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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“共産党系アナーキスト”松本健一と民族系ファン ── 愛国ぶる民族系は、愛国心なき「反日極左」の亜種

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 大逆事件幸徳秋水の流れを汲む“極左アナーキスト松本健一が死んだ。松本健一など、そのかなり多い作品を一瞥すれば明らかのように、論評するにいかほどの価値もないマイナーな評論家である。ノンフィクション作家とする方が、正確かもしれないが。 

 いずれにせよ、棺を蓋うた今、松本健一の名前など一気に消え去って数年も経てば知る者がいなくなることは目に見えている。

 それなのに、なぜ私がここに松本健一に関して一文を遺しておきたいと考えたのか。この理由は、反日極左人士であるのが露わだった松本健一を、共産党創価学会が熱烈支持したのはわかるが、極左とは言い難い産経新聞麗澤大学などが、さも日本の国益にとってプラスになる評論家だと看做した、その異様な認識を訝るからである。

 産経新聞麗澤大学も、世間一般の評では“民族系”に括られ、決して日本共産党系や創価学会系ではありえない。中国共産党万歳!主義者だった松本健一を背後で援護し援助していた中国共産党と緊密な関係がある新聞社・大学とも思われない。

 ともかく、松本健一とはどんなタイプの反日極左人士だったか、その死没に際し、明快にしておく作業は、決して無駄ではあるまい。それはまた産経新聞麗澤大学の、その仮面の下の真像を垣間見せてくれることになろう。特に、松本健一のファンの中には民族系の諸士がかなり多いが、彼らの本当の思想本籍を炙り出してくれそうだ。

天皇制廃止に執念を燃やし続けた、松本健一アナーキスト人生

 松本健一が死去した直後、朝日新聞は、歯の浮くような讃辞を弔辞の形で掲載した(注1)。見出しは「自らの流儀をもつ知識人」。松本健一は「作家」とは言えるが「知識人」に括るとすれば、日本中のルポライター/ノンフィクション作家たちは一人残らず「知識人」になってしまう。そして、正しく“知識人”だった福田恒存竹山道雄あるいは林健太郎などは、“知識人”の範疇から叩き出されてしまう。

 「松本健一は知識人」などとの、非常識も度がすぎたジョークをいったい誰が書いたのだろうと紙面を再度眺めると、朝日新聞のお抱えライターで共産党員の保阪正康だった。保阪正康松本健一とは反日極左イデオロギーを共有する昵懇のお仲間で(注2)、松本と同業のノンフィクション作家である。

 そもそも、松本健一とは、一九六〇年代の全共闘極左暴力革命の運動家あがりで、その生涯は日本の国家解体と無政府化を狙ったアナーキストテロリズムへの共鳴・共感も強く、一種の破壊主義(ヴァンダリズム)が彼の信条の中核を形成していた。

 天皇制廃止と日本の社会主義革命を目指した、五・一五事件のテロリスト大川周明二・二六事件のテロリスト北一輝への傾倒は、松本が日本国全体を焼き尽くして破壊したいとの衝動が尋常でない激しさを裏づける。それだけでなく、松本健一が生涯かけて追求した革命運動の筆頭は、天皇制度の廃止であった。これがまた、共産党松本健一を惜しみなく背後で全面支援し続けた理由であった。

 松本健一天皇制廃止の革命運動の中で、最もその悪知恵を働かせた一つが、国歌・君が代の廃止であった。“君が代つぶし”で松本は露骨に日本共産党と共闘した。

 以下、この一端に言及する。この過程で、松本健一が、知識人などとはほど遠い、知識などすっかり乾し上がった池の如くにゼロであることや、ひたすら“こそ泥棒”的なダーティ詐言を駆使するペテン作家であることなどが、自ずから明らかになることだろう。 

君が代つぶし”で天皇制廃止に驀進した、松本健一の笑止な詭弁

 松本は、一九九九年春、自民党で動き出した国旗国歌の法制化の動きを牽制するために、躍起となって詭弁を弄したエセーを左翼雑誌・新聞に書きまくった。この国旗国歌法つぶしを狙った真赤な嘘エセー集が『日の丸・君が代と日本』という名の悪書。国旗国歌法が同年八月に制定された後に出版された。

