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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

「戦争史観の転換」という名の新「スターリン史観」──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(ⅩⅢ)

西尾幹二の妄言狂史

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 「保守」とも“知性”とも無縁となったゴリゴリ民族系雑誌『正論』に、怪しげで奇天烈なタイトルの長期連載が始まった。「戦争史観の転換」というタイトルで、現在、第二章が掲載中である。

 こんなゲテモノ風タイトルを通常の学者は発想できないから、誰かと思いきや、著者はやはり西尾幹二。「戦争史観」など一般語には存在せず、何か特定のことを指す新しい語彙で、西尾が得意とする造語の一つ。実態的には、危険な珍語の類。

大東亜戦争史を、戦時の嘘宣伝史に転換(=改竄)せよ──「戦争史観の転換」

 西尾語「戦争史観の転換」が意味するところは、「大東亜戦争史に関して、歴史学的な歴史事実に基づく歴史なんかドブに棄ててしまえ!」「代わりに、一九四五年夏の昭和天皇の“停戦ご聖断”を全否定して、日本人は一九四五年夏に戻り、大東亜戦争を継戦する戦時プロパガンダ=嘘歴史をデッチアげ、それに皆で自己催眠して、陶酔的にそれを信仰(狂信)しようではないか」というもの。

 しかし、二〇一四年の今、七十年前の一九四五年に戻ることなどできない。八年間にわたって日本国民を騙し続けた大東亜戦争は、一九四五年九月二日、東京湾上の戦艦ミズーリーで降伏文書に日本は署名し大敗北の終結を受諾した。この歴史事実は不動。改変などできない。

 しかし、西尾幹二精神分裂病はひどく、彼には時間軸がない。二〇一四年と一九四五年の識別ができない。両者の相違すら判然としない。虚空に思考が猛スピードで回転しているのか、西尾幹二にとって二〇一四年の今は、過ぎ去った一九四五年夏。両者は連続しておらず、彼の頭では「二〇一四年=一九四五年夏」と渾然としている。

 さらに西尾幹二は、真実と虚偽の差異がわからない。時たま、この差異がわかるときがあるが、西尾にとって真実などどうでもいいことだから、“戦時プロパガンダ(嘘歴史)は、歴史ではない”とは認識できない。むしろ、嘘歴史こそ真正の歴史であるかの幻覚に酔う。ニーチェと同じである。

 だが、知性や知力と無縁な“低級な非国民集団”民族系日本人や“反日のワル集団”在日朝鮮人には、西尾幹二が垂れ流す(日本の知を汚染する)嘘歴史こそ、興奮と恍惚を呼び覚ます魅惑的なものはないし、歓迎・感激ひとしおのものらしい。民族系にとっては、西尾幹二の煽動する嘘歴史が麻薬となって頭を痺れさせてくれる。日本国籍をもってはいても)在日朝鮮人にとっては、日本人が今も大東亜戦争が続いているかのように錯覚妄想して、北朝鮮に代理して米国と戦争をしてくれるならこれほど有難いことは無い。

 西尾幹二の“狂気”「戦争史観の転換」の読者は、若干の変な日本人のほかは、在日朝鮮人ばかりである。この異様な事実は、上記の理由を知れば、さほど不思議な情況ではない。

第一節 西尾幹二の正体は、ロシアの対日侵略史を隠蔽する特殊工作員か?

 戦時プロパガンダの嘘歴史を展開する西尾幹二のトリックと正体をあばく前に、西尾の度し難い無知・無教養のひどさを垣間見ておこう。これほどひどいトンデモ知識から生まれる西尾の究極の異常というべき「狂人史観」など、害毒夥しいだけで、この事実は、『正論』誌が今や日本人に嘘歴史を刷り込む、朝日新聞以上の有害雑誌となったことを露呈する。

西尾の無知・無教養は、底なし沼

 「戦争史観の転換」の第一章の章タイトルは、「そも、アメリカとは何者か?」である。このタイトルが意味するところは、西尾自身はアメリカを熟知しているが、一般の読者はアメリカを知らないから教えて進ぜよう、との尊大で傲慢な態度を間接表現したもの。  

