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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(Ⅶ)──『GHQ焚書』は、ヒトラー『わが闘争』の模倣

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 iPS細胞で、山中伸弥京大教授のノーベル賞受賞が決まった直後、「iPS細胞を用いた手術に成功した」と詐称し自画自讃する変な男(森口尚史)が現れた。『読売新聞』が大々的に報道した(二〇一二年十月十一日付け)

 iPS細胞という基礎医学の研究成果が、(五年以上は必ずかかる実用化研究を経ず)直ちに実際の人体への病気治療(臨床医学)に用いられる事など、「科学的にありえない」ぐらいは常識のはずだが、読売新聞社の新聞記者を含めこの頃の日本人は、こんなバレバレの詐欺すら見抜けないほどひどく劣化した。

 “ペテン師”森口尚史が、その後、マスコミの追及を受けている様がテレビで流れた時、私は思わず苦笑した。西尾幹二の顔にそっくりで、「もしかしたら西尾の息子?」と思ったからだ。むろん、“西尾幹二の長男”が、医者を目指し森口家に婿養子に入ったなど聞いたことはないから、他人の空似。

 この時、ある重要なことを「発見」した。西尾幹二の“歴史の捏造シリーズ”『GHQ焚書図書開封』は、ヒットラー『わが闘争』と森口尚史をブレンドしたら出来上がる“腐臭のシチュー”のようなものだ、と。鉦や太鼓を敲いて戦争狂に興じるだけの“畸形の極左本”『GHQ焚書図書開封』は、嘘の食材ばかりだから、普通の日本人なら食べられない。つまり、正常な日本人は決して買わない、読まない。買うのは、反日の在日朝鮮人か、無頼漢の低級日本人か、精神異常者だけ。

 確かに、『わが闘争』とその著者ヒットラーの顔写真を並べておいて、ヒットラーの顔写真を森口尚史の顔写真に置き換えると、『わが闘争』が『GHQ焚書図書開封』に化学変化する。すなわち、公式<ヒットラー『わが闘争』+“ペテン師”森口尚史=西尾幹二GHQ焚書図書開封』>が成立する。

 『GHQ焚書図書開封』は、『わが闘争』のクローンであるだけでない。学問的にデタラメの限りの『わが闘争』より、百倍も千倍も杜撰で、そのデタラメぶりは空前絶後。このため、“凶悪な天才”ヒットラーに代わって、“凡庸な六流詐欺師”森口尚史のレベルが『わが闘争』を書き直さないと、“非学問・反学問の極み”『GHQ焚書図書開封』のおぞましい水準まで落とす低劣化は無理である。

第一節 “ヒットラーの矮小クローン”西尾幹二──なぜ、両者は、思想において瓜二つなのか

 ヒットラーは、ユダヤ人殺しプランと理由を、自著『わが闘争』で公然と宣言している。ヒットラーは、ユダヤ人殺しや大戦争の開戦意図を秘匿して、突然、一九三九年以降にそれを行ったのではない。一九二〇年代に、この自著をもって、ドイツ内外に鮮明に闡明していた。

 ということは、日本とは、一九二五~七年の『わが闘争』を読んだ後に、ドイツと同盟条約を締結する方向に全力疾走したのだから、ユダヤ人絶滅の大虐殺やそのための世界大戦を共鳴し支持したことになる。一九二五年頃からの日本人は、ポツダム宣言昭和天皇玉音放送で目が覚める一九四五年八月までの二十年間、正常ではなかった。(東大や京大をはじめインテリはこぞって)マルクスブハーリンばかりを貪り読んでいたし、狂気が漂う『わが闘争』を手にしても忌避し指弾するものがいなかった。GHQの進駐は、日本が祖国日本を取り戻す“真正の神風”だった。GHQは、日本を救った。

 マルクス・レーニン主義を吸飲した日本は、五・一五事件の一九三二年以降、狂気の国家に堕していた。一九三二年以降の日本には、“日本国”は消滅していて存在していなかった。日本が祖国日本を喪失していた一九三二年から一九四五年、時を同じくして、ドイツもまた、一九三三年一月にヒットラーのナチ独裁政権が誕生し、一九四五年五月まで、“通常のドイツ国”から逸脱していた。日本人の祖国喪失とドイツ人の祖国喪失とは、時期を同じくする。

 ヒットラーが、第二次世界大戦を開戦した理由は、第一はユダヤ人とジプシー(ロマ人)の絶滅(全員の虐殺)、第二は“ドイツ民族の生活圏”の創造および夢想である「千年王国」ごっこ。第三は、ベルサイユ条約を押し付けた英仏をドイツ占領下に置き、大英帝国を解体することによって、“ベルサイユの屈辱”を極限の形で晴らすこと。そして第四があるとすれば、ヨーロッパを支配した“救世主”ヒットラーによる「世界改造」であろうか。

 すなわち、ヒットラーの戦争目的には、(第三番目を除き)自衛/侵略/領土/経済権益/復讐など当時の一般の戦争観の範疇では捉えきれない、(第一や第二番目など)異様なものが中核をなしていた。ひとえに狂気一色の戦争ドグマとしか形容できない。

