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中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

「立憲主義」を振り回す“反・立憲主義”の朝日新聞 ──「集団的自衛権」への第九条解釈変更こそ“立憲主義”

集団自衛権が暴いた日本の欺瞞

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 昨年二〇一三年秋から突然、朝日新聞など名うての赤い極左新聞に、「立憲主義」という、一般の日本人は耳慣れない言葉が、洪水のように書きたてられるようになった。その目的は、首相の安倍晋三が音頭をとって推進した特定秘密保護法の制定を廃案に追い込み阻止するため、政治的なプロパガンダとして四文字「立憲主義」が有効だと考えてのことだろう(注1)。

 朝日新聞とは、二十一世紀に入ってなお時代錯誤も甚だしく、マルクス・レーニン主義の共産革命を報道の規範だと奉戴する教条的な革命団体である。そして、マルクス・レーニン主義の共産革命は、“立憲主義の全面破壊”なしでは達成できない。“反・立憲主義”の革命家たちが、立憲主義という英米系政治思想を、スターリン系共産革命の便法として、つまり国民騙しの政治スローガンとして悪用しているということである。

 特定秘密保護法が通過した後、二〇一四年に入ると安倍晋三は、憲法第九条のこれまでの政府解釈を、集団的自衛権を行使できる」へ変更することに情熱を傾ける。この動きを敵視する、日米同盟の破棄を目指す朝日新聞や大学の左翼憲法学者ら日本の極左勢力は、一丸となって、四文字「立憲主義」を一段と声高に叫ぶようになった。

 ところが、彼らの「立憲主義」は、英米における政治思想としての“立憲主義”とは似て非なるもの。それどころか、古色蒼然とした共産党の革命運動「第九条を守れ!」を代替する同義として使われている。つまり、彼らの「立憲主義に反する!」の絶叫は、「平和憲法第九条を守ろう!」であって、それ以外ではない。彼らの四文字「立憲主義」には、正しい意味の“立憲主義”などひとかけらもない。

 この結果、無知蒙昧で軽薄な輩ばかりとなった自民党国会議員のなかには、無教養丸出しで、この唾棄すべきプロパガンダに汚染されるものが続出するようになった。これでは、日本の真正の立憲主義が破壊尽くされる。日本の自由社会の根本が危うい。これでは、日本の国防は危機を濃くして危険の淵に立つ。

 本稿が、“立憲主義”について、正統で正しい意味を概説する理由は、これである。

間違いだらけ舛添の新著『憲法改正のオモテとウラ』を嗤って済ませてよいか

 二〇一四年の早春、東京都知事になった舛添要一は、新著『憲法改正のオモテとウラ』という薄っぺらい本を出版した。その帯に「立憲主義をわかっていない国会議員に任せて大丈夫?」と書いてあったので買った。

 舛添は、いわゆる“東大法学部の劣等生”。「立憲主義」など理解できるレベルではない。だから、その著の帯の宣伝文句が羊頭狗肉なのは明白。このことを確認するための購入である。

 しかも、舛添とは、一九八四年だったか、私に「自分は、フランスのENA(国家行政学院、備考)卒です」と学歴を詐称した男。彼の新著は、離婚三回・結婚四回の人生だけでなく、嘘つき人生の世渡り上手をも必ず実証しているだろうと踏んだ。案の定、一読して、その通りだった。

 備考;フランスの高等教育機関は、エリートが入学するグランゼコール(ENAや理工系大学校などの「大学校」)とノン・エリートが行く一般国立大学に二分される。例えば、日本人になじみのあるソルボンヌ大学は、後者である。なお、私立大学はフランスにはない。

 東大での舛添の成績では、ENAには入れない。仏留学中の舛添のステイタスは「パリ大学の附属研究所の客員研究員(お客様)」。正規の大学院生になれなかったのである。東大の劣等生は、やはりフランスでも劣等生として扱われていた。

第一節 嘘八百の「立憲主義」を捏造する東大教授たち──“舛添の恩師”芦部信喜憲法学の抱腹絶倒な珍説妄説

 元参議院議員で今は東京都知事となった舛添要一は、今度の新しい駄本で、赤い憲法学者のデタラメ芦部信喜の著から、次の一文を引用している(注2)。

「近代立憲主義憲法は、個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限することを目的とする」(注3)。