 だが、西尾幹二ほど米国を知らない日本人は、そう滅多にいない。西尾の無知さは、まさに馬鹿アホのレベル。唖然とするほかない。例えば、次の西尾の言動に卒倒した、マトモな読者は一人ぐらいいただろう。   

独立戦争が終わるとアメリカの中央政府の力は急速に衰え、植民地がそこに十三残っただけだった」(注1)。  

 まず、独立したのだから、十三の植民地は植民地ではなくなった。だのに西尾の頭では、「植民地は残った」。西尾は「独立戦争に勝利して、十三の植民地は植民地を脱し、 十三の主権ある邦になった」と、正しく記述できない。

 こんな短い一行文章の中での、西尾のハチャメチャな嘘歴史は、これだけではない。十三邦の独立が一七八三年で、米国の中央政府連邦政府は一七八九年春に発足したから、「中央政府が発足するまでの六年間、アメリカには中央政府はなかった」が歴史事実。だが、西尾は、中央政府がないのに「中央政府の力は急速に衰えた」と言う。西尾は歴史音痴というより、やはり、ただの狂人。  

 また、西尾の歴史妄想が病気以外の何ものでもないことは、十三邦の合邦による米国(the United States)誕生を、EUと奇妙なアナロジーをすることでもわかる。独立以前の十三邦の住民はすべてイギリス国王陛下の臣民で英国人だった。英国を母国とする認識も十三邦の全員が完全共有していた。それが一七八三年を期して、十三邦それぞれの“邦人” になった。が、血統はすべて「イギリス人」だった。

 ところが西尾幹二にかかると、アメリカ十三邦それぞれが、ヨーロッパと同じく、さもドイツ人、イタリア人、フランス人など、バラバラの別民族からなっていたかのように捏造的な妄想をする。だから、十三邦はEU以前のヨーロッパのごとく十三の別国家になるべきだったと、ありえもしない非現実以上の全くのナンセンスな仮定を、さも知的な思考ゲームとばかり恍惚の自画自讃に耽る。  

「個と個のせめぎ合いはヨーロッパ的生き方の原理であり、画一的統合主義(コン フォルミズム)を許さないこの原理が続く限り、ヨーロッパ文明は正常であり、健全である」

「同じことがアメリカの十三植民地にも本来言える筈…。(それなのに連邦制の単一国家になったのは)決して自然のままではなかった」(同)。 

  西尾幹二がEU統合に反対なのは、彼の意見として、まあよい。しかし、人口が併せて二百七十万人しかない十三邦を、強力な中央政府をもつ連邦国家にしなかったら、各邦は平均で二十万人づつしかいない超ミニ国家。こんな“超ミニ国家”十三邦それぞれが主権を持てば、人口二千万人の旧本国の英国に各個撃破的に再侵攻されて、アメリカ十三邦はひとたまりもなく元の植民地に戻る。

 フランスは二千七百万人で、英国以上の軍事力をもつ、当時ヨーロッパ最大の強国。しかも、一七九三年のルイ十六世処刑のあと、米国は、ジャコバン・フランスとは、独立戦争時の同盟関係が反転し敵対国となった。人口二十万人の邦々がどうやって大国フランスから独立を保持できるというのだ。

 ナポレオンは実際にも、一七九八年、米国侵攻の準備をなした。米国政府は、引退したワシントンを総司令官に急ぎ任命し、ハミルトンを陸軍少将にして総司令官代行の地位につけた。ナポレオンが米国にルイジアナを売却したのは(一八〇三年)、米国に中立になってもらい、英国攻略とロシア攻略に専念するためだった。英国侵攻上陸のための(ネルソン提督が勝利した)トラファルガルの海戦は一八〇五年、モスクワ侵攻は一八一二年。

 このような事実を知れば、僅か人口二百七十万人の元・英国臣民を十三ヶ国に分割せよと主張する西尾幹二の頭には、正常がひとかけらも無いことが一目瞭然ではないか。

 西尾幹二の口から出任せ嘘八百アメリカ史は、指摘すると紙幅が足りないので、もう一つだけ。ジョージ・ワシントン(初代大統領)やアレグザンダー・ハミルトン(事実上の初代大統領代行)やジョン・アダムス(第二代大統領)らの“党”を「フェデラリスト」と称するが、哲学思想がさっぱりの、“スーパー哲学音痴”の西尾幹二は、次のようにいう。

