中川八洋掲示板

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“クズ官僚の姨捨て山”内閣法制局は必要か ──安倍晋三の「集団的自衛権」解釈正常化は正しい

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 安倍晋三総理は、第一次安倍内閣が積み残した問題である、憲法第九条の政府解釈における「集団的自衛権は行使しない」を抜本的に正常化し、「行使できる」に変更する決意を固めた。これは首相として安倍晋三の、事実上初めての「公約」履行。歓迎したい。

 実は安倍とは、公約破りの常習者。「河野談話」の破棄も、「村山談話」の破棄も、二〇〇六年の総理就任以前からの公約。だが安倍には、一向に、これら公約を果す気配はない。こんな公約破りばかりを続ければ、いずれは、たとえば金権政治家・田中角栄の末路のごとき、政治家としての「死亡通告」を受ける。

 この意味からも、内閣法制局長官小松一郎(前・駐仏大使)を起用しての、二〇〇六年の公約でもある集団的自衛権解釈正常化への、安倍の毅然たる姿勢は、政治家としての安倍を新たな息吹きで強化するだろう。

慌てふためく「朝日新聞(=共産主義者/北朝鮮人の牙城)のしどろもどろ

 「集団的自衛権を、日本国は行使できる」と解釈する、元・外務省国際法局長の小松一郎氏の起用に、気が動顚したのか、事実上、共産党が編集している朝日新聞は、元・内閣法制局長官の阪田雅裕氏をインタヴューして、それを一面に掲載した(八月九日付)。

 一般の国民は、内閣法制局の実情など知らない。内閣の閣僚扱いである長官が、なぜ内閣から独立グレン隊のごとくに勝手気儘な法解釈を言いつのることができるのかも理解できない。そこで、少し解説しておきたい。

 内閣法制局とは、各省庁に入省した法律事務官から粗大ゴミ的なクズを集めて創られている中央官庁のひとつである。だから、“クズ官僚の姨捨山”と呼ばれる。とりわけ、財務省・旧自治省農水省経産省法務省五省出身からの“左遷組”法律事務官が中核をなしており、長官は、これらの中から選ばれる。

 よって彼らの法律の学力は、必然的に東大や京大の法学部にいた学生時代のままで、三流どころといえば的を射ていよう。すなわち「三流官僚が三流知識を振り回している」光景を想像していただければ、実態にかなり近い。

 現に朝日新聞がもちあげる阪田雅裕氏とは、一九六六年に大蔵省に入省したが、大蔵省では使い物にならず、途中で、法制局に左遷された男。憲法解釈を担当する第一部長、そして次長を経て、二〇〇四~六年に長官であった。

 だが、阪田氏が本当に頭の切れる法律家なら、暇官庁の暇管理職で時間はたっぷりあるから、憲法の教科書の一冊ぐらいはとうに書いていただろうが、そのようなものすらない。学術論文一つない。村役場の戸籍係のような、ノンベンダラリの法制局勤めが、彼の人生であった。

 もともと、内閣法制局は、明治憲法が制定された一八八九年を機に、明治憲法の主起草者である井上毅を長官として設置された。当時の日本で、未曾有の大碩学だった井上毅を越える法律家などおらず、当時の日本で名高い東大教授も、井上毅の前では、師匠と弟子の関係だった。だから、井上の前では必ず三㍍ほど下座に座った。

 だが、この阪田氏を見れば一目瞭然だが、法制局長官とは名ばかりで、法曹家としての学力・知力などゼロ。せいぜい三流弁護士と同レベル。そんなものが、内閣から超然として、過去の長官発言のみを金科玉条に振り回し、憲法解釈の全能の神となっている制度は、ただただ異様にすぎる。

 それにしても、日本の国防法制を欠陥だらけにして日本が外国の侵略を受けて滅ぶのをプランする“悪の朝日新聞”が、“集団的自衛権行使をつぶす”切り札として登場させたのが、なんと共産党シンパで左遷組官僚の阪田氏だったとは、朝日新聞側の弾ぎれ(人材払底)が目に浮かぶ。

