは、島田真が植村隆になりきり“植村隆のクローン”であることを示し、島田真が第三者のジャーリストの立場でない証左となっている。とすれば、この「手記」の掲載は、島田自身の私怨晴らしだと自白していることになろう。

 そもそも島田真が、これらインターネット上での非難を「誹謗中傷」と思うなら、これらのインターネット上の植村隆論を掲載して、それへの反論・反駁をするのが筋ではないか。が、「我々はなぜこの手記を掲載したか」と題する、島田真の弁明には、この種の通常の反論・反駁は一行もない。

 島田真は、インターネットの植村隆記事が「中傷誹謗」か否かの真偽について、『文藝春秋』読者には何一つとして情報提供せず、つまり、無根拠に「中傷誹謗」だと、やらずぶったぎり的に決め付けている。『文藝春秋』編集部には通常の良心・良識を持つジャーナリストは一人もいない。全員が朝鮮総連本部の偽情報工作員なのだろう。

(2)次に、島田真は、北星学園大学への脅迫状に怒っている。島田の主張「自由な発言が暴力によって抑え込まれたとき、我々の社会は崩壊する」と、ヒットラーの演説を思い出させる、何とまあ大仰しい表現であることか。島田真は、植村隆も主犯格的な実行犯の、真赤な嘘の「従軍慰安婦強制連行」を意図的に捏造して朝日新聞社全体の反日革命の一環で日本国の内外に垂れ流す“世紀の偽情報工作”を、「自由な発言」だと強弁している。こんな島田真の謂いならば、「世の詐欺師はすべて<自由な発言>をしたのだから、その逮捕・加罰は日本の社会を崩壊させる」との、無法者の馬鹿げた主張も罷り通る。島田真は、犯罪者性を本性としている。

 脅迫状は世には無数に横行している。これらは被害者の届によって、警察が刑法に従って処理すべきもの。が島田真は、これら多くの脅迫状には怒らず、ただ植村隆関連のもののみに怒る。なぜだろう。それ以上に、狡猾さと汚さだけは天下一品をさらけ出した島田真は、この問題で因果関係を逆立ちさせている。

 説明しよう。時間軸を喪失した異常人格の島田真は、「植村隆の一九九一年のトンデモ記事に対し、二〇一四年の脅迫状が抑え込んだ」とする。が、そのような事はタイムマシーンがなければ不可能。それ以前に、一九九一年の二本の記事がある以上、島田真が<自由な発言>と美化する植村のトンデモ記事は「抑え込まれていない」。しかし、島田真の奇怪な頭では、この二本の植村記事は抑え込まれて存在しないようだ。正常な日本人は、島田真のような北朝鮮人狂妄ロジックには付いていけない。

 要は、「二〇一四年の脅迫状によって、一九九一年の植村隆の二本のトンデモ嘘記事は抑え込まれた」との酔客ですら口にできない戯言をデッチアゲる島田真ら『文藝春秋』誌の編集部の、事実捏造の犯罪癖は、まさしく“悪の北朝鮮人”である。『文藝春秋』誌は、狂気を漂わせる“犯罪性丸出しの編集者達の巣窟”である

(3)島田真の極め付きは、植村隆の手記が「日韓間の慰安婦問題を考える、重要な契機になるだろう」との結語である。笑止千万の戯言とは、このようなことを言う。

 植村隆朝日新聞に書いた記事は、不必要な慰安婦問題を日韓両国間に醸成した元凶のひとつである。ニュルンベルグ裁判のA級戦犯ゲッベルスと同じレベルでの、この偽情報工作の“主犯格の犯罪者の一人”植村隆が、この自分の犯罪記事を正当化する詭弁満載の「手記」が、どうして本件日韓間問題解決の「重要な契機」になるのだ。

 そもそも島田真が植村隆の「手記」を掲載した意図は、韓国の従軍慰安婦にかかわる度し難い対日強硬姿勢が今や多少軟化しつつあるのを阻止すべく、火に油を注いでもう一度も猛炎に燃え上がらせるのが目的である。植村隆の悪を凌ぐ“島田真の悪党ぶり”は、朝日新聞より性質が悪い。

植村隆の“犯罪性”を立証する植村隆の「手記」の解剖

 植村隆は、天性の大嘘つきで良心が凍結され不在だからだろう、自分の犯罪的な煽動記事を反省することなく、臆面も無く開き直る。

 ①「日本国内の工場への勤労動員された女学生の)女子挺身隊」を「(日本以外の外地の戦場での戦場公娼である)従軍慰安婦」と書いたのは、韓国では同じ意味で使用されていたからだ、と植村は屁理屈をこねて強弁する(注2、四七三頁ほか)

