中川八洋掲示板

世界の現状は、日本の国家安全保障の危機を加速しています。この急迫の時局において、刻々と変遷激しい国内外の事態を冷静に俯瞰できる力を与えてくれる、大容量の真正の知識こそ、いまの日本人に必要なものです。当ブログは、国際政治学者・中川八洋筑波大学名誉教授の個人ブログです。

北海道の存立は、北海道を米国に譲渡し第51州になる時のみ可能──ロシアの北海道侵略は100%確実。プーチンに共謀・協力した安倍晋三を刑法外患罪で絞首刑に!

筑波大学名誉教授 中 川 八 洋

 9月12日のウラジヲストックで、安倍晋三の顔が歪んだ。私には、泣きそうな目に見えたが、真偽は分からない。ロシア大統領のプーチンが、さも“俺様は東アジアを征服した覇者だ”とばかり、「日本征服」を意味するウラジヲストック(ウラジ・ボストークで開催する「東方経済フォーラム」とは、ロシア以外は僅か四ヶ国──中共、モンゴル、韓国、日本──しか参加しない、日本の経済を僅かも潤すことのない“日本にとって反・経済”の空疎な超ミニ国際会議。

ロシア対日侵攻地上軍百万人以上を日本周辺に展開させる経済開発を狙う「東方経済フォーラム」

 こんないかがわしさだけがプンプンの「東方経済フォーラム」は、当然のことに、日本の経済に何らのプラスももたらさない。“経済大国・日本”が参加する意義も理由も全く見当たらない。それどころか日本国の安全保障を重大に害する、自国毀損すること大で危険きわまりない国際会議である。

 つまり、日本が正常な主権国家であれば絶対にボイコットすべき“美しい毒キノコ”のようなフェイク国際会議が、「東方経済フォーラム」の正体である。いや、それ以前か。なぜなら、絶対に存在させてはならない危険極まりない「反日」国際会議だからだ。“対ロ売国奴のロスケ”安倍晋三に、もし日本国民との自覚がほんの少しでもあれば、「東方経済フォーラム」に参加する日本企業をして、危険だから参加するなと啓発する、“総理の責任”を果たしていただろう。

 だが、プーチン教の狂信者”プーチンの囚人”になった“スーパー「反日」お馬鹿”安倍晋三は、日本国民であることも忘れ、国益を全部かなぐり捨て、自分の個人的な名声北方領土奪還ではなく、「日露平和条約」の締結)欲しさに、プーチンの靴を舐め、プーチンに叩頭するために「東方経済フォーラム」に参加している。「東方経済フォーラム」は、麻原彰晃に平伏すオウム真理教の狂信信者と同種の、“狂気のプーチン教徒”安倍晋三を誑かすことだけを目的として設置されたもの。

 すなわち、安倍晋三という“超馬鹿ロスケ”が首相になったのを幸いと、日本から経済協力を湯水のごとくに召し上げ、対日侵攻用の極東ロシア軍事力の基盤を数十倍以上に強化するのを唯一の目的として、プーチンが2015年に発足させた。が、この話は注1に譲り、安倍晋三がショックの余りに困惑で顔が歪み涙目になった、“侵略の皇帝”プーチン発言を分析しよう。

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「泊」原発を直ちに稼働せよ!──日本人大量殺人を心に秘めた“家畜殺し”原子力規制委員会は、“「学校殺死の酒鬼薔薇」のクローン”

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 北海道の「停電→節電で対処」の情況は、決して甘くはない。何故なら、(昨年の数値では)この9月の最大電力需要は380万kwで済むが、北海道の寒い冬は、この電力量では全く足りない。暖房用の電気需要が急騰するからだ。ちなみに、今年の1月、北海道は525万kwを消費している。

 しかも、経産省は「何とかなるさ」と超楽観を公言する。が、その実態は、これが経済大国の日本かと戦慄するボロボロ情況。例えば、揚水型のミニ水力発電(20万kw×2基)まで稼働させているからだ。そればかりか、2015年12月に廃止する予定だった老朽著しいミニ音別石油火力発電所は、14・8万KW(7・4万KW×2基)しか生産できないが、こんなひどいおんぼろ発電所まで稼働させる始末。