 このような狂気の国と日本は同盟条約を締結して疑問視することがなかった。この理由は、“共産主義者が夢想する共生社会(=千年王国”のことである「大東亜共栄圏」を、本気に信じるなど当時の日本人もまた狂気一色だったからだ。日独伊三国同盟は、日独という“狂気”同士の共鳴なくしては締結されえていない。

国際場裏に「人種」の導入は、世界の法秩序を破壊する暴力至上主義アナーキズムの情動

 国際政治学の要諦は、第一は、世界における法秩序の維持である。だから、法秩序とそれによる自由を破壊する対外政策を採る無法な国家に対して、絶えず警戒し監視し、その暴走においては軍事的に阻止する態勢を、世界の諸国家は保持する責任がある。戦後日本の憲法第九条は、日本から、この責任と義務を剥奪しており、世界の法秩序維持に対する背信行為である。

 戦前、特に、第一次世界大戦が勃発する一九一〇年代に入ると、「人種」という生物学上の問題を国際場裏に持ち出す、新型の“法秩序破壊のイデオロギー(伝染病)”を振り回す異様な国家が台頭してきた。ドイツと日本である。

 しかも、第一次世界大戦後、米国大統領ウィルソンによって、平和破壊に必ず至る「人種」ほどの猛毒性はないが、毒にも薬にもなる「民族自決」という危険な思想が、世界と国際政治(各国の対外政策)の前面に躍り出た。かくして新薬「民族自決」は、世界の安定と自由に貢献している歴史的な国家を解体し、世界と国際政治を“不安定の坩堝”に投げ込んだ。

 天才国際政治学者ウィンストン・チャーチルが慨嘆し糾弾する、ウィルソンの「民族自決」が生んだ負の戦後処理オーストリア=ハンガリー帝国の解体とは、まさしくこれであった。

 中欧に位置する多民族帝国オーストリアで、それを構成する各民族が安定と自由を享受できたのは、何といっても、「神の見えない手によって造られた」としか形容できない、歴史が積み重ねられて歴史だけが土台の絶妙な建造物というべき絶妙な国家だったからだ。オーストリア=ハンガリー帝国は、構成する各民族の自由と平和だけでなく、世界の平和のためにも、解体など決してしてはいけなかった。チャーチルは、こう言っている。

第一次世界大戦の戦後処理で大いに誤ったもので、ために第二次世界大戦の温床となった)第二の大きな悲劇は、サンジェルマン条約(注2)とトリアノン条約(注3)とによって、オーストリア=ハンガリー帝国が完全に崩壊したことであった」(注1)。

オーストリア=ハンガリー帝国が健在なら中欧の小国の悲劇はなかった

 その通りである。この中欧の帝国が解体されなかったならば、この中欧の帝国こそが、ヒットラーのナチ・ドイツにもスターリンのソヴィエト・ロシアにも対抗的に矢面に立ち均衡しえて、中欧の平和と安定を維持しただろう。つまり、チェコハンガリーの「小国」の(一九三八年から一九八九年までの)五十年間に及ぶ陰惨な悲劇は、これら小国がオーストリア帝国の構成自治国である限り、生じていない。

 「民族自決」は、その小民族が大国に侵略され自由(生命・財産・信仰・居住ほか)を剥奪されている場合には救済の論理となるから、情況が許せば薬効がある。たとえば、漢民族独裁国家中共に民族の絶滅を強いられているチベットやウィグルの救済の論理として、もし米英等が軍事力をインドから投入する場合には、大義となって、価値がある。

 あるいは、「民族自決」は、米国が黒海を制海してロシアの黒海艦隊を殲滅した情況下では、ロシア人による虐殺の対象であり続けているチェチェン解放の大義になりうる。これらチベット/ウィグル/チェチェンに「民族自決」権を与えて独立させるべきだが、ウィルソンの一九一八年一月の提唱からすでに百年が経つのに、四文字「民族自決」は何らの働きもせず、仏教寺院での空疎な経文読誦に終始している。これら三民族に、今も世界は、拱手し傍観し無為に徹するのは、薬として「民族自決」の無力ぶりを明らかにする。

 「民族自決」は、歴史全体としては、となったケースも少しはあるにはあるが、となった歴史の方が大きいのではないか。また、「民族自決」を逆立ちさせたEU(統合ヨーロッパ)の原点がオーストリア=ハンガリー帝国で、その模倣であるのを想起するとき、ウィルソンの「民族自決」に、副作用が強すぎ医者が倦厭する特効薬を観想するのは、筆者だけだろうか。

 それはともかく、ウィルソンの「民族自決」に便乗して、純血のドイツ民族の「千年王国」を妄想し、世界秩序を破壊する機能しかない“悪魔のドグマ”人種論の狂気を国内・国外政策の基軸とした天才デマゴーグヒトラーについては、小学生でも知っている。だが、ヒトラーが、狂気の人種ドグマ、すなわち第二次世界大戦の戦争目的であるユダヤ人大量殺戮(絶滅、ホロコーストを、実行の十数年前、その著『わが闘争』で公然と闡明していたことを知る日本人は少ない。以下、少し引用して紹介しよう。

ユダヤ人絶滅か、ドイツ国の滅亡か──『わが闘争』の主モチーフ

 『わが闘争』の第一巻第十一章は、ゾッと戦慄する。そのタイトルが「民族と人種」からだ。アーリア人種とユダヤ人種を優劣差別する論理も劣等種族を抹殺してよいとの論理も、人間を植物とみなして品種改良の実験における植物の劣勢品種の選別と焼却を人間社会に適用した、反科学の狂気にすぎない。