「<フェデラリズム>は、イギリスの保守思想家エドマンド・バークの流れを汲む(同)

 建国時のフェデラリスト党の党首ハミルトンは、バークと思想が瓜二つで、まさしく保守主義思想の模範である。だが、バークの流れを全く汲んではいない。バークの『フランス革命省察』は一七九〇年刊。ハミルトンが中心となって書き上げた『ザ・フェデラリスト』の新聞発表は、一七八七~八年で、その一年以上も前。

 すなわち、保守主義の二大聖典である『フランス革命省察』と『ザ・フェデラリスト』は、双子の兄弟ともいえるが、相互間の影響はゼロ。だが、双方の源流には共通があって、エドワード・コーク卿の『英国法提要』。バークもハミルトンもコークの忠実な継承者である。アクトン卿は、「バークは不世出の世界第一級の大天才だが、ハミルトンのIQはこのバークを凌ぐだろう」と述べている(『自由の歴史』)

 尚、西尾幹二は、フェデラリストの代表をジェームズ・マディソンとしているが、無知・無教養も度がすぎる。マディソンは一七八九年年頭には思想転向していてジェファーソン側に寝返った。マディソンが「フェデラリスト」だったのは、一七八八年末まで。

 それよりも、佐村河内氏もビックリの“ペテン評論家”西尾幹二には、もっとひどい無知・無教養がある。それは、世界中の知識人で読んでいないものがいない“知識人のバイブル”『フランス革命省察』と『ザ・フェデラリスト』を、西尾が読んでいないという重大な問題。しかも西尾は、それらの蔵書も無い。むろん、やたら粗暴な低級一直線の売文業者でいわゆる“バカ西尾幹二が、仮に“世界の古典”『フランス革命省察』『ザ・フェデラリスト』の両書を手にして捲っても、昆虫と変わらぬ知能指数、チンプンカンプンで理解不能である。  

 もう一つ蛇足。米国でバークが読まれるようになったのは、一九五〇年の朝鮮戦争の勃発と同時で、それ以前、米国では読まれていない。当然、これより約二百年前の一七八七年、フィラデルフィアの米国憲法起草会議において形成された「米国フェデラリストが、読んでもいないバークの流れになる」わけなど、ありようがない。

 建国時のアメリカ保守主義の政党「フェデラリスト」が座右の書としたベスト3は、コークの『英国法提要』、ブラックストーンの『イギリス法釈義』、ヒュームの『人間本性論』である。「フェデラリスト」たちは、ジョン・ロック極左思想として蛇蝎のように嫌い排斥した。

 なお、このほか無数の無知・無教養が満載だが、それらの主要なものは別稿でまとめる。この別稿を読めば、西尾幹二が“歴史を語るお笑い芸人”なのがすぐわかる。

マルクス・レーニン主義をも信奉する、ニーチェヒトラー主義の“極左西尾幹二

 ニーチェ主義者は、意識するとしないとにかかわらずナチスヒトラー主義者)となる。西尾幹二も、この典型。だから、ナチズムヒトラー憲法学から支え続けたナチ党員カール・シュミットが、自分自身と同じ視点なのを、西尾は嬉しくてたまらない。

カール・シュミットの著『大地のノモス』(一九五〇年、注2)(私の著)『国民の歴史』もその点で相似ていて、スペイン、ポルトガルによる地球分割からアメリカの覇権主義にいたる一筋の統一ある流れが存在することを指摘してきました。どちらも第二次世界大戦後の本。  

 さすがドイツ人カール・シュミットは、ナチス贖罪意識で物言えない風潮の中でも観るべきものはしかと観ていたことに、私は感服しました」(注3)

 保守系の人間なら誰しも、ホッブス/ルソー/ヒトラーに崇拝・心酔するカール・シュミットを排撃する。一九三三年に入党した正式のナチ党員だったことを知るだけで、一般人も彼を忌避する。だが、西尾は逆に「感服する」。この事実は、意識するとしないとにかかわらず、西尾幹二が“極左ホッブス/ルソー/ヒトラーの礼讃者であることを自白している。西尾幹二は、北朝鮮人や共産党員と同列の、正真正銘の極左である。