 このように、綱渡り以下のお粗末限りない電力生産が北海道の現状。しかし、これは北海道に限った問題だと、軽く見てはいけない。現在の北海道の電力逼迫や電力欠乏は、これからの日本経済の未来情況を示唆している。北海道地震は、原発をほとんど稼働禁止にした日本国の経済の大衰退と日本人の日常生活の大不便に到るこれからの姿を見事に描いてくれた。

 すなわち、北海道地震は、日本が半ば国策としている「脱原発」という、悪魔すらビビる恐ろしい日本破壊の狂気と革命の真の顔を覗かせてくれた。北海道地震による停電を一過性の停電と見做すか、日本経済の衰亡と崩壊の行く末をスクリーンに映し出してくれた“未来の地獄図”の一端を教示したと見做すか。この視点と見識の相違が、これからの日本国の生死を分ける分岐点となる。

“スーパー気狂い”坂本龍一はまた、大嘘付きである

 さて、「電気なんぞなくたって、命こそ大切」とほざいた「脱原発」革命運動家の一人に坂本龍一がいる。こんな発言は逆立ちだから、戯言にもならない。電気が無ければ、文明社会では、命は維持できない。要するに、「病院の治療や手術は、電気なしでは不可能」の現実すら想像できない正真正銘の気狂いが、共産主義に魂も理性も奪われた坂本龍一ということ。

 しかも、坂本龍一は、電気楽器キーボード奏者なのにキーボードが音を発するエネルギー源すら分からない、まさしく医学的に“本物の狂人”。狂人・坂本龍一は、公理「脱原発論者とは、医学的な気狂い」の実物証明ともいえよう。

 序なので、坂本龍一の狂気をもう少し。2012年7月16日、代々木公園に共産党が大動員をかけて集まった10万人前後の“赤い「反日」群衆”に向かって、坂本龍一は、お笑い芸人もできない“狂気ギャグ”を飛ばした。

「言ってみれば、たかが電気です。たかが電気のためになぜ命を危険に晒さなければいけないのでしょうか。たかが電気のために、この美しい日本、そして国の未来である子供の命を、危険に晒すようなことをすべきではありません」(このブログの読者は大爆笑した? or戦慄し凍りついた?)

 2011年3月の東電・福島原発の事故で、誰一人として死んではいない。あれほどの事故を起こしながら原発がいかに安全な発電方法であるかを証明したのが、福島原発事故であった。しかも、漏れた放射能は人体にも家畜にも全く無害なセシウムだけであった。つまり、原発は日本人の子供の命を危険に晒したことは一度もない。“世紀の気狂い”坂本龍一は、その重度の妄想癖をフル稼働させて、事実に違背する「子供の命を危険に晒した」をデッチ上げた。

 坂本龍一は、「たかが電気」を連発するから、坂本家には家電は一つもないはずだ。電気の照明もいっさい無いはずだ。きっと照明は蝋燭や菜種油のはず。もし家電や電気照明器具が家にふんだんにあるなら、坂本龍一は大嘘付きということになる。脱原発論者は、必ず、医学的に狂気を病み、また大嘘付きである。医学的狂人で大嘘付きでない脱原発論者など、現実にも一人もいない。

カルト宗教「脱原発」を吸引し、家畜殺しの“鬼畜”というべき“悪魔の権化”日本人

 電気と命の問題は、今般の北海道地震&停電でも、いくたも実証された。なお、今般の北海道地震&停電の災害罹災に関しては、地震の罹災停電の罹災とは峻厳と区別しなければならない。なぜなら、「泊」原発が稼働していれば停電は万が一にも発生していないからだ。北海道の停電は、安倍晋三内閣共産党員の菅義偉が主導)と首相・安倍晋三から「好きようにやれ」と丸投げしてもらった原子力規制委員会が実態的に推進する“赤いカルト宗教”「脱原発」が、その国家権力で「泊」原発の稼働をさせない狂気を強制して起きた人為的停電。本質的には自然災害の停電ではない。

 この人為的停電による“命”を剥奪した具体的な例を一つ上げよう。

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北海道停電は“反科学の狂気”「脱原発」に現を抜かす“狂った猿の頭”日本人への天罰──地震に強い原発、地震に弱い火力、地震で完全オシャカの太陽光

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 9月6日の未明、北海道の厚真町辺りで震度7地震が発生した。テレビや新聞の航空写真で見る限り、山間地で地滑り(土砂崩れ)が多発して、かなりの家が土砂に埋れたり倒壊したりしている。人命救助は、行政も近隣の個人も倫理道徳において最大限にしてあげるべきである。