 実際に、「集団的自衛権は行使できない」を主張するに、阪田氏は法理論でそれを展開していない。あきれかえるが、「歴代法制局長官が、そう国会で答弁してきたから」を唯一の根拠にしている。要は、「間違いでも、百篇唱えられたら正しいと考えるべきだ」、と。だが、間違いは間違い。「君子は過てば即ちあらたむ」であるべきだ。

「立法の番人」としての仕事を全くしない、アホバカ内閣法制局

 日本は自由社会で独裁国家ではないから、三権分立の政治制度が憲法で定められている。三権分立においては、最高裁判所が“憲法の番人”をつとめる。

 一方、内閣提出法案を多数かかえる行政府は、事実上の立法府。これは、小沢一郎など)知的水準が低い日本人は、しばしば「三権分立違反だ!」という。が、ハイエクが指摘するように、行政の肥大化と法治主義によって、必然的に起こりうる政治状況。改善する道は、十八世紀以前の英国のごとく、国会が“法”と法律を峻別し、“法の支配”を復権させること。だが、日本では“法の支配”を理解している憲法学者すらゼロ。

 ともあれ、現実には行政府は、その行政を合法・適法とすべく、必然的に厖大な立法をせざるを得ず、結果として、これらの法案を事前審査する内閣法制局が必要とされてきた。この制度は、「内閣法制局の方が、各省庁の法律事務官より法律の知見が豊富で立法作業が優秀である」限りにおいて、確かに効果的である。よって、内閣法制局は、“立法の番人”といわれてきた。

 だが、現実には、内閣法制局は、“立法の番人”の職務を何一つ果たしていない。頭が悪いクズ官僚(クズ法律事務官)の巣窟となって、すでに久しく、そのような職務を遂行できる法律家が皆無だからである。具体的にいくつかの例を挙げる。

 先述の阪田氏が法制局次長の時、小泉内閣だったが、とんでもない法律が立法された。世に言うADR法である。実際には日弁連の真赤な共産党弁護士が書いた、このADR法は、小泉純一郎総理がリードした「改革ブーム」に便乗してできた。

 正式名称は「裁判外紛争解決手続きの利用促進に関する法律」で、二〇〇四年に国会を通過した。だが、これは憲法第七十六条の二項が禁じる「特別裁判所」の典型。司法のない暗黒独裁の社会へと日本が一歩を踏みだす怖ろしい法律となった。

 だが法制局次長だった阪田氏は、憲法との整合性を吟味し、憲法に乖離しない立法を担当する「第一部長」を経験しているのに、ADR法を「憲法違反だ!」として、その立法を不可とする方向で動いてなどいない。傍観し盲判を押した。

 今では退官して売れない弁護士稼業となった阪田氏が、今般、集団的自衛権について、「憲法第九条からその行使を解釈するのは無理だ」と朝日新聞で喚く。が、それは共産党の解釈が絶対正しいとする個人的信念からのものである。あるときは「憲法違反だけれども、大目に見てあげる」とし、あるときは「憲法違反だ! だから絶対ダメ」と叫ぶ阪田氏の二重基準には、ほとほとゲンナリする。

権力者には言いなりの、ゴマスリ内閣法制局

 世間の目に映る内閣法制局は、何か美しい。政治に翻弄され選挙でめまぐるしく改変される内閣からも超然として、極左翼が盤居する大学教授たちの偏向学説からも超然として、「一貫して学問的に妥当な憲法解釈を孤高において墨守する役所」というイメージである。

 だが、実情は、その逆。権力者である総理に媚びること甚だしい内閣法制局長官は多い。たとえば、田中角栄総理が、強権発動して、憲法第八十九条違反の私学助成を導入する時、時の内閣法制局は、「法律は、制定してしまえば、憲法など死文化できる」と、ヒットラーの全権委任法そっくりの詭弁で答えて了解した。名前は伏すが、この時の法制局長官は、角栄から(退官後の)巨額の金を約束された(実際に手にしたか否かは不明)

私立学校振興助成法」は、一九七五年七月に成立した。金脈問題ですでに退陣していたが、この法律は、角栄が推進したもの。だが、憲法第八十九条は、明快に、この法律を違憲と定めている。「公金その他の公の財産は、…公の支配に属しない教育もしくは博愛の事業に対し、これを支出しまたはその利用に供してはならない」が、この条文。

