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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“過激フェミ”上野千鶴子の愛弟子・安倍晋三 ──フェミニズム狂に転向した安倍晋三の日本解体暴走Ⅱ

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

(本稿は連載「フェミニズム狂に転向した安倍晋三の日本解体暴走」の第二弾。第一弾は、前稿の「安倍の<女性の活躍>は、アベノミクス破綻隠し」)。

 IQが極度に低く教養ずば抜けて空無な上に、高度な正論直言の優秀な人物を徹底的に嫌うため、安倍晋三の周辺には、昔から人格下劣低級な胡麻すり屋か、安倍騙しを目的とした極左人士ばかりしかいない。しかも、アメリカのライス国務長官が、二〇〇六年十月、「安倍とは、なんと言うrogue(ならず者、ゴロツキ)か」と怒り心頭に達したほど、安倍の本性は、謙虚さもなく自省もしないマナーも礼節も弁えない、知性と品位がゼロの、吉本興業のテレビ芸人的な滑舌政治家。

 総理の椅子を再び手にしてから約二年、油断して本性隠しに手を抜いたためか、“民族系の愛国者”という安倍のイメージor虚像はハッキリと剥れ始めた。“赤色フェミニズム”「女性の活躍」を、アベノミクス破綻隠しの特効薬とばかりに国家権力で振り回す安倍の大暴走は、少なくとも安倍晋三が“保守”ならば、決してしなかっただろう。

 どうやら喫緊の課題は、「安倍晋三は、フェミニズムなど実は何のことかさっぱりわからないから、アベノミクスに固執する余り赤色フェミニズムの新旗手になった」のか、それとも「もともと安倍晋三は、極左思想フェミニズムの狂信者だったのが、今般アベノミクスの破綻危機から休火山の噴火のように露呈した」のかなど、安倍晋三の真像をめぐる諸見解の是非を明らかにすること、これに尽きよう。

日本を蝕む三つの猛毒フェミニズムが、猛烈な勢いで活動を再開した

 日本でせっかく盛り上った反フェミニズム運動極左側の用語では「バックラッシュ」)は、二〇〇六年に入ると、あっという間に雲散霧消した。反撃されたからではない。対フェミニズム戦争に勝利したと、敵側の褒め殺し戦術に乗せられ慢心した余り、自壊したのである。

 二〇〇〇~五年、八木秀次や『日本時事評論』あるいは日本会議などが戦ったのは、実は、表1にあるCグループのフェミニズムだけだった。霞ヶ関中央官庁の共産党官僚たちのズル賢さは狐の百万倍だから、降参の白旗をあげた振りして、実は、フェミニズム本隊をそのまま無傷で残す作戦を遂行していた。

 まず石原慎太郎東京都知事の動きを封殺すべく、「ジェンダー・フリー」(注1)という和製英語を創った東京女性財団の廃止に表向き同意した。石原を油断させ、東京都議会の保守系都議を戦列から離脱させる作戦である。二〇〇二年三月末だった。

 次に、二〇〇五年十二月の「第二次男女共同参画社会基本計画」において、内閣府共産党員ほか過激な極左官僚たちは、内心ではぺろりと舌を出しながら、「ジェンダー・フリー」という用語を政府は今後いっさい使用しないと宣言した。この瞬間、自民党山谷えり子参議院議員らは「勝った!」「勝った!」とばかり、反フェミニズム戦争から退却してしまった。

 確かに、霞が関の中央官庁における“フェミニズム革命Cグループ”の活動は、二〇〇六年からは潮が引くように弱まった。しかし、AとBグループは、十全に温存されたばかりか、全面的に再進撃のチャンスを狙って作戦を高度に再編していた。それから九年。二〇一四年の安倍晋三政権の二年目が訪れたとき、霞ヶ関の共産党中核派革マル派の赤色官僚は、一斉蜂起した。

 “半コミュニスト安倍晋三首相を総司令官に、今も中核派の暴力革命家である塩崎恭久・厚労大臣を副総司令官に戴き、男女共同参画局参謀本部となった。二〇一四年秋の臨時国会における「女性の活躍推進法」(仮称)の制定という日本解体共産革命への大暴走は、この結集の一つである。

 「女性の活躍推進法」は、一九九九年立法の“悪魔の反日法”「男女共同参画社会基本法」の延長上にこれをいっそう強めて、「日本社会のジェンダー・フリー化=男女共同参画社会」を加速する「第二の男女共同参画社会基本法」である。言うまでもない。