 だが、地震や豪雨があれば地滑りや土石流が明々白々な危険な地点に身勝手にも家を建てた“無法者”に対する「自己決定、自己責任」の問題を寛容に放置すべきではない。そのような対応は、寛容ではなく、無法の放任だからだ。これら公徳心を欠く無法者に対する救助費用については、たとえその世帯から死者が出ていようとも、地方自治体も政府も厳正に実費の全額を請求し、彼らに厳しく支払わせるべきである。

新生児数激減の時代、居住は災害から安全な場所に強制集中し、危険域の家屋には重罰を課せ

 なぜなら、倫理道徳は、万人が普遍的に共有すべき“法”だから、罹災者も遵守しなければならない。政府も地方行政も国民に公徳心を教え込む職責がある。国民の人格と精神とを堕落させ腐敗させ、彼らから倫理道徳を喪失せしめる行為は、政府や地方行政の裁量の範囲にはない。

 だが、現今の地方公共団体も政府も、正常な国民なら弁える“公徳心のイロハ”「行政や人様にご迷惑をかけてはいけない」と考える行政の根幹に関して、公徳心を涵養するのではなく、その逆に人間としての腐敗を助長し公徳心を根絶する方向(=共産社会づくり)に転倒してしまっている。このような背徳推進行政は“反・行政の極み”だし、倫理道徳が満ちる文明社会を維持する大原理に悖る。また、新生児数激減で救助する側の人材を欠くこれからの日本では、野放図な居住放任と無料の災害救助を当然とする現状の行政では、人的にも財政的にもいずれ不可能となる。この二点において、山の斜面の裾野に家屋を建設し居住する“公徳心無き不埒者”に対する現在の無料救助行政は、早急に糺さねばならない。

 過去の事例で論じよう。2014年8月、豪雨で大規模な土石流が発生して、74名が亡くなった広島市の災害を思い出してもらいたい。その安佐南区「八木地区」(ここだけで52名が死亡)の航空写真を見れば、この土砂に埋まって大量死亡が発生した事故が自然災害でないのは歴然としている。人災露わな「未必の故意の殺人事件」ともいえる。それなのに、誰も糾弾されていないし、逮捕もされていない。法治主義の無視が日本を覆っている。自らの安全に対する個々の国民の自己責任はむろん、災害最小化を図る職務を負う地方行政の無責任を問わない“無責任に阿波踊る暴走地方行政の蔓延”が日本国をくまなく汚染している。

人間居住危険な「蛇落地悪谷 じゃらくじあしだに」と知って宅地造成した、「土石流」災害の八木地区

 広島市安佐南区「八木地域」は、素人目にも明らかな土石流の被害が発生する山間部の急斜面の裾野を開拓して、そこに危険な住宅をびっしりと建てた無法者たちが居住するトンデモ地域。しかも、悪徳不動産屋が造成し販売した宅地ばかりだけでなく、県営団地まである。つまり、広島県が1960年代からの高度経済成長とマイホームブームに便乗して、大規模災害と大量死者を予見できるのに無責任な宅地開発を推奨し、自らも県営住宅づくりに狂奔した“トンデモ地方行政”の惨たる結果としての、土石流災害であった。このような所の宅地開発は悪事だが、住んでいる住民も被害者ではなく共犯の罪人である。罪人への同情は、してはならない。

 八木地域は、古来から、特に江戸時代に八木用水が整備された後は、この用水を境界の目安に、山側にはいっさい住宅を建てることはなかった。経験則で豪雨時に土石流が頻繁に起こる事を知っていたからだ。古老は、「八木に住宅を建てるな」を後世に伝えるべく、土石流を意味する「大蛇が落ちてくる谷」と名前を付けてくれた。だが、広島県は、この名前を改竄し「安佐南区八木」とした。いや、名前が改竄されようとされまいと、このような急斜面の山の裾野に家を建てることの明らかな危険さは、素人でも小学生でも分かる。

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「山本信一郎の懲戒免職」「ご譲位5月1日に変更」「壮麗なご譲位パレード」「盛大な立太子パレード」を安倍晋三に実行させる「緊急特別ゼミ」開催のお知らせ