 このうちの一つに、毎日新聞社コミュニスト編集者から依頼されて書いた「国家の存在証明と天皇礼式曲」というタイトルの、毎日新聞社の読者を国旗国歌法案反対に煽動するトンデモ小論がある(注3)。松本健一とは悪の人格の持ち主で、嘘を平気で吐くのが日常。このことは、次の詭弁一つでわかろう。

君が代に国歌の規定が与えられるようになるのは、一九七七年の田中角栄内閣の下での文部省<学習指導要領>まで待たねばならない。君が代天皇礼式曲ではなく、国歌と呼ばれるようになった法的な根拠は、(一九七七年から一九九九年までの)僅か二十数年の時間を経ているに過ぎない」(注3、福田赳夫田中角栄との誤記は松本)

 <君が代>の国歌化は日本の主権だが、その確定は世界も“日本の国歌”だと承認することが必要である。<君が代>が国歌であることは、(一九七七年より十三年前の)一九六四年の東京オリンピックにおいて、日本の国歌 national anthemとして吹奏されていたことを思い出せば十分ではないか。それがどうして、福田赳夫内閣の学習指導要領が最初になるのだ。

 しかも、国歌国旗に、明文の法律の定めが必要なのか。慣習conventionsや慣例customsが法律より上位にある事は、英国には明文憲法がないが“英国は、憲法に基く立憲主義国家の発祥国”とされていることで自明ではないか。あるいは、国際法の八十五%は明文の条文が無い。だが、慣習をもって法 Lawsとしている国際法体系は世界に十全に承認されている。

 さらに、<君が代>は一八七九年に天皇に対する礼式曲として定められたが、それ以降一度も、一九七七年まで国歌になったことはなかったと、松本は言う。馬鹿馬鹿しい。なぜなら、日本政府は海軍省からだが、英語ではなくドイツ語だが、日本と条約を締結した諸外国に公文書をもって<君が代>の楽譜を送り、<君が代>をもって日本国の国歌であると通知した。明治憲法が制定される前年の一八八八年であった。

 この文書には、確かに漢字「大日本礼式」の五文字が冒頭にある。が、諸外国はこの漢字は読めない。続いて菊の御紋章。そしてその下に、JAPANISCHE HYMNEとある。訳せば「日本国歌」である。

 この下にさらに「nach einer Alt Japanischen Melodie von F.Eckert エッケルトが日本の古歌から作曲した」と書かれている。日本がいつ国歌<君が代>を法制的に定めたかなど全く無意味な詮索であることが、これで氷解されただろう。これからは、通常の一般国民に対しては、一八八八年に国歌に定まったと解されると諄々と答えてあげるべきで、これが正解だし、また親切な説明ということになろう。

 さて、松本健一の問題に戻ろう。タスマニア・デビルのように暗闇に吠える松本健一は、<君が代>が天皇礼式曲であると同時に国歌である事実を歪曲すべく、このJAPANISCHE HYMNEという二語を無いことにして、「大日本礼式」の漢字五文字だけで論を展開した悪のマジシャンのテクニックを駆使したことがはっきりした。松本健一をペテン師と称してもオーバーな表現とはなるまい。

共産党員・松浦総三共産党教宣本を丸写ししたのか、松本健一

 学術的な研究をしたことのない学問嫌いの松本健一は、丸写しを得意技とする作家だから、その著作にはすべて種本がある。上記の毎日新聞社に出稿したものも例外でなく、どうも共産党が出版したアジ・プロ教宣本『われわれにとって<君が代>とは何か』を転写しただけのようだ。この共産党本にはこう書いてある。

「戦前・戦中・戦後を通じて、公的には君が代は一度も国歌だと規定されたことはない。ところが一九七七年、文部省は小・中の学習指導要領を全面改訂し官報に告示、<国歌を斉唱させることが望ましい>と国歌斉唱を明記した。…また、音楽の章において、君が代は国歌であると初めて規定した」(注4)。

