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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(Ⅵ)──ニーチェも理解できない西尾幹二の“哲学音痴”

西尾幹二の妄言狂史

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 “世紀の悪書”『GHQ焚書図書開封』シリーズ(全九巻)の解剖をちょっと休憩して、ニーチェの専門家を自称する西尾幹二の哲学について閑話休題

 西尾幹二と言えば、「ニーチェ研究者」として知られる。その学位論文が『ニーチェ』で、中央公論社から出版されたからだ(一九七七年)。私はたまたま西尾幹二と数年間、月に一度食事をする機会があり、彼が哲学にチンプンカンプン男で、全く理解できない、いわゆる“先天性の哲学音痴”なのを嫌というほど知らされた。

 例えば、西尾との会話の中で、西尾がニーチェ伝記を書くのに必要で、ニーチェとは対極的な保守主義の哲人である)ブルクハルトの重要な著作の存在すら知らないのには心底から驚いたし、ニーチェ研究に欠くことのできないニーチェ/ショーペンハウア/ブルクハルトの哲学思想の顕著な差異すら説明できないことに愕然とした。そればかりか、知っておくべく百名以上の著名な他の哲学者について全く無知の知見ゼロは、大学で哲学を教授する教官として資格がないスーパー欠陥教官なのも知った。

  しかし、一般の人は、専門知見がない以上致し方ないが、西尾幹二を先入観やイメージで評価している。とりわけ、七百頁を越える大著『ニーチェ』がある以上、またニーチェ作品の翻訳が数冊ある以上、西尾幹二ニーチェ哲学に一応の知見があると誤解しそう思い込む。無理もない。

 そこで、彼の『ニーチェ』について、何が書いてあるか、それのみを表1で指摘しておく。STAP細胞小保方晴子氏の瑕疵と犯罪的な学位論文とはタイプが異なるが、学術性が全く欠如した評論そのものの薄っぺらさが基調の西尾著『ニーチェ』を、学位論文として認めた東大文学部のレベルは、小保方氏の博士論文を認め博士号を授与した杜撰な審査が日常の早大並みに相当な問題がある。

表1;伝記で、哲学のジャンルではない西尾幹二学位論文ニーチェ

 

ページ

学問ジャンル

第Ⅰ部 序論

3~107

ニーチェ論>概史

    第一章

109~265

ニーチェ伝記(評伝)

    第二章

267~358

同上

第Ⅱ部 第一章

3~100

同上

第二章

101~151

同上

    第三章

153~232

  同上

第四章一~二節

233~290

  同上

第四章三節

291~332

この42頁は、全体の5.8%。

ニーチェとショーペンハウアの思想比較。しかし内容もレベルも、ズブの素人以下で、哲学研究とはいえない。

第四章四節

333~374

ニーチェ伝記(評伝)

(総ページ数)

 726頁

 

  なお、私は、翻訳家としての西尾幹二ならば、一応の合格点を付けている。また、西尾の『ニーチェ』を正しく評伝や伝記に分類するならば、それなりに秀作だと思う。ならば西尾は、本書のタイトルを、読者に誤解を与える『ニーチェ』ではなく、内容に即して『ニーチェ伝記』または『評伝ニーチェ』と改題すべきである。

 

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西尾幹二の妄言狂史シリーズ

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