  舛添と並ぶ東大法学部の劣等生である芦部信喜らしい無教養ぶりには嗤うほかない。芦部も舛添も、日本中の秀才高校生が東大理一その他の理工学部に殺到した時代の、「東大阿呆科」と揶揄された東大法学部五百五十人中五百番前後の“馬鹿東大生”。だから、舛添は、共産党シンパの芦部の珍説奇論を、疑問すら懐かず引用し続ける。

「中世の根本法は、貴族の特権の擁護を内容とする封建的性格の強いものであり、それが広く国民の権利・自由の保障とそのための統治の基本原則を内容とする近代的な憲法へ発展するためには、ロックやルソーなどが説いた近代自然法ないし自然権の思想によって新たに基礎づけられる必要があった。

 これらの思想によれば、①…、②その自然権を確実なものとするために社会契約を結び、政府に権力の行使を委任する、そして③政府が権力を恣意的に行使して人民の権利を不当に制限する場合には、人民は政府に抵抗する権利を有する」(注2、注3)。

 “立憲主義 Constitutionalism”は、原語が英語であるように、英国で発祥した政治思想で、同じく英国発祥の法思想“法の支配”と手を携えて発展した。すなわち“立憲主義”とは、英国と米国に限定されるアングロ・サクソン固有の概念。

 つまり、万が一にもフランス人やドイツ人が関わることなどありえない。だから、フランスのルソーを持ち出すなどは、本物の学者なら決して間違わない初歩的な誤謬。これだけでも、無教養な芦部が口から出任せで書いているのがバレバレ。上記引用文中の②は、立憲主義の全面破壊をなしたフランス革命反自由の狂気思想で、立憲主義とは対極的なドグマ。

 序に指摘しておくが、ルソーとは、現在の北朝鮮体制が依拠している『社会契約論』という、立憲主義とは一八〇度逆の)一人の独裁者による全体主義体制を人類初に提唱した狂人哲学者。『社会契約論』でルソーが描く「契約社会」とは、法も法律もいっさい存在しない、独裁者が下達する恣意的な命令だけの「暗黒社会」のこと。

 つまり、『人間不平等起源論』ではっきりと主張しているように、ルソーは近代自然法の全面破壊を説いた凶暴な野蛮人であって、反・近代の哲学の思惟では先駆者。芦部とは、かくも生来の嘘つき学者で、学生を騙してコミュニストに洗脳すべく教育者になった。

 近代の“立憲主義”の形成には、英国ではコークやヒュームそしてブラックストーンらが重要な貢献をした。ロックは、この分野で負と正の働きをなしたし、余りにマイナーな存在である。

 “立憲主義の理念型”を形成した米国では、オチス(James Otis)/パトリック・ヘンリーやアレグザンダー・ハミルトンあるいはジョン・アダムスらがその主導者であった。だが、立憲主義について知識ゼロの“赤いアホ学者”芦部信喜は、その無教養ぶりを発揮し、これらの名前すら挙げることができない。

 「立憲主義とは、<恣意的な立法による国家権力>の行使に歯止めをかける(制限する)こと」であることは、国民が抵抗することを不必要にする政治制度だということ。が芦部は、上記引用文中の③「ロックの抵抗権」など、立憲主義とはまったく対極的な政治概念をあげている。あげくに、「権力の行使を委任する」と逆立ちさせている。

 そもそも、ソ連北朝鮮のように国民が抵抗ができないような“恐怖の国家権力”が誕生している時に<抵抗権がある>などと、戯言を書きまくるロックのまやかしは、砂漠の蜃気楼のごときものでナンセンスな妄説。だから、ジョージ・ワシントンらは、極左と保守を狡猾に織り交ぜる鵺学者ジョン・ロックの思想を根底から嫌悪して米国憲法から完全排斥した。ロックを持ち出す芦部は、学者ではなく、共産革命煽動の作家。

