中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

1945年夏(十歳)で時計が止まった戦争狂の狂人(war-maniac) ──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(ⅩⅠ)

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 西尾幹二の超ベストセラー『国民の歴史』に異様な記述がある。西尾幹二が、一九四五年八月二十日、昭和天皇玉音放送から五日がたったときに父親に書いた手紙である。ご聖断の昭和天皇を「ありがたい」と思うのではなく、逆に「憎らしい」とあるから、西尾幹二天皇への憎悪感情は、(一九三五年生まれだから)十歳の時にはすでに固まっていたことになる。

 そして、「一億玉砕」、つまり日本民族の絶滅と日本国の消滅を、十歳にしてすでに強度に願望していたことを明るみにしている。西尾幹二は、ニーチェヒトラー型狂気の根幹を占める“祖国ヴァンダリズム”を継承するが、それは二十歳を過ぎて本郷の東大文学部に入ってからの“毒書”ニーチェ愛読によって形成されたのではなく、十歳の頃には十分に発病していた「精神の病」だったことがわかる。  

「お父さん御元気ですか。僕も元気で通学してゐます。…このあいだ「ラジオ昭和天皇玉音放送」で日本が降伏したことを知らせた(知らされた)ときは僕はビックリしてしまひました。一億玉砕するまで戦ふといって(米軍が)本土上陸もしないでゐるうちに日本は降伏してしまひました。そのとき僕は「ラジオ」がにくらしくなりました(注1、丸カッコ内中川)

 ポツダム宣言を受諾せず大東亜戦争を継続していれば、日本は廃墟となって、しかも男児が絶滅するので、もはや戦後の敗戦からの復興なども覚束なく、それ以前に日本民族は地球上から消えてしまっていた。昭和天皇玉音放送に国民のほとんどは、戦争 の大敗北というやりきれない虚脱感とともに、日本国が絶滅から救われたという安堵感にほっとしたが、この情況を知るからであった。

 また、大敗北に至ったことで、昭和天皇に「申し訳ない」と宮城に向かってお詫びの土下座をした日本国民がどれほど多かったかは、多くの写真や記録の通り。このような忠良な日本人の一般的情況とは一八〇度異なって、「ポツダム宣言受諾の昭和天皇が憎らしい」とは、西尾幹二の“非国民”の本性は幼少の頃からだったのを鮮明にする。

 西尾十歳時の、この事実には、西尾幹二を多少観察していた私も、(一九九九年時点だが)正直驚いた。と同時に、西尾幹二の厖大な著書群のなかに、日本国の永続を考えたものが一行も一文もないが、このように彼の祖国廃滅思想はすでに十歳において完熟していた以上、不可思議でも何でもないと思った。西尾幹二には、十歳にして、ニーチェ/ヒトラーと同種の精神の病、祖国の廃墟(国家廃滅)イデオロギーを共有する基盤が形成されていたのである。

“国民を戦争に煽動した戦時宣伝本”への西尾の共振は、日本滅亡の願意

 『GHQ焚書図書開封』の第一巻から第九巻まで、西尾が興奮冷めやらず感激する“市販した場合に限って没収されるGHQ指定本”の主なものは、ことごとく、大東亜戦争中の、日本国民をして、戦争の帰趨(勝敗の情況)も戦争への懐疑も麻痺させて思考できないようにする、ひたすら対英米戦争に煽りたてる“非学問の偽情報洗脳宣伝”に分類される戦時プロパガンダ本ばかり。このような西尾幹二の超偏向の選択と嗜好は、その学術書籍を排除する学問忌避症とともに、西尾幹二の思考が十歳のまま「無進化」(無発展)である特殊特性を余すところなく示している。

 西尾幹二にとって時計は、一九四五年夏で止まり、二〇一四年の現在に至っている。七十年間も十歳児の小学校四年生のままで、まったく進化も進歩もしていない。西尾幹二の、知における“無成長”という極端な異常は、いったいどうして生じたのか。「西尾幹二の人格がロボットで、その頭がゼンマイ仕掛けか何かでできており、人間のそれではない」ということなのか。ともあれ、今も対米戦争中の西尾の頭の中を覗いてみよう。

 二〇一四年に刊行された第九巻での、西尾の主たる依拠本は次の通りで、これら戦時プロパガンダ本のみである。

 二〇一三年刊の第八巻でも同じく、戦時プロパガンダ本のみ。

 二〇〇八年刊の第二巻でも、次の通り。

 この第二巻には、対英米戦争前夜に、対英米戦争に国民を駆り立てていく(戦時プロパガンダ本に準じる)煽動宣伝の戦争アジ・プロ本も多い。

  • 高橋勇『亜細亜侵略史』、霞ヶ関書房、一九四一年三月。
  • 桑原三郎『アジア侵掠秘史』、清水書房、一九四一年四月。
  • デ・クラーク『蘭印侵略史』、報知新聞南方調査会、一九四〇年十二月。
  • 屋久壽雄『仏印進駐記』、興亜書房、一九四一年十月。

