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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

丸山眞男排撃&絶滅は、日本を守る思想内戦(Ⅲ)

筑波大学名誉教授    中 川 八 洋

 林健太郎先生と私の対談の時、お互い苦笑しながら議論しなかったテーマがあった。丸山眞男が吸引した赤い毒薬は、フランクフルト学派(備考)の方が量が多いか、ルカーチマンハイムの方が量が多いか、丸山が吸飲した二種類の毒物の混合比についてである。

 こんなテーマは、林健太郎先生や私のように、丸山眞男城を焼きうちして跡形もなく一掃せんとして丸山研究をしてきた/しているものには重要であっても、論壇誌『諸君!』の読者にとってはマイナーに過ぎどうでもいい瑣末な問題だと嫌悪されるかも知れないとふと思い直したからである。

 林健太郎先生との対談で、この議論があった場合のその端緒として私が用意していたのは、彼が書いた次の丸山眞男解剖所見だった。

「丸山氏の<主体性>思想は、…『歴史と階級意識』を書いたルカーチと共通性があります。しかし、ルカーチ以上に、…変革一般の哲学を説いたと思います。…

 階級対立というものを、管理社会や国家権力に対する闘争という面で捉えたのは、ドイツのフランクフルト学派社会学者やその影響下のアメリカの社会学者たちですが、丸山理論はこれにも通じるところがあります」(注1)。

 丸山自身も、自己の学問形成過程を振り返って、書物を通じて師事したドイツ系極左思想家として、フランツ・ボルケナウ、マックス・ヴェーバールカーチカール・マンハイムの名を挙げている(注2)。ボルケナウは、デカルトを用いてスターリン独裁政治計画経済を擁護する、スターリン狂のフランクフルト学派社会学者の一人である。

 また、丸山本人は直接的影響を受けていないようだが、丸山眞男フランクフルト学派社会学者ヘルベルト・マルク―ゼとも近似しており、共産革命思想において丸山とマルクーゼは近親の革命同志である。例えば、マルクーゼが次のように語るが、これ、丸山の主張ではないか。

「社会は、それが本質的に新しい歴史的主体によって組織され支持され再生産される程度によって、合理的で自由なものとなる」(注3)。

 だが、マルクーゼは、この「革命の主体」の主力を「被追放者やアウトサイダー、種族や色の異なる搾取され迫害されている人々、失業者、働けない者」の層に期待するのに(注3)、一方の丸山眞男は「本来のインテリ」(東大卒のエリート)が「革命の主体」となるべきだと考えた。マルクーゼと丸山は、ここで、双曲線的に対極化する。

 このマルクーゼとは真逆の丸山の立ち位置が、実にマンハイムのそれと同じなのが、丸山革命学の核心だろう。この点がまた、丸山革命学は、大雑把すぎるのを許してもらえば、「ルカーチマンハイム七割、フランクフルト学派三割」の混合比ではないか、と私が考えた切っ掛けとなった。そこでせっかくの機会とばかり、「林健太郎先生は、丸山のこの混合比をいくらだと考えているか?」とちょっと聞いてみたかった。が結局、聞かなかった。 

東大トップ卒こそ日本共産革命の担い手 ──丸山眞男

 丸山の毒物、今風に言えば脱法ドラッグだが、その混合比問題はもう一つある。丸山共産革命学というシチュー鍋でぐつぐつ煮え立つ、主たる毒物のルカーチマンハイムのうち、どちらが量が多いのだろうかにも、私は気になっていた。この方は、林健太郎先生に、「丸山眞男が自分の共産革命学を形成していくに影響を与えた極左思想家は誰々か?」ではなく、「完成された丸山共産革命学は、結局、誰に最も近似したものとなったと考えますか」と尋ねた。

「君はどう分析しましたか」と返されたので、すぐさま「丸山眞男カール・マンハイム」と答えた。林先生も「僕もそんな感じがしてたよ」と即答された。百%ではないが八十%は同意する、とのニュアンスだった。続いて直ぐ、「<丸山眞男カール・マンハイム>を少し解説してくれませんか」と私に促した。以下は、この対談で喋った内容を翌日に記録したメモに基づく。この部分は『諸君』誌は紙幅不足でばっさり切った。

 

 一九五八年秋、形の上では「安保騒動」という名の学生主体の共産革命暴動が起きた一九六〇年の一年半前に当るが、丸山眞男は、日本の「知識階級」に革命の急先鋒となれ!と煽動的な呼びかけを行った。

「現代のような<政治化>の時代においては、深く内に蓄えられたものへの確信に支えられてこそ、文化の立場からする政治への発信と行動が本当に生きてくるのではないでしょうか。まさにそうした行動によって<である>価値<する>価値の倒錯…を再転倒する道が開かれるのです」

