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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史Ⅸ──「西尾幹二」は、北朝鮮工作機関のペンネーム!? 

西尾幹二の妄言狂史

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

第一節 狂気が進む西尾幹二の“金日成史観

 産経新聞は、二〇〇六年秋、雑誌不況といわれる時代に十六年間も黒字を続けただけでなく、実売数十一万部越えまで達成した、雑誌『正論』の名編集長・大島信三を解任・追放した。今では、実売数は二万部以下で、論壇誌の体をなさない“ゴロツキ民族系たちの低級ゴミ雑誌”に成り下がったが、馘首される直前の大島が最後に編集した『正論』二〇〇六年十一月号は、実売数で六万部をはるかに越えていた。

雑誌『妄論』となった、日本に有害危険な暴論ばかりの産経新聞『正論』

 社会的に影響ある論壇誌『正論』を一気に三分の一の「実売二万部以下」にしたA級戦犯こそ、大島の後を継いで編集長になった、高卒で“ワルの朝鮮人”上島嘉郎。背後にいつも数名の北朝鮮人が控えていて、威嚇や脅迫もためらわない“論壇の暴力団”を自他ともに認める上島嘉郎こそ、大島信三を追放すべく産経新聞社内に大島を讒謗する流言飛語の策謀を実行した張本人。上島嘉郎の大島編集長追放クーデターに上島の片腕として暗躍した“ゆすり・たかりの常習男”が、現在『正論』編集長となった小島新一。

 産経新聞社の人事腐敗のひどさは、朝日新聞の比ではない。

  上島や小島は、新聞記者としては使えない超欠陥社員。しかも、人格的にも「犯罪」すれすれだから、第一線の新聞記者をやらせれば不祥事件発生は必定。このため、産経新聞社は、今や“問題社員のゴミ捨て場”となった『正論』編集部に、彼らを閉じ込めた。ここならやりたい放題の悪事をしても、社外には害が及ばず、会社に傷はつかない。

 『正論』はまた、すでに正気とはほど遠い西尾幹二主筆のごとくに扱い、“キチガイによる、キチガイのための、キチガイ雑誌”となった。これが現在の『正論』の本当の姿。が、大島編集長時代が今も続いているかに思い込み、『正論』の現実を受け容れない同誌読者もかなりいる。

 そういう現実直視のできない諸君は、二〇一三年五月号から始った、西尾幹二が毒筆を揮う連載「戦争史観の転換」を、是非とも読んで欲しい。唖然とするほどに狂気漂う意味不明の文章に、即座に納得するだろう。

 “怪奇歴史小説”と称するほかない西尾著「戦争史観の転換」は、(狂気の妄想で書かれている問題にはいったん目を瞑っても)偽造歴史ばかりの酷さに腰を抜かすのは必定。そのデタラメの限りは、“作曲詐欺師”佐村河内氏でも及ばない。

 北朝鮮金日成主席の亡霊が、「西尾幹二」というペンネームで書いたような異様な作品といってもよい。青森県恐山に書斎を移したのか、西尾幹二は、とっくの昔に死んだ金日成の“いたこ(巫女)の口寄せ”となり、“死霊”金日成のゴースト・ライターとして普段の饒舌さを数段も加速している。

西尾幹二の犯罪的な歴史偽造は、“軍事史・戦史の無知”と一体不可分

 西尾が連載する「戦争史観の転換」の内容は、端的に言えば、「“金日成史観”への転換」を日本人に訴えたもの。西尾は自ら、「戦争史観の転換」のモチーフをこう述べる。

「私が本誌連載<戦争史観の転換>で広く大きな展望で追求している(モチーフは)大東亜戦争は日本が始めた戦争では決してないという真実」

「欧米諸国によるアジアに対する侵略が先にあって、日本はその脅威に対抗し、防衛出動し…たに過ぎない」(注1、カッコ内中川)。

 これは、表1のように言葉を置換した金日成の主張そのもの。嘘だと思うなら、この置換をした後の、次の文章を読めばわかる。ぴったり符合する。

金日成が大きな展望で追求しているのは…朝鮮戦争北朝鮮が始めた戦争ではないという真実」

「米国による北朝鮮に対する侵略が先にあって、北朝鮮はその脅威に対抗し、自衛の戦争(武力行使)をしたに過ぎない」

 

 表1;“金日成のクローン”こそ、西尾幹二の真像

西尾の『正論』記述

西尾の頭の中での、本当の言葉

私=西尾幹二

金日成

大東亜戦争

朝鮮戦争

日本

北朝鮮

欧米諸国

米国

アジア

北朝鮮

  これが、ここで私が論及したいこと。ところが表2が示すように、西尾は「道草」ばかり喰って、連載の進みが悪い。西尾の頭の中を覗くに「道草」も含める外はない。

        

表2;西尾幹二の同人雑誌となった『正論』

『正論』誌

連載「戦争史観の転換」

その他の関連論考(=道草)

2011年12月号

 

真珠湾攻撃に高い道義あり」

2013年5月号

第一章①

 

6月号

第一章②

 

7月号

第一章③

 

8月号

   

日本民族の偉大なる復興 上」

9月号

 

日本民族の偉大なる復興 下」

10月号

第一章④

 

12月号

第二章①

 

2014年1月号

第二章②

 

2月号

 

天皇と人類の対決 前」

3月号

 

天皇と人類の対決 中」

4月号

 

天皇と人類の対決 後」

 

 

 冒頭から閑話休題するのはどうかと思うが、西尾の連載「戦争史観の転換」は、嘘デタラメと狂気が立ち昇る異様な作品なので、その一部をまず知ってもらいたい。 

 連載第一章の①での、西尾の“お笑いジョーク”「第二次世界大戦でスペインは、日本の同盟国枢軸国だった」(注2)などは、批判する気にもならない。スペインは、第二次世界大戦のヨーロッパにおける数少ない中立国の一つ。中立国は、スイス/スウェーデン/トルコ/アイルランド/スペイン等である。『正論』編集長の小島は、本業のユスリ・タカリに忙しく校正作業どころではなく、こんな初歩的ミスすら見つけられない。