 ダーウィンという過激な無神論者でキリスト教撲滅運動家の生物進化論の仮説が、十九世紀後半以降、社会主義者たちによって、人間の国家や社会に適用するという背徳の反・学問となって社会主義イデオロギーと混合され化合したことが、社会主義ヒトラーユダヤ人虐殺の狂気を形成したのである。人間の社会や国家が生物の個体と同じだと、今でも共産主義者たちが信仰して依拠する社会ダーヴィニズムダーウィン主義)は、それだけでも噴飯物の狂説だが、もしナチのユダヤ人大虐殺を非と断じるならば、なおのこと断固として排撃せねばなるまい。

 ともあれ、ヒトラーは、幻覚と妄想のみで事実無根をあらん限りに捏造して独自の「反ユダヤ主義」を構築し、それに基きユダヤ人殺戮の正当化ロジックを展開した(注4)。

A 人種交配の結果

① アーリア人種がより劣等な民族と混血した場合、その結果として必ず文化の担い手であることを止めてしまった。

② 従って、人種交配の結果は、「より高等な人種の水準の低下」(を招き)、「肉体的・精神的退行と、徐々に確実に進行する廃疾」(を開始せしめる。)

③ 劣等人種との混血は、永遠の創造者の意思に反した罪を犯すことに外ならない。

B 人種と文化の担い手

① 科学、芸術、技術、発明はただ少数の民族、おそらく元来は唯一の人種の独創力の産物である。

② 過去の偉大な文化はすべて、創造的であった人種が血をダメにすることによって死滅したため、滅亡した。

③ 人類文化、つまり芸術/科学/技術の成果について目の前に見出すものは、ほとんど、もっぱらアーリア人種の創造的所産である。

④ アーリア人種は、その輝く額からは、いかなる時代にも常に天才の神的なひらめきが飛び出し、沈黙する神秘の夜に灯をともし、人間にこの地上の他の生物の支配者となる道に登らせた火を常に新たに燃え立たせた人類のプロメテウスである。

C 混血の結果

① アーリア人種は自分たちの血の純粋性を放棄し、それとともに自分自身が創造した楽園の居所を失った。アーリア人種は人種の混血によって没落し、徐々にますます自分の文化能力を失(った。)

② 混血によって引き起こされた人種の水準の低下は、あらゆる文化の死滅の唯一の原因である。人間は敗戦によっては滅亡はしない・・・ただ純血だけが所有する抵抗力を失うことによって滅びる。

D 第一次世界大戦にドイツが敗北した原因としてのユダヤ人 

① (一九一八年八月に戦場で敗北して第一次世界大戦で敗戦国となった)ドイツの瓦解の・・・決定的な原因(は)・・・ユダヤ人の危険を認識しなかったこと。

② ドイツは、この敗北を準備していた力ユダヤ人)によって破壊させられた。そユダヤ人)の力は、数十年前から計画的にわがドイツ民族から(民族の生存を可能とし生存の権利を与える)政治的、道徳的な本能を力を奪った。(だから、対英仏戦争にドイツは負けた。)

E ユダヤ人とは何か

① ユダヤ人の自己増殖は、すべての寄生虫に典型的な現象であり、彼らは常に自己の人種のために新しい母体を探している。

② ユダヤ人は、好ましい母体が引き寄せられさえすればますます広がっていく寄生動物である。ユダヤ人が現れるところでは、遅かれ早かれ、母体民族は死滅する。

③ ユダヤ人は国家に自己保存の手段を許さず、あらゆる国家的自己主張の防衛の基礎を破壊し、指導に対する信念を抹殺し、歴史と過去を軽蔑し、あらゆる真に偉大なものをドブの中に捨ててしまう。宗教は茶化され、慣習と道徳は時代遅れのものと言明され、この世界での生存をかけた闘争で民族を支えてくれる最後のものまでも崩壊するに至る。

 このロジックは、ユダヤ人を放置して“ドイツは滅ぶ”か、それともユダヤ人をドイツから抹殺して“ドイツを救済する”かの二者択一の選択を、ドイツの大衆に迫っている。しかもヒトラーは、ユダヤ人が「宗教共同体」であることを脱してドイツ人に同化していた当時の現実については、これを否定せず、この現実を前提として論を進めている。

 「反ユダヤ主義」について、ナチやヒットラーの特殊性に焦点を当てず、歴史の変遷の中で鳥瞰した優れた分析としては、つとに有名だが、ハンナ・アーレントの大著『全対主義の起源』第一巻だろう。これについては、注5に、若干のコメントをしておく。

米国の内外人種差別を対米戦争の正当化に使う、西尾幹二の強度のヒトラー

 上記の『わが闘争』第十一章は、まず、ドイツは、ユダヤ人に民族的・国家的発展も道徳も伝統も破壊される被害者で、よってドイツ民族は加害者ユダヤ人に報復する権利を有する、とする。次に、この報復が仮にユダヤ人絶滅という反人間・反道徳・不法になったとしても、ドイツ民族の「自己保存」において正当化される、とする。レトリックの二段構成である。