 なお、現在の憲法学界における第八十九条後段に関する、「自主性確保」「公費濫用防止」「中立性確保」などの諸説は、後智慧の屁理屈。なぜなら、一九七四年以前に存在したものではない。

 角栄の超福祉国家路線は、すぐに日本の財政を圧迫するものとなった。そこで、ポスト田中角栄三木武夫・首相は、赤字公債の発行を考えた。しかし、財政法第四条の規定により、それは違法である。なぜなら財政法第四条は、「国の歳出は、公債または借入金以外の歳入をもって、その財源としなければならない。但し、公共事業費…の財源については、国会の議決を経た範囲内で公債(建設公債)を発行することができる」と定めている。

 このため、財政法を担当する大蔵省は、一九六五年を例外に、赤字公債の発行を頑として拒否し続けた。ところが、三木武夫は、大蔵官僚をレイプ同然に黙らせて一九七五年十二月、財政法第四条違反の公債特例法を制定し、赤字公債を大量発行した。これが今日に続き、日本国の借金一千兆円の主因となった。

 日本は、“角栄負の遺産”である、社共の言いなり以上の「福祉国家」路線を維持するため、三木によって赤字公債という違法公債に手を出すことになった。このとき誰しもが考えたのは、内閣法制局が、財政法違反の「赤字公債特例法」の制定に徹底抵抗するだろう、だった。が、実際には、法制局は、何もしなかった。自らの職責などどこ吹く風が、“村役場の戸籍係”内閣法制局の実態である。

 なお、今では、角栄が日本を「福祉国家」にした歴史を知らない日本人も多いので、彼が社会保障費を「29%増」「37%増」した異常かつ過激な福祉政策を、表1の数字を見て、しかと思い出してもらいたい。

 

1:社共以上の「福祉国家」路線を導入した田中角栄

 

1972年度

1973年度

1974年度      

社会保障予算

16415億円

21145億円(29%増)

28907億円(37%増)

公共事業予算

21485億円

28408億円(32%増)

28407億円

防衛予算

8002億円

9355億円

1930億円 

共産党が推進する革命法律はなんでもすぐオーケーの、赤い内閣法制局

 内閣法制局とは、憲法違反の立法や既存の重要法律と乖離する立法を、内閣が提出する前に、事前にチェックして、そのような法律が国会に提出されないようにする職務を課せられた官庁である。だが、現実の内閣法制局には、そのような意識はない。そればかりか、それ以前で、内閣法制局には、そのような能力も知見も全くないのが実情。

 たとえば、文科省が起草し、二〇一三年五月二十九日に制定された「時効中断特例法」である。これは、紛争審査会に係わる東京電力に限るが、民法第七二四条が定める「不法行為の時効三年」の利益を東京電力のみに凍結するとのトンデモナイ法律。

 特定個人や特定法人への民法条項の適用禁止など、文明の社会にあって万が一にも存在してはならない。いかに怖ろしい法律であるかは、「特定個人・法人への刑法殺人罪の条項を適用せず」の法律、すなわち「東電社員への殺人は殺人罪とならない」と定めた法律(特例法)が制定されたと想像すればすぐわかるだろう。

 法学的にも、ドイツ国籍を保有していてもユダヤ人への殺人は無罪と定めたヒットラーの諸法令によって、ユダヤ人百五十万人以上がガス室その他で殺されたのと同種の法律、それが「時効中断特例法」である。しかもこれ、民法をぶっ壊す法律でもあるから、内閣法制局の部長/次長/長官は、一般法律より上位にある民法を守るべく命をかけても阻止するのが職務であるはず。

 が、内閣法制局は、文科省がこの法案を持ち込んだとき、断固拒絶すべきが拒絶しなかった。それどころか、文科省の「急いでくれ!」の要請に応じて、すぐ盲判を押した。なぜか。

 「時効中断特例法」は、実は共産党員である文科省研究開発局長・戸板一夫がそのまま法制局に持ち込んだもの。法制局は、この事実を知るが故に、即座にO.K.を出した。現在、霞ヶ関の中央官庁がつくる内閣提出法案に、共産主義者が起草した法律が鰻上りに増えている。