 尚、カール・シュミットは、不起訴になったが、ニュルンベルグ裁判でのA級戦犯容疑の取調べを受けた。その後、憲法学を棄て、国際法に専門を転じた。

 ヒトラー主義者の西尾幹二はまた、“強度の市場経済憎悪教”の狂信者。ヒトラー統制経済社会主義者だから、反・市場経済なのは衆知。が、西尾の反・市場経済イデオロギーが、ヒトラー型の社会主義なのか、それとも計画経済スターリン型の共産主義なのか、判然としない。少なくとも西尾幹二が、市場経済憎悪教”の強度な狂信徒なのは疑う余地なき事実。西尾幹二北朝鮮経済体制シンパである可能性も濃厚。

 暫定的な結論だが、西尾幹二の経済イデオロギーは、ナチ型社会主義ではなく、どうもスターリン/北朝鮮型の共産主義型に思える。なぜなら、西尾幹二は、奇論珍論の延長上に、マルクスの『資本論』とレーニンの『帝国主義論』とをブレンドした幻覚妄想を、次のように展開しているからである。

「現在(二〇一三年)の世界(は)…五百年続いた資本主義の歴史が行き詰って、金融資本主義が膨脹し、限界まで来た」

「スペインから始まり、イギリス、オランダ、フランスを経てアメリカに至る覇権競争は、生産力の無い国から安い資源を買って商品化し、再びそれを高い値段で売る、…安い資源を高い付加価値をつけて搾取する掠奪のシステムずっと続いて、現代はいまだに基本的にその延長上にある」(注4)

 多少経済学を知っている中学生でも、南米の古代文明を破壊して財宝を強奪して富を蓄積したスペインの掠奪を「資本主義」と聴けば、まず唖然として絶句し、次に抱腹絶倒するだろう。西尾のこの珍論に従えば、十三世紀のモンゴル帝国の殺戮を含めた他民族収奪も「資本主義」となるし、文永・弘安の日本来寇も「資本主義」行動となる。  

 あるいは、日米の経済関係は、日本には安い資源などないから、日米間の間にはいっさいの商取引(貿易)も無いことになる。だが、日本は米国に自動車を売り外貨を稼いでいる。ならば、日本は米国を略奪していることになる。西尾の経済学は、狂気以外の何も無い。つまり西尾とは、強盗や泥棒を経済行為とみなす、暴力による略奪経済の信奉者にほかならない。

 ところで、西尾には、他にもう一つの理由があるようだ。自分の略奪経済の狂気を米国に投影し、米国をスープゴートに「他者」として非難することを通じて、泥棒や強盗の衝動に逸る「自己」を牽制している側面があるようにも観察できる。西尾が、著作権法違反の「盗用」の常習犯なのも、他人の所有を認めることのできない自分の略奪主義の狂気とは無関係ではないだろう。  

 西尾は、日頃から、米英仏の資本主義市場経済国との財・サービスの貿易関係においては、日本は代価を払うべきでなく、これら米英仏は日本にすべて無料で渡すべきである(=日本は米英仏から略奪すべきである)と主張する。一九九〇年代末、西尾幹二は私に、歯を剥いた狂犬病の凶暴な犬そのものに、「米国は、一九三〇年代、日本に最新の石油掘削リグを<タダで売る>ベきだった」と大声で怒鳴ったことがある(一九九九年)

 しかも私が、「ハイテクを<タダでもらう>など非常識の極み。強奪と同じだし、相手は応じないから、結果は手に入らない」と嗜めると、「米国は日本から輸入した商品に代価を払うべきだが、日本は米国から輸入したすべての商品に代価を支払う必要なんてない!」「米国は、日本が欲しいものを何でも渡せばよいのだ!」と喚いた。西尾幹二が、完全な精神異常者だと確信したのはこの時だった。