 これは、余りに狡猾な“言い逃れ詭弁”でしかない。なぜなら、日本人であれば、あるいは日本で初歩的な歴史教育を受けていれば、「女子挺身隊」と、「戦場公娼」である「従軍慰安婦」が全く相違することは知っている。しかも植村は、血統はともかく、日本の中・高校を卒業しており、この異質な二つの言葉を混同することは決して無い。また植村は、天下の朝日新聞の新聞記者で、言葉のチェックは怠らない。この職業柄においても、この二つの言葉が全く異なることを植村は十分に知っていた。

 すなわち、植村隆は、現代語ではない、歴史的な日本語には正確な知識が貧弱な韓国人が、「従軍慰安婦」とすべき言葉に「女子挺身隊」を用いた誤用を、しめしめとばかり、彼らのこの誤用に便乗することを決めたのである。その理由は簡単明瞭。

 「女子挺身隊」は法律に基づく強制的な勤労動員だから、この言葉を用いれば、置屋と父親の私的な商業契約でいやいやであろうが職業とした「公娼」が、日本国政府日本陸軍法律で強制的に徴用した売春婦と誤解させうるからだ。歴史的に不在だった“強制性”をデッチアゲルため植村は、意図的に「女子挺身隊」の五文字語を使ったのである。それなのに、問題になった瞬間、「韓国で使用されていたから」とは、開き直り屁理屈としても度がすぎよう。

 なお、「第三者委員会」の七名は、“朝日新聞の犬”らしく、植村隆の明らかなこの“言い逃れ詭弁”を容認した。真偽の識別ができない七名全員よ、丸坊主になり、日本国民に土下座して謝罪したらどうだ。

 ②朝日新聞記者あがりの清田治史は、抗議の嵐に帝塚山学院大を二〇一四年九月に辞職した。当然至極の辞職である。なぜなら、誰が読んでも真赤な嘘ばかりが直ぐわかる詐言師・吉田清治の著書『私の戦争犯罪 ──朝鮮人強制連行』『朝鮮人慰安婦と日本人』など(注3)、マトモな新聞記者であれば記事にすることは、万が一にも決してしない。だが、吉田清治の内容すべてが口から出任せの真赤な創り話と知りながら、清田治史はそのまま記事にした。それなのに植村隆は、良心が無いのか、次のように言う。植村隆には正常な良識も常識も不在で、その人格はまともではない。

虚偽証言を信じて記事にした記者が、そのことで大学を追われることがあっていいのか。大きなショックを受けた」(四八〇頁)

 「吉田の<証言>が真赤な嘘の創作だと直ぐ気付いたが、<反日>闘争に使える好都合なフィクションだから事実だと強弁することにしようと」と書くべくところを、植村は「虚偽証言を信じて」と、スリの早業で真っ赤な嘘に摩り替えている。植村隆や清田治史ら、嘘記事を日常とする朝日新聞社の“犯罪”記者が、大学であれ、他の教育機関であれ、教壇に立ってはならないことは自明だろう。彼らが「大学から追われない」とすれば、その方がショック。だが、植村隆の思考はすべて犯罪者のそれで、逆走する。

 ③盗人猛々しい植村隆の開き直りの最たるものは、北星学園大学に圧力をかけて、自分の雇用契約を更新させた無法者らしい暴力的行為の実行だろう。外部の勢力と吊るんで大学の人事に介入するのは「大学の自治の侵害」だから、植村隆が「負けるな北星!の会」なる団体を結成し、これをもって北星学園大学を恐怖に陥れて契約更新に成功したのは明らかな暴力的行為で、大学の自治を侵害する最たる悪行である。

 特に、政治団体「負けるな北星!の会」が植村隆とは無関係に設立されたものではなく、植村自身が深く関与して創ったと植村自身が自白しているのには、心底驚いた(四八〇~二頁)。つまり、北星学園大学は、今般、大学の自治を侵害したその張本人の暴力的な圧力に屈して、非常勤であれ雇用契約を更新し、大学教師に採用した。

 文科省は、このように、被害者面をした植村隆と政治団体「負けるな北星!の会」の阿漕な脅迫的圧力に屈服し叩頭し、大学の自治を放棄した北星学園大学に対して、断固たる処分をすべきである。文科大臣・下村博文の発言には、はなはだしい本末転倒が目立つ。大学の自治が理解できないだけでなく、誰が加害者で誰が被害者かの区別ができない下村博文には、文科大臣の資格はない。

文藝春秋』誌の不買運動を起こそう!

 話を本論に戻せば、“売国奴植村隆のトンデモ手記を掲載した、北朝鮮一色の月刊誌『文藝春秋』の不買運動を、今や大々的に起こすべき時である。『朝日新聞』と『文藝春秋』がなければ、健康で健全な日本が復権する。このことを、もう一度、確認しようではないか。

 

1、「我々はなぜこの手記を掲載したか」『文藝春秋』二〇一五年一月号、四五四~六頁。

2、同上の雑誌。引用頁は、本文内。

3、吉田清治の著書に関する分析は、中川八洋歴史を偽造する韓国―韓国併合と搾取された日本』第十章で解剖されている。短い論文なので、読者にはぜひ一読を勧める。

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