君が代は、…その吹奏楽譜は一八八八年<大日本礼式>の題をつけて海軍省から(日本が締結した全ての)各条約国に送られ、唱歌用楽譜は一八九三年文部省告示<祝日歌詞ならびに楽譜>により学校で儀式に用いる唱歌として制定された。つまり、君が代は国歌として法律的に決定されなかった」(注4)。

 松本健一毎日新聞エセーが、党籍のある共産党員・松浦総三と何とまあ酷似しすぎている事か。

“<君が代>つぶし”で気がふれたか、「海ゆかば」を国歌にせよの松本健一

 松本健一は、<君が代>が法律的にすでに国歌に定まった後でも、<君が代>反対を主張する。そして、あこぎな自分の反対詭弁を糊塗すべく、代替案として唐突に「海ゆかば」を持ち出す。

 つまり、一九九九年八月までの屁理屈は、「法制化されていないから、合法でない<君が代>に反対する」だったが、法制化されるや「<君が代>は法制化されたけれども、俺様が気に入らないから“君が代潰し”を続けよ!」と絶叫し、赤い舌をペロリと出して「代わりに<海ゆかば>はどうだ」と絶叫する。良心が一切ないテロリスト願望に生きた“反日の非国民”松本とは、自らの言葉に責任を感じない無法者の極み。

 “君が代潰し”の手段として、国歌を「海ゆかば」に変更せよと煽動する松本健一の新屁理屈は、こうだ。「国家が存立するためには、国家のために死んで行った死者の思いを掬いとらねばならない、と考えたからである」、と(注5)。

 また、「聖武天皇のために死にます」という大伴家持の原意を曲解改竄して、松本は次のような珍論を展開する。

「<あの(大東亜)戦争>における死者たちは<大君の辺にこそ死なめ天皇のために死ぬ)>というイデオロギーに死んだのではなく、<海ゆかば水漬く屍、山ゆかば草むす屍>という、自らのパトリ(国)のために死んでゆく、その滅びのイメージの上に死んでいったのだ」(注5)。

 だが、これこそは、抱腹絶倒の真赤な嘘。バレバレではないか。まず後者で言えば、大東亜戦争で死に臨んだ多くの日本男児は、天皇陛下万歳!を叫んだ者がほとんどであった。彼らにとってあくまでも「天皇=国家」で、両者は不可分だった。

 次に、前者の松本の言にある、本当に死者の思いを掬い取らねばならないと松本が考えたならば、松本は靖国神社に毎日の如く参拝しているはず。だが松本は靖国に参ったことは、その六十八年の生涯に亘って一度もない。

 日本国を暴力的に解体破壊したいの一念に燃える、現代日本に大量発生したアナーキストの一人である松本健一が、祖国日本のため死んでいった真正の日本国民を追悼し鎮魂することなどありえない。自明に過ぎないか。松本健一こそは、祖国のために自己犠牲の武勇において死を莞爾とした日本男児を憎悪し蔑視し唾を吐きかけてきた。松本健一は、人間の顔をした悪鬼であり、タスマニア・デビルと言う外ない。

 しかも、「海ゆかば」が作詞作曲された原点の、原詩となった大伴家持の七四九年の長歌は(注6)、国家の為に死んで行った鎮魂歌などではない。その意は、我ら由緒正しき武人の大伴一族と佐伯一族は命を捨てても、光明皇后・藤原一族の成敗に立ちあがる聖武天皇を絶対に守り通しますので、どうぞご安心されて武力叛旗の一大ご決心をなさって決行されて下さいと聖武天皇に懇請した血腥い歌である。

 なお、「海ゆかば」は、天皇への忠勇無双の意志表明である以上、第二の天皇礼式曲にするならば問題ないが、国歌としては次の理由において全くの不適である。

 信時潔が一九三七年に作曲した「海ゆかば」は、日本男児の大量殺戮も目的だった大東亜戦争において、『葉隠(山本常朝)とともに、日本将兵を死に誘引する麻薬として徹底的に悪用された。その意味で、日本男児こそが生きて担うべき日本国の悠久の存続を考えれば、「海ゆかば」の楽曲は、大伴家持長歌の原意とはかけ離れすぎ、忌み遠ざけられるべき不幸な歴史をもつ歌になりすぎた。