 なお一九九七年頃、西尾幹二に依頼され購入してあげた洋書の代金を、西尾は二十年近く経つが未だに払おうとはしない。西尾の“略奪”は、日常習慣と化している。この洋書は、Bennett著『The Book of Virtues』。

 日本は原発から出た使用済み燃料を、英仏に(核のゴミとプルトニウムに分離する)再処理してもらっている。西尾幹二は、次のように、この再処理代金を支払うべきでないと主張する。英仏とは「国際無法社会(国)」であり、英仏の再処理会社は「日本を搾取する」システムだからだと。

 しかし西尾は、英仏の再処理代行の請求額はいくらであるべきとは言っていない。「◯◯ほどが法外な上乗せ請求」だの具体的な数字も挙げない。要するに、「英仏が僅かでも儲けているのが許せない!」と喚くだけ。

「原料のウラン濃縮と燃料のプルトニウム再処理に対して、国際無法社会(=英やフランス等)(日本から)巨額の金を搾り取るあこぎなシステムができ上がっていた」(注5)

 経済の話になると突然マルクス主義者に「変身」する西尾幹二の頭では、適正な商取引も自由市場社会のそれという理由において、「無法」「搾取」となる。「契約は合法的で適正あるが故に無法」「取引金額は適正価格であるが故に搾取」という転倒は、分裂病罹患者の論理障害症状であっても、詭弁ではなく、マルクス主義の狂信といえる。

 マルクスやレーニンの「ブルジョアジーの財布や財産は盗んでも罪にならない」という略奪合法論は、必ず、「自由社会の市場価格での取引は、何でも略奪だ! 搾取だ!」に反転する。略奪主義の狂人西尾幹二は、同じ略奪主義の狂人マルクスやレーニンの転倒話法ジョージ・オーウェルが「ニュー・スピークス」と名付けたもの)を忠実に信仰している以上、“極左”と分類するほかない。

スターリン史観」に洗脳され“ロシア人”になった、“(先天性の)無国籍人”西尾幹二

 一九四五年夏の戦時プロパガンダを復権せんものと意気込む西尾幹二の連載「戦争史観の転換」の、その第二章は、「ヨーロッパ五百年遡及史」。これは、四つの特徴がある。

◆第一は、こんな超短篇エセーで、世界の五百年史を概説できると考える、歴史を舐めきった西尾幹二の、歴史評論に対する良心の欠如が如実である。歴史は、西尾にとって、嘘コマーシャルと似た嘘経文のようなものなのだろう。読者にどう狂信させるかだけが、西尾が書きなぐる歴史評論の動機。

 しかも、こんな超短篇エセーでは通常の歴史記述は不可能。だが、自分の都合のよいほんの一側面をつまみ食いするには好都合で、すなわち、歴史偽造をするために、このペテン的方法を採っているというのが実態ではないだろうか。

◆第二は、無国籍人の意味不明世界史になっており、日本人の視点はむろん、日本国を守るという立ち位置は全くの不在。むしろ逆に、日本を亡国させたいとの“究極の反日”の狂気が、濃い霧のように立ち込めている。

◆第三は、ロシアのアジア侵略史を世界史から消すマジック・ショー的な、西尾幹二の悪意がありありと露骨。それはまた、大東亜戦争におけるロシアの対日侵略の事実全てを隠蔽することを狙っただけでなく、ロシアが大東亜戦争を日本の背後から指揮し操った真実の歴史の核心を、日本人の頭から煙に撒いて消し去ることが意図されている。まさに新型の「スターリン史観」で、次代の日本人を再洗脳したいとの悪の情念が漲っている。

◆第四は、西尾幹二の時計が一九四五年夏で止まっており、幻覚「二〇一四年の現在も続いている英米との戦争」を煽動し続行させようとの、彼の妄想執念である狂気の煽動宣伝が基軸になっていること。  

 以上の四点は、日露戦争に関する西尾幹二の、次のような下劣で野卑をきわめる対英中傷誹謗の偽造歴史を読めば、実に瀝然としている。西尾幹二は、ニーチェと同じ、異常な道徳否定主義の実践者だが、恩義ある最高の友邦・英国に、恩を仇で返す侮辱をなしてニヤリと笑っている。