 しかし舛添は、社会党系と共産党系の相違はあるが、芦部と共通して劣等生。こんな疑問も懐かず、「以上が、立憲主義(芦部先生の)基本的な説明であるが、そのことをよく理解していない国会議員は、そもそも憲法改正論議に加わる資格がない」と、大言壮語する(注2)。

 笑止である。芦部のようなデタラメ珍説を鵜呑みにするトンデモ国会議員をたしなめるのなら舛添はまともな人物になれる。が、その逆。絶句するほかない。しかも、現在日本の喫緊の問題とは、内閣法制局が、この芦部の嘘講釈を信奉していること。つまり、われわれ健全な日本人がなすべきは、日本の法曹界を、“悪の芦部汚染”からどう除染するかであって、芦部の珍説妄説を信仰し宣伝することではないだろう。劣等生の舛添よ、知ったかぶりを自省する謙虚さをもて!

危険な憲法観をうそぶく元・内閣法制局長官・秋山収

 朝日新聞がもちあげる、某宗教団体の信者とも言われる赤い内閣法制局長官(二〇〇二〜四年)だった秋山収は、同紙で次の謬論をうそぶく。

国民主権を掲げる今の憲法は、基本的には国民が権力を縛るための約束であり、権力の制御装置だ。安倍首相の憲法観は私のものとずれがある」(注4)

 ここで言う安倍の憲法観とは、安倍の国会答弁「憲法とは、日本という形、理想と未来、目標を語るもの」を指す(二〇一四年三月)

 なんとも粗雑で稚拙で間違いもある憲法観かと苦笑するが、秋山収と比較するなら、安倍の方が基本的には正しい。なぜなら安倍は、国家の憲法Constitutionの原義に従った「日本という形」に言及しているからだ。

 なお、安倍に注意しておきたい。国家の悠久の安泰と自由は、過去と祖先の叡智とを保守することで達成されるのであって、よって憲法は過去にこだわり、未来や国家目標を掲げるものではない。

 一方の秋山は、本来の憲法ならば万が一にも決して掲げてはならない「国民主権」を謳っているし、小学校六年生でも習う「憲法とは、国会(立法)を縛る上位の法律」を、奇天烈な「国民が権力を縛る」など、スターリン金正恩などの「人民主権=独裁体制」のドグマをかざしている。これこそは、日本国憲法に違反する自由破壊の危険な憲法観ではないか。秋山は、さらに次のように、政府の憲法解釈権に対する暴論で詭弁を展開する。

「政権の意向でいったん憲法の根本規範の解釈を自由に変えられる前例ができれば、将来、時の権力が、表現、報道、信仰などの領域にも踏み込んで介入や統制を強めたいとという誘惑に駆られる怖れがある」(同)。

  憲法学をうそぶく秋山収の反・立憲主義は、次の三つに集約されよう。

 第一に、立憲主義に基く憲法であれば、「国民主権」は全否定され排除されねばならない。なぜなら、立憲主義は、国内政治に、国王主権であれ人民主権であれ、いかなる「主権者」も存在させないことを大前提とする。

 立憲主義とは、英国中世で発祥した、“法”のみが主権者と考える政治思想。これを継承せんとした真正の“自由の王国”米国とは、法主権の理念を憲法主権に置き換えられないかと試行して建国された国家である。だから、米国には、「国民主権」という概念はどこにもなく、完全に一掃された。立憲主義の発祥母国である英国も同様。

 ただ、国民主権人民主権などを正しく排斥したのに、英国には例外的に「国会主権」という概念がある。英国の「国会主権」については、私(中川)も厳しく批判した(注5)。米国が建国されていくのは、「国会主権」を振りかざした英国本国の国会に叛旗を翻したのが始まり。(アメリカ大陸における)イギリス植民地の教養ある英国臣民たちによる、ボストン茶会事件(一七七三年十二月)はその象徴である。

 日本では例外的に立憲主義を重視する私(中川)の政治思想が、パトリック・ヘンリー等、一七六〇〜七〇年代のアメリカにおける英国臣民とそっくりであるのに、私自身、驚きを禁じえない。が、英国下院議員で天才哲学者バークがアメリカの独立を支持し、私がバーキアンであることとは整合しており、よくよく考えると余りに自明。