 (殺戮工場の建設が必要な)ユダヤ人の絶滅は、ドイツ国内ではドイツ人の目があるからできない。どうしても外国の土地が要り、それが第二次世界大戦の引き金となった)ポーランド侵攻の最大の目的であった。

 しかも、国家社会主義とは、ヒトラーにとって、ドイツ全体を「宗教の共同体」に改造する密教だった。同時に、自分が狂信する“憎悪”と“破壊”と“ダーウィン生物進化論”を根幹に据える狂気の宗教ドグマでもあった。ユダヤ人絶滅は、自分が信仰するカルト宗教・国家社会主義イデオロギーを体現するために必要な、ダーウィンに従った科学に他ならなかった。

 一方、西尾幹二は、ヒトラーと同じ幻覚妄想において、「日本は、人種差別の国・米国の被害者」との仮構の歴史を捏造し、日本は加害者・米国に報復の戦争をすべき運命にあったとの詭弁を弄ぶ。さらに「日本は、黒人に対して人種差別をする米国を膺懲する使命を天から与えられている」というもう一つの幻覚妄想をもって、日本国民が何百万人死のうとも日本国が滅びようとも、対米戦争をしなければならないと喚き散らす。

 ヒトラー(ドイツにプラスはあっても何一つマイナスのないユダヤ人との)“異人種間共存の拒絶”のためにドイツ国の廃墟という代償をドイツ国民に強いた。西尾幹二は、日本の国益をいっさい毀損しない米国の人種差別を、自らの対米憎悪感情を満足させるためだけに、対米戦争の口実にでっち上げる。対米戦争は日本の亡国を代償としなければならないが、西尾は、それをよしとする。

 「人種」にとり憑かれた両者には、共通して、祖国破壊の情動が炎となって燃えさかっている。このように、両者には、重度の精神分裂症であることを含め数多くの共通項がある。表1にまとめておく。この問題の考察は、詳しく次稿で展開する。

 表1;“思想における兄弟”ヒットラー西尾幹二

 

ヒットラー

西尾幹二

人種差別、広義の人種イデオロギー

ユダヤ人やジプシーを絶滅させるため戦争を敢行する。第二次世界大戦のドイツの筆頭目的は、これ。

米国の「黒人差別」を、対米戦争の大義とする。自身の戦争狂(戦争マニアック)を正当化する屁理屈として、人種差別を掲げる。

反・英米

過激な反英米。

過激な反英米。

自民族の生活圏

ドーバーからヴォルガ川までをドイツ民族の「生活圏 Lebens Raum」とする。この地のスラブ民族は、ドイツ人の奴隷とする。

満洲から東南アジアまで英米を排除した「大東亜共栄圏(=アジア民族共生圏)」とする。ロシア人は白人だが、「アジア人」に扱う。

自国家の未来は“廃墟”

ドイツ国家の死滅。「ドイツ千年王国」は、この反転表現。「世界の改造」も、ドイツの廃滅と同根。また“あの世”の否定だから、無信仰・無宗教

日本国・日本国民を日米戦争で絶滅させる。究極のニヒリズムヒットラー(死滅にいたる中間段階の)「世界の改造」妄想がないのは、IQが低いため。

レーニン/スターリンとの思想的な親近感

強度な親近感。一九三九年八月の独ソ不可侵条約は、スターリンへの兄弟感情なしには締結されていない。一九四四年頃から(英米のドイツ進攻を阻止して)ドイツをソ連に占領させようとしたのも、心底では親ロ・容共。

強度な親近感情。親ロ・親スターリン日ソ中立条約批判は、一行もない。ソ連満洲侵略と邦人への残虐と殺戮への批判もゼロ。共産党員への同志意識は強度で、共産党シンパ。社会党左派に分類できる。

祖国喪失(ディアスポラ

ドイツ国籍取得は一九三二年43歳)、それまでは外国人。妄念上の「ドイツ」はあるが、現実の“ドイツ国”は不在。

日本人だが、分裂病の症状によって、「日本国民」意識が空洞化し喪失。実態は、「反日」の無国籍人。国家破壊のニーチェと同じ。

倫理道徳や法的正義

完全に欠如。ユダヤ殺しは、全ドイツ人から良心の溶解・剥奪。無頼漢的・狂人的な思惟と行動。

完全に欠如、当然、良心が不在。倫理と不可分の真偽を差別せず。無頼漢的・狂人的な思惟と行動。

運命、予言、宗教性

マホメット的な「予言」、キリスト的な「救世主」像のフル活用。

「運命」主義で対米戦争正当化。国益」の概念がゼロ。

 

第二節 ヒットラー西尾幹二に共通する国家廃墟化の狂気

 ヒットラーが自滅願望すなわち自己破滅の精神異常者であることは、多くの専門家が指摘する。そして、ユダヤ人絶滅もドイツの戦争敗北も、初めから自らの自殺につき合わせる“無理心中”ではなかったかとの多くの研究者の指摘も、恐らくその通りだろう。

 どうも人種論のドグマは、戦争とそれによる自己破壊の狂気と連動している。そこで、つとに知られていることだが、ヒットラーの自己破滅とドイツの自己破壊について、以下、復習しておく。