「日本とロシアを戦わせて漁夫の利を獲ていたイギリス…」(注6)

 日本の存立が風前の灯の時に、英国は栄光の孤立を捨てて日本国のため、一九〇二年、日英同盟を締結し、(軍事力投入以外の)非軍事力による同盟国としての責任を、全力挙げて十全に果した。英国のこの協力無しには、日本は日露戦争に勝利することなどなく、大敗北している。

 たとえば、アルゼンチンがイタリアに発注し完成したばかりの二隻の新鋭軍艦「日進」「春日」を、日本に斡旋したのは英国だった。しかも、回航にあたってロシア海軍に撃沈されないよう、両艦とも艦長を英国海軍大佐にし、かつ英国海軍の一万四千トンの当時世界トップの巨大な装甲巡洋艦を提供しセイロン島のコロンボまで護衛した。事実上、英国海軍による日本への回航だった。また、ロシアがチリから購入しようとした軍艦二隻は、英国が急いで高額で落札し、ロシアに売却されるのを寸前に防いだ。

 そればかりか、戦争遂行の財政力がない日本は、日露戦争の戦費の四割を英米二ヶ国 での外債によってまかなったが、このとき英国国王はイギリスの資産家を国王晩餐会に招待しては、日本公債の購入を勧誘する営業マンに徹してくれた。

 上記の引用文が示すことは、西尾幹二が内心では、日本が日露戦争で惨たる大敗北を喫してロシアが韓半島を南下し、対馬を陵辱したあと、九州まで侵攻する事態を内心では期待していることを、鮮明に浮び上がらせる。西尾幹二には、“日本を守る”とか、“日本国を存続させたい”とか、そのような日本国民として通常・正常な視点も精神も皆無であると断定できる。

 どうやら西尾幹二とは、生まれつき“無国籍人”である。先天的な国家不在病である。この先天的な無国籍病なくして、国家廃滅の始祖であるニーチェに魅惑されることなどありえない。西尾幹二とは、日本国を破壊したい抹殺したいとの“対日憎悪”感情の塊りが本性である。

 そればかりか、ロシアの対日戦争勝利を祈願することにおいて、西尾幹二は、正真正銘の「ロシア人」である。上記の「西尾史観」は、歴史事実としては実は、日露戦争に敗北した後のロシアが「日英分断」を狙って日本国内に流した偽情報工作の一つだが、こんな見え見えのロシア製嘘宣伝をそうと知ってさらに拡声器で日本人読者に刷り込もうとする西尾幹二とは、“ロシアの(自主的な)特殊工作員”(注7)というほかない。

 なお、上記引用文だけでも、「第二」と「第三」の特徴が証明されている。

 蛇足。大東亜戦争中、とりわけ対英米の太平洋戦争中、日本国民の過半はどうして対英米戦争をするのか本心では反対だった。少なくとも、疑問視するのが大勢だった。その理由の一つは、この日露戦争における米英の対日協力の事実であった。

 このため軍部や軍部と表裏一体の朝日新聞や『中央公論』など影響ある雑誌は、英米について悪口雑言の中傷誹謗をする“戦時プロパガンダ”に熱を入れた。西尾の上記引用文は、戦争中の日本人の頭に刷り込まれた嘘歴史。「第四」の特徴があらわである。

 このことは、西尾幹二が、小学校一~四年生時に戦時プロパガンダを洗脳されたまま大人になったことを意味し、知的成長をいっさいしない異常人格の持ち主だということになる。この事実は、彼の時計が一九四五年夏で止まっていることとも見事に整合する。  

ロシアの日本領土略奪史を隠蔽する高級トリック、それが西尾「五百年史」の核心  

 さて次の論点に移る。歴史の大改竄が目的の西尾幹二の「ヨーロッパ五百年遡及史」が見せるペテンの手口は、彼が描く“虚構世界歴史地図”が核心だろう。西尾流「世界史地図の改竄」を通じて、世界史を“対英米戦争プロパガンダ”用に改竄し「変身」させていく手法。

 これが、「五百年遡及史」の西尾式ダーティ・トリック。だから、この騙しの演劇舞台「五百年遡及史」で登場する国が、ポルトガル/スペイン/オランダ/イギリス/米国の、僅か五ヶ国しかない。ドイツ/フランス/ロシアの三ヶ国を消すという“悪の脚本”が透けて見える。  