 

表1;霞ヶ関で大増殖し猛威を振う“フェミニズムの犬”となった安倍晋三首相

 

革命推進セクト

主要な煽動・推進者

備考

A日本社会のジェンダー・フリー改造、すなわち「男女共同参画社会」への日本国改造革命。

日本共産党

革マル派(部落)

大澤真理(マ)。堂本暁子(マ)、野中広務(マ)。クリスティーヌ・デルフィ(M)。

天皇制廃止と日本の伝統慣習を根こそぎ全面破壊するドグマ。安倍晋三は、この信奉者

B日本女性に子供を産ませず、共産化かor滅亡かを日本国に迫る。実際には家族解体が決定的となり、滅亡が不可避となる。

日本共産党

中核派北朝鮮人)

福島瑞穂(C→中)、上野千鶴子(中)、小日向雅美(C)。

日本の若い女性を根こそぎ「産まない」に洗脳する教宣革命、リプロダクティヴ・ライツ運動。安倍晋三は、この支持者で実践者

C 女性の男性化改造による日本民族ゼロを目指す。女性の出産忘却・忌避による家族形成ゼロが狙い。

日本共産党、ポスト・モダン派

東京女性財団(C)、フーコー(ポ)、バタンテール(ポ)、ジョン・マネー(C)、ジュディス・バトラー(ポの亜種)。

人間のジェンダー・フリー改造、ゲイ・レスビアンの推奨。性同一性障害の過剰宣伝。安倍晋三はこれは強く反対

(備考1)「C」は共産党、「マ」は革マル派、「中」は中核派、「ポ」はポストモダン。「M」はマルクス主義。

(備考2)「社会のジェンダー・フリー」と「人間のジェンダー・フリー」はまったく別。後者は人間改造であり、女性から女性性を、男性から男性性を奪い“日本人のカタツムリ化”を目指す共産主義者の、その狂気から生まれた狂気。前者は、男女共同参画社会基本法内閣府男女共同参画局の存在が世界の奇観であるように、日本は世界唯一の異状国家としてこれを国策にして今に至る。

(備考3)この表には、日本共産党が戦前においても今も、党あげて推進している常軌を逸した狂気の“性交教育”を含めていない。性交教育は、マルクス・レーニン主義ではあるが、直接的なフェミニズムか否かと問い直すと定かではないためである。

 自民党には、山谷えり子のような良識派議員が僅かだがいる。多少の見識があることは評価できる。が、一定レベル以上の知力はなく、学的知識がいい加減すぎるのには絶句するほかない。見識と知識とは、比例関係にもないし連関性もない。知識なしには、見識は駄馬となる。

 例えば、山谷は、表1のCとの戦いで勝っても、無傷のA分野が男女共同参画社会基本法という法律で合法化されている以上、霞ヶ関におけるフェミニズム赤色行政の暴走には何らの打撃も与えない現実が、さっぱり見えない。

 実は私は、かつて山谷えり子に二度に亘って、次のように説明したことがある。日本民族の滅亡を決定づけている霞ヶ関フェミニズムの主力本隊はA。その心臓部分は「男女共同参画社会基本法」と男女共同参画局。故に、「男女共同参画社会基本法を廃案にする法律」を議員立法で国会に上程してその廃止を早急にしなけば、フェミニズムの猛威は日本の国政の中枢を永久に支配し続け、日本国は滅ぶ、と。

 しかし、頭がCでいっぱいだった山谷えり子は、理解しなかった。知的能力において、「Cをやっつければ、AもBももろともガタが来る」と思い込んでいた。男女共同参画局は、二〇〇五年末、「人間のジェンダー・フリー革命」を行政には組み入れないとしたが、「社会のジェンダー・フリー革命」は断固続行すると言外に宣言した。だが、山谷えり子らの知的水準では、後者が理解できなかった。

 貧弱な読解力故に言外の行間が読めないし、「人間のジェンダー・フリー」と「社会のジェンダー・フリー」とを同一だと勘違いする初歩的無知から脱却できないからである。眼を覆うこのお粗末さは、何も山谷えり子だけに限らない。八木秀次や他の民族系の論客すべてに共通している。