特別ゼミ事務局長   吉 田 寿 太 郎

Ⅰ 「緊急ゼミ」開催の趣旨

〇 来る9月23日に、次のテーマで、緊急に「特別ゼミ」を、都内のホテルで開催します。

1、日時;2018年9月23日(日) 午前11時半~午後2時半。休息無しのぶっ通し三時間なので、ホテル製の昼食はゼミ中に各自勝手に済ませる。中川先生は食事抜きです。

2、テーマ;「山本信一郎の懲戒免職」「ご譲位5月1日に変更」「壮麗なご譲位パレード」「盛大な立太子パレード」を、どう安倍晋三に実行させるか。

〇 今般のゼミは、さる「6月16日特別ゼミ」とペアになります。いや、6月16日のが初級編とすれば、今般のが上級編になります。前回は、憲法天皇条項&皇室典範ならびにその関連するすべての法規に関して日本随一の“斯界の泰斗”中川八洋先生から、安倍晋三内閣製(実際は、天皇制廃止に人生を賭ける凶悪コミュニスト菅義偉製)の「特例法」の学術的解釈に始まり、憲法第一~八条・第八八条ならびに国有財産法相続税法に至るまで、それらの詳細な法学的分析とすべてにわたる改正案が、緻密かつ快刀乱麻に提示され、私どもは目から鱗でした。まさしく評判通り、中川八洋先生は“第二の井上毅”で、井上毅の生れ変りでした。

 次回は、「次期天皇をもって天皇制を廃止する」と定めた特例法を、安倍晋三がこの秋の臨時国会で仮に改正しないとして、その場合、この“世紀の天皇制廃止法”を凌駕し、「天皇制廃止」との解釈を阻む法的方策を提示し、それをどう安倍晋三(安倍の心底の信条は、「天皇制が廃止されようとされまいと俺の知ったことか」)をして実行させるかについて、緊急に参加者と議論するものです。ただ、前半の一時間は平安時代から続く“譲位・受禅の儀式”ならびに唯一に変則的なご譲位・ご受禅の儀を執り行った光格天皇のそれを正確に知るべく、表にある六点の史料を正しく読破して頂きます。

 また、『光格天皇実録』を正確に読破するに、京都御所内の建物すべての位置、ならびに紫宸殿・清涼殿・御常御殿の部屋レイアウトの知識が欠かせず、中川先生はこれも詳述される予定です。 

Ⅱ 中川先生から参加者への連絡事項

1、次の資料はすべて、中川先生が当日、配布されます。

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 2、当日、参加者が必ず持参すべき資料

・“共産党員”宮内庁長官・山本信一郎著『歴史上の実例』、2018年2月20日、インターネット。

・“共産党有識者”四人組『有識者ヒアリングについて』、2018年2月20日、インターネット。

3、参加者が事前リーディングしておくべきもの。

・インターネット公開の、国立公文書館所蔵『桜町殿行幸図』。1と2の双方を三回繰り返し視ること。

4、わざわざ購入する必要はありませんが、京都御所の写真集を蔵書されている方はご持参下さい。例えば、『京都御所毎日新聞社、『京都御所・仙洞御所』京都新聞など。また、バジョットの『英国憲政論』をお持ちであれば、ご持参下さい。

Ⅲ 参加希望者の手続きについて

 9月23日の特別ゼミ参加希望者は、下記宛に、「氏名、生年月日、自宅住所、ご自宅の固定電話番号、卒業大学・学部、その年次、現在の職業と所属企業名」を明記の上、下記に連絡ください。締め切り日は、9月12日午後3時です。全ての個人情報は完璧に秘匿しています。

 

参加希望メールの宛先(吉田寿太郎) nakagawamagazine@gmail.com

 

 この参加希望者に対しては、直ちに当方より郵便にて、ご自宅宛てに「特別ゼミ参加手続き」書類をお送りいたします。

9月5日    吉田寿太郎

 

 

 

9月23日「緊急の特別ゼミ」レジュメ

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 さる8月1日、安倍晋三は、内閣官房に「皇位継承式典事務局」を設置した。これは、安倍晋三が委員長となる「式典委員会」の事務局。そして安倍晋三は、10月にも、式典大綱を決定する。