 西尾は、「ヨーロッパ史」と限定しているから、この「五百年史」における東アジアの明帝国/清帝国/毛沢東習近平の)共産シナ帝国の抹殺については、不問としよう。また、米国を含めるのだから「欧米」とすべきだが、西尾が「ヨーロッパ」と記述する間違いも“些少な単純ミス”だとして目を瞑ろう。  

 しかし、ドイツ/フランス/ロシア三国を消す、西尾の手品を認めるわけにはいかない。なぜなら、まずドイツの捨象は、第一次世界大戦第二次世界大戦をなかったことにする“スーパー嘘世界史”となる。こんな極端は、歴史ではない。

 同様に、一七八九年に始まるフランス革命とは、そこに発生した猛毒の極左イデオロギーの汚染が世界を一変させたのである。フランスを「世界史五百年」の歴史の主役でないかに考える西尾幹二の歴史改竄は、度がすぎている。

 現に、フランス革命思想を原理主義で奉戴する北朝鮮は、日本の国家安全保障を今も揺るがしている。フランス革命思想の「発展」形態である、現在の共産シナの西太平洋覇権への勢いは、日本や東南アジア諸国への脅威を決定的な段階まで押し上げている。オーストラリアやインドをも震撼とさせている。

 それ以上に、フランス革命こそレーニンの共産革命の原点で、レーニン自身が語るようにロシアの共産革命(一九一七年十一月)こそは“第二フランス革命”であった。このことは、ソ連の歴史であった二十世紀の世界史は、フランス革命こそが創ったのである。これはまた、世界の歴史学会の通説である。ところが、西尾にかかると、フランス革命が消されてしまう。その真意は、ソ連の世界侵略を核とする“二十世紀の世界史”を、日本人読者にだけ見えないようにするためである。

 すなわち、西尾幹二は、世界史を、富と財宝の略奪や植民地だけで動いたという、マルクスの経済社会学どおりに改竄捏造しようとしている。西尾幹二史観は、完全な“マルクス史観”である。

 イデオロギーや軍事的な領土拡大野望の方こそ、経済以上に世界史を動かす要因である。だが、西尾の『正論』誌連載の「戦争史観の転換」は、この重大要因であるイデオロギーなどのファクターを消す。また、フランス/ドイツ/ロシアの重要三アクターを捨象する。ペテン師顔負けの歴史改竄の手口である。西尾の「戦争史観の転換」は、どう読んでも歴史ではない。

 西尾のトリックは、さらに二つ。

 第一は、十五~六世紀スペインとポルトガルの地球規模の進出をことさらにクローズアップし、二十世紀以降の米国にこれをアナロジー的に投影し、米国とはインカ帝国/マヤ帝国/アステカ帝国を破壊した“十六世紀スペイン”の再来国という、米国に関する虚像をデッチアゲル魔術を行っている。第二は、「ロシアはずっと世界史の脇役だった」という真っ赤なイリュージョンを狡知に演出している。

「覇権国の移り変わりを現代から過去へ遡っていくとアメリカ、イギリス、オランダ、スペインの順であり、横側(脇)にフランスがいたりロシアがいたりで、ドイツは姿を見せず…」(注8)。  

 二十世紀が、“アメリカの世紀”と見るか、“ソ連を含む)ロシアの世紀”と見るか、これに関して両説とも合理性があるように、ソヴィエト・ロシアソ連が脇役であったなど、あからさまに荒唐無稽な虚構の世界史。

 第二次世界大戦はドイツのヒトラー無しでは勃発しておらず、またドイツとの独ソ不可侵条約日ソ中立条約などの公然だけでなく、ベリア配下のNKGBの非公然工作を通じてソ連こそが第二次世界大戦の真正の主役であった。例えば、日本は、“ソ連の犬”として日支戦争を遂行し、戦う前に大敗北明らかな愚行の対英米戦争まで決行した。大東亜戦争とは「スターリンを教祖、日本をその奴隷信者」とする戦争であった、と解釈し直す方が、歴史の真実により迫真しよう。