安倍晋三が熱烈支持する、“女性の出産拒絶による日本滅亡”を煽動する“フェミ・デマゴーグ上野千鶴子は、科学否定の野蛮人で極左北朝鮮

 『スカートの下の劇場』(1989年)で、赤い革命学者として左翼雑誌の寵児ともなった上野千鶴子は、日本におけるフェミニズム革命運動の大ボス的な存在。マルクス主義の狂信者で資本主義を地球から一掃することに妄念を爆発させる爆発力は、六十名以上を直撃殺害した雨霰と降り注いだ御嶽山の噴石(2014年9月)の比ではない。

 上野は、フェミニズムについて、「フェミニズムのメッセージを一言で言えばこうなる」と胸を張って、次のように宣言した。

「世界が滅びても、わたし(女)は生きていく」

「男が創った世界が滅びても、女は生きていく」

国が滅びても、わたし(女)は生きていく

「家庭が崩壊しても、わたし(女)は生きていく」(注2、カッコ内中川)。

 フェミニズムの“一言メッセージ”としては、これは秀作。褒めてあげよう。しかも、これは上野千鶴子自身の自己像だから、納得できる。とりわけ、「国が滅びても、わたし(女、上野千鶴子は生きていく」は、まさしく上野千鶴子自身の告白だし、自分を解剖したかのように見事に抉っている。

 上野千鶴子には、すでに祖国が無い。日本国籍はあるが、北朝鮮人の千鶴子には日本国は“憎き外国”であって故国ではない。サイードと同じ、故国喪失者ディアスポラ。そして上野千鶴子は、廃滅したい日本国を徘徊しては、すべての日本女性を不幸の地獄に突き落す猛毒狂気のフェミ言説を排泄しまくる、始末に負えない暴力革命家として生きてきた。いや、未だ生きている。「日本国が滅んでも、北朝鮮人である私・上野千鶴子は、日本列島でただ独り生きていくぞ!」の雄叫び、それが妄言「国が滅びても、わたしは生きていく」の核心。ご理解頂けただろう。

 上野千鶴子が同じ北朝鮮人である福島瑞穂の捏造歴史「朝鮮人女性の従軍慰安婦は、意に反したセックス奴隷の強制だった」に共鳴する論文を書いたことがある(注3)。従軍慰安婦強制連行が真赤な嘘と判明した今、この噴飯物の上野論文を読み直すと、北朝鮮人の嘘つき度は朝鮮人の民族文化である嘘つき性をさらに千倍は濃縮することを証明していて、改めて眉を顰めるほかない。

 やはり血は水より濃いのか、上野千鶴子北朝鮮人との交際は半端ではない。北朝鮮人の辻元清美宮台真司との対談(注4)は、この氷山の一角。

科学なんぞは糞喰らえ! フェミニズムは科学の上に立つ絶対神だぞ!

 “金日成教の信者”を原点として過激フェミに走った上野千鶴子には、通常の人間のもつ正常も常識もいっさいない。とりわけ生物学・医学的な科学的真理を排除して、カルト宗教の妄説を盲信・狂信して論を進める。例をあげる。上野千鶴子は、ジョンズ・ホプキンズ大学の狂人心理学者として断罪され世界の学界から事実上の追放処分をされた、あのジョン・マネーの熱烈な信奉者である。

 半陰陽や性転換希望者への心理学研究者にすぎず医師ではないマネーは、脳において定まる男女の性差人為的に変換できるとの突拍子もない詭弁を考え付いた。性差の要因を外性器、遺伝子、内分泌(ホルモン)に限定し、性差決定の最重要要因“脳の性差”を意図的に捨象するマジック・ショー的な詐欺理論の展開である。殺人者が無罪を勝ち取るに、最重要の物的証拠である凶器を巧妙に隠滅するやり方と同じ。

 誰が読んでも漂ういかがわしさの余り嘔吐を催して唾棄するマネーのキワモノ著『性の署名』(注5)。これを、科学がさっぱりの“北朝鮮からやってきた女野蛮人”上野千鶴子が読むと、次のような、歯が浮くマネー大礼讃となる。笑止だが、笑いをこらえて、上野千鶴子の狂った妄説を、とくとご堪能頂きたい。

「マネーの業績は、セックス(生物学的性差)ジェンダー(心理学的性差、社会文化的性差)を決定するという生物学的還元説を否定した。遺伝子やホルモンが性差を決定するならば、患者たちは周囲の性別誤認にもかかわらず、自然に「男性的」もしくは「女性的」な心理的特徴を発達させていたはずである。人間にとって性別とはセックスではなく、ジェンダーであることを明瞭に示した」(注6)。