 蛇足。松本は、上記の毎日新聞への投稿の直後、産経新聞社の民族系雑誌『正論』(8月1日発売、注7)に、簡単に騙される無教養な民族系の読者にアッピールすべく、「<海ゆかば>を国歌にせよ、代わりに<君が代>を国歌にするな」との原稿を渡した。しかも、この原稿を、「私は、八月十五日、大東亜戦争における死者を思って、この<海ゆかば>を低く、心の中で歌うのである」(注7)と、白々しい真赤な嘘で締め括っている。天皇制度廃止の狂信者が、万が一にも「海ゆかば」を歌うわけなどないだろう。

山田孝雄君が代の歴史』──日本人が座右の書とすべき「君が代」論の白眉

 知性と学識に溢れた日本の碩学で、真正の民族主義者だった山田孝雄の著作の一つに『君が代の歴史』がある。私が小学校六年生の時、山田孝雄はこの著を出版して、共産党日教組の“君が代潰し・天皇制廃止運動”と全面対決された。何度読んでも感動が覚めやらぬ本書の掉尾を、少しばかり紹介しておきたい。

「思うに、国歌としての性格は、一般国民誰にでも容易に通用せらるる普遍性と、国家の古今に通じて変わらざる永久性とが具有せられていなければなるまい。その普遍性と永久性とは詞章の上でも曲譜の上にも存しなければならぬ」

 

「この<君が代>の歌は、詞章として形は簡素だが、品格が高くて、しかも民族的普遍性を有し、その上、古今を通じて一千有余年、日本民族の歌として国民の上下を問わず用いられてきたもので、この<君が代>を措いて国歌となりうる素質の歌はない」

 

「その上、かの林廣守の加えた曲譜も民族固有の旋律を具現し、簡素にして中外の器楽にも適し、また国民一般の唱歌として雅正にして温和、大国民たる襟度を表する洋々の声がある。この詞章とこの曲譜を相待ちて、真に日本の国歌たるの実を具備するものである」

 

「この歌は一千有余年の昔から、われわれの生れぬ前から伝って、世々歌い来たった歌で耳慣れているといえば、これほど耳慣れている歌は他にはあるまい。これこそ民族の歌国民の歌というべきものである。今日以後、誰あって、これに代わるべき歌を作り得べきであろうか」(注8)。

 松本健一が蛇のような執念でもって天皇制廃止に妄念を燃やし、読者を洗脳せんとして雑文の域を超えないが多数の著作を世に送ったことは、日本国の国益にとって公害であり有毒ガスを国中に充満させるような、許されざる反日行為だった。それらの作品をさらに詳査的に概観すると、より鮮明に、松本健一天皇制廃止の策謀が浮き上がってくる。これについては次稿以降に論じたい。(つづく)                       

 

1、『朝日新聞』2014年12月2日付け。

2、例えば、松本健一の著『昭和天皇伝説』朝日文庫の解説は、保阪正康である。また月刊誌での両名の対談はかなりある。このほか松本・保阪には、文藝春秋社の札付きの共産党員幹部だった半藤一利や竹内修司らとの座談集もある。

3、『毎日新聞』1999年7月13日付け。松本健一『日の丸・君が代と日本』論創社、六四頁。

4、松浦総三編著『われわれにとって<君が代』>は何か』、鳩の森書房、一三二頁、一五四頁。

5、松本健一「<海ゆかば>再び」」『発言者』、四八頁、五〇頁。

6、『万葉集』巻第十八に収録されている。日本古典文学体系『萬葉集』、岩波書店、二七八~八一頁。

7、松本健一「戦争における死者を思う日――私の八月十五日」『正論』一九九九年九月号。上掲『日の丸・君が代と日本』、六〇~一頁。

8、山田孝雄君が代の歴史』、宝文館出版、一九五六年、一七九~八〇頁。

 

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