 この式典大綱は、次期天皇をもって天皇制を廃止すると定めた特例法(2017年6月)と、菅義偉が共産革命の同志として熱く信頼する“霞が関最凶のコミュニスト”山本信一郎宮内庁長官と組んでデッチアゲた「式典挙行の基本方針」と(2018年3月30日、閣議了解4月3日)を、そのまま転用する。

 つまり、式典大綱は、実態的には、純度100%の菅義偉・山本信一郎製である。そして、今上陛下の形式だけのご譲位儀式と次期天皇の即位大礼・大嘗祭を行なうことで一般国民の目を、それらにくぎ付けにすれば、次期天皇以降の即位が消える“日本史上もっとも恐ろしい革命天皇制廃止”に目晦ましの煙幕が張れる。今般のご譲位・ご受禅の儀式を、彼らは犯意をもって矮小化と簡素化したが、それでもこれらの儀式の挙行は、特例法が秘めた“恐ろしい革命天皇制廃止”を巧く隠し一般国民を完全に誑かすことができる。

 例えば、5月1日のご譲位・ご受禅の儀式の前に、“今上陛下ご在位30周年記念式典”を挙行するのは、それ自体は好ましい事で何も問題はないのだが、菅義偉や山本信一郎の意図は全く別。この式典を政府主催としたのは、ごろつきや極左潜入工作員たちが組織を運営する“無学なお祭り騒ぎ屋”二十万人の集合体「日本会議」を目晦まし的に盲目にして、特例法に潜む“非暴力のレーニン共産革命”=“天皇制廃止を法制化”を気付かせない“ガス抜き”(不満や批判の動きを逸らせる)の有効な手段として、菅義偉と山本信一郎が考案したもの。要は、2月24日“今上陛下ご在位30周年記念式典”とは、「日本会議」を手懐けるための子供騙しの飴玉。

 それはともかく、当該「特別ゼミ」のサブテーマは、次のようなものになるだろう。

1、「次期天皇をもって天皇制度を廃止すると定めた特例法」については、6月16日ゼミのテーマだったように、今般は全く扱わない。

2、共産党員の菅義偉が山本信一郎と共謀し、独裁的に主宰し、菅義偉・山本信一郎の私的な「式典挙行基本方針」が安倍晋三によって閣議決定されているが(4月3日)、これが天皇制廃止を狙ったものである明らかな事実を外科手術の剔出的に解剖する。このためには、山本信一郎が犯罪的に捏造した『貞観儀式』『光格天皇実録』を正確に読むことが必要で、最初にそれを行う。

3、特例法や(「式典挙行基本方針」→)式典大綱に潜ませている“次期天皇をもって天皇制を廃止する”菅義偉・山本信一郎のレーニン型法的制度化を超越的に凌駕する方策を、①ブラクトンやコークの“法の支配”と②“路頭パレード”重視主義の光格天皇の政治的叡慮と③バジョット王制学の三者を総合的にブレンドして学術的に理論化する。

4、即位の大礼における新天皇勅語の廃止。明治天皇までの宣命大夫による宣命宣制に戻さない限り、共産党朝日新聞天皇制廃止に協力しそれを推進することなる。即位勅語憲法遵守を謳うことは、ギロチン処刑一年半前のルイ16世憲法遵守を宣誓させた“王殺し儀式”の再現ではないか。

5、以下略。                                     (9月3日記)

秋篠宮殿下の“壮麗な立太子パレード”が挙行されなければ、悠仁親王殿下の即位は99%あり得ず、天皇制度の廃絶が確定する──「次期天皇は、日本最後の天皇」の事態到来に無気力な日本人

筑波大学名誉教授    中 川 八 洋

 光格天皇は、唯一、それまでの一千年続いた絶対先例、“紫宸殿で譲位・受禅儀式の同時挙行”をなさらなかった。そればかりか、両者を、仙洞御所と清涼殿と紫宸殿と、三ヶ所の儀場で執り行わられた。この先例無視の不可解な御決断に関する学術的研究は、当然に、これまで一つも無い。明治皇室典範が“譲位不可”を定めたため、譲位など決してないと考えられてきたからである。

第一節 譲位・受禅を二儀場にしても、譲位パレードを最優先された光格天皇の叡慮

 光格天皇のみ、平安時代からの数十ケースを無視して唯一例外的に、譲位・受禅の儀式を三ヶ所で執り行われた理由は、大規模にして壮麗な“ご譲位パレード”儀式を最優先されたことによる已む得ざる情況のためではなかったかと推定される。