 たとえば、男女共同参画社会基本法(一九九九年、内閣府少子化社会対策基本法(二〇〇三年、厚生省)次世代育成支援対策推進法(二〇〇三年、厚生省)など、挙げるときりがない。そして、裏でこれらのコミュニスト官庁と緊密な通謀関係にある内閣法制局は、これらの法律を無審査で即座にO.K.を出している。なお、上記の阪田雅裕氏は、後者の二法案に、次長として関わった問題人物である。

 しかも、ここに挙げた三法律はみな憲法違反である。家族解体を骨格ドグマにしている「男女共同参画社会基本法」「少子化社会対策基本法」「次世代育成支援対策推進法」は、それらの前文を読むだけでも、民法家族法とは根本的に乖離するのは、誰にでもわかることではないか。それ以上に、それらが憲法とも違背することも明らか。

 先述の「時効中断特例法」も、憲法第十四条が定める“法の大原則”である「法の前の平等」に違背することは言うまでもなかろう。万人の権利を守るための民法第七二四条を東電にのみ適用しないことは、「法の前の平等」に反する。これは、説明がかなり長くなるので省略。

井上毅顕彰記念館か、コーク/ブラックストーン研究所か──内閣法制局を解体した後の再利用案

 内閣法制局が、赤色官庁として登場したのは、一九四五年の終戦と同時であった。GHQホイットニー民生局が明治憲法を解体して現憲法に改悪する際、憲法第二四条を起草したベアテ・シロタウクライナ人、父親がベリア直属のNKGB工作員コミュニストであったことなどは知られているが、時の内閣法制局次長(のち長官)であった佐藤達夫がコミュニストだったことは、戦後の日本の学界が躍起となって「検閲」的に消し去った。

 GHQ草案では、「堂上公卿は、一代に限り現状のまま(=GHQが去ったあと、日本が世襲公卿制度へ戻すのは自由)」となっていたのを、天皇制廃止に邪魔とばかり、マッカーサー、フェラーズ、ウィロビーなど)王制主義者モナーキスト)が首脳部に多かったGHQの目を盗んで公卿の全面廃止をしたのは、共産主義者の佐藤達夫だった。後年、佐藤は、自分の回想記で、「天皇制廃止への第一歩である)公卿制度廃止はオレ様の功績だ」と自慢している(『日本国憲法誕生記』、中公文庫、一五四頁)

 内閣法制局は“各省庁のクズ法律事務官の姨捨山”にすぎないと、その存在の是非を軽視する向きが多い。が、これは間違い。なぜなら、内閣法制局は、佐藤達夫以来、赤化がいちじるしく赤色官庁になっている重大問題が放置されるからである。 

 (ロシアや北朝鮮中国共産党が直営する)“外国の新聞”朝日新聞のインタヴューにはしゃぐ阪田雅裕氏のような“非国民のたまり場”となった内閣法制局をどう処置すればよいのか。結論は、このような盲腸官庁は不要だから解体がベスト解答。だが、単なる解体では芸がなさすぎる。

 一案は、日本が生んだ偉大な法曹家である初代長官・井上毅を顕彰する記念館とするものだろう。フランス留学中に反ルソーとなって帰国した井上毅は、反・水戸学の漢学の深い造詣のもとに、「旧慣(=古来からの民族の慣習や伝統)は、法である」を達人の域で感得するに至った。それは、コークの“法の支配”と同種のもので、英米憲法思想に相通じるものがある。明治憲法/皇室典範/教育勅語の“三種の神典”だけが、井上毅の功績ではない。

  もう一案は、明治維新以来の日本の法学部で完全に排斥された、最重要な法思想である“法の支配”を、日本に導入して普及させるべく、コークとブラックストーンの研究機関にするのはどうだろう。そうしなければ、民法の破壊を狙った共産革命丸出しの「時効中断特例法」や、ヒトラーやレーニンを真似た裁判所(司法)破壊のADR法など、日本をナチ体制やスターリン体制へと“悪の改造”をなさんとする悪法の乱発があとを絶たない。                  (二〇一三年八月記)

 

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