「現代日本の知的世界に切実に不足し、最も要求されるのは、ラディカルな精神的貴族主義ラディカルな民主主義と内面的に結びつくことではないかと…」(注4)。

 上記に引用した丸山の言葉はそれぞれ次のことを意味する。

「文化の立場」は「知的な東大生/東大卒の立場」のこと。

「<である>価値」は「現状を追認すること」のこと。

「<する>価値」は「現状を共産革命して大変革させること」のこと。

「ラディカルな民主主義」は「<人民民主主義>という嘘ラベルにおける、レーニン/スターリン型共産革命」のこと。

「ラディカルな精神的貴族主義」は「共産革命で自分の人生を棒に振る犠牲を厭わない過激な東大生・東大卒」のことである。

 このように丸山語を正確に通訳できるのは「師弟関係」だった当然のなせる業だが、そのような緊密な関係がなくとも、丸山語「文化の立場」「ラディカルな精神的貴族主義」の意味などは、丸山の一九四七年の東大生(正確には東京帝国大学の帝大生)への講演録を読めば誰でも理解できる。これは、後、「日本ファシズムの思想と運動」というタイトルの論文になった。

 この一九四七年講演で丸山眞男は、知識人階級を「一流」と「二流」に差別的に二分し、前者のみが日本共産革命の主体となり得る任務を持つとアジッた。「一流知識人階級」のことを丸山語では「本来のインテリ」といい、「二流知識人階級」のことを「擬似インテリ」という(注5)。

 また丸山は、「本来のインテリ」=「第二類型、第二範疇」と「擬似インテリ」=「第一類型、第一範疇」との間における「水準の甚だしい隔絶」(注5)がある差別化を強調し、聴衆の東大在学生に向かって「君たちこそは、<本来のインテリ=第二類型>だ」と、明言した。これは東大生を共産革命家に誘う甘言の効果はむろんあるが、丸山は、彼らを共産革命に参画誘導せんとしただけでない。“革命後の東大卒による<共産体制国・日本>の建設&運営”の方に力点があり、この方を真剣に考えていた。

 日常においても、丸山眞男は東大にも入学できないレベルを教育するのを極度に毛嫌いした。また東大生・東大卒でもトップの優等生と「中以下」とを差別した。「東大文二の経済学部の学生などバカ」とか「東大法学部の学生でも中以下はうんざり」とか、言葉ではいわないが、態度においては露わだった。日本の共産革命は東大のトップだけしかできない、自分はこの東大トップの革命家を育てるのが任務との、丸山の信念は強烈・強固だった。

 さる十一月末に死んだ“民族色で偽装した共産主義アナーキスト松本健一は、東大経済学部に在学中、丸山ゼミに入ろうとして、丸山眞男に「文二の学生など頭が悪すぎ入ゼミ資格なし」と門前払いされたと述懐している。そもそも丸山眞男は、東大生でも下品な顔立ちや知性なき雰囲気の者を嫌った。松本健一のような口を開けば嘘をつき、高い塀から出所した卑しいコソ泥顔の松本健一などは、丸山が特段に蔑視するタイプ。

「社会科学」を修めた知識人こそ理想の共産主義独裁者 ──カール・マンハイム

 さて、一方のマンハイムだが、「知識人」に過剰に期待した共産体制づくりを考察した、徹底したデカルト的設計主義者で熱狂的なマルクス・レーニン主義者の極左革命イデオローグ。だから、マンハイム社会学を、正確には「知識人社会学」もしくは「知識人革命学」というべきだが、一般には「知識社会学」という。

マンハイム知識社会学は、レーニン/スターリンに築きあげた“共産党独裁の共産体制”を、“共産主義知識人独裁の共産体制”への変革を模索する新型革命理論を追及した社会学ともいえる。

「知識階級は知的分野で、経済領域における開拓者精神に当たるものを形成し、千篇一律的な行為様式・思考様式よりも、人跡未踏な小径を選ぶのである。同様にして、文化的および知的な競争集団…は、社会の生産的文化生活の主ぜんまいである…」

(文化的および知的な競争集団、すなわち)かかる創造的集団は、…世論の主流の中に位置づけられている場合には、漸進的成長の本拠となり、感受性と強力な感情と創造的な観念を発達させるための避難所になる」(注6)。

 マンハイムルカーチの直弟子。だが、彼の師ルカーチの革命学を貫く「プロレタリアート階級による革命」の「プロレタリアート」を、マンハイムは「知識人階級」に置換した。それが一九二九年出版の『イデオロギーユートピア』である。この本は、どうも丸山眞男が彼の革命学を創るに決定的な影響を与えたようである。

 『イデオロギーユートピア』では「社会的に自由に浮動するインテリゲンチャ」(注7)としていたのを、『自由・権力・民主的計画』では、マンハイムは、冠の飾り文句「社会的に自由に浮動する」を削除した。単なる「インテリゲンチャ」に簡潔化したのである。