 上野とは、世には存在しない“非在の仮構”ジェンダーを、逆さにも「存在する」と狂信する。上野千鶴子だけではなく、マルクス主義系やポスト・モダン系のフェミニストは一人の例外もなくそうだが、彼らは皆カルト宗教の狂信者であり精神異常者である。科学を尊重する良識・常識はないし、客観的に事実認識など全くできない。「ジェンダーは存在する」と主張する狂気を嘯くフェミニスト全員を精神病院に強制入院させる法律の制定が急がれる。

 さて、このマネーについては、二〇〇〇年以降だが日本でもかなり叩かれた。覚えている読者もいようが復習しておこう。

 マネーは、一言で言えば、従軍慰安婦強制連行という真赤な創り話を法螺吹いて、日本国に絶大な損傷を与えた“日本共産党員・吉田清治”と全く同類の詐話師だった。マネーは、自分の狂説が実証されたかに見せるべく、ペニスを手術ミスで喪失した実在の少年に眼をつけ、悪魔の生体実験にほかならない、女の子に育てる事にした。

 そして、女の子には全く育っていないのに、カルテを改竄しカルテを隠し「女の子に育った」とばかりの真赤な嘘論文を公刊発表した。「ジェンダーは存在する」を意味する、「性差は社会文化的・心理学的に形成されうる」という真赤な嘘の実証例がここに初めてデッチアゲられた。

 だが、マネーのこの生体実験の犠牲となり成人になって自殺した少年を追跡した、ドキュメンタリー本(注7)の発売によって、マネーの犯罪が明るみになった。世界中の医学会では、マネー狂説を引用するものなど全く消えた(注8)。

 だが、日本は不思議な国である。尊重されるべき一人の少年の人生と生命とを奪った狂人マネーの犯罪から生まれた「ジェンダー」という反科学の嘘概念が、学界を闊歩している。狂人マネーに魅惑され「非在のジェンダー」を真理だと狂信する矯激フェミニスト上野千鶴子が未だに学界でも論壇でも大御所であり続けている。

上野千鶴子の「おひとりさま」論は、日本民族絶滅イデオロギーと無関係か

 さて話を、上野千鶴子の迷言「国が滅びても、わたし(女)は生きていく」に戻そう。上野の著に『おひとりさまの老後』(二〇〇七年)がある。今では文庫本になったように、ベストセラーになった。日本の現実を面白く書いた軽い読み物だから当たったとの評も間違ってはいない。日本民族絶滅を狙った、日本女性に対する露骨な“出生率ゼロのための反出産キャンペーン”としての、次のような狂本悪書群に、この『おひとりさまの老後』を分類するのも何となく躊躇われるほどだ。

 しかし本当に、『おひとりさまの老後』は、“毒舌漫談家綾小路きみまろ調の、イデオロギー抜きの軽いパロディ的エセーなのか。その冒頭で上野は、こう書いている。

「長生きすればするだけ、みんな最後は独りになる。結婚した人も、結婚しなかった人も、最後は独りになる」

「だとすれば、女性の生き方も“家族する”のにふさわしいノウハウを身につけるばかりでなく、独りで暮らすためのノウハウを準備しておいてもよいのではないか」「ようこそ、シングルライフへ」(注9)。

 上野のこのモチーフ、衣の下に鎧が透けて見えるではないか。結婚し子供を数人ほど産み育てれば、夫に死別しても老後はこれらの子供たちに囲まれる。これらの子供たちがさらに子供を産めば多くの孫にも囲まれる。

 女性の結婚と出産こそ、女性の晩年を独りにはしない唯一に確実な道で人類の真理である。上野の言説「結婚した人も最後は独りになる」は、詭弁の極みで真赤な嘘。上野千鶴子とは、このように福島瑞穂と同じく、日本人女性に結婚させない/出産させないことを選択するよう洗脳して、日本女性の不幸化とともに、日本民族ゼロ化(=日本国滅亡)を助長し達成する“究極の反日革命運動”に邁進している。

 このことは、上野千鶴子の主著『家父長制と資本制』『近代家族の成立と終焉』を併せて一緒に読むと、なおいっそう氷解する。上野千鶴子は用心深く、福島瑞穂とは距離があるように演技するが、実は同一イデオロギーを共有する「姉妹」。