 話を戻す。第二に、立憲主義においては、憲法(Constitution)は、自由の淵源たる法的伝統を保守した国家の国体(Constitution)を顕現し、その永続を図るものでなければならないとする。立憲主義を世界初に形成した英国には、明文憲法はない。つまり、米語のConstitutionならともかく、英語のConstitutionを「憲法」と訳するのは実は適切とはいえず、「国家の基本政体」とか「国体」とか、そのような邦訳の方が適訳だろう。

 第三に、立憲主義が警戒し憲法の制限下におこうとする「国家権力」とは、立法府のことであって、行政府でない。安倍首相は行政府の長で、立法府の長ではない。

 それ以上に重要なことは、現在の日本国憲法そのものが英米のConstitutionに相当する“憲法”なのか否かは、立憲主義に立脚したいならば厳しく審査されるべきであって、秋山収は、この根本がわかっていない。どうも秋山は、現在の日本国憲法を「般若心経」などの“宗教団体の教典・聖典”だと思い違いしている。

 秋山の謬説を含め「集団的自衛権にかかわる憲法第九条の解釈」問題については、第二節で後述する。

英国の“立憲主義”の衰退と「国会主権」の台頭が、米国独立戦争の主因──“立憲主義の復権”が、米国建国の理念で淵源

 さて、立憲主義について、その概念と歴史を簡単に振り返っておこう。そもそも日本では、憲法学がドイツ法のため、実は、立憲主義を説明できる大学教授は、東大法学部をはじめ、どうも日本中の法学部にはひとりもいないようだ。私の知る限りだが、日本では、ただ一人の英米系政治哲学の学徒である私(中川)ただ一人かもしれない。

 「憲法 Constitution」という英語がどういう意味かは、日本でも名高いバジョットの『The English Constitution 英国憲政論』(一八六七年)のタイトルを見れば、ある程度、ニュアンスをつかめよう。原義をより忠実に訳せば、「英国の立憲主義の政治制度」とでもなろうか。短くすれば『英国立憲制度』もしくは『英国立憲政治』。日本の定訳『英国憲政論』は“まあまあの訳”といえよう。

 まず、立憲主義を、発明者の英国以上に洗練させた米国は、立法(法律)をその上位に位置する一般規則(法)に拘束されるようにすべく、この(法律の上位にあって法律の支配者である)一般規則を明文憲法とした。特に、立法府の立法は、その時その時の一時的な目的で制定されるから、それを制限して、長期的な目的に従属させるべく、法律の上に置く明文憲法が必要だと考えた。

 そして憲法は、これまで人類の経験に基づく古来からの叡智すなわち法慣習を、上位の一般規則として、一時的な必要や世論から発生しがちな立法を、この信頼される古来からの法的叡智・慣習に従わせるものである。すなわち、立憲主義憲法とは、世論が中核をなすデモクラシーに対するブレーキだから、当然、立憲主義下のデモクラシーは制限デモクラシーとなる。

 父子に譬えていえば、憲法とデモクラシーの関係は、不良になる直前のドラ息子がデモクラシーで、このドラ息子をびしびし叱り鍛錬し立派な大人に教育する厳しい父親が憲法である。憲法の重視と、デモクラシーへの嫌悪とは一体不可分。デモクラシーを無条件で礼讃する者は、憲法を無視する輩なのは、この関係に拠る。

 だから、米国ではデモクラシーという言葉は忌避された。米国大統領でDemocracyという単語を公式発言で使用した最初は、ウィルソン大統領の一九一〇年。米国建国から百二十年が経過していた。米国はデモクラシーの国ではなく、デモクラシーを制限する制限デモクラシーの国家である。

 米国憲法が“立憲主義の模範”の理由は、もう一つある。米国は、憲法に国民の権利保障を列挙する、いわゆる「権利の章典」を憲法条項としていない。国民の権利保障は、逆に国家権力を肥大化させる口実になると喝破し、憲法から基本的には排除したからである。バークと並ぶ、いやアクトン卿によれば“バーク以上の天才”である「建国の父」アレグザンダー・ハミルトンは、その著『ザ・フェデラリスト』第八四篇でこう述べる。