 「戦争史観の転換」第一章①で、誰しも首を傾げるのが、西尾幹二が、「米国がB29爆撃機を投入したのはケシカラン」「火炎放射器はケシカラン」という兵器や戦法に難癖をつける異常さだろう。西尾は、戦争の兵器や戦法は一九四一年十二月の開戦時でとどめるべきで、戦争中に新規兵器の導入や戦法の変更・向上はルール違反だと喚く。西尾の頭は、戦争と、(反則ルールが試合前に合意される)数時間で終了するサッカーや野球のスポーツとの区別がもうできない。

「一九四三年以降、アメリカの戦争はがらりとその様相を変えた。大量の弾薬を乱費するようになった。銃弾を前方にばら撒く作戦に変わった。集中砲火・絨毯爆撃というようなことが行われるようになった。…アメリカという国が戦争によって質が変わった」(同上)。

「戦争を機械化・無人化・ロボット化する世代へと一歩進めたのがB29だった。・・・(アメリカのように)戦争によって国家体質が変わるということ、しかも戦争のたびに変わるということ、こんな国は例がない」(注3)。

 読者で、上記引用文を意味不明だと考えたなら、正常である。この狂気の言説を読んで、西尾はとうとうニーチェヒトラー以上の“真正の狂人”になったんだと同情しなかった者は、よほどの無教養でなければ、西尾的な分裂思考が深く伝染している。

 戦争は科学技術の母。戦争で科学技術は鰻登りの発展をする。ペニシリンやナイロンが発見されたように、第二次世界大戦での発見・発明は数え切れない。特に、戦争は兵器の研究開発に国力を投入するので、何ランクにも科学技術はアップする。米国が戦闘機でも爆撃機でも、日本をはるかに抜いた開発に成功するが、それこそ人類の戦争史における普遍的な現象。

 太平洋戦争は三年半もあったのに、「ゼロ戦」以上の戦闘機を開発できず、B29級の爆撃機を開発できないのは、(技術革新力を含め)日本人の方がアメリカ人よりIQが極度に低いからだ。特に、日本の陸海軍の上層部は馬鹿アホばかりで、兵器開発を徹底的に軽視した。日本側のこの重大問題を現代史のブラック・ボックスにしてはならない。

 例えば、西尾と同様に重度の精神分裂病で“山本五十六お気に入りの茶坊主黒島亀人が造った「回天」を思い出せばよい。敵に損害を与えず、日本の若者を確実に殺すトンデモ兵器。このように、戦争の勝利などそっちのけで同胞殺しに専念したのが、“祖国叛逆”を旨とした日本の帝国海軍だった。

 また戦法は、世界史上の大規模戦争ごとにがらりと変化する。ナポレオンの出現はまさにそうだった。第一次世界大戦では、戦場に人類史上はじめて飛行機や戦車が出現したばかりか、潜水艦による海上通商路破壊と塹壕戦と化学戦は、人類史において想像だにされなかった軍事革命だった。

 日本の国内戦争ですら、長篠の戦で織田信長の戦法は革命的で、古い戦法しか知らない武田家は滅んだ(一五八二年)大村益次郎が率いる長州の対幕府の戦いは画期的で、よって寡勢・長州藩が多勢・幕府軍を圧倒した(一八六四年)

 パール・ハーバー奇襲から一年半、対日十三倍のGNPをもって全力で兵器増産に専念したアメリカが、一九四三年八月から反転攻勢に転じたのを「米国の質が変わった」とは、いったい何だ? まったくの意味不明。明らかに妄言戯言の類。

 西尾の頭では、ルーズベルト大統領が、一九四三年、スパイダーマンに変身し、米国自身はロボコップになったようだ。仮にそうだとして、それがどうしていけないのか、正常人にはさっぱりわからない。

 こんな狂った発想をするのだから、西尾幹二とは「精神病院の鉄格子付きの独房から脱走した精神異常者」だと、健全な良識の持ち主なら直覚する。この直覚ができないのは、本性が非国民だからだろう。小島新一は、かつては論壇誌だった『正論』から公共性を剥奪し、狂人・西尾の私的同人誌にした。小島は、上島嘉郎と同じ朝鮮人なのか?

 現実の日本では、近衛文麿尾崎秀実や阿南幾惟あるいは瀬島龍三のようなソ連コミュニスト達は、一九四一年時点で、米国が遅くとも一九四三年には大反攻してくると予測していた。彼らは、日本に共産革命の土壌をつくるべく日本の敗戦・廃墟を計画し、米国に日本国を壊滅的に破壊させる太平洋戦争を開始した。

 ところが、大多数の日本人は、一九四一年時点、愚鈍な東條英機と同じく、一九四三年夏から始まる米国の反転攻勢も日本の超劣勢への転落も想定していなかった。それは、単に頭が悪く馬鹿だっただけ。米国とは何の関係もない。

 蛇足。乗員が十名も必要とするB29を「機械化・無人化・ロボット兵器の始まり」など、どう考えても正常ではない。分裂病の狂人である西尾は、ロボットや無人機と有人機との識別ができない。国語「機械化」の意味を、西尾は理解できないし、知らない。

東京裁判の法廷は、日本の大工さんが急遽造ったシロモノ」だって!?(大笑い)

 もう一つ、ひどい法律音痴の上に、法哲学などチンプンカンプンの“超バカ”西尾幹二は、「東京裁判」を知ったかぶりで罵詈讒謗を投げかける。むろん「東京裁判」を批判したり非難するのは自由である。

 だが、余りの無知と馬鹿さを曝すことは、海外にも専門家や研究者がいる国際軍事法廷の歴史問題だから、日本として“国の恥”。幼児的な嘘の連鎖で雑文・狂文を書きまくる西尾の“売文狂”を止める手立てを考えねばなるまい。西尾は、「東京裁判」の法廷となった、市谷台に立つ陸軍士官学校(終戦時は陸軍第1総軍司令部などが置かれていた)の講堂を、日本人大工が急いで創った映画セットのようなものだと言う。

「あの建造物は後で造ったもので…日本の大工さんが、ニュルンベルグ裁判の建物の設計に基づいて急遽造ったシロモノ」(注4)。

 東京裁判の法廷は、ニュルンベルグ裁判に用いられた建物とは、なんの関係もないし、似てもいない。しかも、この「講堂」は、鉄筋コンクリートの堅固な建造物。大工には作れない。西尾幹二の狂気は、今すでに極限状態に進行している。