(敗戦からまだ半年も前の)一九四四年秋すでにヒトラーは、ドイツ本国内に対しても<焦土作戦>の実行を国防軍に指令した。・・・工業施設および水道・ガス・電気などの供給施設ばかりではなく、生活の維持のために必要欠くべからざるすべての設備が破壊されることになった。

 すなわち、食糧貯蔵庫、水路網、変電所、長距離ケーブルや送信塔、電話交換局、配線ダイヤグラムやスペア貯蔵庫、住民申告役場や戸籍局の書類および銀行の口座資料などである。歴史的建造物、城館、教会、劇場、オペラハウスのような芸術的記念建造物さえ、敵の空襲を切り抜けた場合には破壊される予定になっていた」(注1)。

 ドイツを砂漠のようにする破滅願望は、敗戦が近づいたが故ではない。戦争が予想もされていない一九三三年の政権を獲得する前から、ヒットラーは、側近にしばしば口にしていた。想定外の敗戦で自暴自棄の狂乱になって、その思考に至ったのではない。

 日本も敗戦が確定した一九四五年に入ると、「一億玉砕」とか「本土を焦土として決戦する」とか、日本人全員の「一億特攻(=自殺)論」が昂揚するが、これはレーニンの敗戦革命論に基づく共産革命の土壌づくりを目指したもので、ニヒリズムの病からのヒトラーの破滅・廃墟願望とは、似て非なるもの(注2)。ともあれ、フェスト著『ヒトラー』からの引用をもう少し続けよう。一九四五年三月十九日に発令された「ネロ命令」第一号とは、次のようなものだった。

「戦争継続のため、敵が直ちに、あるいは将来利用しうるようなドイツ本国内の軍事的な交通・通信・工業・供給施設および有価物をことごとく破壊すること」(注1)。

軍需大臣シュペーアが記録した、ヒトラー末期の焦土戦術

 このドイツ廃墟化に全力をあげる“末期のヒトラー”を最側近として観察し、現場・現場でその阻止(「ヒトラーの命令を無視せよ」の伝達)に動いた軍需大臣シュペーアも次ぎのように回想する。

(「ネロ命令」第一号発令の直前で、日付が一九四五年三月十九日となったばかりのまだ真夜中、総統官邸を後にするとき、ヒットラーは私にこう言った。)戦争に敗北すれば民族も失われるだろう。ドイツ民族は、きわめて原始的な生存に要する基礎的なものなどを顧慮する必要はない。むしろ反対に、自分でそれらのものを破壊する方がよい。なぜなら、この民族(ドイツ民族)は弱い民族であると実証され、未来は結局より強い東方民族(ロシア民族)に支配されるからである。この戦いの後に残るものは、どっちみち劣等なもの(ドイツ人)ばかりだ、良きもの(優秀なドイツ人)は滅びるのだから」(注3、カッコ内中川)。

 最後の「ネロ命令」は、ヒトラー自殺後の五月三日のラジオ放送であった。ブラッハーの書では、「ヒトラーはこの焦土命令を、四月二十一日にハンブルグで録音され五月三日に放送された最後のラジオ放送のなかでは、いっそう明確な形で繰り返し主張した」とある(注4)。

 青年時代から希望してきた自殺が目前に達成できるのを知って安心したのか、ドイツ国を荒涼たる野蛮の荒野にしたいと、ヒトラーが心底に秘めていた本当の真意が、一気に噴出したと考えられる。ドイツ全体を道連れにした心中自殺は、さぞヒトラーにとって痛快な満足だったろう。

 「ドイツ千年王国」とか、「純血ドイツ人が世界を支配する使命を持つ」とか、荒唐無稽な“愛国”言辞ほど、“非国民”でない限り発することのできない薄ら寒い空疎な大言壮語だし、妄想の極み。こんなこと、語らずとも明らか。ドイツへの愛国心がもしひとかけらもあるなら、このような戦慄する馬鹿げた粉飾の言葉で自国を語らない。

 真正の愛国者は、三十年先までの祖国の行く末を見通し案じて、現時点の自国や自民族の欠陥を指摘し、その改善・修理に専念するので、祖国に対しては苦言ばかりを呈するのが常のはずだし、自国を褒めたり、美化したりする余裕など決して存在しえない。

 自国への甘言は、狂人やならず者からなる非国民・国賊でなければできない“祖国呪詛の仮想表現”である。平たく言えば、自国を地獄に誘導し転落させる褒め殺し作戦である。個々の国民の人生は(当時のドイツの平均寿命から)六十年なのに「千年先」を語るなど、それだけでも詐欺的な狂人である証左として十分ではないか。

 さて、ランケ/ブルクハルトの系譜にあるドイツの偉大な歴史学者マイネッケもまた、ヒトラーのドイツ国廃墟/ドイツ民族絶滅願望の狂気を、こう述べている。

(一九四四年春に党指導部で語ったヒトラーの言葉だが)神がけっきょく私に勝利を拒もうとするならば、私は、ドイツ民族がそのような屈辱の後まで生き延びることの無いように、(ドイツ国の廃墟とドイツ人の絶滅が実現するよう)配慮するであろう」(注5、カッコ中川)。