 すなわち、西尾幹二が歴史の偽造を目的とした「戦争史観の転換」は、十九世紀後半、大英帝国を相手にユーラシア全土へと勢力を伸ばす帝政ロシア帝国の大膨張を隠蔽する。また、一九八〇年時点の世界地図におけるソ連圏を鳥瞰すれば明らかなのに、続くソ連イデオロギーと軍事力と謀略力の三位一体をもって全世界の半ばを掌中にした事実を隠蔽している。

 オランダは一度として覇権国に近づいたことすらないが、西尾がこのオランダを主役級に抜擢しているのは、英国を中傷する偽イメージをつくる、西尾流の歴史改竄テクニック。英国を愚弄して“悪者”にすれば、十九世紀後半から二十世紀初頭まで、ユーラシア大陸を英国と二分したロシアを“善者”に糊塗できる。

 「西尾史観」とは、二十世紀におけるロシア/ソ連の世界覇権を隠蔽する、新種の「スターリン史観」である。世界史の真実を隠蔽する“悪魔の史観”といってよい。  

 二〇世紀中期の大東亜戦争とは微塵も関係しない、十五世紀末のスペインとポルトガル両国が世界二分割境界を定めたトルデシリャス条約(一四九四年)を大仰しく記述するのも(注9)、二十世紀の現実の世界史とその一つを占める真実の大東亜戦争史を、読者の目から遠ざけ、虚構の歴史に全面偽造するための舞台装置である。

 

関連エントリ

西尾幹二の妄言狂史シリーズ

 

第一節  

1、西尾幹二「そも、アメリカとは何者か?③」『正論』二〇一三年七月号、一三六頁、一三八頁、一三九頁。  

2、『大地のノモス』は、一九七六年に福村出版から邦訳。二〇〇七年、慈学社から改訂版が再刊した。内容は国際法だが、素人丸出しの読むに耐えないシロモノ。ホッブス/ルソー的な思惟から、文明社会の“法”たる国際法など理解できるはずがない。

3、西尾幹二天皇と<人類(欧米)>の対決」後編、『正論』二〇一四年四月号、一五一~二頁。

 なお、西尾の三回連載の論考「天皇と人類の対決」は、西尾幹二の心底で煮え滾る天皇制度への憎悪と破壊の妄念なしには書けない。なぜなら、天皇を、自分の分裂病の幻覚妄想上に描く対欧米戦争における、最前線の一兵士に扱い「特攻」させているからである。

4、西尾幹二「そも、アメリカとは何者か?②」『正論』二〇一三年六月号、一三九頁。

5、西尾幹二「平和主義でない<脱原発>」『WILL』二〇一一年八月号、四九~五〇頁。 

6、西尾幹二「ヨーロッパ五百年遡及史①」『正論』二〇一三年十二月号、二四二頁。

7、西尾幹二に関して、KGB第一総局(現SVR付きの日本人工作員を捉えるために張り巡らせている私のレーダー網には、正直に言って引っ掛かってこない。個人でやっているためCIAのような巨大組織などに比すれば穴だらけのはずで、自信は全くないが、ひとまず西尾幹二はロシアKGBの対日偽情報工作員ではないと断定する。 この推断に従えば、西尾幹二の実態的「ソ連人」「ロシア人」は、偶然的で、本人の「意識的」なものによらないことになる。つまり西尾幹二は、“ロシアの(自主的な)特殊工作員”と分類できる。「ロシアのボランティア工作員」と言ってもよかろう。  

8、上掲、「ヨーロッパ五百年遡及史①」、二三三頁。

9、西尾幹二、「ヨーロッパ五百年遡及史②」『正論』二〇一四年一月号、一二九頁。

 

第二節 ロシアの満洲侵略をひたすら祈願し歓迎する西尾幹二

 この節については、この第十三章が余り長大になるので、次回に発表することとした。満洲に関する国際関係史の西尾流大改竄(第二節)と上記の「戦争史観の転換」の考察(第一節)とを一緒に読むと、“ロシアの特殊工作員”という西尾幹二の真像が、霧の中から鮮明に現れてくる。

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