 この種の西尾の狂気は、大笑いして無視すれば済む。だが、次のになると、笑って済ませることはできまい。誰でも戦慄し絶句する、歴史破壊の蛮行(ヴァンダリズム)の言辞に他ならないからだ。

(一九四一年十二月八日に始る太平洋戦争で)日本に対しては英米の戦争目的そのものが、今に至るまで全く不明確である」

「アメリカやイギリスがなぜ日本と戦争したのかという、その理由を問うことが大切…。よく問えば問うほど、答えはおそらく出てこなかったに違いないし、これからもでてこない」(注4)。

 米国は、パール・ハーバー軍港を奇襲され、甚大な損害をだした(ワシントン時間、十二月七日)。しかも、同じ日に、米領フィリッピン・マニラ郊外の米国の空軍力も一瞬にして潰滅させられた。これで応戦しないとすれば、米国は国家ではない。だから、米国は、国際法に従って、対日宣戦布告した(ワシントン時間、十二月八日)

 こんなことは自明。だが、カルト宗教の恍惚状態にある“狂気の人・西尾”は、「英米の二ヶ国のみは、殴られても防戦したり殴り返してはならない」と信じている。オウム真理教の信者が「ハルマゲドン」を狂信しているのと同じ。

 実は、西尾幹二とは、「ブルジョアジーはプロレタリアートに無法・暴力的に収奪されても、抵抗をしてはならない」との血塗られたレーニンの革命家たちを狂信して、この「ブルジョアジー」に英米、「プロレタリアート」に日本、を当て嵌めている。この西尾の信条は、私が、西尾幹二と直接の会話を通じて確定した。西尾幹二とは無意識のマルクス・レーニン主義者である、と断定して間違いではない。

 英国も米国と同じく、突如、香港が侵攻され(一九四一年十二月二十五日)シンガポールも攻められた(一九四二年二月十五日陥落)。戦艦プリンス・オブ・ウェールズは、早々と前年十二月十日に撃沈された。英国は日本に対して戦争する以外に、国家であり続けることはできない。だが西尾はなぜ、「英国の自衛行為に、戦争目的が無い」と奇怪で馬鹿げた言葉を吐くのか。

 そればかりか、西尾は、「日本が戦争をしかけた」のに対抗して「米英が応戦した」理由を、答えは無いが日本人は問い続けろ、とも言う。「問え、しかし答えはない。ならば、オレ様を信じるしかない」と、麻原彰晃が信者に教祖(自分)への絶対帰依を強要したやり方を、奇言妄言の妄想に生きる西尾幹二は真似ている。

 真面目に言って、西尾は、大東亜戦争に関する分裂型“転倒した偽造歴史”を狂信させる、西尾幹二を教祖とする“偽造歴史真理教”という、カルト教団の創設に余念がない。西尾幹二麻原彰晃と同じ臭いを感じる人が、多少だがすでにいる。西尾の心底(頭の中)を覗きこめる人のみ、真なる愛国的日本人として信用できる。

大東亜戦争(1937~45年)は、米墨戦争(1846~8年)/米西戦争(1898年)の復仇だから高い道義の戦争」だって!?

 西尾幹二が『正論』誌上で書きなぐる表2の諸エセーは、半ばは、抱腹絶倒すればよい“嘘八百の面白マンガ”と解される。が、半ばは、知的水準が劣化する後世の日本人から隔離されるべき有害図書の類。

 “野蛮人”西尾の歴史評論すべてが、いかに“嘘八百の面白マンガ”で、いかに“偽造歴史だけしかない有害図書”かを、二〇一一年十二月号掲載のトンデモ論考「真珠湾攻撃に高い道義あり」から一例を紹介するので、吟味検証して欲しい。

「メキシコから領土を奪い、スペインを制圧して太平洋の島々に理由もなく必要もなく進出し、無意味に膨脹したアメリカに対して、アジアの民草を代表して初めてNO!といったのが真珠湾攻撃ではなかったか。」

(太平洋戦争は)そのため日本は火達磨となって焼け尽きたが、アメリカの西進の野蛮を問い質し、これを高い道義から否定した貴い犠牲であった」(注5)。

 西尾幹二の狂気は重度どころではない。『正論』編集長の小島新一は、本業のユスリやタカリを少し中断して、西尾を精神病院に強制入院させるのを優先すべきだろう。西尾の分裂妄想は、どれほどひどいか。

 一九四一年時点、日本の政府高官・軍高官を含め一般日本人で、太平洋戦争を「米墨戦争の復仇だ」「米西戦争の復仇だ」と考えたものはゼロ。同様に、そう考えた支那人もインド人も一人もおらずゼロ。朝鮮人東南アジアの人々も、同じくゼロ。

 すなわち、上記の引用文は、西尾幹二の分裂妄想が描いた“狂気の蜃気楼”。それ以外ではない。復仇(reprisal)は、一九二八年の不戦条約以前の国際法では“合法”で、少なくとも一九四五年の国連憲章が採択される前では合法・非合法が重なった「灰色」なので、もし日本が宣戦布告で「メキシコの仇を討つ、スペインの仇を討つ」と明記していれば、西尾の幻覚妄想は多少は軽度とみなされただろう。

 だが、メキシコに対して、「対米勝利の暁には、テキサス州カリフォルニア州をメキシコに譲渡しメキシコ領にする」とは、日本は一九四一年十二月八日、宣言していない。また、メキシコも、日本の対米戦争に欣喜して、宿敵アメリカをやっつける日本を応援するとか、日本の同盟国になるとか、そのような言動はゼロ。メキシコは第二次世界大戦において中立国。戦前のメキシコは、建国以来ずっと、日本に無関心。

 同様に、スペインは、第二次世界大戦の中立国。日本は、一九四一年十二月、スペインの旧植民地フィリッピンに侵攻したが、一度として「完全占領後のフィリッピンをスペインに返還する」と世界に発信したことはない。発想したこともない。