 なお、『イデオロギーユートピア』に登場する、マンハイムの造語「全体主義イデオロギー」(注7)は、彼の「知識人階級独裁」あるいは「知識人階級による、上からの革命」を直截に表現してさまざまな軋轢やトラブルが生じるのを回避するため、回りくどい論法を考案しての、その巧妙な舞台装置と考えられる。

 簡単に言えば、さまざまな階級や集団はそれぞれ「全体的イデオロギー」を有しているが、最終的には「共産主義を信奉する知識人階級の<全体的イデオロギー>」に統一され、それが革命された共産社会の全体意思になる、といいたいようだ。

今や霞ヶ関の過半を占める赤色官僚群は、丸山眞男共産革命学の大成功の証左

 丸山が東京帝大の学生の頃から構想した、マンハイム的な「知識人階級による共産国家・日本の創造」は、果たして成功したのか、失敗したのか。

 具体的には、東大生・東大卒を突撃隊とする共産革命の方は挫折したが、この方にのみ目を向けると真相を把握できない。東大卒を「知識人階級独裁集団」とする共産国家・日本を創るという丸山の構想の方は大成功を収めたといえるからだ。後者の革命構想のために生涯のほとんどをその理論構築と煽動に捧げた丸山眞男は、確かに“勝者のイデオローグ”に成り得た、というほかない。

 結果を見れば、丸山革命学は特に、一九九〇年代に華々しい成果を挙げた。今もこれからも丸山共産革命学は日本を共産国に着実に改造していく自動機械的な強力な脱法ドラッグであり続けるだろう。

 なぜなら、日本は、天皇制廃止と日本の伝統・慣習の破壊を法律とした「男女共同参画基本法」を一九九九年に制定した。これこそは、一九一七年のレーニンのロシア革命の暴力による権力掌握に匹敵するものであるし、この法律は主軸は東大卒の霞ヶ関官僚によって起草され内閣提出法案であったことにおいて、まさしく丸山眞男が一九四七年から執念をもって考案し煽動してきた“東大卒による上から革命”がついに成功した、その嚆矢となった。なお、いったんは阻止されている夫婦別姓民法改悪は、法務省民事局の東大卒の赤い官僚が一九九一年頃から画策しているもので、これも丸山共産革命学の成果の一つと考えねばならない。

 この後は、霞ヶ関の東大卒の赤い官僚たちは、怒涛の如く、日本共産化の立法をし放題となった。地方分権関係の法律はもとより、少子化社会対策基本法次世代育成支援対策推進法(ともに二〇〇三年制定)などは教条的に共産主義を信奉する霞ヶ関官僚によって起草された。“司法を人民支配化に置く、司法の消滅”への第一歩としての裁判員制度の導入も、これらの一連の日本共産化革命の一環である。死んだはずの丸山眞男の亡霊は、墓から霞ヶ関に移動していて、実に効率よく、赤い東大卒官僚の尻を叩いている。

 かくも丸山眞男は、日本共産革命のイデオローグとしては、棺を蓋うて“勝者の月桂冠”をかぶることになった。日本は、二〇四五年を待つこともなくそれ以前に確実に共産社会になっているだろうし、さもなくば亡国に至っている。

 丸山眞男の猛毒に日本が犯されないよう警告せんとした林健太郎や私を全く支援しないどころか、無視することのみに専念した日本は、そのツケを国家の破局や破滅の形で報復される日が近づいている。因果応報とはこのようなことを言うのだろう。  (つづく)                          

 

1、林健太郎「日本の知識人とマルクス主義」『文化会議』、一九九一年一月号、二一頁。 

2、丸山眞男日本政治思想史研究』、東京大学出版会、あとがき六頁。 

3、マルクーゼ『一次元的人間 (Bibliotheca sine titulo)』、河出書房新社、二七六頁、二八〇頁。

4、丸山眞男日本の思想』、岩波新書、一七九頁。

5、丸山眞男現代政治の思想と行動』、未来社、六八頁、六三~四頁。

6、マンハイム自由・権力・民主的計画』、未来社、四三七頁。

7、マンハイムイデオロギーとユートピア』、未来社、一四六頁、三〇頁。

 

備考;フランクフルト学派について

 フランクフルト学派は、大学占拠など一九六〇年代の全共闘の革命運動に聖典的な指針となって、かなりの影響を与えたスターリン主義極左革命イデオロギーである。

 具体的には、ドイツのフランクフルト大学に一九二三年に設立された社会研究所の二代目所長マックス・ホルクハイマーのもと、『社会研究誌』(発刊一九三二~四一年)を核にしてグループ化された若き社会学者たちを「フランクフルト学派」と呼ぶようになった。アドルノ、E・フロム、ボルケナウ、ベンヤミン、マルクーゼ、レーヴェンタール、ポロックらである。

 なお、同研究所が一九五〇年に再建されてからの、ハバーマス、ネクト、A・シュミットらは「フランクフルト学派第二世代」と言う。

 

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