ユダヤ人大虐殺のはてに、ヒトラーはドイツ人大虐殺を見ていた

 ドイツを焦土化して永遠の廃墟にせんとするヒトラーの“ドイツ国やドイツ民族への究極の憎悪・怨念”の情動を剔抉した最高の先見力ある著書と言えば、誰でも、一九三六年に亡命し反ヒトラーレジスタンス戦士でもある元ナチ党員ヘルマン・ラウシュニングが書いた『ニヒリズムの革命』(注6)を推挙するだろう。

 同書は、チェコ解体の一九三九年三月までの分析考察だから、第二次世界大戦を勃発させたドイツとソ連ポーランド侵攻前の情報だけで、ナチズムが無法と無秩序を求めるアナーキズムであり、それは“ドイツの自己破壊”に直行するという事態の推移を的確に予見したもの。一言でいって、圧巻の書である。

 マイネッケやシュペーアのは、敗戦が確定した一九四四年に入ってからの間接・直接にヒットラーの悪魔の言説を聞いての指摘。一方、ラウシュニングは、知的な推論からの一九三八年の結論だから、学的には一等上になる。

「大衆デマゴギー的心霊修行の麻酔的靄をかけられて健全な思考をすっかり失うに至っていない人は皆、ナチスの道は、その暴力行動主義的な衝動が目ざす方向へ、つまりアナーキー(テロと殺戮の、無法と無秩序)と想像を絶する規模の自己破壊(ドイツ国の廃滅とドイツ人の絶滅)へと不可避的にわれわれ(ドイツ人)を連れ込む」(注6、カッコ内中川)。

 ヒットラーが、断末魔に当たって、ドイツ本国を英米側ではなく、極力、モンゴル帝国のまま収奪を旨とするソ連に占領させ、ドイツを徹底した荒廃にもっていこうとしたことは、一九四四年からの軍事作戦にも顕著に証明されている。この説明には、地図をふんだんに用いる問題から、本稿では割愛する。少し残念だけれど、読者は諒とされよ。

 ところで、ヒットラーのドイツ廃滅の狂気を、フランクフルト学派の心理学者エーリッヒ・フロムは、一刀両断に「ネクロフィリア(necrophilia、屍姦症)だ」と言い切っている。「ドイツ千年王国」を創ってあげるとの“ドイツ国への愛”は、破壊尽くされ廃墟になった亡国した“ドイツ国の屍体への愛”を反転した分裂症行動ということか。

 なお筆者は、思想的には水と油のフロムとは相容れないが、これだけは例外的にフロムと同意見である。

ヒトラーの最も重要な特質は、ネクロフィリアでしょう。死んだもの、破壊、生命のないすべてのものへの愛です」(注7)。

 ヒトラーが、英米とソ連との二正面に戦争を拡大した、ドイツの国力を超えた第二次世界大戦を開始したのは、それは最終的にドイツの大敗北になるから、“究極におけるドイツの自己破壊”を当初から目的とした開戦だった。ユダヤ人絶滅という世紀の犯罪も、ドイツ人の絶滅に至るその前段階だったはずで、「ドイツ人の純血擁護のためのユダヤ人絶滅」という理屈と実践は、「ドイツ人の絶滅」という最終段階の意図を隠す中間過程だった。

 「ユダヤ人大虐殺は即、ドイツ人大虐殺への高速道路」だと見抜けず、ヒトラーを熱狂的に支持した戦間期ドイツ人の愚鈍さは、(日本を共産国にするための敗戦革命を起こすべく大東亜戦争をプランし推進した)一九三七年六月のスターリンと通謀する)コミュニスト近衛文麿首相の誕生に熱狂した日本人の愚鈍さと同じで、日本はドイツを笑えない。

“祖国滅亡教の教祖”ヒットラーと、その信徒・西尾幹二

 ヒトラーの祖国破壊/祖国廃滅の狂気は、実は、一九二五年末刊の『わが闘争 前巻』に十分に読み取れる。なぜなら、そこで、ヒトラーは自分の祖国オーストリアの没落と滅亡を呪い願った(ウィーンですごした貧困の)青春時代を回顧しているからである。

 祖国オーストリアを憎悪し呪詛して、外国ドイツを“新しい祖国”だと妄想するヒットラーにおいて、この新・祖国もいずれまたヒットラーにとって憎悪し呪詛するものになるのは、旧・祖国を憎悪し呪詛した論理が否定されず真理だと信じられている以上、自明ではないか。

 こう言っている。

「当時わたしはこの国家(祖国オーストリアの内面的な空虚さと、この国家を救うべき可能性のないことを認識すればするほど、締め付けられるような不満に取り 憑かれた。この国家は、あらゆる点でドイツ民族の不幸でしかありえないという確信を感じたのだった」

「この国家(祖国オーストリアは、真に偉大なドイツ民族をすべて圧迫し、妨害するに違いなく、同時に逆にすべての非ドイツ的現象を助長させるだろうと確信した」

「私の心臓は、決してオーストリア王国のためではなく、いつもただドイツ帝国のために鼓動していた。(祖国である)オーストリアの崩壊の時が、(外国である)ドイツ民族の救済が始る時だとしか思えなかった」(注8、カッコ内中川)。