 なお、米墨戦争は一八四六~八年。勝利した米国は、メキシコからカリフォルニア州を獲得し、テキサス州の併呑(一八四五年)を承認させた。米西戦争は、一八九八年。米国は、敗戦国スペインから、フィリッピン/グアム/プエルトリコを割譲させた。

 大東亜戦争のうち半分の)太平洋戦争は、大東亜戦争のうち半分の)日支戦争をめぐって「戦争を中止せよ」との米国の健全な対日要請を居丈高に拒絶した上に、あろうことか米国の反撃で日本を廃墟にしてもらいソ連が対日侵略をし易くすべく、米国に戦争を仕掛けたのである。日本が、米国の「西進」つまり東アジアへの進出に拒絶反応を示すようになったのは、この「西進」から四十年が経ってからで、一九三八年からである。

 実際の歴史を振り返ると、一八九八年の米国のフィリッピン領有に、日本は全く無関心だった。そして、一九〇四~五年の日露戦争の時、米国がフィリッピン/ハワイを領有したことは日本に裨益したと考えた優秀な日本人がほんの少しだけいた。が、全体として見れば、米国の「西進」に、やはり無関心だった。

 日本が、米国の「西進」にNO!と言い出したのは、近衛文麿の「東亜新秩序声明」(一九三八年十二月)からである。なお、この「東亜新秩序声明」はスターリンと近衛の合作。

 西尾幹二の歴史偽造は半端ではない。架空のデッチアゲも露わな、歴史学的にも常識的にも空無あきらかな珍語「アジアの民草/アジアの民草の代表」などは、フィックションが許される三文小説家ですら書けない。西尾幹二の異常な虚言症は、分裂病からか、それとも人格破綻の人格障害(personality disorder)からか、どちらだろう。

 なお、西尾は道徳否定のニーチェを信奉する、ニーチェヒトラー主義者。そんな野蛮人が、高尚な言葉“道義”を振り回すとは、売春婦が純血や貞操の貴さを説くのより、はるかに滑稽ではないか。

 ところで、西尾幹二の連載「戦争史観の転換」を解剖するのが本稿の目的だったが、紙幅が足りない。次々回にしたい。次回は、西尾の『GHQ焚書図書開封』第九巻に対して開腹の外科手術をする予定。

第二節 「大川周明(テロリスト)佐藤優(テロリスト)西尾幹二(分裂病の嘘つき)」──平成日本に復活した、幸徳秋水系“悪のテロリスト”文筆業者

 前稿『西尾幹二の研究』第八章では、“脳梅毒のテロリスト”大川周明西尾幹二が心酔する理由の言及を、紙幅がなく割愛した。以下、少しばかし触れておく。

 西尾が“大川マニアック”で見せる「反日」性は、暴力至上主義アナーキストで“民族系コミュニスト”の大川周明を持ち上げて、対日情報操作に邁進するロシア工作員佐藤優中共工作員関岡英之北朝鮮人たちに熱いエールを送ることでもわかる(注1)。北朝鮮人に「変身」し“非国民”となった西尾には、今では、日本国民としての矜持はむろん、その意識すらない。

 西尾がいたく感激する『米英東亜侵略史』とは、どう読んでも、次のように、大川が神懸りになってブツブツと祝詞をあげている、実に気持ち悪い“ご神託”言辞の代物。

「つらつら考へ来たれば、ロンドン会議以後の日本は、目に見えぬ何者かに導かれて往くべきところにぐんぐん引っ張られてゆくのであります。この偉大なる力、部分部分を見れば小さい利害の衝突、醜い権力の争奪、些々たる意地の張り合ひによつて目も当てられぬ紛糾を繰り返しておる日本を、全体として見れば、いつの間にやら国家の根本方向に向つて進ませて行くこの偉大なる力は、私の魂に深い敬虔の念を喚び起します。私はこの偉大なる力を畏れ敬ひまするが故に、聖戦必勝を信じて疑はぬものであります」(注2)。

 一九三〇年のロンドン海軍軍縮会議への同意を最後に、日本は、自国の国益を忘れ、“世界の暴徒”となって国際秩序の破壊に向かって大暴走する。それは、自己犠牲で世界秩序を担う、英米による戦間期世界秩序の“パックス・アングロ・アメリカーナ”を破壊せんとするローマ帝国を侵蝕した北方ゲルマン蛮族と同じ)ヴァンダリズムであった。「近衛文麿の日本/ヒトラーのドイツ/ムソリーニのイタリア、及びスターリンソ連」という、四名の凶暴な政治指導者に率いられた“悪の社会主義共産主義四ヶ国”が、世界にようやく平和をもたらしていた英米による世界秩序をぶっ壊したのが、日本の対支戦争を皮切りに勃発した第二次世界大戦であった。第二次世界大戦の結果、日本もまた、日本が存続し繁栄する基盤そのものが崩れ去り、日本は、国家の破綻&破滅の地獄へと転落した。

大川周明オウム真理教麻原彰晃西尾幹二オウム真理教上祐史浩

 つまり、大川周明の「太平洋戦争=聖戦」論は、近衛文麿らと同じく、日本の破局と滅亡を期待し予測して論じている。近衛は、この破局後の共産革命を目指したが、大川はこの破局そのものが目的だった。これが、第一段階の破壊は共通でも、第二段階がきっちと計画されているマルクス・レーニン主義者と、第一段階のみで後は無計画な幸徳秋水アナーキストとの相違である。

 それはともかく、軍事知識ゼロの大川周明だが、『米英東亜侵略史』は対英米戦争が開始された直後の、彼の意見開陳。ならば、必ず、勝利か敗北かを思考したはず。当然、この太平洋戦争の帰趨を論じるに、軍事や戦争にかかわる断片的知識を必ず援用するはず。ところが、それが一字もでてこない。

 代わりに大川は、勝利は「信じる」もので、対英米戦争への決断は「<(アッラーなどの)偉大な力>に導かれた」と説くばかり。日本の大敗北必至を確信しているからだが、自分の本心とは逆に「勝利を信じろ」とは、オウム真理教麻原彰晃が狂気「ハルマゲドン」の妄想を、信者に狂信しろと強要するやり方と全く同じ。