 日本民族の永遠の存続のために、福島瑞穂上野千鶴子の“悪の活字”すべてを、日本列島から撲滅・焼却する必要がある。そうしないとすれば、今日すでに現実となっているように、それらは霞ヶ関官僚たちの教典となって、日本国消滅を決定づける悪魔の赤色立法が次から次に制定されるからだ。現に、安倍晋三の「女性の活躍推進法」は、この一つではないか。

安倍フェミ「女性の活躍」の原典は、上野千鶴子『家父長制と資本制(主義)

 安倍晋三の「女性の活躍推進法」の教典(バイブル)の筆頭は、上野千鶴子の『家父長制と資本制(主義)──マルクス主義フェミニズムの地平』である。このことについては、近々「女性の活躍推進法」の法案が発表されるので、そのとき、改めて論じることにしたい。

 それにしても、安倍晋三が“悪のマルクス主義革命家”上野千鶴子の過激フェミニズムに忠実な実践者であることに読者は驚かれただろうし、おそらく半信半疑の方も多かろうと思う。

 だが、これが今日の日本の現実。自民党国会議員の中で、日本民族が滅びようとしている現状を憂えて、家族の復権や出生率の回復を真剣に考えている政治家はすでに独りもいない。ちらとそのようなことを考える政治家が僅かにいるが、知識がゼロという情況では実態において「そのような政治家はゼロ」と看做すのが正確である。

 実際に、自民党国会議員は全員、三種に分類されて、この三タイプ以外は一人もいない。第一グループは大島理森のような利権屋。第二は細田博之のような“馬鹿以下の白痴”。第三は河野太郎のような極左

 第二の事例で言えば、自民党が政権回復をしてすでに二年になるのに、“北朝鮮人のコミュニスト菅直人がレールを敷いた「脱原発」を「原発再稼動」に反転させることなどいとも容易なのに、これすら未だできない。なぜできないのか。自民党のこの問題のリーダー細田博之らの無気力と無知と無能が度がすぎており、真面目に言って、痴呆レベルだからである。それ以外の理由など存在しない。

 目に見える(visible)電力・エネルギー政策すら極左勢力の言いなりで無為にすごす自民党国会議員のこのような体たらくな水準なら、目に見えない(invisible)フェミニズム等の左翼イデオロギーに依拠した立法を見破る知力などあろうはずもない。また、霞ヶ関を占拠した共産党コミュニスト官僚や中核派・核マル派の極左マルキスト官僚と一戦を交えて、その赤色革命立法を阻止する行動などほんのわずかもできるはずもない。

 ともあれ、後は、次稿で論じる。(第三弾につづく)

 

1、用語「gender free」は、英語圏で一般に使用されていない。英米豪の英語の専門的な辞書にもない。つまり、実態的には和製英語。ただ、これを日本で初めて1995年に使用した田中統治(当時は、筑波大学助教授)が、Barbara Houstonの論文“Should Public Education be Gender Free?”(1994年)から採ったのも事実。だが田中は、逆さに誤読した。

 Houstonは、「gender free」は男女平等教育に不適切なアプローチで無意味だと、これを否定的に批判した。田中が誤読でないと主張するならば、「gender free」は、やはり田中の造語で和製英語となる。

2、上野千鶴子/趙韓恵浄『ことばは届くか―韓日フェミニスト往復書簡』、岩波書店、一七四頁。

3、上野千鶴子ナショナリズムとジェンダー』、青土社、九七~一四四頁。

4、上野千鶴子宮台真司「メディア・セックス・家族」『論座』一九九八年八月号。上野千鶴子辻元清美『世代間連帯』、岩波新書

5、マネー&タッカー『性の署名』、原著は一九七五年。タッカーはジャーナリストで代筆屋。邦訳は一九七九年で人文書院、訳者は共産党員の朝山新一。

6、上野千鶴子「差異(「性差」のことか?)の政治学」『ジェンダー社会学』、岩波書店、六頁。この上野論文タイトルは「性差を用いた革命煽動学」と正しく訂正されるべきだ。

7、ジョン・コラピント『ブレンダと呼ばれた少年―ジョンズ・ホプキンス病院で何が起きたのか』、無名舎、二〇〇〇年。

8、マネーとその「ジェンダー奇説」に関して、もう少し掘り下げた知識が欲しい読者は次の拙稿参照のこと。中川八洋「第八章 どこにも存在しないジェンダー」『与謝野晶子に学ぶ―幸福になる女性とジェンダーの拒絶』、グラフ社

9、上野千鶴子おひとりさまの老後 (文春文庫)』、文春文庫、一〇~一一頁

 

 

 

 

 

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