 この論理では、ヒトラーの“新・祖国”ドイツが右肩上がりの興隆する時のみドイツを愛するが、いったんドイツが下降の転落を始めればポイ捨てしてよいことになる。つまり、祖国がいかに艱難辛苦に見舞われようとも、祖国に生まれた自己の運命に従って、祖国へ自己犠牲するのが真正の愛国心だが、そのような思惟や精神はヒトラーには皆無で不在だった。

 ヒトラーの外国ドイツへの愛は、所詮、ジプシーのような地球放浪者ディアスポラの気まぐれで戯れに近い。ドイツが、自分の狂気と野心を満たす一時的な寄生の対象物として好都合である限りの条件下での“偽り(虚構)愛国心”であった。

 そしてヒトラーは、本当の自分の祖国の滅亡を、祖国の首都(ウィーン)に住んでいたとき、すでに呪詛的に切望していた。

オーストリア帝国の)崩壊を追及することは、有益である・・・。オーストリアの)大部分の人々が(祖国の)瓦解の現象を盲目的に彷徨ったことは、ただオーストリアを滅亡させるべき神の意思を証明している」(注8、カッコ内中川)。

 この引用文中の「オーストリア」を「ドイツ」に置き換えれば、一九四四~五年のヒトラーの“ドイツ廃滅の願望”に従った総統命令そのものになる。“祖国滅亡”こそ、青年ヒトラーが一九四五年四月三十日に自殺するまで、生涯を通じて一貫して片時も忘れなかった(狂気で)堅固な信条だった。

 ヒトラーの祖国滅亡教を戦後日本で正統に継承し、歴史の改竄と捏造に生きる「狂信的な信者」がいる。脳梅毒で思考が爛れたというより枯れ腐ったピーマンの空洞と似た自己破壊・解体の思考を箴言に変える美文家ニーチェに魅せられ、狂気の度合いを濃くする西尾幹二という男である。西尾幹二は、“祖国滅亡教の教祖”ヒトラーを崇拝し信仰する信徒で、その使徒を自認する。西尾の凶悪なヒトラー型祖国滅亡狂については、次稿で論じる。が、一言。

西尾の対米戦争狂は、“日本国の敗北と廃墟”を目指す祖国滅亡教の信仰告白

 戦争を弄び戦争に興じる者はすべからく、自己破滅/自己破壊が秘めた信条である。日本で言えば、レーニン/スターリン共産主義者の近衛文麿や、ヒットラー社会主義革命を目指す(レーニンにも傾倒する)大川周明を思い出すだけでも、このことは一目瞭然だろう。

 近衛文麿とは、日本国を、スターリンソ連に領土も国民も丸ごと献上することを画策して対支戦争を強引に開始し、つづいて対英米戦争も先導的に決定した。この二正面戦争の行き着く先は、ソ連の一構成共和国としては存続しているが)伝統的・歴史的な日本国の完全消滅である。だが近衛は、共産国となった赤い日本を想像しては、無常の歓喜に浸っていた。

 大川周明は、革命と戦争で日本人が地獄の責め苦に喘ぐのを見たく、意味不明な抽象語「有色民族(人種)の解放」「世界の道義的統一」「昭和維新」「日米戦争は運命」などを振りまく、狂気一色の“悪のデマゴーグ”だった。抽象語を弄ぶ者は、皆、心底に“血塗られた自国民殺戮”願望がある。危険視するのが常識だが、今日の日本では、この常識すら消えた。

 さて、問題としたいのは、「人種」を理屈に「戦争」を煽動し先導せんとするドグマ。このドグマにおいて、“ヒトラー祖国滅亡教の忠実な信徒”西尾幹二は、大川周明デマゴギーをも継いでいる。西尾幹二が、大川周明と同じく、二つの魔語「人種」と「対英米戦争」で読者を催眠にかけながら目指すものは、日本国の廃滅であり、日本人の絶滅であり、まさしく祖国破滅である。次稿で詳述する。         

                                 (つづく) 

関連エントリ

西尾幹二の妄言狂史シリーズ

 

第一節

1、チャーチル第二次世界大戦』第一巻、河出書房新社、一四頁。

2、サンジェルマン条約とは一九一九年九月に締結された、オーストリア=ハンガリー帝国解体条約の一つ。チェコスロバキアの独立、トレンティーノ地方のイタリア王国への割譲、現スロベニアの分離。

3、トリアノン条約とは、分離独立後の旧ハンガリー王国の新領土を確定した条約。一九二〇年六月。すなわちスロバキアクロアチアトランシルバニアを割譲。

4、ヒトラーわが闘争』第一巻(上)、第十一章、角川文庫。

5、アーレントは、「反ユダヤ主義」は「ユダヤ人が社会生活の中でその機能とその影響力を失い、富のほかにはもはや何ものも所有しなかった時(一九二〇~四〇年代)にその絶頂に達した」とし、その主因を「ユダヤ人の権力なき富と政治意思なき尊大さのみが、寄生的なもの余計なもの挑発的なものと感じられるのだ。それらは怨恨を掻き立てる」と考察する。『全体主義の起原』第一巻、みすず書房、四~五頁。

 ユダヤ人大虐殺となったナチの「反ユダヤ主義」に対するアーレントのこの視点と省察は、「戦後日本が、一九七〇年以降、経済大国になったにもかかわらず、国際的に軍事的役割を果たさないことが周辺の国家からの対日憎悪を醸成する」との警告を、歴史の教訓として示唆している。