 不在の「偉大な力」をさも実在するかに見せるべく、狡猾な大川周明が考案したトリック詭弁が、「私の魂に深き敬虔の念を呼び起こした」「私はこの<偉大な力>を畏れ敬ひまする」であった。“信ずれば不在も実在になる”の狂信を強要する時の、カルト宗教団体教祖が常套する詭弁である。怪しげな教祖だった大川のこの戯言には、「畏れ敬いが足りないから、<偉大な力>が消え、敗戦と破局になったのだ」の言い訳すら、周到に準備されているではないか。

 対英米戦争の帰趨は、軍事学的に、米国は日本全土を占領できるが、日本は米国本土を占領できない以上、(日本海軍の貯蔵石油量からして)米国が一年半以内に講和を申し込んでこない限り、日本の敗北は確実だった。つまり、「一九四三年六月頃までに終戦にならなければ日本の方から対米講和を申し入れる」予定が欠如した、戦争終結を考えない対米戦争を開戦したことは、日本側に、一般通念以上の戦争以外の(日本の共産化のためソ連の属国という)他意が秘められていたからである。

 それはともかく、正常な日本人ならば、上記引用の大川周明の言い草を読めば直ぐに大川がペテン師のカルト宗教家だったことに気づく。そして、大川に憤慨する。しかし、西尾幹二だけは、大川への憤激も糾弾も無い。逆に西尾は、大川周明を、「大川に従って、日本人は、日本国の敗戦と滅亡という運命に従え」と、擁護する。西尾の狂ったこの妄言は、かつて殺人狂のカルト教祖・麻原彰晃の代弁において「ああいえば、上祐」と仇名された“詭弁の達人”上祐史浩が展開した巧みな妄言危言も及ばない。

(米国に何でもかんでも反対して行き詰った後の日本が)<賢明である>には<運命>に黙々と従うことではないでしょうか」(注3)。

 自滅の選択を“運命”として自己催眠することなど、永遠の存続が義務で権利である主権国家に許されない。しかも、歴史ある由緒正しい名門国家として日本国には永久の存続が祖先より義務付けられており、いかなる世代も自滅を選択することは許されてはいない。それに、計画的な戦争の敗北や自滅は、国家意思による狂気の選択。運命などではない。明白にすぎよう。

 ニーチェヒトラー主義の信者として、祖国日本の破壊・破滅を祈願する“狂人”西尾幹二にとって、日本国をこの地球上から抹殺することが文筆活動の目的だが、上記に引用した彼の詭弁は、この証拠の一つだろう。

 話を戻す。敗北へと戦争の帰趨が逆流する事態を想定した、つまり戦争終結をする場合の外交については、日本はいっさい考えていなかった。大東亜戦争は、日本人の絶滅まで永久戦争を所与として企画されたものであった。このことを知り尽くされていたのが昭和天皇で、そのことは『昭和天皇独白録』で明らかになった。

 例えば、一九四五年に入ると、「一億玉砕」とか「本土決戦」とかが軍中枢からプロパガンダされたが、大西瀧治郎・海軍軍令部次長などが平然と「あと二千万人ほどを米軍と戦闘させる」と豪語していたように、実際に「日本男児二千万人ほど殺す」のが予定されていた。つまり、日本の男性は赤ン坊から老人まで入れて三千五百万人しかいなかったから、一五歳から五〇歳までの日本男児を一人残らず殺すことを陸海軍はすでに総意としていた。ポツダム宣言昭和天皇のご聖断が、日本を滅亡から救ったのである。

 以上の歴史事実において、一九四三年春、日本が対米劣勢になる直前、「ハル・ノート」の受諾を米国に通告すれば、米国とは簡単に講和ができたのに、日本側がそれをしなかった理由も明白となろう。だが、大東亜戦争の目的についての話は、いったんここで打ち切らせていただく。

 さて、「ハル・ノートの対日要求」と「ポツダム宣言の対日要求」とを比較してみよう(表3)。前者の方が百倍も千倍も穏健で軽い。満洲の権益はそのままだし、占領軍の日本本土上陸などないから日本の政府も軍隊もそのまま。明治憲法もそのまま守りぬかれた。それ以上に、支那蒋介石の国民党政府が復帰して毛沢東共産党を殲滅できただろうし、ソ連満洲樺太への侵攻ができなかった。一九四三年夏までの対米講和こそ、日本の賢明な戦争終結外交であった。

 一九四一年十二月一日の御前会議で日本は、日本の国益に合致する「ハル・ノート(十一月二六日に日本側受領)を逆さにも蹴ることを最終的に決定した。これによって、日本列島を廃墟とするばかりか、若い男児を中心に三百~四百万人もの日本国民の生命を代償にして、「ハル・ノート」の千倍もひどい条件を受諾する破目になったのである。択捉島を出港した南雲中将の連合艦隊に十二月二日、「ニイタカヤマノボレ」ではなく、「帰投せよ」との打電となる前記御前会議の決定であれば、一九四一年末、日本国は正常な国家への回帰の道を辿っていただろう。

 一九四一年七月二日/九月六日/十一月五日/十二月一日の四回にわたる御前会議で、一貫して英米戦争に絶対反対の昭和天皇のご聖旨を無視し、祖国叛逆の大戦争を挙行した近衛や東條の大罪を、われら真正の日本国民は、断じて許してはならない。糾弾の手を緩めてはならない。

 しかし、戦後日本は、正道を踏み誤って、近衛と東條の大罪を不問とし、背徳と不正義の道を選択した。この結果、日本には、「愛国」の擬装仮面をかぶった西尾幹二のような、祖国破壊を生業とする“準テロリストの非国民”が跳梁跋扈するようになってしまった。

 「ハル・ノート」につき蛇足。「ハル・ノート」はハル国務長官の原案ではなく、スターリン/ベリア直属のNKGB工作員コミュニストのハリー・デクスター・ホワイト財務次官補の作との学術的研究の発表は、日本では私(中川)が最初である(注4)。