「<権利の章典>を憲法の中に入れることは、不必要であるのみならず、かえって危険ですらある。もし<権利の章典>を憲法に入れるとなると、それは元来連邦政府に附与されていない権限に対する各種の例外を含むことになり、その結果、連邦政府に附与されている権限以上のものを連邦政府が主張する格好の口実を提供する」(注6)。

  のち米国憲法は、マジソンの建議で「権利の章典」を条文として追加したが、それは名目だけのものとなり、実態的には「権利の章典」とはほど遠いシロモノに変更された。上記のハミルトンの炯眼的見解は継承された。

 とすれば、先述の秋山収の「安倍のような解釈改憲が許されれば、時の権力が、憲法が保障する表現/報道/信仰など国民の権利への介入や統制を強める」との、元内閣法制局長官として許されざる詭弁は、実はお門違いの煽動プロパガンダということになる。秋山の主張は、日本をして全体主義に移行させる危険思想に分類できる。秋山には、“自由の敵”というべき極左ドグマが基底に潜んでいる。

ヒューム/バーク/ブラックストーン/ペイリーを最後に、英国立憲主義は衰退

 英国が中世時代から形成してきた立憲主義は、十八世紀の後半、このように、米国にバトンタッチされ継承された。一二六八年に死没したヘンリー・ブラクトンBractonの判例法の著書(『イングランドの法と慣習法』)に始まるとされる英国の立憲主義は、コークやマッシュー・へイルを経て、ヒューム/バーク/ブラックストーン/ペイリーを最後に急速に衰退していく。英国中世を理念の国家と考えたハミルトンら独立戦争と建国時代の米国の立憲主義者たちは、コーク/ブラックストーン/ヒュームの化身であったといえるだろう。

 そして、大西洋の彼方で新生の小国として米国が船出する時、英国では、まさしく立憲主義の大没落の鐘が鳴り始めていた。それは、ルソーやフランス革命思想に汚染された英国型全体主義ベンサムらが台頭して、立憲主義の破壊をしていく過程の始まりであったからだ。

 英国の立憲主義の発展、つまり「人(=権力者の立法)による政治から、法(一般規則)による政治」へと自由社会の完成に不可欠な立憲主義発展の歴史は、十九世紀末まで米国において正しく継承された。むろん、二十世紀の米国においても、第一次世界大戦を境に立憲主義は弱体化の傾向を見せる。それでも、かろうじて立憲主義の灯を掲げているのは、世界で米国を措いてほかはなく、米国こそは立憲主義の保存庫であることには変化はない。

第二節 憲法九条は、“立憲主義憲法”に違背する“違憲”条項

 立憲主義の定義は、平凡過ぎるかも知れないが、マクヮルワインコーネル大学教授)の『Constitutionalism Ancient and Modern』から引用しておこう。芦部や舛添のデタラメのひどさは、この引用だけでも十分に証明される。

立憲主義とは統治権に対する法的制限であり、恣意的支配のアンチテーゼである。また、専制政治、すなわち法による統治ではなく意志による支配がまさに立憲政治とは反対概念である。立憲主義の最古の、また最も恒久的な特質は、法による統治権の制限であり、このことは初めから現在まで変わることはない」(注7)。

 民主党などは、憲法第九条に関してその解釈を変更することを、朝日新聞に煽られて「立憲主義に違反する!」と絶叫する。立憲主義についてのマクヮルワインの普遍的な定義を再確認すれば、こうした解釈変更反対のロジックが、詭弁以前のナンセンスなのがわかる。なぜなら、第九条の解釈変更は、統治権、正確には立法府(国会)立法権に対する法的制限を取っ払って、国会をして暴走的に新しいトンデモナイ法律を立法させるものではない。そのような事柄とは、まったく無関係。

 憲法第九条に関わって、あえて立憲主義の旗を振るのであれば、第九条がConstitution(国家の基本政体を定める基本法に違背している問題の方ではないのか。つまり立憲主義において、現行の憲法第九条が独立国家としては恣意的な条文・条項となっていることにおいて、第九条立憲主義に違背している。本件問題の核心は、この方だろう。