 

第二節

1、フェスト『ヒトラー』下巻、河出書房新社、四一五頁、四二二頁。

2、大東亜戦争を、ヒトラーと同じ“廃墟狂の病気”から煽動した日本人には保田與重郎がいる。政治思想においては、ヒトラーや保田を“プレ・ポストモダン”に分類する。中川八洋福田和也と“魔の思想”―日本呪詛(ポスト・モダン)のテロル文藝』第三章。

3、アルベルト・シュペーア第三帝国の神殿にて』下巻、中公文庫、三二四頁。読売新聞社がこれを最初に邦訳出版したのは一九七〇年。タイトルは『ナチス狂気の内幕―シュペールの回想録』。

4、ブラッハー『ドイツの独裁II ナチズムの生成・構造・帰結』、岩波書店、八四八頁。

5、マイネッケ『ドイツの悲劇』、中公文庫、一〇〇~一頁。

6、ラウシュニング『ニヒリズムの革命』、筑摩書房、二八六頁。この原書は一九三八年刊で、オーストリア合邦までである。日本語版は、一九六四年の新版からの邦訳で、一九三九年三月のチェコ解体まで触れられている。反ヒトラーレジスタンス運動の一人であったラウシュニングが、原著に多少の加筆を行ったようだ。尚、ラウシュニングは、反ヒットラー運動は続けながら、一九四二年以降は米国(オレゴン州)で農業を営み、一九八二年に歿した。

7、エーリッヒ・フロム『人生と愛』、紀伊国屋書店、一九八頁。

8、アドルフ・ヒトラーわが闘争』上巻、角川文庫、一八四~五頁、一一八頁。

 

(附記)

 日本は、一九四五年四月末、日独三国同盟を締結した近衛文麿松岡洋右を逮捕し国家叛逆の咎において断罪することをしなかった。国益を放棄し愛国心を失い亡国の大東亜戦争ごっこに現を抜かす戦争期日本人の、ニヒリズムの腐敗と堕落は、かくもひどかった。

 一九四五年四月末、世界の戦局で何が起きたのか。ムソリーニは、その愛人クララ・ペタッチとともに、(北イタリア・コモ湖畔で逮捕された二十六日から二日がたった)一九四五年四月二十八日、イタリア・パルチザンに処刑された。ヒトラーは、(十二年間の愛人ではあったが)結婚したばかりの新妻エヴァ・ブラウンとともに、四月三十日午後三時三十分、総統官邸(ベルリン)の地下掩蔽壕にて自殺した。このとき三国同盟は、墓場に直行した。

 近衛と松岡の両名は、昭和天皇の猛反対にかかわらずスターリンに頤使されていた“共産軍”日本帝国陸軍の後押しで)独断専行して日独伊三国同盟条約を締結した。日本国は、日独伊三国同盟とドイツの戦勝を前提にして、一九四一年十二月、近衛のプランどおりに、英米に宣戦布告した。

 一九四五年四月末、日独伊三国同盟が消滅した以上、対英米戦争をする前提もまた消滅した。日本は、このとき、講和を英米に申し出て終戦を決断すべきであった。また、三国同盟の消滅とは、ハル・ノート(一九四一年十一月)の要求どおりの事態の到来だから、日独伊三国同盟を廃棄せよと要求した米国の方が、“三年半”も先を先見していたことになる。少なくとも、ムソリーニとヒトラーの死において、「ハル・ノートは、日本の国益に反した対日要求ではなかった」ことが証明された。

 それはともかく、ヒットラーの自殺と同時に、ドイツ国民は皆、催眠術から醒めた。だから、十年以上にわたってナチズムに熱狂した自らの行動を説明もできなければ改めて理解しようとしても理解不可能だった。ヒットラー無き後、児戯のような「ハイル・ヒットラー」の敬礼をしたことも鉤十字の旗を振ったことも、現実の行動だったのはなく、不思議な悪夢のひとつで、忘却の彼方にすぐ消えた。ニュルンベルグ国際軍事法廷でナチ首謀者が裁かれる光景に、違和感や反感を持つドイツ人は皆無だった。

 ヒットラーが“狂気の催眠魔術師”だったか否かは別として、(ハイデカーやカール・シュミットのような確信犯の知識人を除く)大衆のドイツ人がヒトラーに「催眠された」のは、直接的に心理操作された事実において、それなりに説明がつく。しかし、ヒトラーゲッベルスの演説をラジオで強制的に何度も聞かされたわけでもなく、ナチのポスターばかりを読まさせられたわけでもなく、ニュルンベルグ党大会に参加したわけでもない日本人が、一九三〇年代、ヒトラーナチズム統制経済に魅せられたのは、いったい何だったのか。戦後日本は、ナチスト日本人を糾弾せず無罪放免していいのか。

  戦後日本は、日独伊三国同盟を締結した政治家への断罪をしなかった。近衛は、服毒自殺をして責任追及から逃避した。松岡洋右A級戦犯で裁かれている途次、東大病院にて厚い看護を受けながら大往生した。「獄中死亡」は、民族系がでっち上げた大嘘である。少なくとも、松岡洋右祭神として靖国神社に祀ることは、祖国叛逆行為である。松岡を靖国から叩き出す、当然の愛国行動が決断され決行されねばならない。

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