詭弁と嘘を炸裂させ、自分の戦争狂に陶酔する西尾幹二

 さて、大川周明に共鳴する西尾幹二は、狂気と虚偽をさらに爆発させていく。まず、西尾幹二は、「幣原喜重郎が相手(米国)の力を増長させてしまったので、その悪条件をすべて背負って運命に殉じた東條英機は立派」とか、「大川は、<日本がハル・ノートを受け入れればアメリカは永久に平和を守った(はず、などは)>ありえないと言っている」とか、大川が語ってはいない創り話を重ねていく。大川は、「ハル・ノート」には一言も触れてはいない。幣原喜重郎の名前も使っていない。いわんや「東條英機は立派」など、大川が言うわけがない。西尾幹二の身分&肩書きは「学者」なので、このような他人の作品の改竄は“犯罪”である。

 特に、大川が語ったと詐称する、西尾の創り話には重大な問題がある。西尾が、自分の意見を堂々と「俺様の意見だ」と言わないのは、自信がないからではなく、真赤な嘘だと認識して、この嘘を(歴史無知度が西尾ほど極端ではない)大川の権威で伝播させようとの悪意の策謀に基づく。西尾幹二の人格上の犯罪者性は、“詐欺師”佐村河内氏のレベルが些細に見える。

「日本がハル・ノートを受諾した後、アメリカは第二、第三の要求を突きつけ、日本を全面破壊するまで止まらない(と大川は言っているのです)」(注5)。

 丸カッコ内は、“虚言病”西尾の創り話だから無視しよう。だが、「ハル・ノート」の日本受諾の後、「第二/第三のハル・ノート」が突きつけられるというなら、西尾幹二よ、それはいったいどんな内容のものになるのか、指摘するがよい。米国は建国以来そのような対日外交をしたことはなく、「ある」と言うのであれば、西尾よ、一例でも挙げて見よ。

 西尾は、麻原彰晃の「ハルマゲドン」と全く同じく、非現実の架空の嘘話をでっち上げて、日本人向けの“恐怖”煽動をしている。心底で日本人を大量殺戮したい“日本憎悪”が炎上していなければ、西尾幹二は、日本人に対するこの種の“恐怖(terror)心理戦”など、決してしていないだろう。

 米国は、ポツダム宣言の日本受諾の後、「第二/第三のポツダム宣言」を突きつけたのか。世界広しといえども、最後通牒を相手が受諾した後、次から次に新たな要求を突きつけるのは、戦間期で言えば、ヒトラー・ドイツとスターリンのロシアと近衛の日本ではないか。ヒトラーの例を挙げれば、チェコ解体にいたるチェコへの要求のエスカレートは、約束の反故の連続だった。赤色ロシアの例は、バルト三国フィンランドに対して遺憾なく発揮された。

 日本の外交もスターリンヒトラーに負けずと暴力団そのものだった。首相の近衛文麿は、日本側の要求を完全に呑んだ蒋介石の国民党政権に対して、「蒋介石を対手とせず」と突如妥結を破棄して南京攻略を命じた(一九三八年一月、注6)。だが、米国の対日外交には、強面ではあっても、(一九三七年七月に近衛が独断で始めた)対支戦争中の日本のような、暴力団まがいの無法な要求を日本に突きつけたことは一度もない。

 重度の分裂病からの西尾特有の転倒ロジックは、さらに続く。

「日本は勝ち目のない戦争を自ら選んでしまったのではありません。選ばせられてしまった」

「自ら戦わずして屈服する悲惨さは、戦って敗北した悲惨さに比べて悪夢であり、歴史を悶絶させる終幕にほかなりません」(注5)。

 山本五十六が対米戦争をおっぱじめたのは、「ハル・ノート」とは無関係である。南雲忠一・中将麾下の連合艦隊が、パール・ハーバー目ざして択捉島・単冠湾を出港したのは、「ハル・ノート」がワシントンで日本側に手渡される二十五時間前であった。無線はハワイ到達まで封印されていたので、パール・ハーバー攻撃をしている海軍の将兵数千名は、誰一人として「ハル・ノート」の存在を知らなかった。

 山本五十六は、勝算ありとして対米開戦したし、永野軍令部長軍令部総長もそう考えた。夜郎自大の彼らは、対米開戦時において、負けるとは考えていない。その理由は、「米国は自由主義国家だから戦意が低く、一方、統制経済全体主義社会主義国となった日本は、この故に戦闘力が何倍にも向上した」という「神話」は、海軍のエリート中堅将校の常識だった。西尾は、後智慧で、歴史を偽造・粉飾している。

 そもそも、(対日石油禁輸など)一九四一年七月末からのABCD包囲で日本は追い詰められ、対米戦争に走ったという「歴史」は、表面上の歴史過程をなぞっただけで、真実とはほど遠い。近衛文麿は、対米戦争を仕掛けるに、日本国民に「追い詰められた」という“極限事態”を錯覚的に思い込ませるべく、米国の対日石油禁輸をさせる確実な方法として、南部仏印への進駐を独断で強行した。

 対日石油禁輸を実行した米国ルーズベルト大統領の方が、実は、米国に戦争をしかける理屈を捜していた日本近衛文麿の罠に嵌った。近衛文麿の騙しの演技力は、ヒトラーをも凌ぐ人類史上の天才。ルーズベルトのような凡人では対応できない。

 国益を毀損する不必要な戦争は、絶対に回避しなくてはならない。戦争は、勝利しても敗北しても、国民が受ける悲惨さは筆舌に尽くしがたいもの。しかも、大東亜戦争のように、日本国をスターリンの属国にするための祖国叛逆/祖国廃滅の戦争など、勝利や敗北の次元を超えて、日本人から健全な民族の精神を剥奪し、必ずその人格を空洞化させ破壊する。大東亜戦争が日本人の精神を蝕んだ悪魔性は、言うまでもなかろう。

 現に、北朝鮮人におだてられ「北朝鮮金日成」になった西尾幹二に代表されるように、スターリンに頭をやられた戦前日本よりもひどく、“狂気の非人間”が戦後日本で跋扈するようになった。大東亜戦争こそ、日本中を、真善美を破壊する無道徳な超低級人間ばかりにした。戦後日本の腐敗は、大東亜戦争を断罪しない、責任逃避の“歴史の真実隠し”が主因である。