 もっと具体的に言えば、集団的自衛権の行使ができないと解される第九条ならば、「主権国家は集団的自衛権を行使できる」と定める国際法と乖離していることになる。それは“国際法=法”の支配を無視する、“法”に対する叛逆であり、“法の支配”を絶対とする立憲主義に対する違背となっているということである。

 内閣法制局であれ、国会であれ、立憲主義を主張するなら、第九条国際法に合致するよう改正するか、解釈変更で合致させるか、いずれかを直ちに主張すべきである。つまり、両者は、安倍晋三の内閣に対して、「第九条を改正して国防軍を設置するとの閣議決定をせよ」と迫るか、「第九条を改正しないならば、ただちにその解釈を変更して、少なくとも集団的自衛権だけでも行使できるようにせよ」と迫るか、いずれかの行動をとるべきである。

 ところが、内閣法制局も国会も、自らの職責である第九条の改正や解釈変更への行動をいっさいしない。両者は、法による政治を拒否し逃避して、恣意的な政治に耽っている。つまり、立憲主義に違背しているのは、内閣法制局であり国会の方である。この意味で、第九条の解釈変更に情熱を傾ける安倍晋三の方が、真に正しい立憲主義に則っているといえよう。

憲法違反の立法ばかりをやってきた、憲法無視が常態の内閣法制局

 内閣法制局は、内閣提出法案にかかわる立法の番人である。憲法の番人は裁判所であって、行政府の内閣法制局ではない。それなのに、近頃、「内閣法制局は、憲法の番人」だとの嘘が執拗に流されている。憲法第九条の解釈変更を阻止する革命として、内閣法制局をこの革命の抱きこみ、安倍晋三の解釈変更を国会提出以前につぶそうとの魂胆が透けて見える。

 そもそも内閣法制局は、憲法無視をその立法審査の根幹的方針としてきたのであって、日本国憲法に照らして憲法違反の立法を阻止したことは一度もない。何しろ、内閣法制局の役人は、霞ヶ関の法律事務官(官僚)から採用するのであって、その幹部は五省出身者と定まっている。財務省、旧自治省農水省経産省法務省である。

 これらの官庁は、優秀な人材は放出したくないから、粗大ゴミ同然となった、できの悪いクズ官僚を送り込む。先述の秋山収は、通産省出身のこの種のクズ官僚の典型。

 内閣法制局憲法無視は、それが日常だから、数え切れない。例えば、二〇一三年年十二月五日に制定された、東電にのみ民法第724条の時効の法益を剥奪するとの「時効中断法」は、法律は国民に等しく適用されるべきと定める憲法第十四条の「法の下の平等」に重大に違反することは明白。小学生でもわかる。

 かくも憲法違反の立法を看過するのを常習とする内閣法制局が、突然、憲法第九条の解釈変更だけには「憲法違反だ!」と騒ぐとは、ダブル・スタンダードも度がすぎていよう。内閣法制局を解体廃止する決断を、国民がすべき時が来た。

 

関連エントリ

集団的自衛権

                            

1、『朝日新聞』二〇一四年一月十九日付け第一面に、「秘密法は立憲主義を守れますか」という、一般読者には全く意味不明な大きな小見出しがある。これは、“ゴリゴリのマルクス教徒”で極左革命家である杉田敦・法政大学教授からの引用の形をとっている。だが、特定秘密保護法そのものの制定と国会という立法機関の専制的な立法を制限することの謂いである“立憲主義”とは、何の関係もない。

2、舛添要一憲法改正のオモテとウラ』、講談社現代新書、一一五〜六頁。

3、芦部信喜憲法 第三版』、岩波書店、一三頁、六頁。

4、『朝日新聞』二〇一四年三月十八日付け。

5、中川八洋正統の憲法 バークの哲学』、中公叢書、八六〜九二頁。

6、『ザ・フェデラリスト』、福村出版、四一八頁。

7、Mcilwain著『立憲主義その成立過程』、慶応通信、二九頁。原著は一九四〇年。                        

(二〇一四年三月記)

 

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