 後は省略するが、これらは、西尾幹二が、対英米戦争の戦時プロパガンダ本/戦争アジプロ本に異様な執着を呈する事実を明らかにする。西尾幹二の思考には、戦後から大東亜戦争を考察するという常識的な歴史分析の思惟が存在しない。

 分裂病の妄想において、今もあくまでも対英米戦争中に生きている西尾幹二は、ただ興奮して戦場で英米と戦うことの継続だけしか考えていない。つまり、二〇一四年の現在は、西尾幹二にとって七十年前の一九四五年夏なのだ。頭が完全に壊れた西尾幹二に、正常性などないのは、自明すぎよう。

 このことは、戦災から少し立ち直りGHQが去った一九五二~五五年頃になると、日本人のほぼすべてはポツダム宣言の受諾がいかに賢明だったかをしみじみと噛みしめ、“昭和天皇のご聖断”を心から感謝するのが普遍的であった。そして、大東亜戦争を歴史としてどう解釈するかが新聞や雑誌を賑わし、それらは(アジア共産化にすべての国策を煽動し歴史を歪曲する)共産党系に牛耳られていたが、それでも大東亜戦争続行論などどこにも存在しなかった。大東亜戦争続行論は、北朝鮮金日成北ベトナムホー・チ・ミンによって実際に継承されていたにすぎない。

 ところが、西尾幹二だけは、朝鮮戦争が今も継続中の北朝鮮と同じく、大東亜戦争(対英米戦争)中のまま。二〇一四年の今も、対英米戦争が未だ終結してないのである。

 西尾は、日本中でたった一人、ずっと大東亜戦争の対英米戦争(一九四一年十二月~四五年八月)を妄想の中で継続している。「大東亜戦争を歴史の考察対象には決してしない、そこから歴史として何を学ぶかの姿勢も視点も皆無である」西尾幹二の余りに常軌から逸脱した異様さは、こう正しく彼の精神異常を把握すると、難なく氷解しよう。  

 もう一度言う。西尾幹二にとって、大東亜戦争は、七十年前に過ぎ去った過去の歴史ではない。現在進行中の戦争である。故に、日本人に「対英米戦争を止めるな!」と戦時プロパガンダの心理戦(偽情報宣伝戦)を展開しているのである。『GHQ焚書図書開封』に、歴史の考察という学術的な特性も色彩も臭いほどもないのは、この理由による。 『GHQ焚書図書開封』とは、あくまでも日本人に「対英米戦争を止めるな!」との檄文。対英米戦争継続をアッピールする煽動・洗脳書。

 この九巻すべては、西尾幹二の頭では、一九四五年八月に出版したもの。西尾幹二に、オウム真理教麻原彰晃と酷似するカルト教祖性が漂うのは、実際に、かくも明らかな狂気のカルト教祖だからである。

「市販没収GHQ指定本」の活用は、自らの狂気をカムフラージュする擬装ラベル

 このことは、西尾幹二がなぜ“市販した場合には没収するとGHQが指定したトンデモ悪書群”に異常に拘泥するかについても、明快な解答をしてくれよう。これらの対英米戦争中に出版された戦時プロパガンダ(嘘&煽動)本をそのまま紹介し絶賛すれば、西尾幹二が、一九四五年夏の時点のまま七十年間も思考が停止している“紛うこと無き狂人”なのが瞬時にばれる。  

 だが、これらの戦時プロパガンダ本を「GHQが焚書したが、その灰の中から発掘したから」という嘘理屈をつければ、それへの共鳴・共振が露呈しても、何か歴史学的な作業において論評していることになる。西尾は、「市販すれば没収するGHQ指定本」を活用して、自分の狂気を見事に隠蔽糊塗することに成功したと言えるだろう。  

 戦時プロパガンダ本など戦後日本で歯牙にもかけられていないのに、GHQが余計なお世話をして、これらを「市販禁止に指定した」ばかりに、西尾幹二戦争狂の狂人 war- maniacであることをうまく隠す、西尾が自分の真像を目晦まして虚像の西尾をデッチアゲル擬装ラベルに悪用されてしまった。

 

関連エントリ

西尾幹二の妄言狂史シリーズ

 

 

1、西尾幹二『国民の歴史』、産経新聞社、六二三頁。

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