一九三七年七月以降の米国の対日要求はすべて、日本国の国益に完全合致

 さらに、毛沢東中国共産党を助けるべく、一九三七年七月に近衛文麿が始めた対支戦争を直ちに止めるよう、米国は「日米通商航海条約」を破棄したり(一九三九年七月二六日、失効は一九四〇年一月二六日)、「在米日本資産凍結」をしたり(一九四一年七月)、の対日制裁を行った。これらは、日本が支那戦争を止めれば旧に戻るのだから、米国の対日要求・要請は、日本の国益と完全に一致していた。

 しかし、大川周明は、これらの米国の対日制裁を、「東亜新秩序」建設を目的とする日本の軍事行動の妨害であると難詰する(注7)。だが、「東亜新秩序」の建設こそ、反日の極み。それは、一九三八年十二月に近衛首相が声明したもので、「東アジア全域を共産化する」という謂い(注8)。「第二次世界大戦後の東欧諸国のごとくに)東アジア全域をスターリンソ連に献上する」との宣言。

 米国が日本の対支那戦争を徹底的に妨害したが、それこそは日本にとって国益の中の国益ではないか。日本の国益は、蒋介石と戦争するのではなく、逆に蒋と同盟を結び、毛沢東中国共産党等を殲滅すること、それ以外ではあるまい。一九三八~九年の日本国は、近衛文麿首相を(尾崎・ゾルゲ事件の逮捕よりずっと前に)刑法第八十二条の外患罪で逮捕し、“悪魔の外交政策”「東亜新秩序」を全面廃棄すべきが、真の国益だった。そうしておれば、一九四一年七月の南部仏印への進駐はなく、ABCD包囲もなかった。

 すなわち、対支那戦争で日本を糾弾する、米国のルーズベルト大統領や国務省の対日外交は正しい。それは、理性を喪失して逆走外交を加速する日本を正しい針路に覚醒させんとするもので、最高の助言を日本にしていたのである。

 一方、大川周明の『英米東亜侵略史』は、“反日のテロリスト”として、日本人の視界から国益を消し、日本を地獄へと誘う魔書。こんな大川周明を持て囃すとは、西尾幹二が、二十一世紀日本人から国益判断の理性と知力を剥奪・破壊せんとする“日本憎悪の非国民”だからである。

 そもそも、米国の「ハル・ノート」が日本の国益に違背すると言いつつ、「ハル・ノート」の百万倍も日本を危害する、スターリンに言上する予定の「近衛文麿大東亜戦争終結構想」を不問にする日本人とは、自国を騙す祖国叛逆者の群れ。これほどのダブル・スタンダードは、日本が日本国全体をスターリンに貢ぐことを理想と考えているからで、戦後日本の左翼学界も日本会議靖国神社などの民族系も、その本性(正体)は、日本共産化を絶対正義と考える共産主義者でなくて何であろう。

 ちなみに、「ハル・ノート」と「ポツダム宣言」と「近衛文麿終戦構想」の三つは、日本人なら完璧に記憶して比較しておかねばならない。昭和天皇は、対英米戦争に絶対反対され、ポツダム宣言受諾が日本国存続の“最後の蜘蛛の糸”だと“ご聖断”された。天才大帝を奉戴できた一九四五年夏の日本の無上の幸運に、神仏の加護が実在するのを観想できない日本人とは、真正の日本人ではないい。

 

表3;「ハル・ノート」の受諾こそ“賢明な日本”の選択だった

ハル・ノート(原案は、ソ連工作員ホワイト財務次官補)

スターリンへ日本国献上あらわな近衛文麿の終戦構想

ポツダム宣言(原案は、親日のグルー元大使)

1941年11月26日

1945年7月

1945年7月26日

日本の領土は不変。満州については不言及。米国の「CHINA」は、満洲を含まない。

沖縄/小笠原諸島/樺太/クリル諸島の、ソ連への献上

日本列島四島および周辺の小諸島(沖縄/小笠原/国後・択捉・得撫・千島諸島は日本領)

支那仏印からの憲兵部隊を含んで完全撤兵せよ。

支那満洲、東南々ジア、南方、からの完全撤兵。

同左

支那の政府として蒋介石の国民党政府を承認せよ。汪兆銘政権を否認せよ。

完全な武装解除

完全な武装解除

日独伊三国同盟の廃棄せよ

 

軍需生産(兵器工場)の禁止

英・米・ソ・タイ・支・蘭と多国間条約を締結せよ。

ソ連に奴隷労働力の献上(シベリア百五万人拉致は近衛の提案)

――

 

ソ連軍の日本占領

連合国の日本占領

 

昭和天皇の退位

天皇制度はそのまま

注9

注10

注10

 

マッカーサー/フェラーズ/ウィロビー/キーナンを臣下にされた昭和天皇の偉大

 大東亜戦争が“反日の祖国反逆”であったことは、昭和天皇に対する日本人の態度を思い出せば一目瞭然。たとえば、一九四五年八月十四日の深夜、現役の阿南陸軍大臣の了解と指示において、ライフル銃を片手に帝国陸軍部隊が、玉音盤を“聖なる国家元首”から奪取せんとしただけでなく、“聖なる国家元首昭和天皇のご身位を、陸軍刑法の犯罪容疑者として逮捕・監禁すべく、皇居内を傍若無人に徘徊した“世紀の大蛮行”「八月十四日宮城クーデタ事件」を忘れてはなるまい。

 一方、米国は、戦勝国で占領軍で、「天皇は、GHQ司令官の隷下にある」とのポツダム宣言バーンズ回答の日本側受諾でオーソライズされていながら、天皇を日本人以上に“聖なる国家元首”とした。この「証拠」の一つは、戦勝国アメリカとして米国陸軍五十万人が進駐してきたのに、七年間に近いGHQの日本統治期間中、マッカーサー元帥を初め、アメリカの軍人で皇居に武器を携帯して入った者は一人もいない。マッカーサー元帥は、天皇が居住される千代田区一番地の「皇居」をそのまま“皇居”としたのみならず、最初の会見以後ではあくまで日本国の元首として最高の礼節を尽くした。

 一方の日本では、野蛮きわめる天皇制度廃止の共産革命行動だった「八月十四日宮城クーデタ事件」が継承され、赤い陸軍から天皇制廃止の革命リーダー権を戻された日本共産党が率いる暴徒は、「朕はたらふく食っているぞ 汝人民飢えて死ね」のプラカードを掲げて、単に皇居に闖入しただけでなく、配膳室まで突入し米櫃まで覗き込むという乱暴を働いた(一九四六年五月十九日)