 1817年、光格天皇は47歳であられ、現在の日本人体力でいえば二十五歳を加えると「72歳」に相当する。もし紫宸殿において「譲位・受禅の儀」「剣璽渡御の儀」を執り行えば、仙洞御所に還幸されるのは深夜になるため、体力的に無理と御判断なされたと思われる。現に、1817年3月22日、すべての儀式は午前0時半過ぎに終了した。ご起床の午前4時半頃からすれば20時間が経過した。

 侍従長的な山科忠言従一位権大納言は、午前2時には御所に参内して、御所住込み地下官人や女官を指揮し、7時の御出立の準備をさせている。

 さて、3月22日、光格天皇は、(おそらく午前4時半には起床され)午前7時に鳳輦にご座乗されて御所(御常御殿 おつねごてん)をご出立され、承明門を潜り、紫宸殿に行幸された。紫宸殿で剣璽に関する何らかの儀式を執り行われておられる。午後の新帝による剣璽渡御の儀式の前段に当たる。

 光格天皇の紫宸殿での剣璽の儀式を、仮に午前7時25~45分の二十分間とする。その後、紫宸殿南庭にて総勢807名が供奉する“前例のない大規模な譲位パレード(御列)”を隊列化して、午前8時に御列を出発させている。御列は、承明門を潜り、西北方向にある宜秋門に向かった。通常であれば、建礼門を通れば仙洞御所は目の前だが、それでは京都市中から集まった武士や町人の拝見者に「見せる」「魅せる」パレードにはならない。

 およそ長さ五百メートルの御列が、仙洞御所の唐門(正門)を潜り、その「小御所」前にて光格天皇が鳳輦より下乗(「下御」)されたのはおそらく午前10時前であろう。パレード参列807名全員が仙洞御所の南側の広場に到着し揃ったところでしか、天皇の鳳輦からの下御はありえないからである。御列の先頭は9時半頃には仙洞御所内に着いている。が、行列掉尾は午前10時前と推定される。

「譲位の儀」に光格天皇は、手を抜かれた?

 仙洞御所には、内裏とは異なり、紫宸殿や清涼殿のような儀式を行える御殿がない。十分な参列者が侍立できる、それ相当に広い部屋もない。おそらく歌会などの催しをされる広間「弘御所」において、「譲位の儀」は執り行われたと思われる。ために、午後の紫宸殿での「剣璽渡御の儀」ならびに夕方からの「受禅の儀」(「饗宴の儀」や「院司《折紙》の儀」を含む)が執り行われた清涼/紫宸殿に参列した上級公家の総数に比すれば、極めて少ない。記録されている公家高官は、「譲位の儀」では15名、「受禅の儀」では約80名。

 新帝の「受禅の儀」は、清涼殿と紫宸殿の双方であった。『貞観儀式』が定めた紫宸殿のみでない。が、先帝の光格天皇は、紫宸殿での儀式を早朝に終えており、紫宸殿で行った形式は満たしておられる。

 光格天皇の「譲位の儀」で驚くのは、譲位の宣命(せんみょう)文を前日までに起草しておらず、この日、仙洞御所で拙速で起草させている。ために「譲位の儀」は、午前10時半過ぎに開始されたようだ。

 紫宸殿での「剣璽渡御の儀」のため、剣璽が仙洞御所から内裏に還御しなければならないが、それは午後2時前。とすれば、「譲位の儀」は、準備を含め、午前10時半から午後1時半の間であろうと推定できる。「譲位の儀」における、皇太子(新帝)の御名代は、正親町大納言。

紫宸殿での「剣璽渡御の儀」は、最高レベルで挙行された光格天皇と新帝・仁孝天皇

 3月22日の剣璽の動きは、次の通り。なお、剣璽天皇と同格であり、敬語は全く同じ。

1、午前7時、御常御殿から光格天皇と共に、承明門を潜り紫宸殿に渡御。ここで剣璽に関わる儀式。

2、午前8時から午前10時までの間、光格天皇のパレードと共に、仙洞御所に渡御。

3、午後2時前、剣璽は、仙洞御所より建春門を潜り、ぐるりと遠回りして、いったん「御常御殿」に還御され仮安置。この剣璽の還御に当たり、仙洞御所から御常御殿まで、筵が敷き詰められた。かなりの規模の行列で、「行幸のごときであった」と記されている。『禁裏執次詰所日記』では「清涼殿に渡御」とある。『日次案』では、「新主御所に渡御」とある。「清涼殿=新主御所」とも解せられるが、ここでは「新主御所=御常御殿」とし、『日次案』の方を相対的に誤記が少ないとした。