 「QHQ占領軍の米国こそ、日本を救う“真正な日本臣民”」だった証拠の第二は、キーナン主席検事の獅子奮迅の働きで明らか。キーナンは、東條英機以上に、昭和天皇東京裁判に訴追されるのを全力をあげて妨害し続け、昭和天皇の聖性と無謬とをついに守り通した。

 日本の民族系は、「親日」で王制主義者のキーナン検事を蛇蝎のように嫌う。西尾幹二靖国神社宮司松平永芳が典型だが、民族系の多くは実は、共産党を同志とする、メイド・イン・共産党の米国史観を、共産党以上に拡声器で喚く)天皇制度廃止を心底に秘めた極左人士たちである。「天皇制度の擁護か、廃止か」の身上調査は、リトマス試験紙「キーナン検事に感謝するか、罵倒するか」で簡単に判明する。

 “昭和天皇の忠臣”キーナン検事と対照的であったのが、“ソ連人”近衛文麿コミュニストの近衛は、アンコン号で“近衛の祖国”ソ連から“口封じ”のため「死ね!」と命じられて一九四五年十二月に自殺するまでの約一ヶ月、複数の側近に「昭和天皇よ、俺様に習って、お前も自殺しろ」を言い遺した。近衛は人生の末期に、恩師・河上肇(「コミンテルン三十二年テーゼ」の翻訳者)に洗脳された通りに天皇制廃止の共産革命イデオロギーに従い、昭和天皇を殺害したい憎悪と怨念を爆発させた。

 しかし、“脳梅毒のテロリスト”大川周明を継承する“分裂症の「反米・反日」売文業者”西尾幹二は、日本国の国益毀損に邁進した一九三〇年以降の日本人が一人残らず、逆さにも完全に正常だったと転倒する。こんな逆立ち詭弁と歴史偽造に西尾が精励するのは、ヒトラーが「ドイツ民族が世界一」を唱導しつつ“ドイツの廃滅”を究極の悲願としたのと同じで、西尾自身も、日本国の滅亡すなわち地球上から日本国の完全廃滅を、究極の目標としているからである。

 だから西尾が書いた、厖大な雑文のどこにも、近衛文麿や「八・一四宮城クーデター」を糾弾する文章は一文字すら見当たらない。西尾幹二にとって、ソ連を祖国とした近衛文麿阿南惟幾は、日本破壊という目的を共通する革命同志。非難せず沈黙してあげるのは当然か。

 少し学術的にいえば、正常と異常の判別能力を喪失した西尾には、次の二つの比較研究をする能力が欠如する。しかも人間として野卑で低級の上に、IQが低いナラズモノ売文業者として、西尾幹二には、いかなる学的・知的な発想も無縁で無理。

 比較研究すべき第一は、「一九三〇~四五年の米国の対日要求」と「同時期における日本の対外政策」の、いずれの方が日本の国益に合致したか否か。比較研究の第二は、「一九三〇~四五年の日本の対国内政治」と「一九四五~五二年のGHQの対日占領政治」との、いずれが日本の国益に裨益し、いずれが日本をより毀損したか。

 歴史学も政治学も軍事学も知識ゼロか間違いだらけの貧困な知識しかない西尾幹二は、いっさいの検討もせずにいきなり、「一九三〇~四五年、米国の対日要求は悪と害のみだった。一方の日本の自国に関する政治・外交は、完全で無謬だった」を、所与の事実だとして論を進めている。これは学問ではない。

 「オウム真理教の教団教義は無謬で、信者すべてを至福に導く」との、精神異常者でもあった麻原彰晃のカルト宗教ドグマと寸分も変わらない。西尾幹二は、偽造歴史を経文・教義とするカルト宗教団体の教祖になったようだ。

 

関連エントリ

西尾幹二の妄言狂史シリーズ

 

第一節

1、西尾幹二日本民族の偉大なる復興 下」『正論 』二〇一三年九月号、六九頁。

2、西尾幹二「戦争史観の転換 第一章①」『正論 』二〇一三年五月号、五九頁上段、五九頁下段。

3、同上、六〇頁下段~六一頁上段。

4、上掲「日本民族の偉大なる復興 下」、六八頁。

5、西尾幹二真珠湾攻撃に高い道義あり」『正論 』二〇一一年十二月号、一六四頁。

 

第二節

1、西尾幹二GHQ焚書図書開封 』第二巻、徳間書店、三一六頁、三四一頁。そこにはこうある。「関岡英之さんの本(『大川周明の大アジア主義 』)はなかなかよく書かれていて、(佐藤優さんと関岡さんの)ご両名の活動で大川周明復活かという感があります」。

 西尾幹二は、このように、民族系コミュニスト兼テロリストの復活を欣喜して歓迎する。西尾が、自国破壊の凶暴なアナーキズムを信奉する共産主義シンパである事実に、疑う余地はない。

2、同上、三四一頁。大川周明米英東亜侵略史 』、第一書房、八一~二頁。

3、同上、三四二~三頁。

4、中川八洋近衛文麿とルーズヴェルト―大東亜戦争の真実 』、PHP、四六~五五頁。須藤眞志は、『ハル・ノートを書いた男―日米開戦外交と「雪」作戦 』(文春新書)で、先行研究の中川八洋の名前を言及しておらず、学者のルールに違反している。須藤だけはないが、三流以下の学者は、「オレが、オレが」の自分をビッグに見せて業績を衒うのが日常。見苦しい。

5、上掲『GHQ焚書図書開封』、三四三頁。

6、上掲『近衛文麿とルーズヴェルト―大東亜戦争の真実』、一〇一~一三頁。

7、上掲『米英東亜侵略史』、八〇頁。

8、中川八洋亡国の「東アジア共同体」―中国のアジア覇権を許してよいのか 』、北星堂、頁。

9、『日本外交史 』第二十三巻、鹿島研究所出版会、二八三~九七頁。

10、『終戦工作の記録 』下巻、講談社文庫、二三二~四二頁、三三七~四〇頁。

 

 

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