4、午後3時よりかなり前、皇太子は東宮御所(「御花御殿」)から、清涼殿「昼御座 ひのおまし」にお出ましになられる。

5、午後3時過ぎ、剣璽は、御常御殿より紫宸殿に遷幸。清涼殿に仮安置の方が、距離的には合理的。また、剣璽が新天皇とともに紫宸殿に遷幸される方が合理的。が、ここでは、「御常御殿から」とした。

6、皇太子(新天皇は、清涼殿から紫宸殿に渡御。紫宸殿にて「剣璽渡御の儀」。この「儀」は、午後3時半過ぎから午後5時半の間と推定。

7、「剣璽渡御の儀」の終了と共に、公卿以下の相当数が供奉して、剣璽は紫宸殿から御常御殿に遷幸。紫宸殿から御所までは、筵を敷きつめる。コースは不明。

8、御所に還御された剣璽は、「剣璽の間」に何らかの儀式をもって最終的に安置。午後6時と推定。

光格天皇による“譲位・受禅の儀”儀場は、「紫宸殿➙仙洞御所➙紫宸殿・清涼殿」

 光格天皇・皇太子のご譲位・ご受禅の儀式は、表1に示すように、「パレードの儀(路頭の儀)」を含め、大きくは四つからなる。四つの儀式の最後が、上皇の院庁の人事(院司 いんのつかさ)発表。そして、四儀式終了後に、関白が仙洞御所の光格上皇に「全て終了」のご報告。続いて、左大臣等も儀式の無事終了を上皇に賀す「お祝い」の奏上。そして、最後の最後になるのが、院庁の長官(「別当」)に任命された右大臣が「立派に勤めを果します」と畏み奏上。時刻は深夜零時を過ぎ、ほとんど午前1時に近かったとある。

光格天皇は、ご起床が午前4時半とすれば、実に20時間ほど(何度も着替えておられるが)正装であられたことになる。天皇は、相当な体力をお持ちでないと、その“位”に伴う行為をこなすことが難しい。

表1;1817年3月22日の、四儀式とその儀場 

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 表1にある「折紙」とは、上皇の希望人事を書いた人事辞令要望書。院庁の長官に右大臣、副長官に花山院中納言、局長クラスに権中納言/源中納言/四辻中納言、部長クラスに三名の四位別当。全体で17名を、光格・新上皇は、新・天皇(関白が代行)にご希望されておられる。上皇には朝廷の人事権はなく、折紙を通じて天皇に指示されるのが慣行。

 関白が夜遅く清涼殿を抜け出し仙洞御所に赴き折紙を光格上皇から受け取り、「承明門の外で簡単な儀式」をして、紫宸殿に急ぎ戻ったのは、「院司《折紙》の儀」を紫宸殿で新天皇の臨御において行うためであった。院司に命じられた公家は、承明門の外側で公卿一列/殿上人(四位と五位)一列になって、新天皇に拝舞し退出する。

第二節 秋篠宮殿下に皇位継承を絶対にさせないと定めた、天皇制廃止法「特例法」

 以上は、前稿と前々稿の補足である。光格天皇は、譲位・受禅の御代替わりをもって、「朝廷-幕府」関係を劇的に変革させようとした。実際にも、光格天皇の御聖慮(狙い)はずばりと的中して、幕府に対する朝廷の権威は急騰した。実際にも、とりわけ、ご譲位パレードの威力は想像以上のものとなり、光格天皇ご譲位の1817年から僅か五十年後に幕府は倒壊した。光格天皇の政治的才能は、畏れながら“すごい”の一語に尽きる。

 さて、ここからが本稿のモチーフ。特例法によって、天皇制廃止は次期天皇を最後とすることで、そう遠くない近未来に決行される。確度は99%。すなわち、秋篠宮殿下の即位もその皇子・悠仁親王殿下の即位もまずありえない。特例法がそう定めているからだ。以下、改めて、その要点を記す。本稿のモチーフである第三節を理解するに不可欠な基礎知識だからだ。

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